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安倍政権以前はそうではなかった…記者クラブが忖度に拍車をかけた根本原因

プレジデントオンライン / 2021年11月5日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RichLegg

首相会見では、新型コロナウイルス対応や経済対策など国民の生活を左右する重要政策について質疑応答が行なわれる。映画監督で作家の森達也さんと東京新聞記者の望月衣塑子さんは「官邸は事前に記者からの質問をチェックし、答えたくない質問は排除している。そのような圧力を許している今の記者クラブでは、政治権力を監視する役割を果たせない」という――。

※本稿は、森達也・望月衣塑子『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■首相会見での質問は官邸が事前チェック

【森】これは僕も含めてだけど、一般人の立場として首相や官房長官の記者会見を見ているとなかなかわかりづらいところがあります。特にわかりづらいのが事前通告のルール。2020年9月に菅義偉官房長官(当時)が開いた自民党総裁選の出馬会見での望月さんの質問「首相になったとしたら都合の悪い質問をされたとしてもしっかりお答えいただけるのでしょうか?」などは、事前に伝えていないですよね。

【望月】そうですね。

【森】そもそものルールとして、首相や官房長官の記者会見において、記者たちは質問を事前に通告しなければならないのですか。

【望月】菅さんが首相になってから記者会見の司会をしていたのは史上初の女性内閣広報官となった山田真貴子さん(2021年3月からは小野日子さんが代わって就任、現在は四方敬之さん)です。うち(東京新聞)の番記者に聞いてみたところ、首相の記者会見の前に、官邸報道室は、各社の質問を細かくチェックしていたらしいです。

■事前通告の拒否や厳しい質問は当ててもらえない

【森】それ、文書ではなく口頭のチェックですよね。

【望月】そうです。それで実際に記者会見で事前にチェックしたものとは違う質問をすると「なんで違う質問をするんですか!」と言われると。このような事前チェックが今やすっかり慣例化されてしまっています。

うちの番記者は官邸報道室に聞かれても返答を断っていますが、そうすると記者会見で質問者として当ててもらえません。朝日新聞も「応じられません」と断っているから当ててもらえない。その他にも事前に通告をしても、その質問内容が厳しいものだと当ててもらえないとも聞いています。

【森】要するに、事前に質問をチェックして、答えたくない質問は排除しているということになります。

【望月】このような質問者の偏りはおかしいと私もツイッターで何度かつぶやきましたけど、今のところまったく変化はないですね。

■昔から続く官邸サイドからメディアへの圧力

【森】官邸サイドからメディアに対しての圧力は昔からあります。2014年に「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターが国会で強行採決した集団的自衛権関連法を取り上げた放送で、当時官房長官だった菅さんに「なぜ今まで憲法では許されないとしてきたことが容認されるとなったのか」「非常に密接な関係のある他国が強力に支援要請をしてきた場合、これまでは憲法九条で認められないということが大きな歯止めになっていましたが、果たして断りきれるのでしょうか」など踏みこんだ質問を重ねたとき、放送終了後に官邸から抗議がきて、最終的に国谷キャスターは番組を降板した。

もちろんNHKが公式にそう発表したわけではないけれど、抗議があったことは確かです。ならばその段階でアウトです。メディアに質問されて抗議する政治権力などありえない。

最近も「ニュースウォッチ9」の有馬嘉男キャスターが菅首相に日本学術会議任命拒否問題について質問したら(2020年10月の放送)、その後官邸から事前の質問項目にないことを質問したと抗議がきたと噂され、結局2021年3月に有馬キャスターは降板しました。

■今のメディアは政治権力を監視できているか

この件については圧力があったかどうかは明確にはわからないけれど、12月12日付の朝日新聞が、坂井学官房副長官がこの件で「(NHKは)ガバナンスが利いていないのではないか」「NHK執行部が裏切った」と強い不満を表明したことを明らかにしています。ならば仮に直接的な抗議がなくても、NHK側の忖度(そんたく)が働いた可能性は大いにある。まあ僕は、こうしたケースのほとんどの場合は、圧力と忖度の相互作用だと思っています。

