「これがなければiPhoneは作れない」日本企業が世界シェアで圧倒するすごい電子部品
プレジデントオンライン / 2021年11月11日 9時15分
※本稿は、エミン・ユルマズ『米中覇権戦争で加速する世界秩序の再編 日本経済復活への新シナリオ』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■1990年当初の世界シェアは40〜50%だった
日本の半導体は1980年代半ばにそれまでトップだったアメリカを追い抜き、1990年当初まで世界の生産高の40〜50%を占めていた。
しかし、これまでの約30年のあいだにアメリカの半導体大手、台湾のTSMCや韓国のサムスン電子などとの競争に敗れ、2020年に世界シェアは6%にまで低下している。
では、なぜ日本の半導体事業がこうした状況に陥ってしまったのかというと、そもそもの要因は1970〜1990年代にかけての日米半導体摩擦の問題まで溯る。
日本の半導体メーカーは、特にDRAM(半導体記憶素子の一つ)の分野を得意とし廉価でもあった。これに対してアメリカは通商法301条に基づく提訴や反ダンピング訴訟などを起こし、1970年代末あたりから対日批判を繰り広げた。同時期の燃費の良い日本車がアメリカで売れたことに起因した自動車摩擦も少なからず影響したと思われる。
■「日米半導体協定」という不平等条約
こうした経緯から「第1次日米半導体協定」が1986年7月に締結され、この協定にはアメリカ製半導体の導入を図るようにすることなどが盛り込まれたが、翌1987年4月に当時のレーガン政権は、アメリカ製半導体が日本でシェアを伸ばしていないことなどを理由に、日本製家電などに100%もの高関税をかけるに至り、全面的な日米貿易摩擦の様相を呈した。
その後、第1次協定の期間が終了すると、レーガン政権を受け継いだブッシュ(通称パパブッシュ)政権も1991年8月に再び「第2次日米半導体協定」として、日本の半導体をアメリカの規格に合わせることやアメリカ製半導体の日本でのシェアを20%に引き上げることなどを要求してきた。
この第2次協定の期間が終了する頃には日本の半導体事業は衰退してしまい、これを見計らってアメリカはようやく「日米半導体協定」の失効を容認するに至った。
当然、日本の半導体部門を抱える企業ではリストラが進み、バブル崩壊の影響もあって、多くのエンジニアが韓国のサムスン電子に流れていくことになった。これが後日、サムスン電子を世界有数の半導体メーカーに育て上げることにつながったと推測する。
■ファブレスの流れに乗り遅れた日系メーカー
2次にわたる半導体協定の圧力から日本のメーカーが解放されて1993〜1995年頃になると、インテルのマイクロプロセッサー(超小型演算処理装置)「Pentium」やマイクロソフトのPC用OS「Windows 95」が売り出されるようになり、一気にインターネットの時代を迎えることになった。
そして、アメリカの半導体企業では、Fabless(ファブレス:研究開発や設計に専念し自社の製造工場を所有しない経営方式)化が進み、この新たな流れに日本の半導体メーカーは乗ることができなかった。
Fabless化は世界の半導体産業に大きな構造変化をもたらした。たとえばアメリカのインテルなどの大手半導体企業が研究開発・設計を担い、生産を台湾のTSMCに委託するという分業方式が加速し、その結果、受託側が製造面で優位性を発揮するようになった。
TSMCは現在、回路線幅が狭いほど性能が高まる半導体の製造技術において、業界最先端品の回路線幅5ナノ(1ナノは10億分の1)メートルの生産ラインを確立している。これに対して日本の半導体メーカーの技術は40ナノ止まりと大きく後れを取っている状態だ。
富士通とパナソニックの半導体事業を統合したソシオネクストは、2021年2月に日本勢初の5ナノの半導体を製品化すると発表したが、これもTSMCに委託したようだ。
■半導体の部材・部品では世界的シェアを持つ日系企業
ただ、日本の半導体メーカーの技術は40ナノメートル止まりと大きく後れを取っているとはいえ、半導体関連の全てが後れているということではない。
信越化学工業のシリコンウエハーや村田製作所のMLCC(積層セラミックコンデンサ)に代表されるように、日本の半導体関連の部材・部品は世界的なシェアを維持している。その最大の理由は、分解しようと解体しようと簡単に真似できない技術を保持しているからで、こうした技術こそ日本産業界の宝と言ってよいだろう。
■これからの生活に欠かせない半導体の素材「シリコンウエハー」
