出社を迫られると都合よく発症する…「うつ貴族」は抗うつ薬では治らない
プレジデントオンライン / 2021年11月5日 9時15分
※本稿は、春日武彦『あなたの隣の精神疾患』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
■「新型うつ病」は医学用語ではない
新型うつ病(あるいは現代型うつ)などまことしやかな名称(医学用語ではない。むしろマスコミ用語に近い)が与えられているが、その実体は、神経症(抑うつ神経症)、職場恐怖症、パーソナリティー障害等々が「うつ状態」を呈しているケースを、一括してネーミングしただけである。したがって治療法はどんな疾患がベースになっているかで微妙に違ってくる。ただし従来型うつ病のように、抗うつ薬をメインにして乗り切るべき種類のものではない。
つまり、新型うつ病なるまったく新しい病気が登場したわけではない。名前とパッケージだけを変えて新たに売り出された「昔ながらの商品」みたいなものである。
では新型うつ病のどこが問題なのか。ひとつには製薬会社の啓発活動、もうひとつにはネットによる(まことしやかな)医学情報の拡散——この二つが深く関係していると思われる。
1999年に本邦で新しいタイプの抗うつ薬SSRIが発売されて以来、製薬会社は強力な宣伝活動を展開した。「うつ病は心の風邪」といったキャッチコピー、2000年には女優の木の実ナナを使った新聞広告「私は、バリバリの『鬱』です。/『うつ』を、いっしょに理解してください——/木の実ナナさんからの、お願いです。/人間は、だれでも『うつ』になる可能性があります。/女優・木の実ナナさんもそんな一人。」、2002年「『うつ』――もう、一カ月もつらいなら/気分が落ち込む、何をしても楽しくない……一カ月つづいたら、お医者さんへ」、2004年「毎日、つらかった」、といった調子で、併せて製薬会社は相談窓口を開設したり、治験の募集も行った。
■自分がうつ病だと信じ込む患者が増えたワケ
当時はまだ精神科受診には二の足を踏む人も多かったし、うつは「気の持ちよう」と考える人も多かったから、こうした啓発がプラスに作用した面は確かにある。だが同時に、〈気が沈んだり「やる気」が起きなかったらそれはうつ病です→抗うつ薬さえ飲めば問題は解決します〉といった短絡した図式が世間に定着してしまった。
ネットではうつ病チェックリストの類が横行し、あまりにも単純化された「うつ病についての解説」「抗うつ薬の素晴らしさ」が喧伝され、精神科医はSSRIを商うドラッグストアの店員と大差のない存在とされるようになった。いささか極端に申せば、そのような流れになる。
こうして「うつ病もどき」の患者が増えることになった。彼らは自分たちがうつ病であると信じ込んでいる。しかも半端にうつ病の知識を持っているがために、「静養の必要」「励ましてはいけない」「無理に仕事をさせると再燃する」などを権利として要求するようになった。
だがそうした人たちは抗うつ薬では治らないし、同僚から見れば権利を振りかざして強引に休暇を取得しているようにしか感じられない。
実際、うつ病もどきの人たち(比較的若い年代にシフトしている)の多くは、会社ではまさに「うつ」に押し潰されそうな様子であるのに、自宅で静養するとなると、途端に元気を取り戻す。病欠のくせにウィークデイに東京ディズニーランドなどへ出掛けてブログやらフェイスブックに写真を載せたりする。おまけに、病欠の期間が終わって出勤が近づくとまたうつっぽくなる。
これでは社会通念上許されまい。「うつ貴族」などといった言葉まで生まれるようになった。そして、2012年4月29日にNHKスペシャルで放送された「職場を襲う“新型うつ”」によって新型うつ病なる名称は一気に広まるに至った。
■眠れない、自分を責める従来型うつ病
従来型うつ病と新型うつ病とでは、症状においてどのような違いがあるだろうか。
従来型では不眠(早朝覚醒)が特徴的であった。新型では不眠の患者もいるが逆に過眠となることも多い。従来型では食欲は落ちるが、新型では過食に走るケースも散見される。従来型では自責感の存在が重要であったが、新型では逆に他人が悪いと主張する(他責的)。従来型では全般的な興味関心の喪失が見られたが、新型では場面選択的になる。すなわち職場では何もする意欲も元気もなくなるけれど、自宅ではゲームやSNSに夢中になったりと、様子がまるで異なるのである。
新型でも自殺企図は生ずることがあるけれど、中途半端OD(オーバードーズ、過量服薬)やリストカットなどが多い(それでも場合によっては死んでしまいかねない)。
■新型うつ病の3つの特徴
