ガソリン、パスタ、電気代…ここにきて生活用品の"値上げラッシュ"が続出するワケ
プレジデントオンライン / 2021年11月9日 10時15分
■世界中でエネルギー資源の争奪戦が起きている
石炭、天然ガス、原油などのエネルギー資源や穀物などの価格上昇により、世界的に物価が上昇している。人手不足も物価を上昇させている要因の一つになっている。わが国にも少しずつ物価上昇の波が歩み寄っている。今後、家計の防衛準備が必要になるだろう。
当面、世界的に物価は高止まりするだろう。10月上旬の天然ガス価格などの急騰には行き過ぎの部分があった。足許、エネルギー資源の市況は幾分か調整しているが、世界的な供給制約は深刻だ。短期間でエネルギーや穀物などの供給が需要に見合う水準に回復するとは考えづらい。世界各国がエネルギー資源などを争奪する状況は続きそうだ。
そうした展開が想定される中で、わが国の物価は上昇し、高止まりする可能性がある。電力料金の引き上げなどを警戒し、支出を見直す家計はさらに増えるだろう。それは生活を防衛するための重要な手段だ。その結果、わが国の個人消費の回復ペースは追加的に鈍化し、景気先行きへの懸念が高まる展開は軽視できない。
■脱炭素政策、コロナ禍、中豪関係の悪化…
世界的な物価上昇の大きな要因のひとつが、エネルギー資源価格の上昇だ。10月上旬には、欧州の天然ガス価格や中国の石炭価格が急騰する場面があった。足許、天然ガスなどの価格上昇の勢いは幾分か落ち着いたが、価格水準は依然として高い。過去1年間で、原油価格は1バレル40ドル程度から80ドル台に上昇した(WTI原油先物価格に基づく)。
エネルギー資源価格の上昇要因は多い。時系列に確認すると、2010年代半ばごろから世界経済全体で脱炭素への取り組みが強化され、石炭、天然ガス、石油など化石燃料の生産関連の設備投資が絞られた。
その上に、コロナ禍が発生し世界経済全体で供給制約が深刻化した。具体的には、“巣ごもり需要”を背景に家電などの運搬が急増し、海運需給が逼迫した。都市封鎖などによる動線寸断は鉱山や油田開発を停滞させた。さらに、コロナの感染源をめぐって中豪関係が悪化し、中国は豪州産石炭の輸入を一時止めた。
他方で、感染再拡大によって中国は国境を封鎖し、想定外に石炭調達が減少した。中国は石炭の代替として天然ガスを買い求め、電力供給を増やそうとしている。その結果、世界的に石炭や天然ガスの価格が高騰した。なお、中国政府は石炭価格の高騰を抑えるために国内の炭鉱の生産拡張や価格抑制策に踏み切った。
■世界中でエネルギー資源の供給が追いつかない
再生可能エネルギーに由来する電力の供給不安もある。欧州では気候変動の影響によって風速の低下や降雨の減少が起き、風水力を用いた電力供給が減少して天然ガス需要が急増した。ロシアからの供給不安もあり、10月上旬には天然ガス価格が取引時間中に前日から3割上昇する場面もあった。天然ガスの不足によって火力発電のための原油需要も増加し、連鎖的に価格が押し上げられた。
また、米国ではワクチン接種によって経済が正常化にむかい、ガソリン需要が増えている。ただし、脱炭素を背景に金融機関が化石燃料関連事業への融資基準を厳格化したため米石油産業の供給力回復には過去以上に時間がかかる。このようにして世界経済全体でエネルギー資源の供給が需要に追いつかない状況が鮮明だ。
■なぜ穀物の価格も上がっているのか
エネルギー資源に加えて、穀物の価格も上昇している。その理由の一つとして、多くの穀物は代替エネルギー源として扱われている。例えば、トウモロコシを原料にして生産されるエタノールは自動車の燃料(バイオエタノール)に使われる。ガソリンにバイオエタノールを混ぜたエタノール混合ガソリンも自動車燃料だ。原油価格が上昇するとガソリン価格は上昇し、ガソリンの代替品であるエタノールの原料であるトウモロコシなどの穀物価格も上昇する傾向にある。
