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駅弁大会で50回連続1位…函館名物「いかめし」が理想の味のために選んだ意外なイカの産地

プレジデントオンライン / 2021年11月15日 12時15分

「いかめし」を製造、販売する阿部商店三代目社長の今井麻椰さん - 写真提供=阿部商店

北海道函館本線森駅の名物駅弁「いかめし」は、京王百貨店で毎年開催される「駅弁大会」で、50回連続で販売個数1位という人気弁当だ。人気の秘訣はどこにあるのか。いかめし阿部商店の三代目社長・今井麻椰さんに聞いた――。

※本稿は、長浜淳之介『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(交通新聞社新書)の一部を再編集したものです。

■駅弁大会で50回連続1位になった「いかめし」

「いかめし」の発祥は、戦時中で食糧不足の折、沿岸であり余るほど獲れていたイカに、米を詰めて砂糖を加えて醤油煮したところ、水分を吸収した米が膨らんで少量の米でお腹が満たされたというアイデア商品だった。

これで兵隊たちの空腹を満たした。戦後、列車の高速化で、駅での立売に限界が見えてくると、阿部商店は駅弁大会に活路を見出す。京王の駅弁大会では2年目に売り上げ1位となり、2020年までなんと50回も連続で1位になった。

阿部商店のいかめし
写真提供=阿部商店
甘辛く煮たイカが病みつきになる「いかめし」 - 写真提供=阿部商店

その成功の要因としては、イカの胴体に米を詰めて大量に煮る製法が、実演販売に極めて向いたことが挙げられる。手際良く箱詰めしていく、職人たちのスピーディで鮮やかな手付きを見ていると、効率性が他の駅弁とは段違いだ。

■三代目社長が語る「いかめし」の歴史

長浜淳之介『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(交通新聞社新書)
長浜淳之介『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(交通新聞社新書)

現在、いかめし阿部商店の三代目社長を務めるのは今井麻椰氏。インタビューを通じて、人気駅弁「いかめし」のひみつに迫ってみた。

――「いかめし」は最も成功した駅弁の1つですが、どういった経緯で開発されたのでしょうか。

【今井】阿部商店は元々、森町で旅館業を営んでいまして、1903(明治36)年に函館本線が開通する時に、森駅構内営業の認可を取って、駅弁事業に進出しました。最初は「いかめし」を売っていなくて、よその駅弁屋さんと同じような幕の内弁当、天丼、うなぎ丼を売っていたそうです。

――なるほど。事業拡大の一環としての駅弁事業だったのですね。差別化された商品ではなかったので、経営が苦しくなって「いかめし」を販売するに至ったということですか。

【今井】そういうわけではありません。「いかめし」が生まれたのは、1941(昭和16)年です。当時の日本は戦争のさなかで、お米を確保するのが難しくなっていました。噴火湾に面する森町、函館のあたりでは、今ではあり得ないほどスルメイカがたくさん獲れていました。そこで、最初はイカの胴体に、北海道にまつわるトウモロコシやジャガイモを入れて煮たのですが、しっくりこない。ところがイカにわずかなお米を入れて煮るだけで、結構パンパンに膨らんだのです。こうして、甘辛のタレで炊き上げる「いかめし」を、初代社長・阿部恵三男の奥さん、阿部静子が発明しました。阿部夫婦で旅館を経営していたのです。

――全国あちこちで「いかめし」を見ますが、阿部商店が戦時中に開発されたものが元祖なのですね。

【今井】そうですね。「いかめし」は、兵隊さんたちの空腹を満たしてあげたいという阿部の想いから生み出されました。当時、旭川の駐屯地へ向かう多くの兵隊さんが、森町を通り、阿部旅館の前を歩いていたのです。戦時中の食糧難だからこその発想ですね。

■職人の感覚によって弁当の味は微妙に異なる

――森町が生んだふるさとの味。味はずっと変わらないのですか。

小学生のころの今井社長
小学生のころ、JR函館本線の森駅でいかめしを売る今井社長(写真提供=阿部商店)

【今井】レシピは紙に書いたものはなく、口承で伝えられています。昔から味は変わっていません。生のイカの胴体に、生の米を入れてボイルするのですが、大鍋で一気に強火で煮るからこそ出せる味があります。似たようなものはできても、コピーはできないでしょう。赤い包装紙もずっと変わっていません。変わらないおいしさをずっと伝えていくのが、三代目としての使命です。

――「いかめし」のおいしさといえば、タレが染みたご飯の、もちっとした食感も特長ですよね。もち米を使っているのでしょうか。

【今井】国産のうるち米ともち米をブレンドしています。もち米を使うのは、腹持ちを良くするためです。食感も良いですしね。かと言って、もち米だけだとお餅になってしまう。普通のお米、うるち米だけだとパサパサになってしまいます。ギリギリの線で配合しています。お湯で煮た後、タレで煮ます。大鍋で一気に大量に煮るので、中にはタレが染みていないものもあります。たまにクレームをいただきますが、見た目でタレが染みていないのも「いかめし」として正解なのです。機械で作っていないぶん、ムラはあります。家庭料理のようなもので、だから飽きないのかもしれません。職人さんによって作風も微妙に異なっています。

イカに米を詰める作業
手作業でイカに米を詰めていく(写真提供=阿部商店)

