最年少四冠「誰も止められない藤井聡太」投了して涙こぼす小3の息子をぎゅっと抱きしめた親の肝っ玉
プレジデントオンライン / 2021年11月14日 8時15分
※本稿は、プレジデントFamilyムック『藤井聡太 天才の育て方』の記事の一部を再編集したものです(肩書は取材当時のものです)。
■5歳の藤井聡太は言った「もっと詰め将棋はありますか?」
愛知県瀬戸市にある「ふみもと子供将棋教室」。1999年より幼稚園児・小学生への普及を目的として、開室した。主宰の文本力雄さんは、藤井三冠の師匠・杉本昌隆八段が学んだことでも知られる名古屋市の板谷将棋教室で将棋を学んだ後、自ら教室を開いた。
6畳2間のこの教室が、棋士・藤井聡太の原点ともいえる場所だ。
藤井三冠に将棋を教えた祖母が、孫のためにと、この教室を見つけてきたのだという。
「最初に会ったときのことは、よく覚えています」と文本さんは懐かしそうに語る。冬の日、母親と祖母に付き添われて教室に現れた5歳児の印象は強烈で、そしてほほ笑ましいものだったそうだ。
「髪にカールがかかっていて、ほっぺが赤くてぷっくり。丸いおでこがかわいかった。でも、新たな環境への戸惑いや、初対面の大人たちに物おじすることはなく、将棋を指したくて仕方ないという感じでした」
実は藤井三冠はふみもと子供将棋教室の前に、別の将棋教室を訪れていた。そこは60歳以上限定の高齢者向けの福祉会館で催されるクラブ活動のようなもので、年齢的に門前払いを食らったのだという。
「年齢制限に引っかかったのが、よほど残念だったらしく、彼が『早くおじいちゃんになりたい』と言っていたと聞いて、思わず笑ってしまいました」
将棋を指したいという情熱。あどけない表情と小さな体の内側には、秘めた圧倒的熱量があったという。幼稚園児とは思えない根気と意欲があり、初心者レベルの20級からスタートして、あっという間に大人の中級者レベルである4級まで上り詰めた。
「合宿時には、たくさん用意した詰め将棋のプリントを制覇してしまい『もっと問題はありますか』と迫ってくる。探求心、集中力、読みの深さ、全部揃っていました」
■「敗北して泣く聡太をぎゅっと抱きしめました」
教室には秀才が大勢いたが、藤井三冠は群を抜いていたと振り返る。
「6年生で1級の腕前の男の子が、一度も王手をかけられずに聡太に攻めつぶされたことがありました。そのとき聡太は幼稚園年長。6年生は『小さな聡太に負けて、さすがにショックです』と泣きそうな顔をしていましたね」
文本さんは彼の家庭環境にも感じ入った。父親の冷静さ、母親の屈託のない明るさ、そして祖母のカラッとしていて朗らかな人柄。長所をとことん伸ばせるような家庭環境が垣間見えたという。
記憶に一番残っているのは、小学3年生2月末の「小学生将棋名人戦・愛知県大会決勝」だそうだ。子供向けの将棋大会は都道府県や市区町村単位のものが多いが、小学生将棋名人戦は各都道府県の優勝者が全国大会に招かれるという大規模なもの。
羽生善治九段、渡辺明名人といった名だたるプロも全国優勝を飾った、登竜門とも言える大会だ。藤井三冠はこの年の8月にはプロ養成機関である奨励会への入会が決まっていた。奨励会に入会すると、アマチュアの大会に参加することはできなくなるため、小学生名人戦への最後の出場だった。
「準決勝はハラハラしました。考慮時間ギリギリまで、次の一手を指さない。それでも最後は局面を読み切ったのか、終盤はバタバタと手を進めて勝ち切った。肝の据わった指し回しで勢いに乗ったと思いました。本人もそう感じていたようでした。決勝戦は見ている私たちまで気持ちが高まりました。
ただ、期待にたがわぬ戦いぶりを見せたものの、大熱戦の末に投了。敗れたことに気持ちの折り合いがつけられず、涙をこらえきれなかった。対局室から泣きながら出てきた聡太をお母さんがぎゅっと抱きしめました。胸を震わせながら、シクシクと泣き続ける彼とそれを抱きしめる母の姿を私はただ見つめていました」
■圧倒的な熱意と周囲からの協力
負けず嫌いという言葉ではひとくくりにできない気持ちの濃淡が、藤井三冠の心の内側にはある。
「多くの人は負けてもあっさり諦めるものです。なにか理由を見つけ出し『しょうがない』とか『勝負は時の運』などと自分を納得させようとします。しかし、聡太は違いました。心にマグマのような荒々しさが、冷静さと同居している。負けず嫌いのランキングがあれば、間違いなく名人クラスです」
藤井三冠のようになるには、二つの条件が要ると文本さんは言う。
「とにかく圧倒的熱量。将棋に限らず、勉強でも芸術でも、その分野をどのくらい好きか、という熱意が必要です。努力を努力と思わないほど熱中できるかどうか。これがあることを前提に、二つ目は親の全面的協力。ブレーキをかけずに好きなことをとことんやらせることですね」
藤井三冠が小学校に上がるころ、週3回だった教室を4回にしてくれと申し出た。室長は即座に首肯し、母親は送迎の予定を調整した。同世代のライバルも当然のように同調したという。
「聡太の熱量に協力することで、周囲も幸福になったと思います。“すごいやつに、自分も協力したい”ってね。どの道であっても、そうならないと、一流になんてなれないんじゃないかな」
藤井三冠の現在の活躍ぶりを見て、文本さんは次のように語る。
「彼はたとえ対局で勝っても、自らの課題に言及します。プロ棋士全般に言えるのでしょうが、勝って良かったと満足するのではなく、次の対局に向けて自分が指した手の改善点に目を向けています。将棋には対戦相手がいますが、そのなかでも常に一手一手、自分の判断が正しかったか、検証しながら考える。その力が、彼には早くから、高いレベルで備わっていました。また、教室で4歳上に自分が目標とするライバルを見つけられたのも、彼の成長にとって大きかったのだと今になって思いますね」
(プレジデントFamily編集部 文=須藤靖貴、本誌編集部)
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