才能はないが注目されたい…「京王線のジョーカー」と迷惑系ユーチューバーの共通点
プレジデントオンライン / 2021年11月11日 11時15分
■速報性が高く、遠慮も容赦もないSNS
「君たちは人殺しの顔が見たくないか?」
新潮社の天皇と呼ばれた天才編集者・斎藤十一が写真週刊誌『FOCUS』創刊の際、なぜそんな雑誌を作るのかと問われて答えたと伝えられている、あまりにも有名な一言だ。高度な教養人でありながら、人間の本質的な卑俗を知っていた斎藤十一。彼の指摘通り、どんなに上品を気取ろうが善人のふりをしようが、私たちは人殺しの顔、犯罪者の顔が見てみたかったのだ。
1981年に創刊された『FOCUS』は売れに売れ、“二匹目のドジョウ”を狙う競合誌が次々創刊し、犯罪者の顔や有名人の不倫現場やヌード写真や、「いけない写真」を載せた写真週刊誌は大ブームを起こした。
いま、写真週刊誌よりもはるかに速報性が高く、遠慮も容赦もないのはSNSである。案の定、あの衆院選開票の夜、京王線に現れた自称「ジョーカー」が起こした車両内火災と逃げ惑う人々の様子は、1時間ほどでニュース番組で報じられ、派手で不似合いなスーツ姿の犯人が70代男性を刺し車内に放火した後に、足を組んで座席に腰掛け、ぶるぶると手を震わせながら懸命にタバコを吸う振りをしてみせる姿も、SNSに上がったところをすぐ大手メディアが拾いあげた。
「誰がこんなひどいことを」と憤ったのち、犯人の顔を見て「こんな奴が」とあざけり笑うまでが、この事件のセットだった。
服部恭太容疑者(24)本人が、映画『ジョーカー』にインスパイアされたとどれだけ主張しようとも、世間はそれには懐疑的だ。
「あの映画の意味わかって言ってんのかよ」
「漫画とかアニメとか映画に影響されたとか、最近、そんな事件ばっかりだな」
「ちゃんと作品を理解できない奴はこれだから」
「マジ迷惑」
■「迷惑系ユーチューバー」とどこが違うのか
匿名掲示板「2ちゃんねる」創設者のひろゆき氏が、自身のYouTubeチャンネルで、京王線のジョーカーを以前からの持論に沿って「何も失うモノのない“無敵の人”」であると指摘している。近年では京王線ジョーカーが着想を得たと言われる小田急線刺傷事件の他に、凄惨な火災と多数の死者を出した京アニ事件、川崎市登戸通り魔事件、秋葉原無差別殺傷事件、附属池田小事件、海外でも周囲を巻き込んだ末に犯人が自らを撃って自殺する数々の銃乱射事件など、窮乏や孤独とナルシシズムを動機とする「自爆系テロ」は枚挙にいとまがない。
「ヤバい」の意味が「最高」と「危険」の両極端に振れることに違和感を持たない時代には、「いけない」という概念は薄い。危険な(ヤバい)ものほど最高(ヤバい)。見せたいから見せる。見たいから見る。その感覚の延長で、動画投稿サイトは時々炎上というお灸を据えられながらも括弧付きの「言論の自由」を謳歌し、洗練や鍛錬やプロフェッショナリズムとは正反対の発想で一獲千金を夢見る素人たちの雑多な作品が量産される。「見る人さえ多ければ儲かるんだから正義ですよね、何か?」の時代に、倫理道徳や人生哲学なんて口にするだけむなしい。
そう考えてみれば、この京王線ジョーカーと「ヤバいことやってみたら、もしかして(数字が)ハネるかも」とワンチャンに賭ける迷惑系ユーチューバーとの間に、どれほど大きな違いがあったというのだろう。あるいは、これまでのどの時代にもどの社会にも一定数いた自意識過剰な劇場型犯罪者や自爆テロリストや通り魔たちに比べて、何が新しいというのだろう。
![スマートフォンの画面に各SNSのアイコンが表示されている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/f/670/img_7f009d33cb9ca8c1a4a04bde6e8921bd284677.jpg)
■「コスパの高い」自爆テロは貧者が出せる最後の呪文
