もし周庭さんが中国本土に送られていたら、どんな拷問を受けていたか【2020年BEST5】
プレジデントオンライン / 2021年12月5日 10時15分
香港の著名な民主主義活動家アグネス・チョウ氏は、2020年8月10日遅く、香港の新国家安全保障法の下で逮捕された。自宅から連行される車の窓から外を見ているアグネス・チョウ氏。 - 写真=AFP/時事通信フォト
※内容は掲載当時のものです。
■民主派メディア創業者と活動家が相次ぎ逮捕
香港での民主化活動を抑える目的とされる香港国家安全維持法(国安法)が施行された。同法がどのように運用されるのか香港市民はもとより、欧米諸国が懐疑的に見守る中、民主化運動の象徴的な人物2人が逮捕、というニュースが飛び込んできた。
ひとりは、徹底的に民主派寄りの新聞「蘋果(りんご)日報」創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏(71)。そしてもうひとりは、日本語を巧みに操り、日本のメディアにもたびたび登場している周庭(アグネス・チョウ)氏(23)。いずれも国安法違反容疑で2020年8月10日に逮捕された。結果として、2人は逮捕から24時間余りたった翌日夜に保釈され、自宅に戻ることができた。しかし、当局は引き続き両氏について捜査を続け、起訴を目指すとしている。
国安法違反の最高罰則は終身刑または10年以上の懲役と定められている。「アグネスさんがこのまま牢屋から出られないのではないか?」「本土に送られて、厳しい罰を受けるのではないか?」といった懸念から、日本でも彼女への支援を示すハッシュタグが一時はトレンドのトップになるほどの関心を呼んだ。
■「4回逮捕で今回が一番怖かった」と語った理由
国安法の条文解釈をめぐっては、法律の専門家らも首をかしげる部分が多いとされる。
「法の規定が曖昧で、中国中央政府による恣意的な対応がなされる可能性が強い」というのが大方の見方で、どのように運用されるのか判然としない部分がある。その上、「香港特別行政区の現行法と国安法が一致しない場合、国安法の規定を適用する」とあり、これがいわば、イギリスをはじめとする各国が「香港の高度な自治を保障した一国二制度を踏みにじるもの」という批判を行う根拠にもなっている。
周氏は11日に保釈された後、日本のメディアなどからの質問に答えた。
「当局は、私が7月以降にSNSなどを使って外国の勢力とつながったことが逮捕理由だ、と言っているが、どのSNSの内容が問題なのか、私とどう関係があるのかについて何も説明してくれていない」とし、「私は依然として、今回の逮捕理由が何なのかよく解らない」と話している。
国安法には「法施行以降の行為に適用」と明記されている。確かに彼女は、過去数年にわたって民主化運動の先頭に立って活動してきたが、同法の施行前に所属していた政治団体の香港衆志(デモシスト)は解散しており、活動の幅は大幅に縮小していた。
記者に対し、周氏は「4回逮捕されたが、今回が一番怖かった」と語っている。では、前3回との違いは何だったのか。
香港で罪を犯した場合は、香港で司法手続きが取られるのが前提とされている。ところが、国安法の施行により、状況は変わった。中国本土に送られて裁きを受ける可能性が一気に高まったからだ。
■香港当局ではなく、中国の出先機関が関与
ともあれ、アグネスさんはひとまず「塀の向こう」から帰ってきた。ただ、年内には起訴されると予想され、再び市民の目の前から消える可能性が残っている。
国安法の成立に伴い、香港には中国治安当局の出先機関「国家安全維持公署(以下、維持公署)」が新たに設けられた。これもまた、一国二制度を踏みにじるものとして、各国が問題視している機関だ。
この維持公署の職務の一つに、「法に従い、国家安全に反する犯罪に対処する」とある。また、国安法では同法違反の事件について、原則として香港当局が捜査し、香港にある裁判所で司法手続きが取られ、裁判は公開で行われる、となっている。
ところが、ここにも曖昧な規定があり、「香港当局での取り扱いが難しいと判断される重大事案では維持公署が直接捜査し、中国の裁判所に起訴することもできる」とある。
AFP通信は周氏の逮捕時の状況を次のように報じている。
——10日夜、報道陣のフラッシュを浴びる中、香港に新設された国安法専門の治安機関「国家安全維持公署」の署員らによって手錠を掛けられ、自宅から連行された。
さらに、新華社通信は12日、維持公署の談話として、「警察が黎智英らを逮捕したことを断固支持する。国家の安全を害するいかなる行為も断固取り締まることを揺るぎなく支持する」と報じている(談話の日本語文はNHKニュースウェブより)。
こうして読んでいくと、周氏の案件はすでに「香港当局の取り扱い対象」ではなくて、「維持公署が直接捜査する重大事案」になりつつあることを窺わせる。
では、どんな仕打ちがこの先に待っているのだろうか。
■「公平な裁判は行われず、恣意的な逮捕、拷問がある」
彼女自身による「香港の民主活動家が中国の手に落ちたらこういうことになる」と国際社会への警告ともいえるものが見つかった。それは、2019年6月10日に行われた日本記者クラブでの会見での発言である。
