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ひろゆきを「難しいことをわかりやすく教えてくれる最高の知識人」に仕立て上げた大手メディアの末路

プレジデントオンライン / 2021年11月9日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Grassetto

2ちゃんねる創設者のひろゆきさんが今人気だ。文筆家の御田寺圭さんは「地上波の有名人としてのポジションを確立している。世の中の“インテリ嫌い”の空気を味方につけたことが背景にある」という――。

■「2ch管理人」から「お茶の間の物知り兄ちゃん」へ

いま「ひろゆき」が、お茶の間で急速に認知度と好感度を獲得している。

「ひろゆき」とはほかでもない、匿名掲示板「2ちゃんねる」の創設者である西村博之氏である。テレビを見ない人には信じられないかもしれないが、現在の西村氏はテレビをはじめとする主流メディアで引っ張りだこの人気タレントの仲間入りを果たしている。

知る人ぞ知る「2ch管理人」だった西村氏は、もはや「アングラ・ネットの有名人」の枠をすでに飛び越えて「地上波の有名人」としてのポジションを確立している。パンデミックのなか、芸能人の別室からのリモート出演のスタイルが定番化しているという時代の変化も彼の追い風となったのか、在住している遠く離れたフランスからインターネット中継で出演する氏のスタイルは、とくに抵抗感なくお茶の間に受け入れられたようだ。

西村氏はいま若者層を中心としてファンを急速に拡大していることは事実である。たとえば、ソニー生命によるアンケート調査「中高生が思い描く将来についての意識調査2021」では、「将来のことを相談したいと思う有名人」の3位に西村氏がランクインしている。また、「“将来、こういう大人になりたい”と思う有名人」でも10位である。

2000年代において、日本の「アングラ」文化の主要人物でありながら、いまやテレビタレントとなり、中高生の憧れの的となっている。活躍期間の「息の長さ」にも、またそのポジションの「転身」ぶりにも驚かされるばかりである。

西村氏が出演しているABEMAの番組『マッドマックスTV』の宣伝動画(ABEMAバラエティ【公式】より)

■SNSでしばしば指摘されている「誤り」

「論破王」の愛称で親しまれ、さながらお茶の間のご意見番となっている西村博之氏(あるいは同じ系統のタレントとして、お笑い芸人でありながら知識系Youtuberとしても各方面で活躍するオリエンタルラジオ・中田敦彦氏など)は、しかしながらネット上とりわけSNSでの評判はすこぶる悪い。

というのも、西村氏個人の価値判断や意見表明はともかくとして、さまざまな分野に幅広く通じているという体で披露される知識や情報には、事実誤認や虚偽が多く含まれているためだ。

西村氏の不正確な、あるいは端的に事実誤認に基づく情報発信は、SNS上でしばしば批判や嘲笑の的となっている。相対性理論に関する事実誤認、総合格闘技についての誤った解説、フランス語についての基本的理解の誤りなどは、その道のプロからの指摘や批判が相次ぎ大きな物議を醸した。

■「ネット民」からの評判は悪くても……

読者の皆さんも、一度は「ひろゆきがまた的外れなこと言って恥を晒している」といった趣旨のネット記事やSNSのバズを見かけたことがあるのではないだろうか。もはやツイッターでは「ひろゆきの誤った知識を嘲笑するコンテンツ」は、SNSにおけるバズ獲得の定番ジャンルとなっている。

しかしながら、西村博之氏が「誤った事実認識や知識不足に基づいて放言する胡散臭い人間」と定評を得てしまっているのはせいぜいネットユーザーの世界でだけだ。お茶の間にはその評価は連続していない。すでに西村氏はお茶の間では「賢いのに偉そうにふるまわず、私たちの目線でなんでもわかりやすく教えてくれる物知りなお兄さん」として支持を集めている。

「ひろゆきの地上波進出」を支えているのは若者だけではない。中高年世代からも、西村氏のその軽妙な語り口は「わかりやすく物事をかみ砕いて説明してくれる」と感心されて高い評価を得ている。むしろ若者以上にテレビの視聴時間の長い中高年世代こそが、「ひろゆき」を新時代の論客として、それこそ橋下徹氏や池上彰氏がテレビタレントとして収まってきたポジションの「後釜」に据わることを歓迎しているのだ。

撮影中のスタジオ風景
写真=iStock.com/izusek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/izusek

■「エリート嫌い」の空気感をコンテンツに昇華した

西村博之氏は、橋下徹氏や池上彰氏の名跡を継ぐ者としてテレビ業界に重用されていることは間違いないが、しかし西村氏はそうした人びとよりもさらに「庶民」の側へと歩み寄っている。

