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「大谷翔平の打球速度を瞬時に表示」プロ野球の6倍稼ぐ"米大リーグのすごい経営"

プレジデントオンライン / 2021年11月19日 12時15分

マリナーズ戦で力投するエンゼルス先発の大谷翔平=2021年9月26日、アメリカ・アナハイム - 写真=時事通信フォト

米国大リーグと日本のプロ野球の違いは何か。金融アナリストの高橋克英さんは「MLBはGAFAの経営を取り入れ、絶えず革新を続けている。なかでも、デジタル化、サブスク化、拡張化の3つに注目すべきだ」という――。

■MLBはプロ野球の約6倍の収益

コロナ前の2019年のMLB機構全体の収益は、米国フォーブスによると、107億ドル(1兆1770億円)に達している(MLB Sees Record $10.7 Billion In Revenues For 2019 [forbes.com])。一方、日本のプロ野球全体の収益は、コロナ前でも2000億円前後(マリブジャパン推計)であり、MLBはプロ野球の約6倍の収益を上げていることになる。

日米のプロ野球の収益力の差は、そのまま両国の社会のあり方の差でもある。高齢化と過疎化が進む日本では、改革よりも既得権益を守る空気のほうが優勢であり、NPB(日本プロ野球機構)は低位安定から抜け出せない。一方で、GAFAの経営を取り入れ、絶えず改革し収益を上げ続けるのがMLBだ。

当たり前だが、プロ野球のよさもある。MLBの全てをまねる必要はなく、MLBが全て優れている訳ではない。しかし、MLBから学ぶ点はありそうだ。①デジタル化、②サブスク化、③拡張化により、MLBのように、ワクワクする、儲かる仕組みをつくり、閉塞感や停滞感を打破すれば、プロ野球も今以上に魅力あるものになるはずだ。

■プレーを即時にデータ化、見ながら楽しめる

今期、米大リーグ(メジャーリーグ、MLB)で大活躍したロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平選手の最高打球速度は、119マイル(約191.5km)に達しMLB全体で第3位、バレルゾーン率(最も長打になりやすい打球角度と打球速度の範囲)は12.2%で第2位だ。

こうしたランキングデータを楽しむことを可能にしたのが、ボールや選手の動きを追跡してデータ化するトラッキングシステム「Statcast(スタットキャスト)」である。MLB機構が2000年に設立したMLBAM(MLBアドバンスドメディア)によって開発され、2015年に全30球団全ての本拠地球場に導入された。なお、2020年にMLBは計測に使うシステムを、軍事用レーダーを応用した機器「トラックマン」から、ソニー子会社が提供する高性能カメラによる解析機器「ホークアイ」に変更している。また、スタットキャストは、元々はGAFAの一角であるアマゾンのクラウドサービス「AWS」上で運用していたが、2020年からはライバルであるGoogleの同サービス「Google Cloud」に乗り換えている。

スタットキャストでは、選手のプレーを瞬時に測定・解析し、球速、ボール回転数、打球速度や角度から、守備位置や打球までの距離、走った速度やルートの効率性などを数値化することができ、実況中継放送中でも画面上にてボールの軌道や飛距離などをビジュアル化できる。

MLBAMが運営するMLB公式サイトでは、動画コンテンツに加えて、スタットキャストによって、チームや選手のさまざまな成績などのデータも見ることができる。MLBAMが公式サイトを一括管理するため、システムコストも軽減され、統一感がありデザインも秀逸だ。MLBは、最新のデジタルテクノロジーを活用してデータを一括管理し、そのデータを利用することで、視聴者や観客動員数を増やし、収益の拡大にもつなげているのだ。

■シーズンチケットで経営を安定化

MLBは、シーズンチケットの販売重視、有料放送会員の拡大、ボールパーク化による継続的な訪問を促す、といった形で、サブスクリプション・サービスの拡大(サブスク化)も重視している。

特に、シーズンチケット販売が重要とされており、人気チームになると観客席全体の7割近くがシーズンチケットになるぐらいだ。単発のチケットの売上は、チームの成績や天候などにも影響され不安定である一方、開幕前に売上が確定するシーズンチケットの販売は、経営の安定化にもつながる。シーズンチケット購入者はMLBにとって最重要顧客なのだ。

また、ホテル、マンション、ショッピングモールやキッズパークを併設など、スタジアムと一体になって「ボールパーク化」することによって、家族連れなど幅広い層に継続的に球場に足を運んでもらう仕組みにも注力している。