1時間ほどにおよぶ動画がいまでもYouTube上に残っており、そこから関係するところをかいつまんでみた。
(中略)もし将来、香港で基本法23条に示されている「国家安全法」が導入されたら、違反した香港市民は中国に移送されて裁判を受けることになる。
ここに出てくる「逃亡犯条例」改正とは、香港政府が民主活動家を中国本土に引き渡して裁くことを骨子としたものだった。最終的に市民の大規模な抗議活動により9月4日に撤回が正式決定し、10月23日に撤回された。しかし、度重なる衝突で「10人以上が死亡、今年4月までに8000人が逮捕される結果となった」と述べる資料もある。
こうした懸念、つまり「反送中(中国への移送反対)」をかねて訴えていた彼女こそが、国安法に基づく中国当局による取り締まりの逮捕者となってしまった。
■すでに「拘束、拷問された」ケースも
一方で、香港の若者が中国当局に「拘束、拷問された」という例もある。
在香港英国総領事館に現地職員として勤めていた鄭文傑(サイモン・チェン)氏(29)が昨年8月、中国当局により15日間におよび拘束された。そこから解かれたのち、英国公共放送BBCに対して当時の推移を語ったことで次のような事実が明るみに出た。
それによると、チェン氏はもともと貿易・投資担当だったが、領事館での新たな任務として香港で起きている抗議行動の状況について情報を集めていた。こうした背景などがあり、チェン氏は中国当局のターゲットとなったとみられる。
中国を旅行した帰りに出国しようとした際、「シークレット・サービスの職員」に拘束され、そのまま深圳にある施設に送られた。拘束中の状況について、BBCニュースの日本語版(2019年11月20日)は次のように報じている。
——チェン氏は、手錠をかけられた状態で鎖につながれた状況を、両手を頭上で広げながら説明する。
尋問は、チェン氏と抗議行動との関係に集中した。英政府の代理として、政情不安を生み出したと自白させる狙いがあったと、チェン氏は言う。(中略)チェン氏は、負荷のかかる姿勢(壁を背にしゃがむなど)を何時間も続けて取らされ、動くと叩かれたという。
(中略)睡眠も奪われたという。尋問者はチェン氏に中国国歌を無理やり歌わせ、眠らないようにしたという。
チェン氏はさらに興味ある証言を行っている。昨年の段階ですでに、「秘密警察ははっきりと、香港のデモ参加者たちが次々と捕まり、中国大陸に運び込まれて拘束されていると言っていた」
■議員連盟は捜査共助に応じないことを要請
周氏の行く末については、日本でも多くの人々が関心を持ってその推移を追っていることだろう。
すでに超党派議連で構成される「対中政策に関する国会議員連盟」が、日本政府に対し、中国・香港政府からの国安法に基づく捜査共助には応じないことを求め、日本への入国を希望する人に対し、就労ビザの緩和など受け入れ態勢の強化も要請する動きを進めている。
一方で、民主活動家の多くは、香港の旧宗主国である英国に逃れているケースが散見される。前出のサイモン・チェン氏は、いったん、英国からワーキングホリデービザが付与され、その後、国安法施行の直前である2020年6月26日に英国への政治亡命が認められている。
周氏とともに香港衆志の主要メンバーで2014年の大規模デモ「雨傘運動」リーダーの1人だった羅冠聡(ネイサン・ロー)氏(27)も国安法施行直後の7月2日、香港から出て英国にたどり着いている。
■過剰対応する中国に日本はどう対処するのか
では、周氏はどうなるのか。
報道でも知られているように、パスポートは当局に没収されている上、監視の目も厳しいとされ、外国への脱出を図ることは相当困難な状況だ。「日本が救いの手を差し伸べるべきだ」という声も高まっているが、他国への忖度うんぬんを語る以前に、日本は政治的迫害を受けている亡命者を受け入れた実績がほとんどない。
「仲間」たちがいる英国への脱出がより妥当な選択肢とも思えるが、周氏はそもそも英国本土のパスポートも持っていた。ところが、香港立法会議員への立候補に当たり、二重国籍者では資格がないとして、自ら英国籍を返上した経緯がある。国安法の施行という香港事情の大きな変化が生まれたといえ、果たして英国政府は、一度国籍を手放した人物に対し、再付与を行うだろうか。
目下の状況を見ていると、中国が「外国勢力とつながる香港の民主活動家」に対し、過剰なまでの反応を起こしている。罪状の是非はともかくとして、当局が「日本のサブカルチャーに興味を持つ20代前半の女性を逮捕する」という状況は、政治にも国際関係にも興味を持たない日本人のノンポリ層の間にも、中国との関係継続に疑問符を付ける人が増えることだろう。海外旅行の行き先として、中国本土や香港への渡航を避ける動きが広がることも致し方ない。
米国と中国の衝突の度合いが深まる中、日中関係もそれに翻弄される可能性が高まっている。日本政府はいよいよ中国に対する態度を明確にしなければならないのではないだろうか。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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