「ジェンダー平等では選挙に勝てない」は真っ赤なウソ…野党惨敗の本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年11月8日 13時15分
■野党は政策のアピールに失敗した
先の衆院選では、野党の中に政策としてジェンダー平等を大きく掲げたところもありました。僕としてはこれを国民がどう判断するか注目していたのですが、結局はジェンダー平等を打ち出していなかった自民党の勝利に終わりました。
これを受けて、ニュースでは「ジェンダー平等は国民の間であまり争点にならなかった」などと言われました。しかし、僕は野党の打ち出し方が悪かっただけだと思っています。彼らは、ジェンダー平等を票につなげるためのアピール方法を間違えたのです。野党の政策ブレーンは何をしているのかとさえ思いました。
どこの国でも、国民のいちばんの関心事は経済と雇用です。これらにジェンダー平等がどう寄与するのか、一般の人にとってはなかなかわかりにくい。ですから野党は、ジェンダー平等の達成をもっと経済や雇用と関連づけてアピールすべきだったと思います。
例えば男女の賃金格差問題です。ほとんどの人が結婚し、夫の稼ぎだけで家族全員が暮らしていけた時代には、そうした格差は半ば容認されていました。女性は正社員でもほとんどの人が一般職で、男性総合職に比べて給与が低くても、それで生活に困る人はそう多くはなかったのです。
■「女性が結婚しなくても自立できる社会をつくります!」
しかし、時代は変わりました。今は結婚しないまま、一般職のままで50代を迎える女性も珍しくありません。近年では、そうした女性たちの老後の貧困問題が懸念されています。
「男性は総合職、女性は一般職」が当たり前だった時代に一般職として就職した、ただそれだけで長年働き続けても給与が低いままで、老後は生活費にすら事欠くようになってしまう。これは、同世代の正社員男性にはほぼ起こらない問題です。
これは女性差別にほかなりません。もし僕が野党だったら、「ジェンダー平等を達成します」ではなく「女性差別を解消します」と訴えます。女性が結婚しなくても経済的に自立できる、老後も一人で食べていける社会をつくると伝えるのです。
そうすれば女性は、男女の賃金格差は自分の将来に直結する問題なのだと捉えてくれるはずです。経済的に自立できている人でも、賃金格差をおかしいと思っている人、キャリア形成に男女差があると感じている人はたくさんいるでしょう。
■“意識高い系”の言葉では響かない
思うに、野党が「ジェンダー平等」という言葉を使ったのは、これがSDGsの目標に入っているからではないでしょうか。SDGsに目を向けること自体はいいと思いますが、この言葉を使えば何か新しいことをやっているように見えるだろう、意識が高く見えるだろうと考えた可能性もあります。
でも、ここは泥臭く「女性差別」という言葉を使うべきだったのではと思います。そして賃金格差は女性を困らせる問題なのだと、はっきり伝えてほしかったですね。
それをきれいな言葉でまとめてしまったがために、マスコミに「ほら、国民はジェンダー問題に関心ないでしょ」などと言われることになってしまった。本当に残念です。
野党の女性候補の中には、ジェンダー平等に関連して、女性雇用の現状や男性が大黒柱とされてきたことの弊害などをきちんと訴えていた人もいました。ジェンダー問題のこうした基本的な視点を、野党の人たちが皆で共有していたら、結果は違ったものになったかもしれません。
■若者が取り組んでほしい社会課題の1位はジェンダー平等
国民はジェンダー問題に関心がないわけではないのです。たとえば今の若者はジェンダー平等にかなり高い関心を持っています。ハフポスト日本版の調査によると、「候補者・政党に特に積極的に取り組んでほしい社会課題は」という設問に対し、30歳未満では「ジェンダー平等」が最多でした。
今はどこの大学でもジェンダーに関する授業が当たり前のように行われていますから、一般的な学生でもこの問題についてはよく知っています。僕の場合、まずは生活や日常のどんな場面でどんな問題が起こっているかを伝え、次にそれを放置しているとどんな将来が待っているかを考えてもらうようにしています。
若者以外の世代に伝えるときも、同じ工夫が必要ではないでしょうか。ジェンダー問題は、生活や日常の中で起こっている具体的な事例とからめて伝えなくてはいけないと思います。どこか別の世界の話ではなく、自分たちの生活の中で起こっている話なのだとわかってもらうことが大事なのです。
■裁判官国民審査で見えたこと
もうひとつ、同日に行われた最高裁裁判官の国民審査では、選択的夫婦別姓を認めない法律を合憲とした裁判官に多くの罷免票が集まりました。衆院選と違って、こちらは「選択的夫婦別姓」が大きな争点になり、多くの国民が投票に動いたのです。
このときは、選択的夫婦別姓の導入を求める市民団体や著名人が、各裁判官の姿勢や投票用紙の書き方などをわかりやすくまとめて、SNS上で投票を呼びかけていました。衆院選も、こうしたわかりやすいトピックをつくり出せていたら現実の投票行動につながったはずです。
選択的夫婦別姓はジェンダー問題のひとつでもあります。なのに、裁判官の審査ではたくさんの国民が関心を寄せ、大きな盛り上がりを見せました。つまり、国民はジェンダー問題に関心がないわけではないのです。
衆院選後、「国民はジェンダー平等に関心がない」「それを掲げても選挙には勝てない」といった報道をよく見かけますが、僕はそれはウソだと思っています。
ジェンダー平等を掲げた野党が選挙に勝てなかったのは、アピール方法を間違ったからです。国民がジェンダー平等に無関心であるかのような報道に対しては、ぜひ「言いくるめられない」「うのみにしない」姿勢で接していただきたいと思います。
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大正大学心理社会学部准教授
1975年、東京都生まれ。博士(社会学)。2017年より現職。男性だからこそ抱える問題に着目した「男性学」研究の第一人者として各メディアで活躍するほか、行政機関などにおいて男女共同参画社会の推進に取り組む。近著に、『男子が10代のうちに考えておきたいこと』(岩波書店)など。
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(大正大学心理社会学部准教授 田中 俊之 構成=辻村洋子)
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