「コロナ襲来で世界は根本から変わった」そんな"知識人たちの主張"を信じてはいけない
プレジデントオンライン / 2021年11月20日 12時15分
株主総会が開かれているメルセデス・ベンツ本社の建物前で、「いまこそ資本主義を終わらせよう!」と書いた横断幕を掲げる反資本主義グループのメンバー(ドイツ・シュトゥットガルト、2020年7月8日) - 写真=ロイター/アフロ
※本稿は、柿埜真吾『自由と成長の経済学 「人新世」と「脱成長コミュニズム」の罠』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■「コロナ禍で資本主義は死んだ」のか?
2019年12月、中国から始まった新型コロナウイルス感染症が世界を襲うと、グローバリゼーションと自由市場経済の終焉(しゅうえん)を謳(うた)う論調が論壇に蔓延するようになった。2008年のリーマン・ショック以来、世界経済が停滞し相次ぐ危機に見舞われる中、10年前から次第に高まりつつあった自由市場経済への懐疑の声が今やどこに行っても聞かれる。新しい経済、コロナ後を語る知識人たちは、資本主義をもう埋葬し終えたような調子で話している。
テレビでおなじみの池上彰・名城大学教授の近著は、的場昭弘神奈川大学教授との共著だが、『いまこそ「社会主義」』と題されている。2人はキューバの医療体制やコロナ対策を絶賛し、池上氏は「あそこは〈中略〉キューバ革命で指導者になったフィデル・カストロのキャラクターもありますけれど、いわゆる暗さというものがない」と発言している(*1)。
高名な評論家の中野剛志氏も「コロナ危機後の世界秩序は、コロナ危機の下で社会主義化を決断し、実行した国が生き残り、社会主義化できなかった国が凋落する」と断言してはばからない(*2)。
空前のベストセラーとなっている斎藤幸平氏(大阪市立大学准教授)の『人新世の「資本論」』は、「気候変動もコロナ禍も〈中略〉どちらも資本主義の産物」(P. 278)だと断じ、脱成長コミュニズムを唱えている。
知識人たちが次々と社会主義に賛辞を贈る中、社会主義国も社会主義の有効性を喧伝している。2020年9月8日の演説で中国の習近平国家主席は、新型コロナ対策の成功を自賛し、「重大な戦略的成果が得られたことは、中国共産党の指導と我が国の社会主義制度の顕著な優位性を示した」と述べ、社会主義体制の勝利を誇示して見せた。
■勢いづく権威主義国家の指導者たち
危機に瀕しているのは資本主義だけではない。民主主義への信頼も揺らぎ始めている。米国をはじめとする世界の自由民主主義国がコロナ禍への初期の対応に失敗したことは、世界各地の反民主主義勢力を勢いづかせている。国民に自由を与える民主主義ではコロナ禍と闘えないのではないか。国民のそんな恐怖心を利用して、ハンガリーのオルバーン首相をはじめとする独裁的な指導者たちはコロナ禍を口実にますます人権弾圧を強めている。
コロナ禍や気候変動が起きたのは、人間が分を超えて際限ない経済成長を追い求めたからだ。これからは脱成長で、環境に配慮した慎ましい暮らしをしなければならない。グローバル化と自由市場経済は破綻した。民主主義は強権体制に敗れた。どうやら、これが今を時めく知識人の最先端の意見であるようである。
■データは「楽観主義」を支持している
だが、ちょっと待ってほしい。人類は決してコロナ禍で全てを失ったわけではない。悲観的なレトリックに溺れるのではなく、冷静に事実を見てみよう。コロナ禍は確かに大惨事である。2021年7月現在、新型コロナウイルス感染症により世界で400万人以上が亡くなり、現在も犠牲者は増え続けている。とはいえ、新型コロナウイルス感染症は人類がこれまで直面した最悪のパンデミックではない。人類の歴史はこれまで常に疫病との闘いの歴史であった。図表1は、人類が過去に直面した主要なパンデミックとその死亡率、死者数の推計値を示したものである。
グローバル化も資本主義もなかった古代や中世のパンデミックの死亡率は、19世紀以降のグローバリゼーションの時代のパンデミックとはけた違いである。当時の人口は現代よりも遥かに少なかったにもかかわらず、コロナ禍を上回る死者数を出したパンデミックが何度も発生している。
■パンデミックは繰り返し起こるもの
例えば、奴隷制社会だった古代ローマ時代のアントニヌスのペスト(165-180年)では500万人が亡くなっているし、中世初めのユスティニアヌスのペスト(541-542年)では3000~5000万人が亡くなっている。記録に残る人類史上最悪のパンデミックは、封建制社会だった中世の黒死病(1347-1351年)である。黒死病により2億人が亡くなり、人類の人口が半減する大惨事になった。
黒死病は、コロナ禍はもちろん、4000万人~1億人近くが亡くなったスペイン風邪(1918-1919年)も比較にならない史上最悪のパンデミックだった。パンデミックにはならなくても、近代以前の社会では、その地域の人口の1割を超えるような死者を出した感染症は全く珍しくない。人類は有史以来、何度も疫病に襲われてきたのであり、グローバル化や資本主義を止めてもパンデミックがなくなるはずはない。