新型うつ病に対して少々辛辣(しんらつ)な語り口で述べたが、だからといって新型うつ病を詐病だとか「あてつけ」であると言っているわけではない。要点を挙げてみよう。
② 誤ったニュアンスの情報(おおむねネット経由)に基づいて彼らは行動しており、それは彼らが騙されていると解釈することも可能だ。
③ 新型うつ病の患者全員が「うつ貴族」というわけではない。
以上の三点である。
まず、①について。確かに、彼らは「本当につらい、どうにかしてほしい」と思っているのである。だが周囲の人にしてみれば、「その程度のことで音を上げて、それどころか病気だなんて言い出すとは呆れたものだ。世間を甘く見るのもいい加減にしろ。お前が病気だとしたら、俺はもはや瀕死の重病人だ」と腹が立つ。
それもまあ無理からぬリアクションだろう。ましてや病欠中に自宅でゲームに興じたり遊びに行ったりすれば、なおさらである。病欠をされるとそのぶんを周囲がフォローせざるを得なくなるのが通常のパターンだから、なおさら腹が立つ。
■興味があるのは抗うつ薬と病気休暇
精神科医は、原則として患者に説教はしない。それは気の持ちようだよ、と話を逸らすこともしない。まずは本人の主観をそのまま受け止める。といって患者の言うことをすべて額面通りに、無批判に信じ込むこともしない。
もし当人が世間を甘く見ているがゆえに「苦しい」と訴えているなら、それはそれで確かに苦しいのだろう、だが世間の基準からあまりにもかけ離れた尺度で当人が苦しいと主張しているのだから、そのかけ離れ具合にこそ病理が宿っていると考える。それゆえに彼らをとりあえず病人と見なし、対症療法的に対応して信頼を獲得しつつ、彼らの病理へ徐々にアプローチを図っていく。それこそが本来の治療のあり方である。
しかし新型うつ病となる人たちは、往々にして自分が望む抗うつ薬の処方や、病気休暇の取得などにしか興味がない。つまり患者側が主導権を握りたがるのである。あるいは、世間の非情さや会社のブラックさ、社会の残酷さによってもたらされる「犠牲者としてのうつ病患者」という、ドラマチックな立ち位置を求めたがる。
精神科医による根本的なアプローチはむしろ避けたがる。医師は無理強いなどできないから、とりあえずそのような彼らを容認しているうちに、いつしか精神科医が新型うつ病患者に怠けるためのお墨付きを与えているかのような事態になってしまう。
考えようによっては、新型うつ病の人たち(の一部)は自分勝手でズルいのである。弱いくせに図々しい。けれども、同時に彼らはあまりにも世間知らずでしかも視野が狭い。ネット情報に従えば治ると思っているし、周囲の人たちの気持ちなど想像もできない。メンタルは子どもに近いと考えたほうが賢明かもしれない。いささか傲慢な虚弱児ではあるかもしれないけれど。
■ネット情報が導く「うつ病」という着地点
次に②。人は自分の心が不安定になり上手く機能しなくなってしまっても、それがどのような状態になっているかを的確に把握することが難しい。先入観や思い込み、周囲からの暗示や雰囲気、世間の風潮、情報操作や宣伝戦略などに容易に左右されて、思いがけないところに〈わたしの不調、わたしの生きにくさの正体はこれである〉という着地点を見出してしまう。
そのような(考えようによってはイージーかつ便利至極な)着地点は、時代とともに移り変わってきた。たとえば神経衰弱、病気不安症ともいわれるヒポコンデリー、ノイローゼといった具合に。トラウマやPTSD、解離性障害などが着地点となったこともあった。そしてつい最近までは、うつ病がそれに該当していたようである。
さらにネットによる情報は、必ずしも誤ってはいないかもしれないがニュアンスがまるで違ったりする。そんな情報が伝言ゲームで変貌を遂げ、「気持ちがすっきりしなかったらうつ病」「つらかったり気が進まなかったらうつ病」「自分らしく生きられなかったらうつ病」といった具合に、とにかくうつ病ということにすれば話がまとまる、といった流れになってしまったようである。いずれ次なる着地点が出現することだろう(もしかするとそれは、発達障害かもしれない。発達障害を抱えているがそのぶん傑出した才能を持つキャラ、といったノリで)。
■順調な人生の「遅れてきた反抗期」かもしれない
ことにまだ若い世代の新型うつ病患者が、欠勤だの病欠だのを繰り返しているうちにリストラされてしまうケースは珍しくない。せっかく入社した上場企業から馘首(かくしゅ)されたりしたら、さぞや気落ちしてそれこそトラウマ体験になるのではないかと心配しつつ観察していると、少なからずの人たちが案外と平気な顔をしているのである。むしろ「せいせいした」ようにすら映ったりする。なぜそんな奇異な顛末になるのか?
