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1杯1万円でも大赤字…茨城サザコーヒーがそこまでして最高級豆にこだわる理由

プレジデントオンライン / 2021年11月20日 12時15分

茨城県ひたちなか市の新工場で挨拶するサザコーヒーの鈴木太郎社長 - 写真=筆者撮影

茨城県に本店のある「サザコーヒー」は、都内を含む15店舗で最高級豆「パナマゲイシャ」を扱う。社長の鈴木太郎さんは、今年のオークションでは100ポンド(約45キログラム)のパナマゲイシャを約2833万円で落札した。なぜ世界で最も高いコーヒー豆を、そこまでして買うのか。経済ジャーナリストの高井尚之さんが聞いた——。

■最新設備を備えた新工場をオープン

10月27日の水曜日、茨城県ひたちなか市は小雨交じりのパッとしない天気だった。

そんな中、JR勝田駅からクルマで約10分の場所には次々と人が集まってきた。市内に本店がある「サザコーヒー」の新工場披露式が開催されたのだ。参加者の中には大井川和彦・茨城県知事の姿もあった。

茨城県ひたちなか市にある新工場の外観
写真=筆者撮影
茨城県ひたちなか市にある新工場の外観 - 写真=筆者撮影

当日はコロナ対策で3部制に分け、招待人数も絞った。壇上では長髪を束ねた鈴木太郎社長(52)が熱っぽく語る。マイブームの発案者・みうらじゅん氏(クリエーター)の感性に憧れて髪を伸ばすなど、米国西海岸のカフェオーナーにいそうなタイプだ。

父の誉志男さん(現会長)がサザコーヒーを創業した年(1969年)に生まれた太郎さんは、昨年6月に母の美知子さん(現取締役)の後を継いで社長となる。この日は、コロナ禍で見送った社長就任式も兼ねていた。

ありがちな二世の後継者に思うかもしれない。だが「人は見た目が9割」なのか。

■最高級の「パナマゲイシャ」を2833万円で落札

「この工場には最新鋭のコーヒー焙煎機を導入しました。ドイツ製プロバット(PROBAT)の半熱風式焙煎機と米国製ローリング(LORING)の熱風式焙煎機です。サザコーヒーが世界各地から仕入れた良質なコーヒー豆を、各豆の持ち味を生かしながら焙煎できます」

こう話す太郎さんは、一般社団法人・日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)理事兼コーヒーブリュワーズ委員会委員長でもある。スペイン語が堪能で、コーヒー品評会の国際審査員も担当。出身校は東京農業大学で果樹園芸学を専攻した。現在は筑波大学大学院で農産食品加工を学び、「焙煎後のコーヒー豆の保存方法と品質劣化」も研究している。

現在の最高級豆「パナマゲイシャ」(中米パナマ産のゲイシャ品種)を日本に広めたのもこの人だ。長年コーヒーオークションに参加し、今年9月に行われたパナマ産ゲイシャのオークションでは、100ポンド(約45キログラム)の豆を昨年の約2倍となる2833万円の史上最高値で落札した。輸送費、検疫費、焙煎費や利益を勘案すると、「コーヒー1杯3万6000円」で出さないと採算が合わない。

■「甘い香りがするチョコレートのようなコーヒー」

11月12日、13日に各店舗で開催された「第3回パナマゲイシャまつり」では、焙煎したばかりの同じ豆を4分の1分量のミニカップ(9000円相当)にし、採算度外視の「500円」で提供。都内の店では行列ができ、テレビの取材も入るほど人気を呼んだ。

ゲイシャ種は「花のような甘い香りと野生の甘い果物のような味がする、チョコレートのようなコーヒー」(太郎さん)。近年は中国系の業者などが買い付けるようになり、5年連続でオークション価格が上がる中、「コーヒー好きの皆さんと“しあわせの共有”をしたい」と落札のボタンを押したという。破格の500円で提供したのも同じ思いだ。

コーヒーオークションで落札した豆の一部
写真=筆者撮影
コーヒーオークションで落札した豆の一部 - 写真=筆者撮影

オークションで、中国マネーが相手でもひるまない姿は「SAZA COFFEE」を海外でも認知させた。活動に興味を抱く人は海外にも多く、「最も有名な国際審査員」という声も聞く。

別のイベントでは高級コーヒーも来場客に無料で振る舞う。同社名物の“タダコーヒー”だ。「『良い材料×良い技術×良い人材』で、もっと美味しい商品ができます。コロナ禍で気が滅入る時期だからこそ、楽しんでいただきたい」と話していた。

一方、人知れず苦悩も抱えていた。

■自ら試飲コーヒーを何百杯と配る日々

「今まで成果を上げても『親の手柄』になることが多かったのです。現在の売れ筋のコーヒー豆も、本当はぼくが開発したものもあります。でも脚光を浴びるのはいつも父親。それなら別のやり方で実績を上げようと、東京都内の出店要請に積極的に応えました」

