1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

中国の「デジタル人民元」に対抗して、米国が「デジタルドル」を検討している本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年11月22日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hudiemm

アメリカ政府は中央銀行の発行するデジタル通貨に消極的な姿勢をとってきた。だが、中国がデジタル人民元を本格化させる動きにあわせて方針転換しつつある。作家の野口悠紀雄氏は「これまでマネーは匿名だったが、デジタル化すればすべてのデータが政府に集まることになる。アメリカの動きは、そうした激変をにらんだものだろう」という――。

※本稿は、野口悠紀雄『データエコノミー入門 激変するマネー、銀行、企業』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

■デジタル通貨の端緒となったFacebookの「Libra」

電子マネーによって、マネーの取引記録をデータとして活用できるようになったことは、様々な革命をもたらしている。まず挙げられるのが、大規模な仮想通貨で価値が安定した民間のデジタル通貨の登場である。その始まりが、2019年の6月、アメリカのSNS提供企業であるFacebookによって発表された「Libra」だ。

Libraは、ビットコインと同じような仮想通貨だが、いくつかの違いがある。最大の違いは、現実の通貨に対する価値が大きく変動しないことだ。こうしたものを、「ステーブルコイン」と呼ぶ。

ビットコインは価格が変動するため、投機の対象にはなったが、日常的な支払い手段には使いにくかった。ステーブルコインによって、仮想通貨が送金の手段に使えるようになる。

このため、規模が非常に大きい通貨圏が形成される可能性がある。Facebookの利用者は、世界で20数億人といわれる。仮にこれらの人々がLibraを使うことになれば、それによって形成される通貨圏は、世界のあらゆる国のそれを凌駕する。

■各国の金融当局が「Libra」を潰しにかかった

さらに、Facebookの現在の利用者の枠を超えて拡大する可能性もある。世界には銀行口座を持たない人が17億人いるといわれる。この人々がLibraを使うようになれば、きわめて大きな変化が起きるだろう。

野口悠紀雄『データエコノミー入門 激変するマネー、銀行、企業』(PHP新書)
野口悠紀雄『データエコノミー入門 激変するマネー、銀行、企業』(PHP新書)

Libraに対しては、世界的な大議論が起きた。各国の金融当局が、直ちに反応して、これを取り潰しにかかった。Facebookは、これに対応して、当初の野心的なプランから後退せざるをえなくなった。ただし、計画そのものが中止になったわけではない。「Diem」と名称を変更して発行される可能性がある。

Diemの発行・管理団体は、2021年5月、スイス金融当局への認可申請を取り下げ、主要拠点をアメリカに移すと発表した。そして、既存の米銀と提携する形に切り替えるとした。Diemの目的はどこにあるのか

ところで、Facebookは、何のためにDiemを発行するのだろうか? Facebookは、多くの人に便利な支払い手段を提供するのが目的だとしている。確かに、それはいいことだ。しかし、Facebookは公益団体ではなく、私企業である。人々の幸福に貢献するというだけではなく、それ以外の目的があっても、不思議ではない。

Diemの手数料はほぼゼロになるだろうから、手数料収入が目的とは考えられない。「シニョリッジ」(通貨発行益)を得るのが目的だという見方もある。しかし、Diemを発行するDiem財団は、発行額と同額の準備資産を保有するとしている。その資産は、流動性の高いものでなければならないので、収益率は低い。だから、シニョリッジが目的とも考えられない。

Diem発行の真の目的は、取引データの獲得にあるのではないだろうか? では、Facebookは、Diemで取得したデータを用いて、どのような利用をするつもりなのだろうか? Facebookは、これに関しては、何も言っていない。

■中央銀行が発行する匿名性のない“マネー”の形

大規模デジタル通貨のもう一つのカテゴリーは、CBDC(中央銀行デジタル通貨)だ。日本銀行によれば、CBDCとは、次の三つの条件を満たすものだ。(1)デジタル化されていること、(2)円などの法定通貨建てであること、(3)中央銀行の債務として発行されること。

日銀の債務としては、現在、日銀券と、民間銀行が日銀に持つ当座預金がある。それにCBDCが加わることとなる(あるいは、置き換わることとなる)。つまり、CBDCとは中央銀行が発行するデジタル通貨だ。Diemの場合には発行運営者はDiem協会だが、それが中央銀行になったと考えればよい。利用手数料については、送金者側でも受け取り側でも、おそらくゼロに近い水準になるだろう。

紙幣には匿名性がある。それに対して、CBDCのウオレットは、スマートフォンのアプリだ。これをダウンロードするのに、本人確認は必ずしも必要ない。ただし、マネーロンダリングなどに対処するため、本人確認をするだろう。そうすると、匿名性のないマネーになる。

■中国政府はなぜ「デジタル人民元」に積極的なのか

中国は、CBDCである「デジタル人民元」の発行を計画している。4大商業銀行(中国銀行、中国建設銀行、中国工商銀行、中国農業銀行)が仲介機関となる。利用者は、4大銀行のいずれかに保有している預金を取り崩して、自分のウオレット(電子財布)にデジタル人民元の残高を得る。

デジタル人民元は、すでに実証実験が何度も行なわれている。こうした過程を経て、かなり実用に近い段階になっていると思われる。将来は、貿易相手国などとの国際決済にも用途を広げる予定だ。すでに、タイやアラブ首長国連邦の中央銀行と研究事業を始めた。

中国政府は、デジタル人民元にきわめて積極的だ。なぜそれほど積極的なのか? 送金の効率化という点では、すでに電子マネーが広く使われているのだから、それに加えてわざわざ中央銀行デジタル通貨を発行する必然性は乏しい。デジタル人民元の発行によって、人民元の国際的地位を高めるのが目的だという見方もある。確かにそうしたこともあるだろう。

しかし、そうした目的ばかりではないと思われる。一つは、Diemに対抗する必要だ。これが中国でも使われれば、中国からの資本流出が生じる危険がある。その対策として必要だ。また、課税強化という目的もあるかもしれない。

■国民一人一人の詳細なデータを管理することができる

しかし、真の目的は、国民の一人一人に関する詳細なデータを入手することにあるのではないかと思われる。これまでマネーのデータは、Alipayなどの電子マネーによって収集されてきた。Alipayを運用するAntグループは、それを用いて信用スコアリングを作成し、驚異的な成長を実現した。そのような貴重なデータを国家のもとに集めるというのが、デジタル人民元の重要な目的ではないだろうか?

