「22歳も年下の後輩に教え乞う」箱根駅伝に帰ってきた中央学院大監督"還暦の意地"
プレジデントオンライン / 2021年10月31日 11時15分
■41大学が本戦出場「10枠」を巡って大激突した箱根駅伝予選
10月23日に行われた箱根駅伝予選会。正月の本戦に出場を許されるのは、参加した41大学のうち10大学のみだ。駅伝の予選会は、ハーフマラソンを484人の選手が一斉に走り、各大学上位10人の選手の合計タイムが速い順に勝ち抜けして、本戦に出られる。
この日、ゴールまでラスト約1kmの直線は強い向かい風が吹いていた。終盤、フラッシュイエローと呼ばれるビビッドなカラーのランシャツに黒タイツ姿の選手が懸命に腕を振った。中央学院大学・栗原啓吾だ。向かい風にあおられフラつきながらも、栗原は日本人トップでゴールに飛び込んだ。
結果発表の時間。それは天国と地獄を分ける。合計タイムが10位以内なら天国、11位以下は地獄だ。これまでの1年間の努力はすべて水の泡だ。
「7位、中央学院大学」
アナウンスが聞こえると栗原の笑顔が弾けた。
「予選会を通過するだけでこんなにうれしいかというくらい素直にうれしいです。最後はもう体力が残っていないくらい出し切りました」
主力4人がメンバーから外れながらも予選会を突破し、2年ぶりとなる箱根駅伝へ向かうことになる。予選会から4日後、川崎勇二監督(59)に予選通過した感想を尋ねると、「正直、ホッとしています」という言葉が返ってきた。
短いコメントだが、重みがあった。なぜなら、昨年の予選会はまさかの落選。川崎監督は嫌というほど“地獄”を見たからだ。そこから1年。中央学大はいかにして這い上がり、生き返ったのか。この365日間の取り組みと、川崎監督の“覚悟”をお伝えしたい。
■箱根予選会の魔物にのみ込まれた
話はちょうど1年前、2020年10月の箱根駅伝予選会に遡る。中央学大は2020年正月の本戦で、翌2021年のシード権獲得に一歩届かない11位だった(それまで激動の箱根駅伝において5年連続でシード権を得ていた)。
そうして迎えた2020年の予選会。雨のレースは大波乱が待っていた。中央学大は近年、本戦出場の常連であり、この予選会でも上位通過候補に挙げられていた。だが、ここでも低迷し、12位に沈む。悪夢から数日後、川崎勇二監督は電話口で筆者にこんな“告白”をした。
「正直、まだ実感がないですね。18年連続で出場していましたので、落ちるという感覚を忘れていました。箱根駅伝に出られないという感覚もまだわからないです。私と部員、大学も含めて落ちる想定がゼロでした。主力2人を外しているんですけど、それでも落ちることはないだろうと思っていました。学生はトップ通過を目標にしていましたので、私もそのつもりでいたんです」
この2020年秋の予選会でトップ通過を狙っていたチームがなぜ12位の敗北を喫したのか。
中央学大は5kmを2位(上位10選手の合計タイム)で通過するが、10kmで5位に後退する。本戦へのキップは「10枚」。18km通過時で9位まで転落して崖っぷちに追い込まれていた。最終結果で中央学大は10時間34分36秒で12位。37秒差で、19年連続出場を逃した。ひとり当たり4秒というタイムが足りなかった。
結果発表の直後、川崎監督は選手たちに声をかけていない。何も言葉が出なかったという。
■22歳年下の後輩に頭を下げて、教えを乞うた
1985年にスタートした中央学大駅伝部は川崎監督がほぼゼロの状態から作り上げてきたチームだ。箱根駅伝には1994年に初出場。2003年に初めてシード権を獲得すると、2008年には総合3位に食い込んでいる。近年は関係者がみな実力ある大学と認めていた。
しかし、前述したように2020年の箱根駅伝で11位に終わり、シード権を逃すと、10月の予選会でも落選(12位)。失意の川崎監督が真っ先に行ったのが、情報収集だった。
![中央学院大学駅伝部のHPより](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/6/1200wm/img_d667c30474ac6cabc701fa2d18810438425232.jpg)
川崎監督は順天堂大・長門俊介駅伝監督に連絡を取り、1年後(2021年)の予選会突破に向け、教えを乞うたのだ。川崎監督も順大OB。22歳も年下の後輩に頭を下げたかたちだ。上下関係がはっきりしている体育会の世界においては異例な対応だ。
「長門監督に予選会の戦略、厚底シューズの活用法などを教えてくれないか、とお願いしたところ、彼は素直にぜんぶ教えてくれました。それを聞くと、私の対策は不十分だったなと思います。私自身も『落ちることはないだろう』という気持ちが正直ありました。その過信から、予選会の対策、緻密さに欠けたなと大いに反省しています」
■誤算を生んだ最大の要因はあのナイキ厚底シューズ
川崎監督が2020年の予選会で一番見誤ったと感じているのが急激なレベルアップだ。この予選会でトップ通過した順大は過去最速記録を6分以上も更新する10時間23分34秒。コース終盤の起伏部分がなくなったことと、雨天で気温が低かったことを考慮しても驚異的な記録だった。
「正直、ここまで上がるとは思っていませんでした。これだけ急激なレベルアップは過去にないことですし、その要因はナイキ厚底シューズの存在に他なりません。直前の調整メニューである5km走のタイムは順大と30秒も違っていて、ショックを受けました」