■球団数を増やし、市場拡大を図る

MLBでは、長らくア・リーグ、ナ・リーグ合わせて16球団の時代が続いた。拡張化は1961年に始まり、20球団→24球団→26球団→28球団と増えていき、1998年には、アリゾナとタンパベイに新球団が誕生し、現在の30球団となった。拡大化で誕生した球団は14球団もあり、いまやMLBの半数近くを占めているのだ。

球団数の拡大により、本拠地が北米に広がった。選手をはじめ新たな雇用が生まれ、地元での関連ビジネスも生まれる。プレーオフがより充実し、対戦カードも多様化してファンを一層惹きつけることになる。

MLB機構のコミッショナーであるロブ・マンフレッド氏は、2015年に就任以来「近い将来2球団を新規増設する」と発言していることが、度々報じられている。筆頭候補は、MLBチームがないラスベガスとナッシュビルで、ポートランド、モントリオールといった都市でも既存球団からの本拠地誘致運動が起きている。これら地域では、新設球場建設を掲げた投資家や著名人が地元自治体とも協力しながら、球団招致レースを展開している。MLBによって、積極的な拡張化を人工的に起こし、MLB全体の市場を拡大し資産価値をさらに増やそうとしているのだ。

アナハイムのエンジェルスタジアム
写真=iStock.com/wellesenterprises
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wellesenterprises

■収益は各球団に分配し、MLB全体で稼ぐ

MLBはただ闇雲に拡張化しているだけではない。各球団の戦力や経営状況の格差が広がったり、MLB全体のブランド価値が損なわれたりしないような仕組みも取り入れている。

例えば、各球団はグッズ販売や飲食などの球場ビジネスで上がった収益の約30%をMLB機構に収め、MLB機構はその拠出金を全球団に均等分配する収益分配制度が設けられている。また、MLBでは、チームの総額年俸が定められており、基準を超えたチームには「ぜいたく税」と呼ばれる罰則金が課せられる。資金力のある人気球団だけに優秀な選手が集中するのを防ぎ、戦力均衡によるMLB全体の活性化を重視しているのだ。

なお、スポンサー契約、キー局との放映権契約、球場外グッズ販売は、全てMLB機構が代表して契約している。例えば、ナイキとは2020年シーズンから10年間、全球団のユニホーム右胸にロゴを入れることで、総額10億ドル(約1100億円)で合意した。FOXなどとは2028年まで総額51億ドル(約5610億円)の放送権契約を締結している。個別交渉するよりもMLB機構が窓口となることで交渉力を高めることができるのだ。得られた益は、全30球団に均等に分配。公平性・透明性が保たれ、個別球団ごとに稼ぐのではなく、MLB全体で稼ぐビジネスモデルが完成している。

■GAFAで活躍した人材を採用

MLB機構や各球団では、デジタル化にあたって、NASAのエンジニアや、GAFAで活躍したデータサイエンティストやコンサルタントなどを採用しており、球団オーナーやGMには、弁護士や投資銀行出身者なども多い。こうした多様な人材が、データを活用した経営を実践しているのだ。

MLBは、スタットキャストの活用、シーズンチケットの優遇、球団の拡張といった形で、①デジタル化、②サブスク化、③拡張化に注力することで、収益の拡大にも成功している。

GAFAには、最先端のデジタル技術を用いた商品やサービスにより顧客を惹きつけ、定額サービスなどサブスク化により顧客を囲い込み、既存サービスのアップデートや新商品などの提供により拡張を続ける、といったビジネスモデルで躍進してきたが、まさにMLBもGAFAの経営の強みを取り入れているのだ。同時にMLBは、多彩な人材を採用し、収益分配制度などにより、多様化し公平性・透明性ある経営に成功し、持続可能な成長を実現しつつあるといえよう。

テレビのリモコンを手に野球観戦
写真=iStock.com/Yurdakul
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yurdakul

■NYヤンキースは約5775億円の資産価値

実際のところ、フォーブスによると、「世界で最も価値あるスポーツチーム」となったNFLのダラス・カウボーイズ(推定資産価値57億ドル)に次いで、MLBのニューヨーク・ヤンキースが昨年より5%高い52億5000万ドル(約5775億円)で2位につけている(World's Most Valuable Sports Teams 2021 [forbes.com])。4位、5位となったスペインサッカーリーグ(ラ・リーガ)のFCバルセロナやレアル・マドリードよりも上だ。その他、16位には、ロサンゼルス・ドジャース(35.7億ドル)、20位ボストン・レッドソックス(34.7億ドル)、22位シカゴ・カブス(33.6億ドル)、28位サンフランシスコ・ジャイアンツ(31.8億円)、47位ニューヨーク・メッツ(24.5億ドル)と続く。

