「電車内の無差別殺傷事件が多くて怖い」そう思う人が本当に考えるべきこと
プレジデントオンライン / 2021年11月11日 15時15分
■「停車駅の間隔が長く、逃げ場がない特急を選んだ」
10月31日の夜に京王線の電車内で無差別刺傷事件が起きた。警視庁に殺人未遂容疑で逮捕された職業不詳・服部恭太容疑者(24)はこんな供述が報じられている。
「仕事に失敗した。退職に追い込まれ、友人関係も薄れた。死にたかった。だれでもいいから2人くらい殺して死刑になろうと思った」
「人の多く集まるハロウィーンの夜を狙った。電車内の方が街中よりも確実に人を殺せると思った。停車駅の間隔が長く、逃げ場がない特急を選んだ」
「8月に小田急線の快速急行で起きた事件が参考になった」
着ていた派手な紫色のスーツと緑色のシャツは、犯行のために買った「勝負服」で、映画『バットマン』の悪役のジョーカーの扮装だという。
■オイルをまいて火を点け、可燃性の殺虫剤を噴霧
服部容疑者は10月31日午後8時ごろ、東京都調布市の京王線布田駅付近を走行中の上り特急電車で、72歳の会社員の男性の顔に殺虫剤を噴射し、右胸をナイフ(刃渡り30センチ)で刺した。男性は傷が肺まで達し、意識不明の重体に陥っていたが、9日までに意識を取り戻したと共同通信などが報じている。
さらに服部容疑者は電車内にライター用のオイルをまいて火を点け、可燃性の殺虫剤を噴霧した。火は燃え広がり、乗客16人が煙を吸い込んで病院に運ばれた。電車は調布市の国領駅に緊急停車し、乗客は窓を開けて脱出した。
これまでの報道によると、服部容疑者は犯行前、福岡市の携帯電話会社の関連会社で通信機材の営業販売の仕事をしていた。しかし、5月ごろに顧客のクレームで会社から配置転換を指示され、仕事が嫌になって退職した。福岡県出身で、県立高校から専門学校に進み、卒業後は介護ヘルパーの職に就いていた。
今年7月に福岡市から神戸市、名古屋市と移り、9月末から東京都八王子市のビジネスホテルに滞在していた。事件を起こした10月31日は京王八王子駅を午後5時ごろに出て、渋谷駅に到着。渋谷の街を30分ほど歩いてハロウィーンで仮装する人たちを見物した。その後、京王線で調布駅に行って上りの特急電車に乗り換えて犯行に及んだ。
■服部容疑者は「小田急線の事件を参考にした」
服部容疑者は「小田急線の事件を参考にした」と供述しているそうだ。
今年8月6日、東京都世田谷区の登戸―祖師ケ谷大蔵間を走行中の快速急行内で、36歳の無職男が座席に座っていた女子大生らを刃物で切り付け、10人が重軽傷を負った。男は最初に女子大生を襲ったことについて「服装などから勝ち組っぽいと思った。以前から勝ち組で幸せそうな女性を見ると殺したいと思っていた」と供述していると報じられた。
![日本の地下鉄](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/670/img_678520f9834ef105d6828778562f66431218060.jpg)
2018年6月9日には東海道新幹線で男(当時22歳)が3人を殺傷する事件も起きている。この男は裁判で「男だろうと女だろうと、子どもだろうと老人だろうと、殺すつもりだった。刑務所に入りたかった。無期懲役を狙った」と語っている。
無差別殺傷事件は繰り返し起きている。特に衝撃的だったのは、2008年の東京・秋葉原の事件だろう。当時25歳の男が秋葉原電気街(東京都千代田区外神田)の歩行者天国にトラックで突っ込み、通行人をはねたうえダガーナイフで次々と刺し、7人が殺害され、10人が重軽傷を負った。
男は手記に「ネット上の成りすましに対するトラブルが動機のすべてだ」などと書いていたが、裁判では社会への強い不満をもっていたことが明らかになっている。
■人々が事件を怖がるほど、犯人は動機が高まる
無差別殺傷事件では、社会に対する不満や恨み、憎悪が動機として語られる。容疑者本人が犯行までそうした欲求を自覚していないケースもある。なぜ社会に不満や恨みを持つようになったのか。再発防止のため、専門家による分析は欠かせないだろう。
その一方で、こうした事件はきわめて稀にしか起きていないことも踏まえるべきだろう。大きく報道されるため、無差別殺傷事件が頻繁に起きているように感じてしまうが、それは事実ではない。無差別に死者の出る凄惨な事件は数年に一度しか起きていない。日本の「他殺率(人口10万人当たりの他殺者数)」は世界最低の水準で、日本ほど安全な国はない。
事件を大きく取り上げ、世間が過敏に反応すれば、「注目を集めたい」と考える模倣犯を招く。今回の京王線の事件を受け、防犯カメラの設置や警備員の巡回、ドアの開閉などの対策強化が論じられている。もちろん必要なことだが、そうした対策で再発を完全に防げるわけではない。
