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「1年半で8組の管理員が辞めた」悪徳マンション理事長が次々とふっかける無理難題の中身

プレジデントオンライン / 2021年11月13日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taa22

1年半で8組の管理員が辞めたというマンションがある。マンション管理員の南野苑生さんは「私の勤務していたあるマンションでは、理事長の要求があまりに厳しく、1年半で私を含めて8組の管理員が辞めた。当然のように時間外労働を求められたが、それを受け入れるしかない環境だった」という――。(第2回)

※本稿は、南野苑生『マンション管理員オロオロ日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。

■無理やり時間外労働を押し付けられている

管理会社のマンション管理員募集広告には「主管理員の勤務時間は9時~5時」と記されていた。ふつうに解釈すれば、昼の休憩1時間を除けば、実質労働7時間と考えられる。

ところが、「グラン・サルーン江坂」の主管理員たる私の勤務実態はといえば、朝7時に館内の巡回を開始し、公園の掃除・広場の粗ゴミを拾い回り、駐輪場の乱れた自転車を整理し、徒長枝(とちょうし)があればそれを摘み、定期的に元浄水槽だった地下の水のたまり具合のチェックなどなどであり、実質9時までの2時間はサービス残業ならぬ早朝サービスをしていることになるのである。

そして夕方5時以降となると、管球切れチェックをかねた巡回や、朝と同様の、乱れた自転車置き場の整理、ゴミ拾いなどをこなさなければならない。時間外に働かないとすべての業務をこなせないようにできているのだ。

この「グラン・サルーン江坂」、じつをいうと仲間内ではつとに悪名の高いマンションだったのである。その証拠に、歴代管理員たちの残した日報には、私が現在、行なっているようにしないと理事長のご機嫌がすこぶる悪い、とある。要は無理やりに時間外労働が押し付けられる環境になっているのだ。

「管理員はマンションの番兵や清掃人、草刈り人などではない」を掲げる管理組合があるとネットで知った。私個人は、時間内ならそれでも構わないと思っているが、所定時間外のそれはやはり願い下げだ。

■管理員の水まき業務に激怒する理事長

つい先年、17時以降は待機時間だから、その分の給料を管理員に支払えとする判決が出た。つまり、所定時間外であってもまさかのときに備えて、服装もふだんどおりにして待機していなければならない管理員のつらい立場を斟酌(しんしゃく)しての判決である。

夕方以降の時間外労働が問題視されているようだが、早朝の公園清掃や自転車置き場整理、巡回サービスも同じだ。もちろん、植栽への水やりも同じで、夏場なら毎日、早朝に行なうものと相場が決まっている。

水まき
写真=iStock.com/franconiaphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/franconiaphoto

蟹江理事長が管理員室で言い募る愚痴のひとつに、前管理員の水まきに関することがあった。

「あのバカ(理事長は前任者をこう呼んでいた)は暑い盛りの真っ昼間午後3時半から水をまきおる。なんでそんな時間にやるんやて聞いたら、それくらいからやらんと勤務時間内に終わらん、とこうや。そんなもん、水が“沸騰”して植物をあかんようにしてしまうに決まっとるやないか」

しかし、私に言わせれば、植物が満足するようたっぷりと水をやるには、ゆうに3時間は必要となる。定時の17時に終わらせるためには午後2時にはスタートしなければならない。だが、真っ昼間からの水まきは、蟹江理事長も言うように時間の設定そのものが間違っている。

やはり夏場の水やりは、早朝の7時くらいか夕刻の7時くらいに行なわなければならない。そうすると、朝の水やりは午前10時ごろに終わり、夕刻の水やりは午後10時ごろに終わる。完全に時間外労働をしなければ間に合わない。

とはいえ、管理会社との間で締結された「標準管理委託契約」の内容を熟知している理事長は、その時間帯に仕事をさせるのは契約違反であることを知っている。おそらくこれまでもそうした部分で管理員ともめたことが少なくなかったのであろう。

■「自動散水装置」の設置を提案する理事長の“真意”

だからこそ、彼は強いて命ずることはしない。管理組合が要求したのではなく、あくまでも管理員本人が自主的に行なうようにもっていくのだ。そして、そのとき彼は“交換条件”として自動散水装置の話を持ち出す。

「わしゃ、どっちでも構わんが、あんたが望むなら、自動散水装置をつけたってもええと思うとる。全域は必要ないとしても、7割方でも装置をつけたら楽になるやろ。それで1時間か2時間助かるんやったら、儲けもんや」

たしかに理事長の言うとおりであった。蟹江理事長の提案をフロントマン・富田に打診すると、なんとも煮え切らない答えが返ってきた。

「南野さん、理事長になにかをお願いするときは、考えてモノ言わなあきませんよ。装置をつければサボれる思たはるんかもしれませんけど、仮に散水装置をつけたとして、その余った3時間、なにに使わはるつもりなんです? あの理事長のことですから、必ずその時間を別のことに使えと言いますよ。それでもいいんですか?」

