「マスコミが模倣犯を育てている」心理学者である私が軽はずみなコメントをしない理由
プレジデントオンライン / 2021年11月12日 18時15分
■「専門家」と呼ばれる人たちの分析にあまり意味はない
電車内での凶悪犯罪が相次いでいる。なかでも、ハロウィーンの夜に起こった京王線車内での無差別刺傷事件は乗客17人が重軽傷を負い、世間を震撼させた。
事件の解明は今後の捜査の進展を待つしかないが、すでに何人もの「専門家」と呼ばれる人々が、現時点での情報をもとにさまざまな分析を行っている。しかし、この段階で不十分な情報をもとに事件の分析をすることにあまり意味があるとは思えないし、その分析は間違っている可能性が大きい。
たとえば事件直後から容疑者の男は「死刑になりたかった」と供述したと報じられている。それを受けて、「これは死刑制度の弊害だ」という議論をする人がいる。あるいは、「拡大自殺」と指摘する人がいる。
前者は、死刑を存置しているから、死刑になりたい人を誘発し、このような事件が起きるのだ、だから死刑は廃止すべきだとの主張である。死刑の是非をここで深く論じることはしないが、この事件を受けて死刑の弊害へと結びつけることはあまりにも雑な議論である。
このような大事件を起こした直後に容疑者が漏らした言葉を、なぜそのまま真に受けるのだろうか。容疑者はいろいろと嘘をつくし、不正確なことをたくさん言う。
■「死刑になりたい」を真に受けるべきではない
私はこれまで、拘置所で多くの重大事件の加害者と面接してきた。なかには「死刑になりたかった」などと口にする者もいるが、その大半は、深く考えずに「適当に」言っているにすぎない。その証拠に、次に面接したときには、そうした発言をすっかり忘れている。
「拡大自殺」との分析も同様である。事件直後に容疑者が自殺を図っているなら、その分析も間違いではないだろう。しかし、この事件はそうでない。むしろ、事件のあと何か吹っ切れたような姿が映像に残されていたし、自殺を図ったそぶりもなかった。やはり、この「拡大自殺」という「分析」も、本人の「死刑になりたかった」という言葉を真に受けた拙速で軽率なものである。
■事件の詳細な手口を報道するのは弊害が大きい
この事件については、模倣犯も問題となっている。
たとえば、11月8日には九州新幹線の車内で、69歳の男が座席を燃やすという事件が起きた。容疑者は、「京王線の事件をまねた」と供述している。
京王線事件の容疑者自身も、今年8月6日に起きた小田急線車内での刺傷事件を模倣したと述べている。
ほかにも、模倣犯かどうかはわからないが、東京の地下鉄東西線や埼玉県の京浜東北線でも刃物を持った男が逮捕されている。
上で述べたように、容疑者の供述をそのまま信じることは控えるべきであるが、少なくとも京王線事件の容疑者は、犯行の手口に関して、小田急線の事件に絡めたことを具体的に述べている。死刑願望のような内面のことではなく、具体的な行動でその事実が裏付けられるため、この供述はある程度は信用してもよいといえる。
だとすると、ここで強調しなければならないことは、重大事件が起きたときに、その手口を詳細に報道することはやめるべきだという点である。
著名人などが自殺した際に、後追い自殺や模倣自殺を防ぐために、自殺の方法を詳細に報道することは控えるべきだという世界保健機関(WHO)の「自殺報道ガイドライン」がある。
これと同じで、やはり社会の耳目を集めるような犯罪が起きると模倣犯が出る。
事件自体を報じることには社会的意義があるだろうが、その際に詳細な手口を報じることは控えるべきである。それは、犯罪予備軍に犯罪の教唆をしているようなものであり、非常に弊害が大きい。
■模倣犯が出現してしまう理由
模倣犯が出る理由として考えられることは、やはり多かれ少なかれ重大事件の容疑者と同じような状況に置かれた人や、その容疑者の心情に共感したりする人がいるからである。もちろん、そのような人はごまんといる。彼らが皆、同じように犯罪に至るわけではない。
犯罪というものは、本人の置かれた環境と本人側の個人的な資質の掛け算であるので、反社会的なパーソナリティ、反社会的な価値観などがあるかどうかを慎重に検討する必要がある。
したがって、これらが重なって実際に模倣犯となる人はきわめて限られてくる。とはいえ、少数とはいっても、そのような人が現れることもまた事実である。さらに、事件が大きく報じられることで、容疑者にスポットライトが当てられると、歪んだ承認欲求を満たしたい人々は、同じような行動に出ようとする。
■ニュージーランドと対照的な日本のメディア
2019年にニュージーランド南部の都市クライストチャーチのモスクで男が銃を乱射し、100人以上が死傷するという大事件が起きた。そのとき、アーダーン首相は、議会で次のように演説した。
