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「すべての公務を廃止しても問題はない」皇族に残る佳子さまのために考えるべきこと

プレジデントオンライン / 2021年11月2日 9時15分

秋篠宮ご夫妻に見守られ、次女佳子さまと抱き合われる長女眞子さま=2021年10月26日午前、東京都港区の宮邸[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

秋篠宮家の長女眞子さんは10月26日、小室圭さんと結婚し、皇室を離れた。弁護士の堀新さんは「皇室存続のため『女性宮家』や『皇女』などが議論されているが、そもそも皇室の存在意義について考えるべきではないか。皇族にこれ以上の犠牲を強いるべきではない」という――。

■減少していく皇族にのしかかる公務

10月26日に眞子内親王が結婚して小室眞子さんとなり、これによって皇族が1人減少して、現時点での皇室の人数は17人になりました。

このようにどんどん皇族が少なくなっていくことから、現在皇室が行っている公務の担い手が足りなくなるのではないかという議論が続いています。

女性皇族が結婚しても皇族にとどまる「女性宮家」や、結婚して一般人になった女性にも公務をしてもらう「皇女」制度などの案も話題になっています。

また眞子さんの妹の佳子内親王に対する公務の期待が高まる一方で、負担が重すぎるのではないかという懸念の声もあがっているところです。

そこで今回の記事では、皇室の仕事について考えてみることにしましょう。

■天皇の「慰問」や「慰霊の旅」は義務ではない

まず、天皇の仕事は何でしょうか。天皇は、日本国および日本国民統合の象徴とされていますが、具体的な仕事としては何を行うのでしょうか。

法的に明確に決められているのは、憲法上の「国事行為」だけです。

憲法では国事行為として、内閣総理大臣の任命、国会の召集、法律の公布などが定められています。もちろんこれらの国事行為をする際に、天皇自身が政治的判断を行うことはできません。

これら「国事行為」以外に、外国訪問、被災地の慰問や大戦の慰霊の旅などの「公務」(これは「公的行為」とも呼ばれることがあります)も天皇は行っています。これらは特に憲法にも法律にも何の規定もありません。

■皇族の「公務」に法律的な根拠は存在しない

次に、天皇以外の皇族の仕事はどうでしょうか。

皇族は、場合に応じて摂政や皇室会議の構成員などになることがあり、皇室典範など関係法令にその定めがあります。

ただ、これらはあくまでも必要な事情があるときに限って活動するもので、日常的に行われる仕事ではありませんので、ここでは立ち入りません。

意外に思われるかもしれませんが、皇族の仕事について一般的に定めた法令はありません。例えば全国植樹祭やスポーツ大会などに皇族が出席して挨拶を述べたりする「公務」は、憲法にも法律にも根拠がないのです。

■宮中祭祀は公務ではなく私的行為

整理すると、皇室の仕事としては、①天皇の国事行為、②天皇(と皇族)のその他の公務(公的行為)、というふうに分けることができます。

念のためいうと、映画や歌舞伎を見に行ったりテニスやスケートをやったりするのは、食事や睡眠と同じであくまでも私的行為です。

「皇族は常に公人であり、私的に映画や歌舞伎を見に行くのも公務のうちだ」という理屈は成り立たないことに注意してください。

食事や睡眠が公務でないのと同じように、映画や歌舞伎の鑑賞も公務ではありません。

ちなみに神社やお寺にお参りしたり、皇霊祭などの宮中祭祀を行ったりするのも(誤解されがちですが)あくまで私的行為です。

2012年10月4日、明治神宮
写真=iStock.com/aluxum
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aluxum

日本は政教分離の国家であって神道国家ではないので、皇室とはいえ、特定の宗教行事や参拝行為を「公務」と位置付けることはできないのです。

■「天皇の国事行為」は形式的なものなのか

このうち①の天皇の国事行為は、先ほど述べたように政治的判断は行うことができないので、単なる儀礼や形式だけです。

実質的影響が何もない行為のようにも思えるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。これはケース・バイ・ケースで確認する必要があります。

例えば内閣総理大臣の任命は、国会が指名の決議をした時点で既に誰を任命すべきか決まっています。

誰もが知っているとおり、天皇が勝手に自分の判断で内閣総理大臣を選んで決めることはありません。仮に何かの理由で天皇の任命がなかったとしても、国会が決めたからには内閣総理大臣は内閣総理大臣です。

その意味では、確かに天皇の国事行為は形式だけと言えなくもないでしょう。

■天皇不在となれば国政に大きな影響が出る

ところが法律の公布の場合は、天皇が公布しないと現実に法律の効力が発生しないのです。

もちろん法律自体は国会が作ります。その効力を発生させるには、天皇による公布が必要とされています。

例えば多くの法律では、「この法律は、公布の日から起算して○○日を経過した日から施行する」などと決められています。

つまりせっかく国会が法律を作っても、「公布の日」が決まらないといつから施行されるのか決まらない構造になっています。

この「公布」を行うのが天皇の役割なのです。

天皇が自分の判断で法律の公布を拒否する権限を持たないのは明らかです。

仮に(強引に)公布をさぼったり、何らかの物理的な支障で公布ができない事態がしばらく続いたら、法律の「公布の日」がしばらく決まらず、施行できないことになってしまいます。