■「管理員はなんぼ代わってくれてもええ」

「私が言いたいのは、装置をつけなかった場合、早朝の水やり、つまり就業前3時間の水やり作業を誰がするのか、ということです」

「それはだって、南野さん、あなたの仕事でしょ」

「私の仕事であるとおっしゃる以上、時間外労働の対価があると理解していいのですよね」

「それは、私の権限でお答えできる範囲ではありません。こちらとしては、申し訳ありませんがそれでお願いします、としか言いようがありません」

「早い話、管理員の善意にすがるということでしょうか」

「私だって契約上は9時~5時になっています。しかし、ご存じのように夜は遅いし、朝も早い。日曜日も土曜日もありません。それでも文句ひとつ言わずにやってるんです。それができないとおっしゃるなら、ほんまに辞めてもらうしかないんですよ」

結局は、抜いてはならない“伝家の宝刀”頼みなのだ。つまり、標準管理委託契約に違反していようがいまいが、そんなことは知ったことではない。時間外労働がイヤなら辞めろということだ。

失業
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

管理会社としては、理事長の機嫌を損ねて、契約を切られるようなことがあっては一大事なのである。理事長の機嫌を損ねないためなら、管理員が何人辞めようがたいした問題ではない。理事会の席上でも「管理員はなんぼ代わってくれてもええが、理事長は代わってもろたら困る」と堂々と宣った太鼓持ち理事もいたくらいだ。

「グラン・サルーン江坂」の理事たちにとっては、なにかと小難しいマンションの面倒を何年にもわたって見続けてくれる理事長の存在がありがたいのであり、マンション管理員が何人犠牲になっても意に介さないのだった。

その裏では、蟹江理事長とフロントマン・富田による、さまざまな不正が白昼堂々と行なわれているとも知らずに、理事会の夜は更けていくのである。

■実質7時間労働のはずが14時間労働に…

マンション管理員もさまざまなら、フロントマンもまたさまざまである。

私はといえば、相次ぐ得意先の倒産で売上げが伸びず、それならいっそのことと家内の提案を受け入れ、ほんのわずかな蓄えを携え、会社をたたんで管理員となった。おそらく、それ以上放っておくと、本当にホームレスになっていたはずだ。まさに間一髪の「明日はわが身」だったのである。

一方、フロントマン・富田はもともとは塾の数学講師だったと聞かされていたが、その前にはウソか誠か街の金融屋で取り立てのようなこともやっていたという噂だった。「グラン・サルーン江坂」での労働契約内容と実際の勤務との落差について聞けばノラリクラリとかわし続ける富田にいよいよ我慢がならなくなった私は、ついにダイレクトに訴えることにした。

「朝の散水に自転車整理、夜の巡回と公園・広場の粗ゴミ拾い。宅配便の受け渡しと手荷物預かり。これでは14時間労働やないですか。まして宅配便の受け渡しは夜10時をすぎることもあるんですよ」

入社時の説明と入社してからの内容の乖離というのは「ブラック企業」としてよく知られるパターンだが、この手のトラブルは雇用主の会社が労働基準局の指導どおり、法令を遵守してくれさえすればなんの問題も生じない。にもかかわらず、フロントマンやその上司はそれを“グレーゾーン”と呼び、私たちの訴えも見て見ぬふりをしてきたのである。

不正義が嫌いな家内にはそれが許せなかった。私たちは裁判も辞さない覚悟で富田に対決を挑むことにした。

■「訴えはったらよろしがな。受けて立ちまっせ」

「こんな詭弁は許せない。正しいことを主張するためなら、最後の切り札として残しておいた蓄えを使ったって惜しくないわ」という家内の言葉が私の背中を押した。後ろ盾たる彼女がそう言ってくれるなら、鬼に金棒。

じつは私には、それくらいの覚悟で言い出せば、会社もこちらの言い分の半分くらいは呑んでくれるかもしれない、との打算があった。いかつい顔をした富田も、初対面のときには「困ったことがあったら、なんでも相談するように」と言ってくれていたので、彼にも“男の身上”みたいなものがあるのではないかと期待したのである。

「もしこのような状態がこのまま続くようなら、裁判に訴えさせてもらいます」

怒り
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

富田は私たちの覚悟を知ると折れるどころか、想像を超えることを言い放った。

「裁判に訴えるいうんですかいな。上等ですやん。訴えはったらよろしがな。受けて立ちまっせ」

私の必死の訴えを聞いた開口一番が、そのひと言であった。本性を現したのか、口調も一変していた。

「マスコミが騒いだところで、人の噂も七十五日。世間はすぐに忘れてしまいますわ。会社にしたところで、カエルの面にションベン引っ掛けてるようなもんで。そんな話、あっちゃこっちゃにあって、だーれも気にしまへんて。

何千万持ってはるのか知らんけど、所詮は素人のゼニや。そんなもん、すぐ底つく。かわいそうやけど、会社のほうはそんなことありまへん。そんなときのゼニはしっかり使わしてもらいまっせ。うちにはこんなときのために、大物弁護士の××はんがバックについてくれたはりまんにゃ」