むしろ、グローバリゼーションと資本主義の時代が始まった19世紀以降、パンデミックによる死亡率は顕著に低下している。これは部分的には医学の進歩や公衆衛生対策が理由であることはもちろんだが、経済成長をもたらした資本主義の恩恵も大きい。現代の資本主義経済では、所得水準の上昇により栄養状態が改善したことで人々の感染症への抵抗力が増しており、イノベーティブな医薬品産業の活発な競争が次々と感染症治療薬やワクチンを開発しているため、感染症の被害は最小限に抑えられる傾向にあるのである。
例えば、1980年代に猛威を振るったエイズは急速に新薬の開発や感染対策の取り組みが進み、今や不治の病ではなくなりつつあるのは周知の事実である。今日、最も深刻な疫病が蔓延している地域はグローバル化にも資本主義にも背を向けた貧しい独裁国家である。古代や中世の現代よりも遥かに貧しい国々が何度も壊滅的な感染症に襲われてきたことを思えば、自然と調和し、貧しく暮らす脱成長社会ならばパンデミックには襲われないだろうなどと考えるのが、どれほど非現実的かは明白である。
■人類は必ずコロナとの戦いに勝つ
長期的視野に立てば、人類は今、感染症に敗北しつつあるのではなく、勝利を手にしつつある。人類を長く苦しめてきた天然痘は1979年にはついに撲滅された。かつては世界中で猛威を振るっていたポリオも、WHOへの感染報告は1988の35万件から2018年の33件へと99%減少し、先進国では既に根絶され、途上国でも制圧が目前に迫っている。
感染症・周産期異常・栄養失調による死者数は1990年から2019年までに1599万人から1019万人へと580万人も減少し、年齢調整済み死亡率は半分以下に低下している(図表2)。コロナ禍の被害は甚大だが、いま私たちが強いられているのは一時的な後退に過ぎない。しかも、その程度は決して大きなものではない。人類はこれまで遥かに恐ろしいパンデミックを乗り越えてきた。コロナとの闘いに人類は必ず勝利を収めるだろう。
■グローバル化と資本主義への不当な非難
グローバル化と資本主義は、コロナ禍の元凶と名指しされているが、これほど不当な非難もない。新型コロナウイルスの発生後、僅か1年で画期的なワクチンを開発できたのは、まさにグローバルで活気あふれる資本主義経済の恩恵である。
大方の予想を裏切って効果的で安全なワクチンの開発を極めて僅かな期間に成功させたのは、世界的な医薬品メーカーであるファイザー、バイオンテックやモデルナといったベンチャー企業のグローバルな開発競争だったのである。人類はこれまで資本主義とグローバリゼーションの下で、感染症との戦いに次々と勝利し、正しい方向に向かって進んできたのである。
権威主義国家や社会主義国家がコロナ禍に“効く”という言説の信憑性は、消毒液を注射すれば健康を保てるという主張と同程度である。コロナウイルスは独裁者を恐れたりはしないし、非効率な社会主義経済が感染症対策に特に効率的に機能すると期待する理由は全くない。
危機的な状況に直面すると、今までの常識は通じない、すべてが変わったと称して、怪しげなアイデアを売り込む人がいつの時代にもいるものだが、金融危機は物理法則を無効にはしないし、パンデミックは社会主義を理想の経済体制に変えたりはしない。
■そもそも感染爆発を招いたのは社会主義体制だ
そもそも、何故これほどのパンデミックが起きてしまったのか考えてみれば、資本主義や民主主義を否定し、社会主義権威体制を称賛する愚は明らかなはずである。
中国政府の情報隠蔽(いんぺい)は香港風邪(1968-1969年)、SARS(2002-2003年)等、過去に何度もパンデミックを引き起こしてきた。今回の新型コロナウイルスについても、中国政府は、警告の声を発した勇敢な医師を弾圧し、感染爆発を招いた張本人である。この期に及んでも国際機関による原因究明を妨害し、情報公開を拒み続けている。新型コロナウイルスがまさに社会主義の産物であるのは明白だろう。
(11月21日公開の後編「『必ず独裁と貧困をもたらす』それなのに社会主義に共感する人が多いのはなぜなのか」に続く)
(*1)池上彰・的場昭弘『いまこそ「社会主義」 混迷する世界を読み解く補助線』2020、P143
(*2)「〔コロナ後の日本〕生き残りの鍵は『社会主義化』、中韓が市場奪取=中野剛志氏」ロイター、2020年4月29日
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経済学者・思想史家
1987年生まれ。2010年、学習院大学文学部哲学科卒業。12年、学習院大学大学院経済学研究科修士課程修了。13~14年、立教大学兼任講師。20年より高崎経済大学非常勤講師。主な論文に「バーリンの自由論」「戦間期英国の不況に関する論争史」など。著書に『ミルトン・フリードマンの日本経済論』がある。
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(経済学者・思想史家 柿埜 真吾)
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