「新しい資本主義とは一体なんなのか」岸田首相が安倍氏や麻生氏と距離を取り始めたワケ
プレジデントオンライン / 2021年11月18日 9時15分
■「丁寧で寛容な政治を進めていく」と記者会見
第2次岸田内閣が11月10日に発足した。この日、岸田文雄首相は首相官邸で記者会見し、「国民の信頼と共感を得ながら丁寧で寛容な政治を進めていく。この道以外に国民の信任を保つ道はない。そうした覚悟を新たにしながら政権を運営をする」と語った。
12月上旬には臨時国会が開かれ、経済対策を盛り込んだ2021年度の補正予算案が年内に成立する。
記者会見で岸田首相は数十兆円規模の経済対策を取りまとめる方針も示し、「コロナ禍で厳しい経済状況にある学生に対して就学を継続するための10万円の緊急給付金を支給する。事業者には昨年の持続化給付金並みの支援を施す」と述べた。憲法改正についても触れ、議論を推し進める考えを示した。
組閣人事では、外相に元文部科学相の林芳正氏を起用し、他の19人の大臣はいずれも再任とした。万博相の若宮健嗣氏の担当のうち、まち・ひと・しごと創生を「デジタル田園都市国家構想」に変更。首相補佐官には新たに国際人権問題担当として元防衛相の中谷元氏、女性活躍担当には元法相の森雅子氏をそれぞれ任命した。
■安倍元首相と麻生副総裁は林氏の外相起用に反対した
今回の組閣の目玉は、林氏の外相起用である。
前幹事長の甘利明氏が衆院選(小選挙区)で敗れ、外相の茂木敏充氏が幹事長に就任した。この交代人事で、岸田首相は新たに外相を決める必要に迫られた。岸田首相自身は慰安婦問題を解決するための日韓合意(2015年12月)の締結で活躍するなど外相を4年7カ月務めた経験があり、外相への思い入れはどの政治家よりも強い。このため岸田派内でナンバー2の地位の存在で、信頼できる側近の林氏に外相を就任させることを決めた。
60歳の林氏は東大法学部卒で、自民党内では政策通として知られる。アメリカのハーバード大学に留学した経験を持ち、2017年12月からは日中友好議員連盟の会長を務めるなどの海外通でもある。
林氏の外相就任について、元首相の安倍晋三氏と自民党副総裁の麻生太郎氏は、当初反対していたと複数の新聞が報じている。林氏が日中友好議員連盟会長を務めていることから、「日本と中国との関係で国際社会に誤ったメッセージを与えかねない」と指摘したという。
しかし、岸田首相は「林氏外相」を取り下げなかった。なぜ押し通したのか。岸田政権は重要閣僚の官房長官や財務相を細田派(現・安倍派)や麻生派から登用している。組閣で岸田首相は自らの派閥の岸田派から外相という重要閣僚を出し、政権内のバランスを取りたいと考えたのだろう。
自民党では、幹事長の茂木氏や政調会長の高市早苗氏がすでに総裁選レースを走り出している。岸田首相には、林氏を外相に起用することによってポスト岸田を狙う林氏の存在を強くアピールしたいとの思惑もあるのだろう。
■林氏「知中派でもいいが、媚中派ではいけない」
林氏は2012年9月の党総裁選に出馬した経験を持ち、首相就任への意欲を示している。BSフジの番組(11月8日放映)では、「知中派でもいいが、媚中派ではいけない。相手をよく知っているのは知らないよりいい」と話し、11日の外相就任の記者会見では日中友好議員連盟会長を辞任したことを明らかにした。
岸田首相は林氏の外相起用を押し通すことで、安倍、麻生両氏に自身の存在感を示したとも受け取れる。
岸田首相は「人の話を聞くこと」が信条だという。「丁寧で寛容な政治を進めていく」とも述べている。どちらも重要なことだが、首相という職務は、今回の林氏の起用のように、ときには自身の決断を貫く必要がある。今回の人事は、そうした意味で評価できる。
■「安倍氏のくびきから脱却すべきだ」と毎日社説
11月11日付の毎日新聞の社説は大きな1本社説である。「第2次岸田内閣が発足 自立と実行力が問われる」との見出しを立て、冒頭部分でこう指摘する。
「第2次安倍晋三政権以降の9年間、異論に耳を貸さず数の力で押し切る国会運営が目立った。議会制民主主義がゆがめられた」
「安倍氏のくびきから脱却し、自身が思い描く新しい国の姿をどう実現するのか。首相の実行力が問われる」
「頚木(くびき)」とは、牛車や馬車の轅(ながえ)の先に付け、牛馬の首に充てる横木のことである。「安倍氏のくびきから脱却」することは、岸田首相が首相として真に自立することを意味する。
毎日社説もこの先、岸田首相がキングメーカーの安倍氏らの支持を受けずに自らの政治理念を実現するよう、注文を付けている。
毎日社説は続けて指摘する。
「安倍氏ら保守派の反発が予想される中での林氏の起用だ。首相主導の政権運営を目指す『自立』への一歩となるかが焦点だ」
「首相は日米同盟を軸に中国に対抗しつつ、対話も模索する現実路線を目指す。ハト派の外相をどう生かすか手腕が試される」
沙鴎一歩はこの連載で度々指摘してきたように、経済と軍事の両面で巨大化した中国にどう対処していくかが日本や欧米など世界の国々にとって大きな課題である。
■自民党が変わらなければ、日本は良くならない
毎日社説は書く。