中国はすでに2019年に「暗号法」を制定している。そして、最高クラスの暗号は国家が管理するとしている。これは、デジタル通貨によって得られる情報を国が管理することを狙ったものではないかと考えられる。

そうなれば、これまで民間の電子マネー運用者が独占していたマネーのデータが政府の手に渡ることになる。これによって中国政府の国内支配力は飛躍的に高まるだろう。それができれば、中国政府は、きわめて強力な管理手段を握ることになる。

もちろん、中国当局は、このような可能性については、一言も言っていない。むしろ、デジタル人民元では、少額取引については匿名取引が可能だと強調している。しかし、そうしたことが強調されるのは、真の目的を隠蔽しようとするためではないかと考えられなくもない。

国内の取引を完全に把握できるだけではない。仮に中国外でも使われるとすれば、そこでの取引情報も入手できる。

中国は、一帯一路地域やアフリカ諸国の支援にあたって、デジタル人民元の利用を中国政府が積極的に推し進め、「人民元通貨圏」を作ろうとする可能性もある。仮にそれらの地域でデジタル人民元が広く使われることになれば、中国は、それらの諸国に関する詳細なデータを手に入れることができる。日本で使われることになれば、日本の経済取引の詳細が中国政府に筒抜けになるだろう。

■デジタルドルの発行でマネーの世界は大きく変わる

これまで、アメリカ財務省もFRB(米連邦準備理事会)も、中央銀行デジタル通貨に対して異常なほど消極的だった。FRBのパウエル議長は、2020年10月、国際通貨基金(IMF)が開催した国際送金に関するパネルディスカッションで、CBDCの発行について慎重な姿勢を示した。トランプ前大統領がデジタル技術に対して否定的な考えを持っていたことの影響が大きかったと考えられる。

しかし、中国がデジタル人民元政策を積極的に進めていけば、アメリカものんびりしてはいられない。実際、バイデン政権の成立により、デジタルドルをめぐる状況が変化してきた。

2021年5月、FRBは、ドルの中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「デジタルドル」の発行についての検討レポートを夏に出すと発表した。これまでの消極的な態度を考えると、このような報告書を出すこと自体が、大きな転換と言える。

■デジタルドルによる金融包摂への期待

中国では、AlipayやWeChat Payなどの電子マネーがきわめて広範に普及しているのに対して、アメリカにはそれらに相当するほど広範に使われている電子マネーは存在しない。キャッシュレスの手段としてはクレジットカードが古くから使われているが、これは、店舗が支払う手数料が高い。

なお、アメリカでは、PayPalが約20年前から使われている。これは、ネット上の支払いにクレジットカードを使う場合に、その番号を相手に知らせなくても支払いができるようにしたものだ。アメリカでは、ネット上の支払いのための送金手段として広く使われている。ただし、クレジットカードのシステムを改良しただけのものであり、さほど革新的な技術とは言えない。

したがって、仮にデジタルドルが発行されることとなれば、アメリカのマネーの仕組みは大きく変わる。バイデン政権は、「金融包摂」を重視している。アメリカでは、低所得層を中心に全世帯の約5%が銀行口座を持っていない。デジタルドルが使えるようになれば、こうした人々も金融サービスにアクセスできることになる。

■デジタルドルの影響はデジタル人民元よりはるかに大きい

すでに述べたように、デジタル人民元は発行間近だ。このため、主要国の中央銀行には、CBDCの国際標準を中国に握られかねないとの危機感がある。FRBのブレイナード理事は、「ある国でCBDCが発行され、それが国境を越えた決済に使われるようになると、世界中に大きな影響を与える可能性がある」と指摘した。

デジタルドルが使えるようになれば、企業の資金効率は大幅に改善する。個人の国際送金も速く、コストがより安くなる可能性がある。このため、少額で頻度の高い国際送金が増える。

デジタルドル
写真=iStock.com/anyaberkut
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/anyaberkut

デジタル人民元の場合には、仮にそれが中国外で使えるようになったとしても、中国以外の国の人々にどれだけ受け入れられるかは疑問だ。それに対して、ドルであれば全く問題なく受け入れられるだろう。実際、現在国際取引のほとんどはドル建てで行なわれている。このため、デジタルドルは、非常に大きな国際的影響を与えることになる。

■日本でも実証実験は始まっている

例えば、新興国でデジタルドルが容易に手に入るようになれば、自国通貨からデジタルドルへの大規模な資金の移動が起こり、その国の通貨システムが危殆に瀕するかもしれない。その影響があまりに大きいためにデジタルドルの発行には慎重にならざるをえない、という面もあるだろう。

日本も、こうした動きを座視しているわけではない。日本銀行は、2021年4月、CBDCの実証実験を始めた。2022年3月までに、基本機能の検証を行なう。その後、他の機能も加えた第二段階の検証を進めるとしている。

----------

野口 悠紀雄(のぐち・ゆきお)
一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問を歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)ほか多数。

----------

(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください