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仕事が嫌いなのに大黒柱を求められる…「男のつらさ」を訴えにくい社会で男女平等は無理だ

プレジデントオンライン / 2021年11月19日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LightFieldStudios

11月19日は「国際男性デー」。男性学の第一人者、大正大学准教授の田中俊之さんは「職場では出世を目指すのが当然とされ、家庭では大黒柱であることを求められる。つらくてもそれを言い出しにくい。この男性問題を解消できなければ、男女平等を目指す上で求められる理想的な男性は増えない」と指摘します──。

■女性が自立する時代に、男性はどうあるべきなのか

日本では従来、男の子は競争を勝ち抜いて上の地位を目指すのがよい、女の子は皆と協調して上手に人の世話をできるのがよいとされてきました。そして、そこから生まれた不平等を今もなお引きずったままでいます。

男女平等の達成はまだまだ道半ばですが、最近はこの問題に関する議論は活発で、企業では女性も男性も平等に働けるようにしよう、女性活躍を進めようという取り組みも進められています。

その成果もあり、女性も「わきまえずに」自分を出していいのだ、一歩下がって男性についていくのではなく自ら踏み出していいのだと、広く認識されるようになってきました。

ディズニー映画が描くプリンセス像も、自立した強い女性に変わってきています。昔は、貧しい女の子が王子様と結婚して幸せに暮らすといった物語が定番でした。しかし、今は『アナと雪の女王』のアナのように、男性に頼ることなく自分の力で前へ進むプリンセスが登場しています。僕はこの映画を見て「女性もありのままに生きていいのだ」という明白なメッセージを感じました。

こうした自立したプリンセス像に対して、プリンス像はどうあるべきなのでしょうか。男女平等な社会を実現するために、男性はどう変わり何をしていけばいいのか。実は、これはとても難しい問題です。

■男性問題を語るのは非常に難しい

男女平等問題について語るとき、その内容は「女性が直面している課題」であることがほとんどです。職場や家庭における地位の格差、性別役割分業、アンコンシャスバイアス、女性へのエンパワーメントなどテーマも豊富で、それぞれの解決策も積極的に議論されています。

なのに、これが「男性が直面している課題」となると途端に話は難しくなり、語ろうとする人もほとんどいなくなります。僕は男性学を20年以上研究していますが、それでもやはり、男女平等という文脈で男性問題を語るのは非常に難しいと感じています。

■「足を踏んでいる側」は何をすべきなのか

男女平等問題では、男性は女性の足を踏んでいる側にいます。踏まれている側、つまり差別されている側や不平等をこうむっている側が声をあげるのは当然のことですし、その主張や行動には共感する人もたくさんいるでしょう。

では、踏んでいる側はどう行動すべきなのか。たとえば、僕は去年の国際男性デーに、男性に向けて「男性問題を考えましょう」とツイートしました。男性という性別が自分に与える影響について考えてみれば、女性という性別が女性に与える影響も想像できるようになるのではと伝えたかったのです。

たくさんのコメントをもらいましたが、中には「男性は男性のことだけ考えていればいい」というものもありました。足を踏んでいる側が踏まれている側のことなど想像できるのかという疑問があるのだと思います。

足早に歩く男性の足元
写真=iStock.com/PeskyMonkey
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeskyMonkey

男女平等を実現すべきだと思っていても、実際問題として踏んでいる立場の自分は何をすればいいのか。僕と同じように悩んでいる男性は意外と多いようで、SNSでは「男女平等には賛成だが、男である自分は一体どうすれば……」という声をよく見かけます。

■新しいプリンス像を考える

ここで、話を「これからのプリンス像」に戻してみましょう。昔は、女性をリードしてプリンセスの地位に引き上げるプリンス像がよく描かれていました。こうすれば、確かに女性の地位は上がります。企業でも、偉い立場にある男性が女性を管理職や役員などにどんどん任命していけば、数字上では女性活躍が進むでしょう。

しかし、それでは男女平等が達成されているとは言えません。上位にいる男性が下位の女性を引き上げる、男性優位の構図は変わっていないからです。この構図を変えるには、自立したプリンセス像の対となる新しいプリンス像が必要です。

