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「ターミネーターはなぜ未来から裸で来たのか」物理学者が真剣にSF映画を見て感じた素朴な疑問

プレジデントオンライン / 2021年11月14日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bobislav

映画『ターミネーター』のように過去と未来を行き来することは将来的に可能なのか。物理学者の高水裕一さんは「時間軸が2つあればできるかもしれない。タイムワープで生身の身体を転送できるなら、衣服の転送はもっと容易なはずだ」という――。

※本稿は、高水裕一『物理学者、SF映画にハマる』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■タイムワープで未来からの使者が裸で現れる演出

タイムトラベルにおける転送物の再構築とタイムトラベルの新たな方法論について、「ターミネーター」シリーズを通して少し考えてみましょう。

もともとは映画で始まった本作品ですが、その後ドラマシリーズが『ターミネーター:サラ・コナー・クロニクルズ』としてシーズン2まで製作されました。内容はご存じの方も多いかと思いますが、未来において、発展した人工知能により人類に反旗を翻したロボット軍と、生き残った人類の抵抗軍との戦争がテーマです。

しかし、主に描かれるのは、その未来の戦争のほうよりも、未来から現在に刺客として送り込まれるロボット(ターミネーター)と、主人公を守るターミネーターとの攻防です。主人公のサラ・コナーの息子は、未来で抵抗軍のリーダーになるので、ロボット軍はその前に未来からタイムトラベルをして生まれる前に阻止しようと企てます。

個人的には、ドラマ版のストーリーが面白いと思っています。それは、サラの息子、ジョン・コナーが青年期を迎えて、抵抗軍のリーダーになるまでの成長過程を描いているからです。

また、ジョンを守る未来から送り込まれたターミネーターも、シュワちゃん(アーノルド・シュワルツェネッガー)のようなコワモテのおじさんではなく、超美人なキャメロンという女性モデルのターミネーターなので、一見、殺人マシンだとは分かりません。その意外性が物語により広がりを与えて、面白みをグッと上げているように思います。他にも映画ではシリアスの連続ですが、ドラマ版ではそれだけでなく、コメディあり、のどかな学園風景もありで物語の厚みを与えています。

この作品では、基本的にタイムワープすると、転送先で光の玉が突然現れて、そのなかから未来からの使者が裸で現れるという定番の演出があります。

ここで、タイムワープにおける転送を考察してみましょう。

■時間の流れを決める「エントロピー増大の法則」

物理の世界でもっとも現実的な時間を戻る現象は、量子力学に関するものです。つまり素粒子と呼ばれる粒子の奇妙な振る舞いのなかに、時間を戻る可能性が秘められています。

時間の一方向の流れを物理的に表現するときには、「エントロピー」という言葉が用いられます。映画『TENET』でも登場したので、聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。

エントロピーとは、状態の乱雑さを示す量です。例えば、整然と並んで整理された本棚はエントロピーが小さく、逆に床一面に本が乱雑に散らかっているのはエントロピーが大きいといえます。全ての孤立した系(エネルギーも物質も外の世界とやり取りしない空間)では、このエントロピーが増大するという法則があることが分かっています。

コーヒーの入ったコップにミルクを注ぐと、ミルクが拡散して広がっていきます。この拡散現象をエントロピーの視点で見てみると、拡散していくミルクは、まさにエントロピーが増えていくことに対応しています。逆に、エントロピーが減少するような、広がったミルクが一点に集まるような現象は起きません。この一方的な流れを規定しているのが、エントロピー増大の法則です。これが時間の流れを決定している法則だといえます。

コーヒーにミルクを注ぐイメージ
写真=iStock.com/Photo-Dave
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Photo-Dave

物理法則を示す方程式は、時間が発展するように表現されていますが、数式では過去へも未来へも向かう現象として描かれています。つまり数学的には、過去に向かう現象は禁止されていません。しかし現実的には、未来に向かう現象だけが現れているということが実に不思議なのです。それを法則としてきちんと規定しているのは、このエントロピー増大の法則だけだといえます。

ここで近年、量子コンピュータの世界でこのエントロピーが減少する現象が観測されたという話題があります。ここでは内容に深入りはしませんが、量子力学の世界は、このように時間を戻る現象が実際に起こりえる可能性を秘めています。

量子の世界では、私たちの巨視的な世界とは異なり、時間の概念も位置の概念もガラッと変わり、直感と相いれない世界が姿を現します。映画『TENET』でもセリフとして登場してきますが、例えば、陽電子という粒子は電子と時間の面で逆の振る舞いをします。つまり、陽電子は未来へ向かう電子とは逆に過去に向かう粒子といえます。

■時間を戻るには量子状態が最も現実的

また量子の世界では、時間も連続的ではなく、とびとびの値をとって不連続になっています。この量子世界の特徴を最大限表現したものが、ロヴェッリ博士の著書『時間は存在しない』(訳/冨永星、NHK出版)です。彼は、ループ量子重力理論という先駆的な理論を提唱した1人です。ここでは、時間という概念を導入せずに、物理現象を語る世界が描かれていますが、内容はいささか難解なので省略させてもらいます。

言いたいことは、時間を戻ることを考えると、量子力学の世界が一番現実的にできる可能性が高いということです。つまり量子状態になれば、ひょっとすると過去へのタイムトラベルが可能なのではないかと想像します。

このような描き方をしているSF作品に、海外ドラマ『12モンキーズ』があります。1995年に一度映画になったもののリメイク版ですが、2015年から2018年まで放送され、シーズン4までになる大作です。タイムトラベルものの長編物語として非常に面白いので、ぜひ一度見てみることをお勧めします。

長いストーリーですが、簡単に言うと、ある年に世界に蔓延したウイルスを食い止めるために、タイムトラベルで過去を変えるということが大きな目的です。全人類の9割以上がこのウイルスによって死滅して暗闇の地下で暮らす2035年の未来において、タイムマシンが開発されます。今のコロナ禍の世界を考えると、全く非現実的ともいえない時代としてのリアルさがありますね。

■人間をタイムワープさせられるのであれば服も送れるはず

これまでタイムワープの原理として、少なくとも量子状態に分解して転送されるべきだということを述べてきました。つまり、転送先では、必ず量子状態のミクロな粒子からマクロな物体に再構成しなくてはいけません。

そこで、転送する物質として生物の身体と無機物などの金属を比べてみると、再構成しやすいのが金属であるといえます。例えば、鉄であれば、たった1種類の元素が無数に整然と並んでいるだけの単純な構造ですが、有機体である生物ではそうはいきません。DNA1つとってみても、炭素や水素、窒素など数種類の元素を、複雑に立体的に構築する必要があります。

ですから、マクロなものを転送する場合、物質や無機物を転送するほうがはるかに簡単だといえます。そう考えると、生物の身体を送るよりも服や武器を送るほうがむしろ容易な気がします。

つまり、人間を送る場合、身体と着ている服でどちらが転送させやすいかといえば、服ということです。転送先での再構成を考える限り、裸の意味は全くありません。身体が再構成できる技術があれば、服などもっと容易に転送できてしまうはずだからです。

ライダースジャケット
写真=iStock.com/kcastagnola
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kcastagnola

■現実世界には時間軸が1つしかない

最後に、あらためてタイムトラベルの方法論について考えてみたいと思います。少しイメージしづらい話が続きますが、なんとなく想像してもらえればそれで十分ですので、あまり気負いせずに進んでみてください。

ワープによる時間の移動は、暗にワームホールのようなトンネルを仮定することもできますが、時間と空間を1つにした4次元の時空多様体の存在を考えると、必ずしもそれだけがタイムトラベルを解釈するアイデアであるとはいえません。次元を増やして、移動するという裏技もあります。例えば、次元を1つ増やした5次元多様体を考えて、そこでの移動によって、4次元時空上ではあたかも突然移動したように見せることは、原理的には可能かもしれません。

もう少し具体的に考えてみましょう。

高次元の宇宙を説明する理論として、統一理論の候補でもある「ブレーン宇宙」という5次元宇宙モデルがあります。

【図表1】5次元目に空間をとったブレーン宇宙
出所=『物理学者、SF映画にハマる』

このモデルではまず、図表1のように私たちが存在する時空(空間3次元+時間1次元)はブレーンと呼ばれる膜の上に組み込まれていると考えます。さらに、そこから考えをもっと発展させて、この膜そのものが4次元目の空間方向に移動できるとします。これがブレーン宇宙と考えられているものです。膜の上にいる私たちは、この第5の次元を観測することは基本的にできず、唯一、この次元を伝播できる重力波を通して、観測できるとされています。

おそらく、このような宇宙であれば、4次元目の空間方向の移動により、一瞬で別の場所に移動することは可能かもしれません。ただし、時間の移動、つまりタイムトラベルは、時間の次元が膜の上の私たちと同じ1次元であることから、できないのではないかと思います。

他方で、特殊なモデルとして、時間軸を2つ持つ宇宙モデルもあります。これを5次元目の軸に選ぶと、この新しい時間軸を用いて、4次元宇宙における別の時間に移動できるかもしれません。

空間で考えてみてください。今まで1次元で直線上だけでしか移動できなかったものが、2次元目の空間方向が増えると、平面内を移動できます。そのため、うまいルートをとれば、直線上の別の場所に移動することが容易になるはずです。ただし、結局遠くに行こうとすれば、そのぶん移動距離も長くなります。

【図表2】時間軸を2つ持つ宇宙モデル
出所=『物理学者、SF映画にハマる』

これを時間で解釈すると、例えば、この2次元目の時間軸を用いることで、過去へは行けるようになるものの、ワープではなく、あくまで1週間前なら1週間分の時間がかかるということになりそうです(図表2)。ある意味、『TENET』の時間を戻る方法と似ているかもしれません。それでも、ここにワームホールも加えることができれば、時空多様体の距離がショートカットできるので、うまくいくかもしれません。

高水裕一『物理学者、SF映画にハマる』(光文社新書)
高水裕一『物理学者、SF映画にハマる』(光文社新書)

以上のことを考えると、一瞬で現れる光の球のような演出は、高次元の移動をしているとすれば、ありえるのかなとも思います。つまり、椅子に乗った人や乗り物が突然現れるよりも、空間そのものが切り取られて突然現れる演出のほうが、それらしいかもしれないということです。これはあくまで個人的感想と思ってください。

いずれにしても、タイムトラベルが難しい1つの理由は、この世界の時間軸がなぜか1つしかないという性質に大きく起因します。仮に2つの時間軸があれば、途端に、タイムトラベルは容易になってくるでしょう。空間が3次元なのに、なぜ時間も対称に3次元になっていないのか。実はよく考えると不思議な気がしますね。

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高水 裕一(たかみず・ゆういち)
筑波大学計算科学研究センター研究員
1980年東京生まれ。早稲田大学理工学部物理学科卒業。早稲田大学大学院博士課程修了、理学博士。2013年より英国ケンブリッジ大学応用数学・理論物理学科理論宇宙論センターに所属し、所長を務めるスティーヴン・ホーキング博士に師事。専門は宇宙論。近年は機械学習を用いた医学物理学の研究にも取り組んでいる。著書に『知らなきゃよかった宇宙の話』(主婦の友社)、『時間は逆戻りするのか』『宇宙人と出会う前に読む本』(以上、講談社ブルーバックス)。

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(筑波大学計算科学研究センター研究員 高水 裕一)

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