パブやクラブで大はしゃぎ…感染者数5万人の英国が"ロックダウン"をもうやめたワケ
プレジデントオンライン / 2021年11月11日 10時15分
■感染者5万人でも暮らしはすっかり元通り
1日当たりの新規感染者数がいまだに5万人前後、死者数も引き続き3桁という状況のイギリスだが、街の様子を見れば「コロナなんていずこに?」と言わんばかりに人々の暮らしはすっかりと元に戻ってしまった。すでにブースターと呼ばれる3回目のワクチン接種が予約なしでできる中、イギリスは世界に先駆けてコロナ治療用内服薬の使用を薬事承認した。
これでイギリスは「経済のV字回復」に向け、マスク着用義務から入国にかかる規制措置に至るまで、相次いで解除に踏み切った。今後は、コロナの重症患者が再増加し、厳しいクリスマスを迎える事態に転がり落ちるのかどうかが注目される。
■入院者数18万人→ワクチン接種で7万人台に
イギリスでは現在、国民の間でも「欧州各国に比べても、いまだに感染者数がこんなにいるのは異常だ」という意見が高まっている。そうした疑問を解くために、公共放送BBCも「その謎に迫る分析記事」を発表した。それによると、比較に値する数字として次のようなものが示されている。
・2020年10月~2021年1月
新規感染者数 270万人
コロナ入院者数 18万5000人
=2020年12月ワクチン開始=
・2021年7月~10月
新規感染者数 300万人
コロナ入院者数 7万9000人
人口10万人当たりのコロナによる入院者数(9/20-26の1週間計)
80歳以上
・ワクチン接種済 54人
・ワクチン未接種 141人
18歳未満
・ワクチン接種済 ゼロ
・ワクチン未接種 4人
こうして見比べると、着実にワクチン接種の効果は上がっているように見える。もっともワクチンの効能自体がゼロコロナを目指すものではなく、何らかの形でかかったとしても重症化しないため、という予防的な要素がより大きい。
ブレークスルー感染がないとは言い切れず、感染拡大がいまだ消えたわけではないとしながらも、イギリス政府は7月19日から段階的に行動制限の緩和を進めていった。
■ロンドンの週末は深夜まで若者たちが大はしゃぎ
現在のイギリスにおける入国条件を見ると、11月1日をもってすべての国・地域からの入国者に対するホテル等での強制隔離は不要となった。現状では、公共施設屋内あるいは公共交通機関利用の際はマスクの着用を求められているものの、すでに罰則が伴う「強制」ではなくなっている。
パブやレストラン、ナイトクラブの入場制限は解除され、“ウエストエンド”と呼ばれる市内中心部の劇場街では、ロンドンの名物ともいえるミュージカルの公演がコロナ禍前のように深夜まで開かれるようになった。サッカーのプレミアリーグもまたしかり、9月のシーズン初めには一部のスタジアムで定員を減らしていたりもしたが、すでに制限なく満席に近い状態になった。
目下の問題は、週末に大はしゃぎする若者を「いかに自宅へ帰すか」だ。ロンドンにはもともと、「ナイトチューブ」と呼ばれる金土曜日限定で地下鉄の終夜運行が行われていたが、コロナ感染の広がりですでに1年以上中断されている。ところがコロナの活動制限が解かれるやいなや、郊外に住む若者たちが週末になると一気に中心街へと繰り出し、ナイトクラブなどで大騒ぎするようになった。
■「あんな満員のバスに乗ったら感染しそうだ」
地下鉄が走っていない週末の夜、この若者たちを郊外に帰すには、深夜運行のナイトバスがその任務に当たる。しかしまったくキャパシティーが足りず、中心街から出るナイトバスはいずれも立錐の余地もない満席状態で郊外へと向かっていく。
筆者はフランスからの出張の帰り、深夜の中心街から郊外にある自宅に帰る際、この週末の大混乱にたまたま当たってしまった。バス停で待っていた若い男性が、20代の女性2人組にこう話しかけていた。
「あんな満員のバスに乗ったらコロナに感染しそうだ。一緒の方向に帰るなら割り勘でタクシー乗らない?」
そもそも満員のバスに乗るのに「コロナがどうこう」と言うならば、そんなに深夜まで繁華街で遊びまわること自体をやめておけばいいのにと思うのだが、1年半以上にわたって抑え付けられていた若者たちはとにかくどこかでハメを外したいのかもしれない。
■抗体検査キットが無料で配布されている
コロナに対する具体的な予防策が「解除」に至った中、目下の拡散防止のカギとなるのは「混み合ったレストランには入らない」「ラッシュアワーの通勤はできるだけ避ける」、その上で「もしもコロナにかかってしまったら、感染者自身がそうだと自覚して自主隔離する」という行動を起こしてくれるか否か、にかかっている。
イギリスでは、抗体検査キット(7回分、写真)が街のクリニックに行けば無料で手に入る。取得のための事前予約は必要だが、事実上、欲しければいつでももらえる状態だ。つまり「具合の悪い人は、自分でテスト。もし陽性なら外へ出ないこと」とルール付けされている。
1日当たりの新規感染者数が4万人、5万人と報告されるのはこうした無料検査の数字も加算されているという事情があるが、依然として高止まりの状況が続く理由は、ワクチン接種率が伸び悩んでいるという側面もある。未接種者がイギリス全人口の3割程度、数にして2000万人近くはいるとされ、こうした人々が何らかの形でウイルスの攻撃に遭ってしまっている可能性がある。
■マスクをつけているのはアジア系ばかり
10月後半の週末、筆者は試しにロンドンの古くからの繁華街、オックスフォードサーカス周辺を2階建てバスの先頭に乗って歩道を行き交う人々の様子を眺めてみた。街行く人の大半はマスクをしているように見えず、たまに着用している人がいるとすれば、それは必ずと言っていいほどアジア系の人々に限られていた。アジアの各国が今もって「ノーコロナ」の意識が強めだという背景があるからかもしれない。
何万人もの感染者を出していながら、イギリスは欧州大陸からやってくる買い物客で連日にぎわっている。イギリスの欧州連合(EU)脱退「ブレグジット」により、EU市民がイギリスを訪れると免税ショッピングが楽しめる特典が今年に入ってから生まれたことも後押しとなっている。
バスで筆者と乗り合わせたスペインから来たという家族は「EUのワクチンパスポートさえあれば今やどこでも行けますよね。ロンドンは本来ならホテルが高いし、どこもかしこも混んでいます。旅行が解禁されたのだから、安いうちにこうして旅をしようと思っているんですよね」
実際に繁華街を歩いたり、中心部で地下鉄に乗ったりすると外国人観光客が圧倒的に多く、英語がまったく聞こえてこないという「かつての状況」に着実に戻っていると感じる。
実際に調べてみると、格安航空券の価格は安いものだと片道5ポンド(785円、税・各種費用等込み)で買える区間も出現している。こんなに安いなら旅行しない手はないとあちこち外国へと出かけている人も少なくない。
■なぜこれほどまでに感染を恐れないのか?