サザコーヒーが茨城県から利根川を越えたのは2005年。JR品川駅内の商業施設・エキュート品川に店舗を出し、東京出店を果たした。現在は15店舗に拡大したが、当初、両親は東京進出に懐疑的だった。

「品川店開業の前に、三越日本橋本店と渋谷・東急東横店(当時)の東急フードショーでの催事に何度も参加しました。この百貨店催事の経験が大きかったですね。

催事を継続できる条件は『売り上げ数字と集客数』でしたが、与えられた数字の数倍を達成。お客さんは味が分からないと興味を持たないので、ひたすらコーヒーを手で淹れ続け、連日何百杯も配り、足を運ばれた人にミニカップで試飲してもらいました。

1対1でお客さんと向き合うと『買わされるのでは』と警戒されてしまう。10人ぐらいの方と一緒なら安心して興味を持たれる。たくさんの人にミニカップで提供し、味を評価いただくと一定数の人が買ってくださいました」

この経験を踏まえてJR品川駅構内に出店。ここでも成果を上げてJR大宮駅(埼玉県)構内にも出店した。サザコーヒーの首都圏戦略は順調に見えたのだが……。

KITTE店で開催された「パナマゲイシャまつり2020」では、参加客が行列をつくった
写真=筆者撮影
KITTE店で開催された「第3回パナマゲイシャまつり」では、参加客が行列をつくった - 写真=筆者撮影

■介入されて理想の店にならず、「邪魔するな」

「大宮駅でも集客できたので、茨城県のJR水戸駅構内への出店オファーがありました。でもここで父が出てきて外壁のデザインやしつらえを『隠れ家』的にしようと主導し始めた。ターミナル駅のビルで人の往来が多い場所なので、コンセプトとしてはミスマッチです。

情に厚い一面もあるので、長年の友人たちと一緒に仕事をしたかったのでしょう。外装に資金を投じた結果、理想とする店にはならなかった。『邪魔をするな』と感じました」

父の鈴木誉志男さんが、家業の「勝田宝塚劇場」(1942~1984年)の一角に小さな喫茶店を開いたのは27歳の時。専門書や先輩店主の教えなどでコーヒーを学び、焙煎を試行錯誤。海外の産地に何度も通い理想とするコーヒーを追究し、茨城の人気店にした。

本店のカウンターで作業する父親の誉志男さん
写真=2018年、筆者撮影
本店のカウンターで作業する父親の誉志男さん - 写真=2018年、筆者撮影

ひたちなか商工会議所会頭を長年務め(現在は名誉会頭)、会頭時代は話題性のあるイベントを多く手がけた。何度も取材してきたがソフトな人当たりで、本店には昔からの常連客が多く集まる。だが、父子の関係では少し違うようだ。

「実績はリスペクトしていますが、時代とともにお客さんの好みが変わり、飲食の味も店づくりも変化します。その折り合いをどうつけるか、自問自答していました」

2018年には東京駅前の商業施設「KITTE」(キッテ)にも出店。当時「会長の要望を一部受け入れなかった」と聞いた。来春には都内の別の場所に新店舗出店を予定している。

■ファンをつかむ「真摯な味づくり」と「誤解を深める」

「東京都内に店があることで、毎日従業員にリアルな情報が入ってきます。周辺の競合店の情報もあれば、カフェのトレンドも把握できる。情報発信拠点としても最適です」

新社長の最近の活動を整理すると、大きく次の2つに分けられる。

(1)真摯(しんし)な味づくり
(2)誤解を深める

(1)はモノづくり、(2)はコトづくりだ。コロナ禍でも積極的で、今年の流行語候補に例えれば「ゴン攻め」ともいえる手法だ。

飲食の味には徹底してこだわり、試行錯誤して味を高める。一方で「誤解を深める」では周囲を驚かす仕掛けも行う。お客が(1)を評価するからこそ、(2)が生きるのだ。

(1)は、例えば1年前の2020年10月に「ゲイシャハンター」を発売。最もゲイシャ豆を熟知する社長が開発した3種の豆=パナマゲイシャ、エチオピアゲイシャ、コロンビアゲイシャのブレンドだ。豆の価格は100グラムで2000円(税込み)。安くはないが、同社の取り組みやゲイシャの価値を知る消費者から人気だ。

品評会で審査する鈴木太郎氏
提供=サザコーヒーホールディングス
品評会で審査する鈴木太郎氏 - 提供=サザコーヒーホールディングス

(2)の象徴は、翌11月の「パナマゲイシャまつり2020」に新橋・金田中の芸者衆3人を招いたことだ。「『ゲイシャ』の由来はエチオピアのゲイシャ村ですが、初めてその名前を聞くと、日本の芸者さんをイメージする。それなら『誤解を深めよう』と考えたのです」