国会の召集も同じです。国会の召集の「決定」をするのは内閣とされています。その決まった召集という行為を実際に行うのは、憲法の条文では天皇しか存在しません。

国会議事堂
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

内閣総理大臣や衆議院議長が勝手に国会を召集することはできないのです。

ここでも仮に天皇が仕事を拒否したら(または仕事ができない事情が突然生じたら)、国会の召集はできないことになってしまうのです。

■公務をやらなくても国政に悪影響が出るわけではない

このように、天皇には政治的判断の権限はないのですが、何らかの理由で天皇が国事行為の仕事を行わなかった(行えなかった)場合、憲法上の規定の関係で、場合によっては国政に影響が出るリスクもあるのです。

なお、本当に天皇が国事行為を行わない(行えない)異例の事態がある程度続くようであれば、摂政または国事行為臨時代行をおくことで天皇の仕事を代行してもらって解決することが制度上は想定されています。いつまでも混乱が続くわけではありません。先ほど述べたように、この摂政や臨時代行の職務を担当するのも、皇族の仕事です。

これに対して、国事行為以外の公務については、そのような影響はありません。

天皇や皇族が各地を訪問して住民の声を聞いたり、文化やスポーツの大会に出席して挨拶をしたりすることで喜ぶ人は多いでしょうが、別にやらなかったとしても国政に悪影響が出るわけではありません。

そもそも憲法や法律にやらなければならない規定があるわけでもないし、国民が具体的に困ることもないのです。

■皇族が減ったのだから、公務も減らすべき

このように考えてみると、皇室の仕事の中でも、天皇の国事行為や皇室会議など、憲法・法律で明確に決めているものは変えられないとして、それ以外の天皇や皇族の公務はできるだけ減少させるか、極論すればすべて廃止しても、別に弊害はないことになります。

各地の文化やスポーツ行事や被災地に皇族が顔を出すことがなくなれば、寂しい思いをする人はいるかもしれません。ただ、特にそれによって困るわけではありません。

国事行為などの法的に明確に定められた職務だけであれば、皇族が減っても別に心配はないのです。公務を続けるだけのためにわざわざ「女性宮家」や「皇女」などを創設する必要はないことになります。

■「女性宮家」「皇女」の制度をあわてて作る必要はない

「女性宮家」は、女性皇族が男性と結婚しても皇室にとどまるようにするというものですが、夫の男性および生まれた子の地位をどうするかについて問題があります。

さらに、このような制度を作ることは、女性皇族が結婚しても一般人になれなくなるということを意味します。

今でさえ、佳子内親王が「私がいいなと思う人がいても、いざ付き合いそうになると、いつのまにかいなくなってしまうの」と語ったという記事が週刊新潮(2021年9月23日号)に掲載されたほどです。女性皇族がますます敬遠されて結婚しにくくなってしまう可能性が生じます。

一方「皇女」制度というのは、もはや皇族ではなくなって一般国民になった元女性皇族の人に「皇室の公務」(何度も言ったとおり、なくても特に国民が困るわけではない)をやってもらうというのですが、もはや根本的に矛盾した発想であり、非常に無理があると思われます。

そもそも法的には一般国民になっている元皇族女性に「皇室の公務」をやらせて良いというなら、天皇や皇族もすべて法的には一般国民で良いという理屈も成り立つでしょう。「皇女」どころか天皇も皇族も、みんな普段は一般国民として生活して、重要な儀式や行事の時だけ招聘(しょうへい)して「皇室の公務」をやってもらえれば良いということになるのではないでしょうか。

このように考えるなら、「女性宮家」「皇女」のような制度をあわてて無理に作るよりも、まずは皇室の公務そのものを減らしていくことを最優先で検討するべきと思われます。

■公務がなくて困るのは国民ではなく皇室

もう少し踏み込んでいうと、天皇・皇族が公務をやらなかった場合に困るのは、国民ではなく皇室でしょう。

国民に対して皇室の存在をアピールする機会が減れば、「皇室のみなさんは、何の仕事をしているのか」などという声が世間に広がる恐れがあります。

「国民に寄り添わなければ、皇室が危機に陥るのではないか」などと皇室ジャーナリストが言うのも、そういう意味でしょう。

しかしそのために皇族自身が過重な公務の負担や自由のない束縛された生活で苦しむというのであれば、本末転倒になってしまいます。

■皇室の存在意義はどこにあるのか

ここまでいうと「しかし公務をやめてしまったら、国民との触れ合いが乏しくなってしまう。そうなったら、皇室の存在意義はどこにあるのか」という疑問の声が出てくるかもしれません。

そう、皇室の存在意義はどこにあるのでしょうか。

たまたま過去の歴史上の天皇の子孫というだけで、何のために一定の人たちを、生まれつき職業選択の自由も居住移転の自由もない状態で拘束しておかなければならないのでしょうか。そこまでの犠牲を払ってまで、何が達成されるのでしょうか。

皇室に存在意義がある(べきだ)と考える人たちは、この問いに答えなければならないはずです。

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堀 新(ほり・しん)
弁護士
1963年生まれ。1987年、東京大学教養学部教養学科第三(相関社会科学)卒業。1987年、株式会社東芝入社、主に人事・労務部門で勤務。2001年~2003年、社団法人日本経済調査協議会に出向。2006年、司法試験に合格、2007年、最高裁判所司法研修所にて司法修習。2008年、弁護士登録。「明日の自由を守る若手弁護士の会」会員。主な著書に『13歳からの天皇制』(かもがわ出版)。

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(弁護士 堀 新)

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