近年、半導体デバイスの高速化、高集積化、小型化などの付加価値を高める技術の重要性が高まっており、なかでも信越化学工業は、特に半導体の「基板」となる素材のシリコンウエハーのメーカーとして国内外に知られ、益々その活躍の場が広がっている。
同社のシリコンウエハーがどのようなものかというと、昔、火打ち石に使われていた珪石にはケイ素が多く含まれているが、まずこれを取り出して金属ケイ素を作り、次に金属ケイ素からほぼ100%に近い高純度のケイ素の塊である多結晶シリコンが作られるという。
さらにこの多結晶シリコンを原料に、結晶成長技術を駆使して一定の原子配列を持った直径約30センチ、長さ約1メートルというシリコンの結晶(単結晶)を作り、この単結晶の塊を薄くスライスしてシリコンウエハーが作られているという。
シリコンウエハーはスマートフォン、パソコン、デジタル家電、自動車など、我々の身の回りで数多く使われており、今後もモバイル機器、自動運転車、AI、IoT、5G等々の進化に伴って欠かせない材料になるのは間違いない。
■スマートフォン生産のカギを握っているMLCC
次に村田製作所のMLCCはどのようなものか。ひと言でいうと、信越化学工業のシリコンウエハーと同様にスマートフォン、パソコン、デジタル家電、自動車などに欠かせない部品になっているということだ。
たとえばスマートフォンには、1台当たり約800〜1000個のMLCCが使われており、端末に搭載される機能が増えれば、それにほぼ比例して搭載数も増大する。
したがって、高性能・多機能のスマートフォンの生産は、MLCCの小型化に掛かっていた。
そうしたなか、同社は世界最小のサイズ(0.25×0.125ミリメートル)でありながら、世界最大の静電容量を実現したMLCCを開発し、しかも同一容量の同社の従来品サイズ(0.4×0.2ミリメートル)に比べて、開発品のサイズ(0.25×0.125ミリメートル)は実装面積で2分の1、体積で5分の1の小型化に成功している。
MLCCは、電気を蓄えたり放出したりする電子部品のことで、電子機器の電圧を安定させたり、ノイズを取り除いたりするのに不可欠な部品になっている。
■次世代の自動車に欠かせない部品で世界シェアトップ
また、現時点で既にクルマ1台に100個以上の制御用コンピューターが搭載される例が出てきているそうだが、さらに、ハイブリッド車やEV、自動運転車の場合は、高電圧の電力を制御する電子回路が多数搭載されるため、高度な電気・電子回路の多様化と増加が見込まれる。
同社の車載用MLCCの市場シェアは50%を占め、技術開発において圧倒的に世界をリードしている。その技術と製品開発は、近未来車のアプリケーションの展開にも大きく作用するものと思われる。
従来のクルマは高度な機械技術の集合体だった。これに対して次世代のクルマは「走るコンピューター」、つまり「半導体の塊」という全く異なる形に変貌しようとしており、これに伴って村田製作所のMLCCはさらに欠かせないものになるはずだ。なお、TDKや太陽誘電、京セラも同様のMLCCを手掛けている。
わずか数ミリメートル角の半導体を製造するには、それに付随するシリコンウエハーやセラミックコンデンサの他にも、カメラメーカー、クリーンルームメーカー、超硬質カッターメーカーなど、東京・蒲田や東大阪などの日本の中小企業の優れた技術が欠かせないことも付け加えておきたい。
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エコノミスト
トルコ・イスタンブール出身。2004年に東京大学工学部を卒業。2006年に同大学新領域創成科学研究科修士課程を修了し、生命科学修士を取得。2006年野村證券に入社。2016年に複眼経済塾の取締役・塾頭に就任。著書に『新キャッシュレス時代 日本経済が再び世界をリードする 世界はグロースからクオリティへ』(コスミック出版)、『コロナ後の世界経済 米中新冷戦と日本経済の復活!』(集英社)『米中新冷戦のはざまで日本経済は必ず浮上する 令和時代に日経平均は30万円になる!』(かや書房)、『それでも強い日本経済!』(ビジネス社)、『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)などがある。
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(エコノミスト エミン・ユルマズ)
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