「パナマゲイシャまつり2020」に参加した駐日パナマ大使と芸者たち
写真=サザコーヒーホールディングス
「パナマゲイシャまつり2020」に参加した駐日パナマ大使と芸者たち - 写真=サザコーヒーホールディングス

■「あんたが社長になったら会社は潰れる」

だが、同年の春から初夏は胃が痛くなる日が続いた。繁盛店のサザコーヒーもコロナ禍の最初の緊急事態宣言により店舗が営業休止、さらに日本中の外出自粛で大打撃を受けた。

「2020年4月13日、全店の売り上げが1日約50万円でした。14店(現在は15店)で約50万円は過去に例がない数字。従業員が約200人いたので、1人当たり2500円です。その後も厳しい状況が続き、4月と5月は赤字幅が拡大しました。

以前、母親には『あんたが社長になったら、会社は潰れる』と言われました。就任の年にコロナ禍で経験したことのない赤字額。この言葉がよみがえってきましたね」

実は太郎さんは、県立高校を中退して私立高校に編入して卒業。その後大学に入学~卒業まで年齢を重ね、20代の頃は親からみれば「ハラハラする人生」を送った。

同社の取締役営業部長の小泉準一さんは、コロナ禍でのこんな光景を覚えている。

「今までにない会社の苦境で、私もいてもたってもいられなくなり、早朝5時に出社しました。すると社長が徹夜でひたすらコーヒーを焙煎し続けていたのです」

太郎さんは、2019年までは年間150~200日を海外で過ごし、産地訪問や品評会の審査を繰り返した。コロナ禍で渡航できなくなると自社で焙煎を続け、多彩な味を追究した。

「コーヒーは焙煎の違いで、こんなに味が変わります」を伝え続ける。以前の取材では、その場で「IKAWA」(英国製の高機能小型焙煎機)でコーヒーを焙煎してくれた。

■ネット販売を強化し、コロナ禍でも黒字を確保

昨年の苦境下でも商品開発の意欲は旺盛だった。ラテアートをコーヒーゼリーで再現した「ラテアートコーヒーゼリー」、天然色素でつくった層状の虹色クレープ「レインボーミルクレープ」などを開発。発売すると話題を呼んだ。

見た目も鮮やかな「レインボーミルクレープ」
提供=サザコーヒー
見た目も鮮やかな「レインボーミルクレープ」 - 提供=サザコーヒー

以前から注力していたネット販売もコロナ禍で強化。公式サイトも刷新すると前年の3倍増となった。店内飲食のみだったケーキもテイクアウトや冷凍通販で販売。店の営業再開とともにお客が戻り始め、2020年の業績は「黒字を確保」した。最大手のスターバックスですら単年度赤字となった年だ。規模は違うが「サザコーヒー強し」を印象づけた。

今年のGWからは北海道産を中心にしたミルクと茨城県産フルーツを使用した「ジェラート」を発売。長期間冷凍保存できるスイーツの開発は「サザコーヒーとしてのSDGs(持続可能な開発目標)でもあります」(太郎さん)と話す。

■「経済最悪期に設備投資した姿勢をほめたい」

10月27日に戻ろう。式典終了後、太郎さんは父の誉志男さん、母の美知子さんら数人を生産現場に案内し、説明を始めた。「豆の包装内の酸素を極限まで押さえる特殊な技術で、焙煎コーヒーの鮮度を保てる。これまで1年だった賞味期限を3年に延ばします」

父・誉志男さんを案内する鈴木社長
写真=筆者撮影
父・誉志男さんを案内する鈴木社長 - 写真=筆者撮影

後日、会長の誉志男さんにお礼を述べると、こんな答えが返ってきた。

「新工場はHACCP(ハサップ。食品の製造工程における危害要因管理)にも徹底対応しています。それもさることながら、プロバットなどの焙煎機に数千万円かけた息子をほめてやりたい。コロナ禍の経済最悪期に多額の借金をして設備投資をした姿勢に対してです」

「サザコーヒーはこれまでも危機感を武器に成長してきました。経営者の無鉄砲に社員が奮起してくれるのもDNAです。私は息子の会社を潰さないよう、本店で皿洗いを続けます」

■「青天を衝け」にもコーヒー器具を提供

誉志男さんも2021年1月に「渋沢栄一仏蘭西珈琲物語」(200グラムの豆は税込み1500円)を開発して売れゆき好調。大河ドラマ「青天を衝け」にもコーヒー器具を提供した。

10月27日、同社の社員たちは口々に「この工場がフル稼働できるように稼がないと」と笑って話していた。今後は大手スーパーにもコーヒー豆を供給する予定だ。

母の美知子さんは「『社長になったら会社が潰れる』とは言っていませんけどね。でも社長就任で社印を押すようになり、責任感を人一倍感じたと思いますよ」と語っていた。

同族企業の肉親関係はさまざまだ。時に対立し、言動で心を乱され、猛反発する例も何度か見てきた。今回は両親を案内して説明する「息子の背中」が象徴するように感じた。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)

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