このようにイギリスでは、コロナの行動制限があまりにも緩められ、水際対策も事実上「撤廃」とまで言える状態に達しているわけだが、これを受け、街に出るともはや「感染のリスクだらけ」の状況にも見える。
なぜ、人々はこれほどまでに感染を恐れないのだろうか? もし陽性だったとしてもワクチンのおかげで無症状か軽症で済むケースがほとんどで、重症化リスクも減ったため、健康状態悪化への懸念を考えている人が少ないからだ。
ロンドン市内でイタリアンレストランを経営する60代女性は「私の場合、コロナにかかってひどい目に遭った。たまたま、デリバリー事業がうまくいったのでお店は何とか切り抜けられたけれど、店にまったく人が来ない状況が長期間にわたって続いたのは精神的に大きな負担になった」とした上で、「二度とロックダウンなんて体験したくない」と話している。
日本人旅行者の受け入れを行っている旅行業の50代男性は、イギリスの方針について「コロナはもうパンデミックではなくエピデミック(流行と収束を繰り返すこと)、あるいはエンデミック(恒常的に流行している状態)だ、と保健当局が判断したのではないか」と指摘する。「感染者が増えても死者は増えない、重症者も増えない、病床も逼迫(ひっぱく)しないという状況だから、経済を回すための政策に舵を切ったのだろう」とみる。
この男性は日本の現状についても言及してくれた。感染者数はイギリスよりも圧倒的に少ない日本だが、「イギリスのように、そろそろ出口戦略を念頭に国民の意識を変えていくことが必要なのでは」と話していた。
■感染状況が最悪だった夏の日本のほうが怖い
これまでに出た意見を総括すると、イギリスの人々を安心させているのはワクチン接種による重症化予防と、医療体制が確保されているという2点があるようだ。
実際に、イギリスは当初から“コロナ野戦病院”を建てるなどして、医療崩壊への対処をそれなりに行ってきた。2020年春のロックダウンの際、行動制限がかけられていたのに、多くのコロナ関連死亡者が出るなど感染の猛威をもろにくらってきた経験から、政府は「今かかったら病院に入れないかもしれない。でもあと1カ月間我慢すれば何とか収まる」と、客観的な情報を集めた上で国民に呼びかけてきた。人々も「家にこもるべき日数目標」を立て、コロナの大流行中は絶対に出かけないという決心の下で苦しい日々を乗り越えてきた。
一方、感染状況が最悪だった今夏の日本の政府対応などを思い返すと、「『救急車に乗れても収容先がなく、自宅療養を強いられる』という状態から、いつになったら抜け出せられるのか」を判断するのに、残念ながら適切な客観的情報がまるで得られず、国民が自身の行動を決めるための基準や見通しがまったく立っていなかったように見える。筆者自身、出張で夏の一定期間を日本で過ごしたが、現在のイギリスよりよほど怖い状況だと感じた。
■日本人と欧州の人々では意識が違う
もう一つは、日本で暮らしていると、街を行き交う他人に対する心遣いがほとんど感じられないということ。
この点においてはイギリスを含む欧州では、必ずそうだとは言い切れないものの、人とすれ違う時は必ずアイコンタクトを取った上でそれなりの距離を空けて歩く、という習慣が日常的に誰に頼まれることもなく行われていた。
ところが、日本では通勤ラッシュに代表されるように、人が周りにいても目に入らないかのごとく平気で接近してくる。これはコロナのさなか、非常に怖い気がした。
日本では、特に東京で新規感染者数が30人程度まで減少する状況が10日間以上続いている。とても喜ばしいことだが、ここに至るまで「自分の周りの人たちへ気遣いをしながら、ソーシャルディスタンスを取る」ことがまったく定着しなかったように思う。
コロナ禍が完全に過ぎ去ったわけではないが、イギリスでは、「経済を回す」という点で一定の軌道に乗ったとみても良さそうだ。ワクチンの効果もあり、もはやコロナにかかっても重症化しない安心感に加え、いよいよ内服薬を手にする見通しもついたイギリス社会は、年間で最も消費が増えるクリスマス商戦に突入していく。今年の年末こそは、家族だんらんで健やかに過ごしたい、人々は何よりもこれを願っていることだろう。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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