こういった人はそれまで比較的順調に人生を歩んできた場合が多いようだ。挫折知らずなわけで、それはそれでめでたいのかもしれないけれど、どうやら当人はそんな無難な道筋に釈然としないものを感じているらしい。親の意向で人生を歩まされているみたいな違和感を覚えている。
そうなると、新型うつ病を患って会社を辞めること(すなわち親や周囲の期待を裏切ること)が反抗期に近い意味合いを帯びてくるのかもしれない。さらには少々飛躍した論であるように聞こえるかもしれないが、しばしば新型うつ病と、それによってもたらされる人生の変化という組み合わせが、ある種の通過儀礼に近い役割を果たしているようにも感じられるのである。実際にはそこまでシンプルな絵解きにはならなくても、根底の部分にはどこか遅れてきた反抗期ないしは通過儀礼に近い意味合いが新型うつ病には託されがちな印象がある。
■職場に「うつ貴族」がいる場合の対処法
最後に③について。新型うつ病は従来型うつ病とは異なる原因に根差した「うつ状態」なのであり、必ずしも「うつ貴族」的なアンフェアで卑怯(ひきょう)で厚かましい人たちとは限らない。でもうつ貴族は大いに目立ち、結果として悪貨が良貨を駆逐してしまったかのような気配は感じられる。率直に述べれば、やはりパーソナリティーに問題を抱えた人たちが一定数いて、彼らの振るまいが新型うつ病のイメージを悪くしている。
とはいうものの、そんな彼らも苦しんではいる。自らを周囲に理解してもらえぬ被害者だと考え、うつ貴族なんて名称と自分とは断固無関係だと信じている。そのようなすれ違いがなおさら事態を面倒なものにしている。
ではそのように周囲を困らせるタイプの新型うつ病への対処はどうすべきか。
だらだらと休ませるのは感心しない。担当医と連携しつつ病欠にはしっかりと期間を限定し、「けじめ」をつける。環境調整や異動などで本人への応援は試みるものの、それで追いつかないとしたら、むしろ会社そのものと本人との反りが合わないわけで、それは誰それが悪いといった話ではなくまさに相性の問題である。もっと本人に相応しい別の組織や分野で活躍してもらう形で話し合いを進めたほうが良いだろう。腫れ物に触るような態度で曖昧に接していては、互いに不満が募るだけである。残念ながらもうこれ以上あなたに配慮したり譲歩するのは無理なんです、と手の内を明かす姿勢で話し合いをしたほうが現実的だと思う。
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精神科医/作家
1951年、京都府生まれ。日本医科大学卒業。産婦人科医を経て、精神科医に。都立精神保健福祉センター、都立松沢病院精神科部長、多摩中央病院院長などを経て、成仁病院勤務。著書に『援助者必携 はじめての精神科』(医学書院)、『奇想版 精神医学事典』(河出書房新社)など多数。
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(精神科医/作家 春日 武彦)
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