「党総裁選では、新自由主義から転換し『分配』を重視する姿勢を訴えていた。ところが、肝煎りで始まった政府の『新しい資本主義実現会議』」は、軸足が『成長』に移ったように見える」
「他にも複数の有識者会議を設置したが、安倍政権時代の主要メンバーが起用される例が目立つ。これではアベノミクスを継承するだけで、首相が目指すべき方向性が見えない」
自民党はアベノミクスを「成功」と自負する。しかし、富裕層と低所得者層のと格差は大きく広がり、この格差の是正が社会問題となっている。
自民党の総裁選(9月29日)を前に若手・中堅の国会議員の間からは党内改革を求める声が上った。岸田首相はそんな声に押されて総裁選に立候補した。だが、岸田首相は首相の座に就くと、安倍氏や麻生氏に近い甘利明氏を幹事長に充てるなど改革とはほど遠い党役員人事を行った。いつの間にか改革の声は潰され、逆に安倍氏の影響力は強まり、安倍氏は11月11日には党内最大派閥の細田派に返り咲いて会長に就任し、安倍派を発足させた。
首相経験者がそのまま権力を維持するのは民主主義国家として健全ではない。岸田首相には総裁選に出馬したときの決意を忘れないでほしい。そして機会を捉えて党内改革を断行すべきである。自民党が変わらなければ、日本は良くならない。
毎日社説も安倍派発足に絡んでこう訴える。
「安倍政権以降、政策決定のあり方は様変わりした。官邸主導によるトップダウンが強まり、党の多様な意見を吸い上げる機会が少なくなった」
「首相は『聞く力』をアピールしている。政府よりも党の力が強くなる『党高政低』への変化も指摘される中、誰の意見を聞いて、どのような決断をするのか。首相には指導力が求められる」
一国の首相に強く求められるのは指導力である。岸田首相の指導力には未知の部分が多く、沙鴎一歩も不安視している。こうした見方を、ぜひともはね返してほしい。
■覇権主義を強める中国にどう対峙してくか
産経新聞の社説(11月11日付、主張)はその中盤でこう訴える。
「外交安全保障の分野でも、速やかに諸課題に取り組んでもらいたい。首相は初の外遊として英国を訪問し、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)首脳級会合に参加した。次は早期訪米を実現し、バイデン大統領との会談で、対中国戦略をすり合わせるべきだ」
見出しは「外交安保もスピード感で」である。
岸田首相は長い外相経験があるだけに外交の滑り出しはまずまずだ。問題は覇権主義を強める中国にどう対峙してくかである。徴用工訴訟や慰安婦問題の解決が進まない韓国との交渉、それに北朝鮮の核・ミサイル開発問題と日本人拉致事件の解決も重要な課題である。
産経社説はさらに主張する。
「林外相は岸信夫防衛相とも連携して、日米2プラス2や国会などで、対中抑止に努める姿勢を明確に発信する必要がある。日本は同盟国米国や英国、オーストラリアなどの有志国と協力して中国の覇権主義を抑止しなければ平和を保てない時代となったからだ」
「中国は深刻な人権弾圧を繰り返し、尖閣諸島(沖縄県)を狙っている。岸田政権は、習近平国家主席の国賓来日を白紙撤回しなければならない」
中国の覇権主義を抑止するには、友好国との協力が欠かせない。アメリカなどとともに中国包囲網を推し進めるべきである。国際社会に与える影響が大きいだけに中国の習近平国家主席の国賓来日の是非も、検討すべき重要なテーマである。
■「新しい資本主義」と「デジタル田園都市国家構想」というかけ声
11月11日付の読売新聞の社説はこう主張する。
「まずは、新型コロナウイルスの『第6波』に備えることが最大の課題となる。医療が逼迫(ひっぱく)した第5波の教訓を踏まえ、医療体制の確立に万全の対策を講じることが不可欠である」
「同時に、コロナ禍で打撃を受けた経済を立て直し、本格的な成長軌道に乗せていくための施策を急がなければならない」
新型コロナの新たな波に備え、その一方で社会・経済活動を立て直す。この実行は難しい。防疫では人の動きを抑えなければならず、人流を抑制すると、社会・経済が疲弊するからだ。岸田政権は感染症の専門家だけでなく、経済学者らの知見を得て、適切な方策を推し進めてもらいたい。
読売社説はさらに訴える。
「首相は自民党総裁選以来、『新しい資本主義』などのキャッチフレーズを掲げてきた」
「新しい資本主義」とは、成長と分配の好循環からなる経済だというが、分かりにくい。さらに岸田首相は成長戦略の主要な柱に「デジタル田園都市国家構想」も掲げている。デジタル技術を通じた地方の活性化を目指す構想だというが、これも中身が見えてこない。こうしたキャッチフレーズは一体だれが考えるのか。このままではかけ声倒れになってしまう。
読売社説も「その具体的な内容や、実現への方策は明らかではない」と批判し、「財源を含めた政策の全体像を早急にまとめ、今年度補正予算や来年度予算に反映させてほしい」と注文する。
その是非を見極めることができるように、せめて具体的な内容を分かりやすく私たち国民に示すべきだろう。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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