自分たちの意に沿わないメディアに圧力をかける官邸の体質は、安倍政権時代も含めてまったく変わってない。有馬キャスターに対して事前通告がなかったと怒ったこととNHKが屈したことが事実なら、それは日本のメディアと政治の距離をとても明確に示しています。これでは政治権力のチェックという最重要な使命を果たせるはずがない。

【望月】私は社会部の記者としていろんな大臣の会見に行っています。でも、官邸の外に出て、各大臣の会見に参加しても質問を事前チェックされることは滅多にありません。麻生太郎財務大臣や井上信治内閣府特命担当大臣(※)の会見に行っても、そうでした。

ただ先日、上川陽子法務大臣(※)の記者会見に参加したときは官邸と同じような対応をされました。ちょうど、入管法改正案(出入国管理及び難民認定法等の一部を改正する法律案)を巡り、国会で討論が続き、法務省はかなり神経をとがらせていましたが、2020年に検察庁法改正法案が見送りになった1年後の、同じ5月18日に、支援団体や弁護士、世論の強い反発を受けて衆院での法案成立の見送りが決まりました。

※大臣名はいずれも書籍執筆当時のものです。

■霞が関全体に広がる事前通告の「慣例」

これまで法務省の会見に行ったことはなかったのですが、上川大臣の会見に出てみると、会見に参加している記者たちに事前に質問を通告させているようでした。秘書官の検事から「他社は事前に通告してもらっていて、大臣は官僚答弁するだけでなく、事前にその答弁には自分なりの手を入れている」と言われていましたが、社会部記者が多い法務省でも事前の質問通告が慣例化していることを知りショックを受けました。

【森】つまり、この手法が拡散している。それは問題です。

【望月】政治部記者だから政治家の顔色をうかがって、事前通告の要請に応えているのだろうが、本来会見は権力者とメディアの真剣勝負の場だからそれはないよな、とこれまで思って官房長官会見に臨んでいた私からすると、それはショッキングな光景でした。

官房長官会見だけではなく、安倍前政権の7年8カ月の中で、社会部系の記者が多い法務省の大臣会見までも事前通告を「慣例」として、当然の如く受け入れていました。

■出来レースのような記者会見の問題点

東京新聞の法務省担当は、亡くなった市川隆太記者含め、権力に噛みつく記者が少なからずいました。担当していた記者にも確認しましたが、昔は事前通告はまったくやっていなかったそうです。おそらく安倍前長期政権での首相会見や官房長官会見の空気が、官邸だけでなく、霞が関全体にまん延しているのだろうなと感じました。

私は「それはできません。そんなことをやっているからダメになるんです」との趣旨で事前通告を断りました。法務省は、望月だからそれはそうかと思ったのか、その後、事前通告を求めることはなくなりましたし、それでもしっかりと上川法相が答えてくれています。権力との馴れ合いを許すかどうかは、記者の気構えでどうにでもなると思うので、事前通告は当たり前という習慣は本当に変えていってほしいです。

法務省
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

上川法相は自身の考え方をちゃんと持っている人だと思いますし、言葉の伝え方も菅首相とは違って上手なので、質問の事前チェックなどしなくても対応できるはずです。でも、大臣の周囲の官僚たちは「大臣の答弁にミスがあったら困るので自由な質問はなるべくしてほしくない」と思っているのかもしれません。変な答弁になった場合、責められるのは法務省になりますから。

問題は、「事前の質問チェック」をほとんどのメディアが受け入れてしまっていることです。首相や大臣、官房長官などにきちんとした答弁をしてもらいたいという気持ちはわかります。でも、メディアと政府はある程度の緊張関係を保っていないといけない。当たり障りのない質問と答弁だけが繰り返される出来レースのような記者会見では、政治権力の暴走に拍車をかけるだけです。

■かつての首相会見では記者クラブが仕切り役に

【森】最大の問題というか根源は、会見を「誰が仕切るか」という論点です。『i 新聞記者ドキュメント』においても問題提起をしたけれど、記者会見の主催者は記者クラブです。ならば記者クラブや記者会が場を仕切り、司会も記者クラブ側が立てるべきです。べきというか当たり前。でもそうなっていない。主催とは名ばかりで、イニシアチブはすべて官邸にグリップされている。