表情を変貌させて、まるで『ミナミの帝王』に出てくる萬田銀次郎ばりの台詞まわしで一気にまくし立てる。こんな世界が現実にあるとは信じられない気持ちだった。

■半年足らずで管理会社を退社することに

「貧乏人がなんぼ調子こいたかて、金持ちと地アタマのええ奴には勝てまへん。あの××はん相手に戦うんでっせ、南野さん。悪いこと言いまへん。ムダなことはやめときなはれ」

いったん開き直れば、ここまで変われる浪速おとこに脱帽せざるをえない。さしもの私も、自分がいかに無意味なことをしているかに気がついた。こんな感覚の持ち主を平気で雇っている会社もしくは上司相手に直球勝負を挑んだところで、なんになるだろう。

意地を張って裁判所通いをしたところで、このさき何年もかかる。そんな消耗戦にかろうじて残る体力やなけなしの蓄えを費やすより、新しい仕事探しに精を出すほうがよっぽど意義がある。私たちはその管理会社を退社することを決意した。結局、「グラン・サルーン江坂」での勤務は半年足らずのものとなった。

■日報には乱暴な殴り書きで「もう辞めた!」

私たちの後釜として「グラン・サルーン江坂」に赴任した管理員さん夫妻は、就業前に2カ月にもおよぶ研修を受けたという。さらに現地で、2週間の実地訓練を受けたのだという。

管理会社としては、今度こそは長続きさせ、前例を払拭したいとの意図があったのだろう。しかし、知り合いの清掃員さんが報告してくれたところによると、この2人も着任後2カ月半ほどで辞めたという。

就業規則によれば、辞める場合は、最低2カ月前に予告しなければならないとあるから、辞意を表明したのは、赴任してまもないころだろう。私たちが着任したときに確認した日報によると、「グラン・サルーン江坂」では1年で5人もの管理員が入れ代わっていた。なかには、乱暴な殴り書きで、1ページにもわたる大きな字で「もう辞めた!」と書いている新任管理員もいた。

家内とそれを読んで、同情するとともに笑いを禁じえなかったものである。その日報の次のページには、おそらく代行管理員によるものであろう美しい文字で、その日に行なった業務が丁寧に書かれていた。つまりは、たったの1日でブチ切れ「もう辞めた!」のである。よほどのことがあったのだろう。

■しわ寄せは現場の管理員に押し付けられる

こんな状態では、管理会社は立ちいかないのではないか。そのあたりは、われわれも痛感しており、フロントマンの富田に警告したことがある。

「理事長に『契約外のことはできない』とはっきり伝えなければ、この連鎖は断ち切れませんよ。あとからくる管理員さんのためにも、これ以上の無駄な出費を抑えるためにもそうすべきだと思いますが……」

だが、彼はそんな言葉に聞く耳を持たず、言下に言い放った。「そんなことは会社が考えることですよ。管理員さんがこのさき、何人辞めていこうが、引っ越し費用がどれほど嵩(かさ)もうが、南野さんにはなんの関係もないやないですか。会社がそれでも構へんて言うてるんですよ。とやかく言われる筋合いのもんではないんですよ」

これが管理会社の本音なのである。管理員に対しての理事長の不満は、必ず管理会社に行く。「おまえンところの管理員はなっとらん。いったいどういう教育をしとるのか。あれではうちの管理員として務まらん。嫌なら別の管理会社にしてもええんやぞ」

いつものパターンで責めることになる。責められたフロントマンとしては、自分のせいで管理物件がひとつ減ったとなると会社から管理能力を問われるので、「おっしゃるとおりにいたします」と管理員にきつく注意することになる。しわ寄せはすべて現場の管理員のところに押し付けられる。

■後任の管理員もすぐに辞めてしまった

南野苑生『マンション管理員オロオロ日記』(三五館シンシャ)
南野苑生『マンション管理員オロオロ日記』(三五館シンシャ)

いくら長期間にわたる研修を施し、種々の因果を含めても、指示そのものは理事長の言いなり、しかも管理員の善意におんぶに抱っこの軟弱姿勢では、どんなに頑健でやる気のある管理員だって音をあげる。身体のつらさ、業務のきつさにではなく、その理不尽さにアホらしくなってしまうのだ。

その後、ひと月半を経て、またまた清掃員さんからわれわれのもとに連絡が入った。その後に「グラン・サルーン江坂」に着任した年輩の管理員さんもすぐに辞めたそうである。

1年半のあいだにわれわれも含めて8組もの管理員が入れ替わったわけである。「グラン・サルーン江坂」の住民さんたちはこんなにも頻繁に入れ替わる管理員のことをどう思っているのだろうか。そして次の管理員はいったいどんな理由で辞めていくのだろうか……。

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南野 苑生(みなみの・そのお)
マンション管理員
1948年生まれ。大学卒業後、広告代理店に勤務。バブル崩壊後、周囲の反対を押し切り、広告プランニング会社を設立するものの、13年で経営に行き詰まる。紆余曲折を経て、59歳のとき、妻とともに住み込みのマンション管理員に。以来3つのマンションに勤務。

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(マンション管理員 南野 苑生)

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