重要なことは、直接的な対策よりも、こうした事件をわれわれが無視し、暮らし方を変えないことだ。人々が事件を怖がるほど、社会を攻撃したい犯人にとっては動機が高まることになる。事件に対して毅然とした態度を取ることが、結果として再発防止になる。
■「犯人にはいくつかの顕著な傾向がある」
新聞各紙の社説では、「電車内また凶行 防犯対策超えた議論を」との見出しを付けた11月2日付の東京新聞の社説が目を引いた。
「東京都の京王線で男が刃物を振り回し、乗客が重軽傷を負った。鉄道各社は防犯対策を進めているが、完璧な対策はない。犯人を無差別攻撃に走らせる要因は何かという議論が欠かせない」と書き出し、容疑者の心のうちを探る議論の必要性を訴えている。
東京社説は指摘する。
「法務省法務総合研究所の報告書『無差別殺傷事犯に関する研究』によると、犯人にはいくつかの顕著な傾向がある」
「収入面で不安定な状況にあり、交友や交際関係が乏しい。恵まれない生活の中で、社会に絶望や憎しみを抱いている人物が多い」
京王線や小田急線、秋葉原の事件などの犯人に当てはまる傾向である。
続けて東京社説は主張する。
「こうした人びとの存在は憎んでみても消えない。社会的な病理であり、どうしたら減らせるのかという議論を重ねることが大切だ」
■「社会への敵意どう立ち向かう」と読売社説
11月3日付の読売新聞の社説は「逃げ場のない電車内で乗客が襲われる事件が再び起こった。乗客の命をどうしたら守れるのか。鉄道各社は、非常時の対応方法を改めて確認する必要がある」と書き出し、最後はこう締め括っている。
「防犯カメラや人工知能(AI)を活用し、不審な行動をいち早く検知するシステムの開発も進んでいる。こうした犯罪を完全に防ぐのは難しいが、鉄道各社は相次ぐ事件の教訓を対策にどう生かすか、知恵を絞らねばならない」
![東京のラッシュアワー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/0/670/img_c0e6f4a554e996a1362e4d1524782df3931091.jpg)
読売社説は防犯対策に絞って論じている。見出しも「乗客の避難手順を再点検せよ」となっている。防犯対策を超えた議論には関心がないのだろうか。
そんな思いから調べてみると、読売社説は8月14日付の「無差別襲撃事件 社会への敵意どう立ち向かう」で、小田急線の事件を受けてこう書いている。
「不特定多数や見ず知らずの人に刃(やいば)を向ける事件が後を絶たない。世間への一方的な敵意にどう立ち向かうべきか、事件の背景も踏まえて社会全体で考える必要がある」
さらに読売社説は「無差別殺傷事件は各地で起きている。法務省が過去の事件を分析した結果、犯行動機は『自分の境遇への不満』が4割を占めた」と指摘し、「うまくいかない人生を他人のせいにして、怒りの矛先を社会に向けることなど許されない」と訴える。
■孤立化を防ぐにはどうすればいいのか
なぜ他人や社会のせいにしてしまうのか。読売社説は「人間関係の希薄化」と指摘する。
「善悪の区別や価値観を身につけるには、家族や友人との関わりが大切だ。だが、地域の結びつきが弱まり、人間関係は希薄化している。家庭や学校教育を通じて、幼少期から本を読み、様々な体験を重ねて心を育むことが重要だ」
無差別殺傷事件の犯人たちは、家族や友人がいなかったのだろうか。本を読む習慣がなかったのだろうか。問題意識には共感するが、こうした意地悪な反論に応えられない書き方ではないだろうか。
最後に読売社説は「無差別殺傷事件の容疑者は、事件を起こす前、職場や学校に友人がいなかったケースが多い。孤立を深め、胸の内で社会への憎悪を膨らませていることに、誰かが気付くことはできなかったのか」と訴え、こう主張する。
「警察は、今回の事件を背景事情にまで踏み込んで解明し、再発防止に生かしてもらいたい」
孤独が事件の引き金になるというのは、その通りだろう。周囲に心配する友人がひとりでもいれば、犯行を止められたのではないか、というケースは数多い。孤立化を防ぐにはどうすればいいのか。電車内のセキュリティを高めるには限度がある。それよりも、「なぜ社会を恨むようになるのか」という点への考察を深めたほうが、再発防止につながるのではないだろうか。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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