中央学大は出場12人中10人がナイキ厚底シューズを履いていたが、順大は12人全員がナイキ厚底シューズを着用していた。さらに順大は厚底シューズを使う練習と、使わない練習を分けていたのだ。
2020年秋、屈辱の予選会敗退後、川崎監督は「変わるんだ」という気持ちを全面に押し出して新チームを始動させた。当時2年生だった小島慎也を主将に抜擢し、スピード練習では1㎞あたり3秒近くもタイムを引き上げた。5㎞換算で約15秒。これはナイキ厚底シューズがもたらしている高速化に近いタイムだ。
さらに翌2021年度からはユニフォームもリニューアル。上がフラッシュイエロー、下が黒というカラーリングにした。これは見た目を刷新して、選手の気持ちを変えさせただけでなく、タイツを着用したい選手に対応するためのウエア的戦略でもあった。
■予選通過の鍵は「速さ」だけでなく「強さ」にもある
スピード練習のタイムを引き上げたことは、トラック競技でのタイム向上にもつながった。
2021年度に入り、多くの選手が自己ベストを更新。エースの栗原啓吾(4年)は10000mで28分03秒39をマークして、中央学大記録を13年ぶりに塗り替えた。6月の全日本大学駅伝関東学連推薦選考会でも2区を走った選手が最下位に沈むも、大激戦を6位で通過。前半シーズンは順調だった。
![マラソンの給水所](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/1/1200wm/img_d121fd455f11330049516d5895ffc4ad431240.jpg)
ところが、今夏の合宿で故障者や体調不良者が続出。チームに暗雲がたれこめた。
「全日本予選会を通過して、ホッとしたのが大きかったと思いますね。やれるんだ、という気持ちが逆に選手たちの油断につながりました。それと夏合宿では距離走(25~30㎞)のペースを例年と比べて、5㎞で30~60秒ほど上げたんです。それが故障の原因になった部分もあったと思います」
9月末時点で「まともに計算できるのは5人程度」という状況で、川崎監督の脳裏には2年連続の落選がよぎった。それでもなんとか離脱者が戻り、10月に入ってから「チームとしてスタートできた」という。週末に短期合宿を行うなど、急ピッチで仕上げてきた。主力4人を外したものの、「予選通過できるかは五分五分」という状況までチーム状態を引き上げた。
■「大学が生き残るためにも、箱根駅伝に出場し続けることが使命」
今年の予選会は風が強く吹いていた。そのため、チームとしては昨年の反省を生かして「速さ」の対応に力を注いできたが、今回は「(風に抗う)強さ」も求められた。そこで予選会当日の天候を見た川崎監督は当初予定していたよりも、5kmにつき10秒タイムを落とすように指示。この冷静かつ適切な判断がぴたりと当たった。
5km通過時は15位だったが、10kmで12位、15kmで9位と徐々に浮上。最終的に10時間43分08で見事7位通過を果たしたのだ。
「昨年は雨の大会になり、思うようなレースができませんでした。これまでは(ケガや風邪などの)リスク回避の意味もあり、雨の日などはポイント練習を翌日にズラして行うこともありました。でも今年は雨でも、風が強くてもポイント練習の日は変えませんでした。今年の予選会は強風のなかのレースになり、強さのないチームはもろに影響したと思います」
1年で“箱根復帰”にこぎつけた中央学大だが、川崎監督がひと安心している暇はない。2020年予選敗退および2021年本戦不出場はチームビルディングに極めて大きな影響を与えた。現在の1年生は好選手が入学してきたが、来春の新入生候補は近年で最も競技レベルが低いという。さらに言えば、再来年2023年度のスカウティングも苦戦中なのだ。
伝統校やブランド校ではなく、強化費も潤沢とはいえず、ケニア人留学生もいない。そういうチームが群雄割拠の箱根駅伝で生き残るのは至難の業だ。2020年の予選会で敗退した後、川崎監督は大学側にこう訴えた。
「(もし、2021年予選も敗退して)2年連続で落選したら、もう這い上がるのは無理だと思います。さらなる強化をお願いします」
強化費は増えなかったが、2019年の台風で冠水し、傷んだグラウンドが改修された。
「11月7日には全日本大学駅伝がありますが、箱根予選会に集中してきたので、正直、そこまでは考えられません。箱根駅伝も今の状況ではシード権の獲得は無理です。とにかく来年の正月をワクワクした状態で迎えられるようにしたい。少子化の影響もあり、駅伝部が箱根駅伝に出られないと、大学経営にも影響するでしょう。大学が生き残るためにも、入学してくれた選手たちの夢をかなえるためにも、箱根駅伝に出場し続けることが使命だと思っています」
予選会でいち早く“集団走”を取り入れるなど、知恵を絞って、“大手”に戦いを挑んできた中央学大。独自戦略で箱根路を沸かしただけでなく、多くの好選手も輩出してきた。
今後も厳しい戦いが続くことは避けられないが、2022年に還暦を迎える川崎監督の目はギラギラとした野心をたぎらせている。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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