中国の豚肉生産の増加も穀物価格を押し上げた。2018年夏場から中国ではアフリカ豚コレラの感染が拡大し、豚肉生産が減少した。中国政府は豚肉生産を増やすために養豚施設への投資を増やし、2020年以降は生産頭数が増加した。その結果、養豚飼料として用いられるトウモロコシ、大豆、小麦などの穀物の需要が増えた。
他方で、供給面では豪雨や干ばつ、高温など世界的な異常気象の影響によって農作物の生産に悪影響が出ている。以上より、世界全体で穀物の需給はタイト化し、価格が上昇した。
■企業物価指数は前年同月比で6.3%も上昇
穀物以外の農産品価格も上昇している。その一つがパーム油だ。需要面で、パーム油はマーガリンや揚げ油に使われる。パーム油はバイオディーゼルの原料にも使われ、脱炭素を背景に需要増加が期待される。その一方で供給面では、主要生産国であるマレーシアで、感染再拡大によって外国人労働者の入国が減り、生産が減少した。原油価格の上昇やタイト化する需給環境を背景に、パーム油価格は過去最高値圏で推移している。
基礎資材の価格も高い。エネルギー資源などの価格上昇や、石炭不足を背景とする中国での電力供給体制の不安定化を背景に、塩化ビニール樹脂や、生産工程で大量の電力を消費するアルミなどの非鉄金属などの価格が上昇している。
その結果、世界的に企業間で取引されるモノやサービスの価格が上昇した。9月、わが国の企業物価指数は前年同月比で6.3%(速報値)上昇した。主な要因は、電気料金や石油関連製品、木材の価格上昇だ。
■パスタ、マーガリン、パンなどが値上がりしている
徐々に、わが国にもインフレの波が押し寄せている。企業は消費者に販売するさまざまなモノの価格を引き上げ始めた。10月下旬時点でレギュラーガソリン価格は1リットル当たり160円台後半にまで上昇し、一部地域では170円台に突入し始めた。これまでの天然ガス価格の上昇によって、追加的な電気料金の上昇も視野に入る。10月以降は、パスタ、マーガリン、パン、コーヒー豆、ポテトチップスなどが値上げされている。資源、資材価格の高騰によって増えたコストを価格に転嫁せざるを得ない企業は増えている。
国内の小売関連のデータを確認すると、感染再拡大によって先送りされた需要(ペントアップ・ディマンド)の発現の勢いが鈍い。富裕層の支出意欲は比較的しっかりしているが、それ以外の大多数の所得階層で物価上昇への警戒感は高まり、生活を守ろうとする家計が増えているようだ。例えば、感染再拡大が落ち着いたにもかかわらず、百貨店販売の戻り方は想定されたよりも弱い。国内旅行も持ち直しているが、コロナ禍以前の水準には達していない。物価上昇に加えて、さらなる感染再拡大への警戒もあるだろう。
■当面、日本の物価は高止まりする恐れ
今後の展開を考えた時、来年の春ごろまで世界的に物価は高止まりするだろう。まず、冬場の暖房のための電力需要が増え、エネルギー資源価格には押し上げ圧力が加わりやすい。それに加えて、米国などでは緩和的な金融政策が修正され始めた。それとは対照的に、わが国の超緩和的な金融政策が修正される可能性はかなり低い。内外金利差の拡大観測を背景に米ドルなどの主要通貨に対して円は売られやすい。円安の進行は輸入物価を上昇させる一つの要因だ。
当面、わが国の物価は上昇し、高止まりする恐れがある。過去約30年間、実質的に給与所得が増加していないわが国経済において、家計は一段と不要不急の消費を絞り、生活を守ろうとするだろう。政府が計画している経済対策は一時的に景況感を下支えする可能性はあるが、名目GDPの約52%を占める家計の消費支出が安定的に増えないと国内経済の安定と回復はおぼつかない。物価動向は今後の日本経済の展開を考える重要なファクターといえる。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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