【望月】以前、中曽根康弘さんが首相をしていたころの記録を国会図書館で調べたことがあります。首相会見の記録も手書きの文書で残っていて、司会は記者クラブの人間が務めていました。会見は長いものでは、1時間くらいは行なわれていて、記録を見ると記者たちもしっかり質問しているし、中曽根さんもちゃんとそれに受け答えをしている。

政治家にインタビューするジャーナリスト
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

三度目の緊急事態宣言下にある2021年5月上旬時点での菅首相の会見は「質問は一社一問」と限られ、答えが不十分な場合でも追加質問、いわゆる「さら問い」は認められていません。質問は重ねて聞くことでより権力者側の意図が露になりますので、さら問いを認めないという姿勢が続いているのは、やはり異常だと感じます。

政治が国民のためにあるのならば、首相や官房長官の会見は中曽根さんの時代のように、一刻も早く記者クラブ側が仕切るようにすべきだと思います。でも、そういった動きが各新聞社側からなかなか出てこないのが実情です。

■15分の打ち合せのために首相会見は打ち切られた

【森】2021年1月に二度目の緊急事態宣言に7府県が追加された直後の記者会見で、質問を希望して挙手している記者がいたのに司会者は「(首相は)次の日程がある」と強引に会見を打ち切りました。国民すべてが切実な問題として注目する新型コロナに関する重要な会見を途中で止めなければならないほどに重要な「次の日程」とは何だろう。

森達也・望月衣塑子『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』(集英社新書)
森達也・望月衣塑子『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』(集英社新書)

翌日の首相動静には、その後に15分程度で終わった打ち合わせが記されていました。たった15分。ならば打ち合わせではなくて報告だよね。いくらでも後ろにずらせるはずです。次の日程というエクスキューズを使うために設定しておいたのかと思いたくなる。バカにするなと記者たちは怒るべきです。官邸側に仕切りを任せているからこうしたことが起きてしまう。まずは主導権を記者クラブ側が取り戻さないと。

【望月】今現在、反論を述べない新聞社、あるいは番記者たちにしても、本音では質問できる権利を取り戻したいという人のほうが多いと思うんです。内閣記者会(官邸記者クラブ)の総会を開いて、そういったことを議論すればいいのですが、その総会も設立以降一度も開かれていないと聞きます。

■権力に利用される記者クラブのままでいいはずがない

【森】明治時代に記者を締め出そうとした帝国議会に対抗するために、記者クラブは設立されました。最初の理念は間違いではなかった。でもその後に翼賛クラブ化して権力に利用されるようになった。

排他性も問題です。日本以外の多くの国のプレスクラブは、外国人特派員協会がまさしくそうだけど、雑誌やウェブ媒体の記者、フリーランスのジャーナリストの入会が可能です。日本以外にこうした排他的な記者クラブを持つ国は、中央アフリカのガボンとかつてのジンバブエ、あるいはミャンマーくらいだと聞いたことがあります。

民主党政権下では記者クラブ解体の方向が少しだけあったけれど、安倍政権になってからは元通りというか、前よりも締め付けが強くなった。政治権力をしっかりと監視していくために、今の記者クラブの在りかたは一刻も早く変えるべきです。

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森 達也(もり・たつや)
映画監督/作家
1956年、広島県生まれ。映画作品に『A』『A2』『FAKE』『i 新聞記者ドキュメント』ほか。著書に『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面』(講談社現代新書)、『桃太郎は鬼ヶ島をもう一度襲撃することにした』(ワニブックスPLUS新書)、『すべての戦争は自衛から始まる』(講談社文庫)ほか多数。

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望月 衣塑子(もちづき・いそこ)
東京新聞社会部 記者
1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞社に入社。経済部などを経て社会部の遊軍記者となる。森友学園・加計学園問題以降、菅内閣官房長官(当時)への鋭い質問が注目される。著者に『新聞記者』、『武器輸出と日本企業』、『報道現場』(角川書店)など。

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(映画監督/作家 森 達也、東京新聞社会部 記者 望月 衣塑子)

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