![ニュージーランドのアーダーン首相](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/5/250/img_75784e9230bb40d9a1981b9bc0c8b926266879.jpg)
「男はこのテロ行為を通じていろいろなことを手に入れようとした。そのひとつが、悪名だ。だからこそ、私は今後一切、この男の名前を口にしない。皆さんには、大勢の命を奪った男の名前ではなく、命を失った大勢の人たちの名前を語ってほしい。男はテロリストで、犯罪者で、過激派だ。そうすれば、あの男は無名のままで終わる」(出典:BBC NEWS 2019年3月19日)
これに対して、名前はおろか、事件の手口、その家族の様子や容疑者の学校や職場での様子まで事細かく報じているのが日本の実情である。
そしてそれをもとに、自称「専門家」がワイドショーやネットメディアで詳細な分析を披露しても、誤った知識を広めるだけで事件の解明にはつながらない。
京王線事件の容疑者は派手な格好をして犯行に及んでおり、社会の注目を集めたかったことは容易に理解できる。だからこそ、国内のメディアが、この卑劣な事件の容疑者のゆがんだ承認欲求を満たしてやる理由はどこにもない。
■容疑者が常にマスクを着けていた意味を考える
容疑者が事件直前に、ハロウィーンでにぎわう渋谷の街をうろつく様子を防犯カメラがとらえていた。そして、事件の後に列車中で警察に囲まれている容疑者の姿もカメラがとらえていた。これを見て私が不思議に思ったのは、いずれの場面でも容疑者がきちんとマスクを着用していたことだ。
特に、これから無差別殺傷事件を起こそうという容疑者が、律儀にマスクをして渋谷の街を歩いている様子は奇妙だとしか言いようがない。
つい先日、この事件に関してある外国のメディアの取材を受けたとき、海外で無差別殺傷事件が起きた場合は、犯人はものすごい攻撃性を見せ、多くの人を死に至らしめた後、警察官にも襲い掛かり、最後は自殺を遂げるケースが多いのに、京王線事件の容疑者は事件のあと、なぜあんな落ち着き払ったような態度なのかと質問を受けた。
たしかにこれは興味深い指摘である。電車という密室を選んでおきながら、逃げ惑う人々を追いかけてさらに凶行に及ぶことがなかったのは、不幸中の幸いであった。また、先述したように、自殺のそぶりも見せておらず、警察官にも一見従順にマスクをして対応している様子であった。このような行動は、彼がまだ一片の社会性を有していることの表れなのかもしれない。
■孤立や社会的分断が犯罪を生む
仕事を失い、孤立を深めるなかで社会に対して大きな敵意を持っていたとか、失うものが何もない「無敵の人」の犯行であるとか、容疑者に対する分析はおそらく正しいだろう。孤立や社会的分断は、犯罪の大きなリスクファクターの1つであることは科学的に証明されていることだからだ。
メディアが容疑者の危険性や問題点ばかりを並べ立て連日報道することで、見えるものも見えなくなっている。
孤立や分断が犯罪のリスクであるのならば、何らかの社会的絆、温かい人間関係があることが、犯罪を防止する大きな力となる。
相次ぐ事件を受けて、防犯対策に関しては、新幹線の手荷物検査や駅構内の警備の強化、暴漢対策などが早速議論されている。しかし、それだけではなく、人々のつながりを取り戻すための施策もぜひ真剣に検討してほしい。
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筑波大学 人間系心理学域 教授
1964年生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学院社会学研究科博士前期課程、カリフォルニア州立大学心理学研究科修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科で学位取得。博士(保健学)。法務省、国連薬物犯罪事務所(ウィーン本部)などを経て、現職。2020年東京大学大学院教育学研究科客員教授。専門は臨床心理学、犯罪心理学、精神保健学。著書に『入門 犯罪心理学』『サイコパスの真実』『痴漢外来』(いずれもちくま新書)、『認知行動療法・禁煙ワークブック』(金剛出版)、『あなたもきっと依存症「快と不安」の病』(文春新書)などがある。
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(筑波大学 人間系心理学域 教授 原田 隆之)
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