――タレはどのように作っているのでしょう。

【今井】タレは作り置きせず、その都度作ります。ただし配合はとても難しくて、職人の舌で確認して決めます。イカは煮ると半分くらいに縮んでしまいますが、やわらかさ、厚みによっても配合は異なってきます。煮てみて、イカのテカり具合を確認しつつ、醤油を足したりザラメを足したりと、どんどん調整していきます。イカの特性、温度、湿度などいろんな要素を考えて配合しないと、納得できる味にはなりません。秘伝のタレがあるのではなくて、そういった作業のノウハウこそが、代々受け継がれている秘伝です。

タレでイカを煮込む作業
イカを煮る甘辛のタレは各職人が調整している(写真提供=阿部商店)

――イカと職人が対話しながら作っていくような感じでしょうか。毎回全く同じ、均一的な「いかめし」を作るのは難しそうですね。

【今井】決められた味の幅があって、その範囲で作ってもらっています。味の幅によって、職人の舌の感覚で、この人は甘め、この人はしょっぱめというのはあります。駅弁大会や北海道物産展で全国を回っていくのですが、長らく続けていくと、それぞれの職人にファンが付きます。どちらの百貨店に誰が行くのかはだいたい決まっていまして、この職人の「いかめし」なら間違いない、と購入されるお客様も多いです。

■阿部商店が直面する一番の課題とは

――シンプルな家庭料理のようにも見えますが、奥が深いですね。

リポーターを務める今井社長
社長業のほかにバスケットボール・Bリーグの魅力を伝えるリポーターも務めている(写真提供=阿部商店)

【今井】「いかめし」の味は職人の腕にかかっているので、その職人が高齢化しているのが懸念事項ですね。20人くらいの北海道の女性が働いていますが、出張が多くてなかなか自宅に帰れないので、若い人はあまり続きません。50歳以上の人が中心で、後継者の育成が急務になっています。そこが一番の課題です。

――社長に就任されたのはコロナ禍の2020年5月1日。大変な中でしたね。

【今井】会社としては、社長に就任したのと同じタイミングで、水産加工の三印三浦水産と業務提携を結びました。力強い協力を得て、特にイカの安定供給を担保していただきました。

■なぜ外国産のイカを弁当に使用するのか

――イカが獲れなくなってきているのですか。

【今井】「いかめし」には長年ニュージーランド産のイカを使っていたのですが、2011年に起こった大地震の影響で、プランクトンの関係か、海流に変化が起こったのか、獲れなくなってきているのです。世界的にイカが不漁の傾向で、イカの仕入価格の高騰は頭の痛い問題です。「いかめし」の値段は1980年代は350円でしたが、今は780円まで上がりました。「いかめし」が売れる理由には、他の駅弁に比べて安いというのもあります。これ以上の値上げは避けたいです。

――なぜ、ニュージーランド産のイカだったのでしょう。

【今井】地元のイカが不漁で使えなくなってしまいましたが、ニュージーランド産を使ったら、イカを煮て冷めてからも身がやわらかい、よりいっそうおいしい「いかめし」が出せるようになりました。ちなみに当時のニュージーランド産のイカは決して安くなく、むしろ高かったとか。輸入品じゃないかと後ろ指をさされても、高くても、それにもかかわらずニュージーランド産を使っていたのは、おいしい「いかめし」のためだったのです。

■イカの不漁を乗り越え、「いかめし」の味は向上した

農林水産省の漁業・養殖業生産統計によれば、国内の2020年のスルメイカ漁獲量は約4万7000トン。最大に獲れた1968(昭和43)年は約66万8000トンだったので、なんと10分の1以下に落ち込んでいる。

2010年にはまだ約20万トンが獲れていたので、近年の漁獲量の激減が深刻だ。函館をはじめとする道南はかつて、世界有数のスルメイカの大産地だった。

戦後間もない1951(昭和26)年から72年まで、函館市に設置されていた函館海産物取引所では世界唯一のスルメイカの先物取引が行われていたほどだ。

なぜ、海産物取引所が閉鎖されたか。それは現物取引が減った、つまりイカが獲れなくなったのが一番の原因だ。

道南は、そのような歴史からイカの加工業も発達している。当然、地元の人はイカの最もおいしい食べ方をよく知っていて、イカの品質に対する目も厳しいだろう。

阿部商店の外観
写真提供=阿部商店
いかめしを製造する阿部商店の本社 - 写真提供=阿部商店

道南・森町の企業で「いかめし」を製造するいかめし阿部商店は、外国産のイカを敢然と使用している。国内でイカが獲れなくなったための苦渋の決断だったが、冷めても身がやわらかいという駅弁にとって理想のイカを、こだわりを持って選んでいる。

「いかめし」は不漁を乗り越えて品質が向上し、地元も納得する言わば「いかめし2・0」に進化したのだ。

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長浜 淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
ジャーナリスト
兵庫県西宮市出身。同志社大学法学部法律学科卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て角川春樹事務所編集者より、1997年にフリーとなる。ビジネス、飲食、流通など多くの分野で、執筆、編集を行っている。共著に『図解 新しいビジネスモデルの教科書』(洋泉社)、『図解 ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名義)など。

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(ジャーナリスト 長浜 淳之介)

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