■プロ野球もデジタル化を進めているものの…

それでは、日本のプロ野球は、GAFAの経営の強みを意識しているのだろうか。

デジタル化に関しては、実は、プロ野球でも、冒頭で紹介したMLBの「トラックマン」が導入されている。また、最新の「ホークアイ」がヤクルトの本拠地で導入され、今年のセ・リーグ優勝に貢献したという(日本経済新聞2021年10月30日)。しかしながら、こうしたデータが、地上波放送やネットコンテンツなどプロ野球全体で体系的に生かされているとは言い難い。

例えば、プロ野球NPBの公式サイトを覗いたことがある読者はどれくらいいるだろうか。正直なところ、サイト内容は豊富ではあるが、見やすいとはいえず、試合経過だけなら、「スポーツナビ」などの民間アプリを利用する方が便利そうだ。

動画配信にしても、パ・リーグの動画だけを配信する「パ・リーグTV」が象徴するように、NPB、セ・パ両リーグ、各12球団が、デジタル化に関して独自にバラバラに対応しているのが現状だ。特にセ・リーグの球団スポンサーには読売新聞社や中日新聞社、TBSとメディア企業が入っていることも、ネット配信などプロ野球全体でのデジタル化を難しくしている。

チケット販売におけるダイナミックプライシングやキャッシュレス化などもプロ野球全体で統一的に進んでいる気配はない。

金貨
写真=iStock.com/Baiploo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Baiploo

■ボールパーク構想には期待できる

サブスク化に関しては、シーズンチケットの販売拡大、有料ファンクラブの充実、有料放送の会員拡大など、年会費を継続的に払ってもらうシステムづくりが不可欠だが、まだ緒についたばかりだ。富裕層を呼び込むVIPラウンジやVIPチケットの導入もまだ一部で始まったばかりだ。

もっとも日本でもボールパーク構想が広がっているのはいい流れだ。ショッピングモールやキッズパーク併設によるプラスαの集客によって、家族連れなどにも継続的に球場に足を運んでもらうことができる。2023年3月に誕生予定の、日本ハムの「北海道ボールパーク・Fビレッジ」や、巨人の後楽園での新球場計画も期待できよう。

■12球団から16球団に拡大を

プロ野球に最も欠けているものが拡張化だ。プロ野球の試合は、おなじみの12球団で行われる。交流戦などはあるものの、毎度毎度の巨人VSヤクルトに、西武VSオリックスでは、30球団を有するMLBの豊富な対戦カードを知ってしまったファンには物足りない。王貞治ソフトバンク会長も提言したように、例えば、新潟、静岡、四国、沖縄に4球団を新設して「2リーグ16球団」制とすれば、対戦カードも増え、廃止論も根強いCS(クライマックスシリーズ)も盛り上がるはずだ。だが、既得権益が絡み、進展は見られない。

東京ドーム
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

その他、既存のセ・パ両リーグは残したまま、独立リーグの四国アイランドリーグplus、BCリーグ、九州アジアリーグなどを再編し、3リーグ制に移行する形も考えられよう。また、サッカーの天皇杯のように、プロ野球と独立リーグ、社会人や大学野球の優勝チームなどが参加するトーナメントの仕組みを設け、日本シリーズ王者とカップ戦を行うのも楽しそうだ。

そうすれば、今まで仮想ゲームの中でしか存在しなかったような対戦が実現するのだ。デジタル化とサブスク化に加え、拡張化によって「ワクワクする」→「行きたい、観たい」→「集客力・視聴率アップ」→「入場料・放映料アップ」→「収益力アップ」→「さらなる拡張・投資」という好循環が実現することになるはずだ。

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高橋 克英(たかはし・かつひで)
マリブジャパン代表取締役
三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて富裕層向け資産運用アドバイザー等で活躍。世界60カ国以上を訪問。バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、ハワイ、ニセコ、京都、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『銀行ゼロ時代』、『地銀消滅』『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』など。

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(マリブジャパン代表取締役 高橋 克英)

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