きっと、数々の事件も、本質はずっと一緒なのだ。「資源や関係性の貧困」「自暴自棄(ヤケ)」かつ「そんな俺を見て」。その瞬間に輝く自分の姿を夢見てせっせと準備をする、気の毒なナルシストの自傷行為である。
孤独である、でも愛されたい、人々に注目されたい、でも自分にそんな才能はない、いや本当はあるんだよ多分、だけど環境が、社会が、特定の「あいつら」が俺をばかにし続けたから、俺は弱者に「なった」んじゃない、「された」んだ。
映画『ジョーカー』を見て本当に感じるべきは、まさにこの打ちのめされた被害者意識が主人公のロジックであり、自分自身を正しく相対化できず妄想にのめり込んでいった理由であったという、制作者のメッセージである。
ジョーカーの弱々しく無様なダンスや、他者の感情をうかがうようにして向ける哀しい泣き笑いや、誰の耳にも届かない獣のような咆哮や、ラストで暴徒と化した群衆に祭り上げられて戸惑いながらほころぶ表情や、暴徒たちのジョーカーに対する安易な英雄視すら、全ては「どうしようもなく惨めである」との視点をブラさず描いているのだ。社会的弱者の絶望をこんなに冷静な視線で丁寧に描いた映画で、ジョーカーに憧れてしまっては、この映画のメッセージをきちんと受け取れていないと言うしかない(が、今さらそんなことを言ったところで何の意味もないのだろう)。
「暴動」も「無差別殺傷」も、要は関わりのない人を巻き込む犯罪、テロだ。かつて追い詰められた無策な日本軍が自棄になり、特攻という自爆テロ作戦を選んで数々の兵士の自己犠牲を招いたのと同様、自己犠牲テロは「追い詰められた貧者」が、尽きた選択肢の中で最後に選ぶ、非常に皮肉な意味で「コスパの高い」最後の呪文なのである。
「人を殺せば、死刑になると思った」。どこかで何度も聞いたことのある、安い言葉。彼の渾身(こんしん)のドラマすら、安くお手軽なYouTube規模で嘲笑され、無料のSNSで無責任に拡散される。そんなものに他人や自分の命を懸けるほどの価値が、どこにあるというのだろう。
----------
コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
----------
(コラムニスト 河崎 環)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
「トランプ氏銃撃」国際ボディーガードによる考察 鉄壁だったはずの警護になぜ隙ができたのか?
東洋経済オンライン / 2024年7月16日 14時30分
-
浜辺美波「犯人は私かも…!?」『六人の嘘つきな大学生』特報映像
cinemacafe.net / 2024年7月11日 5時0分
-
「六人の嘘つきな大学生」特報公開 浜辺美波「犯人は私かも…!? しれません」
映画.com / 2024年7月11日 5時0分
-
浜辺美波、赤楚衛二、佐野勇斗ら共演『六人の嘘つきな大学生』特報解禁 六人の優秀で善良な就活生に起きた大事件とは?
クランクイン! / 2024年7月11日 5時0分
-
二正面作戦を戦うロシアの苦境
ニューズウィーク日本版 / 2024年7月4日 11時0分
ランキング
-
1立民・野田氏、代表選出馬に慎重=「保守系」望ましい
時事通信 / 2024年7月22日 16時19分
-
2東海道新幹線の復旧遅れ 「衝突した保守車両、破損ひどく」
毎日新聞 / 2024年7月22日 20時54分
-
35歳娘と52歳父親の遺体見つかる 父親はダムに浮かんだ状態、娘は橋の付け根の土台に横たわる
MBSニュース / 2024年7月22日 19時15分
-
4「金を出せ」郵便局に強盗 “刃物”を持った30代くらいの男が現金約150万円を奪って逃走 奈良・下市町
MBSニュース / 2024年7月22日 21時40分
-
5「妨害するつもりはなかった」“ひょっこり”運転の男 初公判で起訴内容を否認
チバテレ+プラス / 2024年7月22日 18時15分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)