新しいプリンス像とは、女性をリードするような過剰な男らしさを自制する男性なのか。あるいは、男女不平等で申し訳ないと謝罪や自己反省をする男性なのか。でも、男女不平等を変えるには社会全体を相手にする必要がありますから、目の前にいる女性に謝っただけでは解決するはずもありません。

■「草食男子」は、ほめ言葉だった

僕は、新しい男性像を考えるにあたっては、人気ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』に登場する、星野源さん演じる津崎平匡が参考になると思います。彼には、女性ときちんと話し合い、自分の悪いところは直そうとする姿勢があります。思いやりや自制心もあり、古いジェンダー観にも縛られてはいません。

こうした男性像は、15年ほど前にコラムニストの深澤真紀さんが『平成男子図鑑』で紹介した「草食男子」の本来の姿ではないかと思います。深澤さんによれば、草食男子とは「もてないわけではないのに、恋愛にもセックスにもがっつかないで淡々と女性と向き合う男子」です。今ではおとなしくて性欲の薄い男子を指す言葉として使われがちですが、本来は昭和のマッチョな男性像から脱却した、新しい価値観を持った男性たちへのほめ言葉でした。

■男らしさの呪縛から降りようとする男性たち

10年ほど前には、哲学者の森岡正博さんも草食男子について考察していました。草食男子は、女性を制圧し保護するような「男らしさ」の呪縛から降りようとしている男性たちであると。そして、女性に言われたからではなく自らそうしているという点で、フェミニズムが望んでいた新たな男性像に近いのではと述べています。

新しい男性像には、この本来の意味での「草食男子」がふさわしいのではないでしょうか。そう考えると、またひとつ別の課題が見えてきます。本当は草食男子でいたいのに、社会的圧力によってそうは生きられず、つらさを抱えている男性も多いということです。

■男性が「つらい」と言いやすい社会へ

本当は女性の足を踏みたくないのに、職場では出世を目指すのが当然とされ、家庭では大黒柱であることを求められる。男は強くあれと育てられてきたためにそう思い込み、つらくてもそれを言い出しにくい──。

これらは男性だからこそ直面する「男性問題」であり、新しい男性像を実現していく上では必ず解消しなければならないものだと思います。そのためには、男性が「つらい」と言える社会、そしてそのつらさを受容する社会にしていく必要があります。

現状の日本は「男がつらいよ」とは言い出しにくく、口にすれば必ず「男が生きづらいとは何事か」という反発の声が上がります。こうした反発は男性学が始まった瞬間からあり、今もあまり変わっていません。

■「男のくせに女性の肩をもつのか」

日本の男女平等問題においては、議論の中心は女性の被害者性であり、男性が抱える問題は話題になってきませんでした。本来は男女どちらもが生きやすい社会を目指すべきだと思うのですが、男性がこの両方を同時に語ろうとすると男女双方から反発に遭い、引き裂かれてしまうことも少なくありません。

女性の被害者性を語れば「男のくせに女性の肩をもつのか」と男性から叩かれ、男性の被害者性を語れば「男性特権があるのにつらいとは何事か」と叩かれる。例えるなら、人間として生きようとすれば悪魔から叩かれ、悪魔として生きようとすれば人間から叩かれるデビルマンみたいなものです。

このように、男女平等という観点で男性問題を語るのはなかなか難しく、正解もひとつではないでしょう。それでも、せっかくの国際男性デーですから、この機会に身近な人と一緒に、男性問題について考えてみてはどうでしょうか。

男女平等を目指す上で求められるのはどんな男性像なのか、どんな社会になればそうした男性が増えていくのか、男性も女性も一緒になって考えてみてほしいのです。国際男性デーが、年に一度のそうした機会になることを願っています。

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田中 俊之(たなか・としゆき)
大正大学心理社会学部准教授
1975年、東京都生まれ。博士(社会学)。2017年より現職。男性だからこそ抱える問題に着目した「男性学」研究の第一人者として各メディアで活躍するほか、行政機関などにおいて男女共同参画社会の推進に取り組む。近著に、『男子が10代のうちに考えておきたいこと』(岩波書店)など。

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(大正大学心理社会学部准教授 田中 俊之 構成=辻村洋子)

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