西村氏がいま担っている「地上波の有名人」としての役割は、過去に西村氏と同じような立ち位置で重用されてきた先人たちと同じような「自分たちのような賢くない庶民にも難しいことをわかりやすい説明で教えてくれるナビゲーター」というポジションには留まっていない。そこからもう一歩前に、よりラディカルに進んだ形になっている。

――すなわち「立派な肩書や学歴のある専門家や知識人といったインテリ層・エリート層の『頭の良さ』なんか、実は大したことないじゃん」という反知的権威主義・反スノビズムの旗手としての役割である。

市民社会にうっすらと、暗黙裡に、しかし着実に流れていた「インテリぎらい」「エリートぎらい」の空気感を見事にコンテンツにまで昇華してくれる存在であることが、西村氏の画期的な点であった。

橋下徹氏や池上彰氏も必要に応じて「反エリート」「反権力」的なスタンスをとることはあった。しかし彼らの肩書や職業もたいそう立派なものであり、世間的にはどちらかといえば「エリート」側の人であると認識されていた。しかし西村氏はその軽薄で緊張感のない語り口や、「論破王」「インターネットに詳しい人」などよくわからない肩書、肩ひじ張らない服装や童顔な顔立ちもあって、庶民から「きっと彼は《こちら側》の人だ」という親しみやすさを抱かれるには十分だった。

■テレビもウェブメディアも西村氏に頼り切っている

インテリやエリートのなにやら複雑で難しい話を聞かされているうちに、騙されているとまではいわないが、どことなくけむに巻かれたり馬鹿にされたりしているような気分になってくる――メディアを通じて日々そんな感覚を味わってきた庶民たちにとって、西村氏は「インテリやエリートの小難しい話をわかりやすくダイジェストしてくれる」だけでなく、おまけに彼らをロジカルに詰めて「論破」してその鼻を明かしてくれるのだから、これほど溜飲が下がることもない。

テレビメディアで番組を企画する側の人びとも「大衆はエリートやインテリを畏敬しながら、同時に反感や嫌悪感を抱いている」というアンビバレントな感情があることに気づいていたからこそ、西村氏を重用することは合理的だった。

また今日ではウェブメディア業界も、西村氏を「ネットのアングラの立役者」ではなくて「テレビで大人気の論破王」としての文脈でいわば「逆輸入」している。彼がウェブメディアでもお茶の間に発するのと同じテイストで「~~する人は頭が悪い」「本当に賢い人は○○をする」と語れば、それだけで爆発的なPVが寄せられる。この空前のブームに便乗しない手はない。

スマートフォンでニュースをチェックする人の手元
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

■「反知性主義だ」と批判するほど追い風になる

SNSなどでセンター試験の点数を生涯の自慢話のように語り、自分たちの知的水準や教養の高さを四六時中披露しあっているネットユーザーの視点から見れば、西村博之氏が幅広い世代から支持を集め、さながら「時代の寵児」となっていることは紛れもなく「反知性主義の台頭」であるように見える。彼のような人間に子どもたちが憧れるなど、この世の終わりである――と。

だが、西村氏に向けられるそうした「上から目線」の批判や冷笑こそが、氏にとってはなによりの追い風になる。西村氏をこき下ろせば――たとえ批判内容が妥当であったとしても――そうした言明自体が「頭の悪い奴がわれわれのような知的エリートの言っていることにいちいち異論をはさむな」というある種の傲慢な態度として庶民に届いてしまうからだ。庶民に貫通して届いたスノビズムをともなうメッセージは、西村氏の信頼失墜ではなく期待や支持として還元されていく。

■「エリートを論破する」カタルシスを与えてくれる

大衆社会に静かに渦巻いている「反インテリ」「反エリート」の感情をくすぐり、さらには「論破」という形のカタルシスを提供してくれる。お高く留まっていたインテリやエリートたちの「物知り兄ちゃんにも議論で敗れるくらい、実は大した連中ではない」「頭でっかちなだけで、あまり賢くはない」「偉そうな肩書があるだけで、中身はハリボテだった」といった事実を白日の下に容赦なくさらし、お茶の間に届けてくれる。

「エリートvs.エリート」の形式をとる、よくある政治討論番組などでは絶対に味わえなかったような高揚感が、西村博之氏にならば提供できる。「エリートvs.部屋着のままリモート出演するちょっと物知りな兄ちゃん」という構造によってだ。しかも部屋着のまま出演する顎ヒゲをたくわえた男の方が、きちっとした容貌のエリートよりも「すぐれている」ようにさえ見える様相に、人びとはスカッとした気分になり、喝采を送る。

元「アングラ」のプリンスだった男に、子どもたちは憧れのまなざしを送り、中高年はその当意即妙な弁舌術に舌を巻く。

数年後には、「ひろゆき」が地上波のテレビ局各社で人気の司会者やコメンテーターを務めていたとしても、私はそれほど驚かない。

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御田寺 圭(みたてら・けい)
文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。

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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)

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