「コロナ前に戻せばいいという話ではない」経団連がテレワーク削減の前にするべきこと
プレジデントオンライン / 2021年11月19日 10時15分
■「体質が古い」といった批判の声
国内における新型コロナウイルスの感染者数が落ち着いてきた。東京や大阪などの大都市でも新規感染者数が30人以下という日が続いているし、重症者や死者も減っている。ワクチン接種が進んだことや、接種後もマスクをつけるなど「新しい行動様式」が徹底されていることなどが要因ではないかと推測されている。ワクチン接種が先に進んでいた欧米諸国で感染が再拡大している。第6波の到来が懸念され、「人類が新型コロナに打ち勝った」と宣言するのはまだ早いが、少なくとも国内において状況は改善されつつある。
感染が落ち着く中で気になるのは、「コロナ後は以前のような働き方に戻るのか」という点だろう。皆さんの勤務先も緊急事態宣言の解除や、感染者数の減少などから、働き方の変化が表れているのではないか。
財界や大手企業各社から、今後の働き方に関する方針が発表され、賛否を呼んでいる。政府が新型コロナ感染拡大対策として呼びかけてきたテレワークなどによる「出勤者数の7割削減」について、経団連は見直すべきだとする提言を出した。楽天は週あたりの出社を4日とする方針を打ち出した。これらの方針に対して、ネット上では「体質が古い」「いまさら出社なんて」「これをやらせようとするのは体育会体質」というような声が散見された。
■出社させることは古い考え方なのか
気持ちはわかる。ただ、少しだけ冷静になりたい。「人類が新型コロナに打ち勝った。だから全面的に出社を再開するべきだ」という意見はあまりに牧歌的だが、「出社など古い」と断じる見方もまた硬直化したものの見方だ。別に出社再開を礼賛し、テレワークの実施を批判するわけではない。論じ方が二重、三重にこじれているのである。
本稿での問題意識を先に述べると次のようになる。
2.現状のテレワーク(特に在宅勤務)に問題はないのか(出社日数を増やすことは本当に非合理的なのか)
3.感染症対策から新しい働き方の実現へと、テレワーク実施の目的を変えなくてはならないのではないか
それぞれ順に考えてみよう。
■「テレワーク再開は時代遅れ」と言っているのはどこの誰だろう
1つ目の論点「そもそもテレワークの実施率は高かったのか」について考えてみる。現状のテレワーク実施率を確認してみよう。テレワークに関する調査結果は政府、自治体、民間の研究所、人材ビジネス企業などさまざまな機関が発表しているが、ここでは、東京都のデータを用いる。2020年4月から毎月、定点観測データとして調査と発表が行われてきたこと、日本、いや世界でも電車による通勤ラッシュが激しいエリアとして知られ、人流の制限による感染症対策が叫ばれたエリアだからである。コロナ前から東京五輪に向け、テレワーク導入が推進されていた(少なくとも呼びかけられていた)エリアだ。
東京都でのテレワークの実施率(導入率)は、コロナ前の20年3月には24.0%だったが、初の緊急事態宣言が発出された同年4月には62.7%にまで上がった。その後、宣言解除などにより実施率は低下し、同年12月には51.4%まで下がったが、21年に入り、再度緊急事態宣言が発令され、1月後半には60%台となった。21年はほぼ55.0%以上で推移しており、感染が拡大した9月には65.0%となった。緊急事態宣言が解除された21年10月には55.4%となっている。コロナ禍以降、おおむね約6割の企業がテレワークを実施しているといえる。
なお、実施率は企業規模によってメリハリがある。21年10月は300人以上の企業では84.5%が実施していたが、100〜299人の企業で57.0%、30〜99人の企業で47.0%だった。
週の中での実施日数は週3日以上が48.7%で、週5日は22.7%だった。選択肢としては、週1日のみが最も多く32.2%となっている。東京都が発表した資料では「週3日以上が48.7%」と表記されているが、これは印象操作ではないかと思ってしまう。週2日以内が51.3%とも言えるのだ。
■東京ですら「誰でも」「毎日」テレワークをしているわけではない
ただし、この導入率はあくまで企業としてのものである。テレワークを実施した従業員の割合は9月が48.9%、10月が48.4%だ。最もテレワーク実施率が高かった21年8月においても54.3%だった。
ここまでのデータを振り返ってみると、国内でもテレワーク実施率が高いと考えられる東京都においては、企業としての実施率は6割前後で推移してきた。しかも企業規模が大きいほど実施されていることがわかる。さらに、従業員としてテレワークを実施したのは半分程度である。毎日テレワークという企業は約2割にすぎない。
言うまでもなく、テレワークは企業規模だけでなく、業種、職種などによりその普及率、実施率には差がある。特に公共関連の仕事、医療、肉体労働従事するエッセンシャル・ワーカーなど、必ず通勤しなければならない仕事も存在する。
テレワークを減らし出勤日を増やすという経団連などの方針に対して反対する声がネットで上がった。ただ、この働き方が広がっていると言われている東京でも、どの企業でも、誰でも、毎日、テレワークをしているわけではないということを確認しておきたい。
■現状のテレワークは必ずしも効率的ではない
2つ目の論点は、「現状のテレワーク(特に在宅勤務)に問題はないのか」についてである。結論から言うと、テレワークは、通勤時間を減らす、家で仕事をすることができるという点では、ワークライフバランスの充実などに貢献する。現状の労働法制では、時間管理などにおいて厳密には自由で柔軟な働き方を実現できるわけではない。とはいえ、自由度が高い働き方ではある。
もっとも、現状のテレワークは必ずしも快適な働き方ではない。自宅は快適な仕事環境といえるのか。通信環境やテレワークの仕組みは快適だと言えるのか。育児や介護に関わりながらの業務は負荷が増えないか。孤独・孤立に苦しんでいないか。ITに慣れていないゆえにストレスがたまっていないか。仕事の無茶振りなどを含む、リモハラに悩んでいないか。「痛勤」とも言われるラッシュも問題だが、在宅勤務の連続で運動不足になったり、ストレスがたまるのも問題だ。
これらの件について「対応できないお前が悪い」「ITに慣れていないおっさんに合わせるのはどうか」という意見がネット上では跋扈(ばっこ)する。気持ちはわかる。とはいえ、快適なテレワーク環境を企業が完全に提供しているわけではない。そして、ITに慣れていないのは別に「おっさん」とは限らないのだ。
特にIT企業は、コロナ前、職住近接をすすめていた。通勤の負担を軽減するだけではない。オフィスや、その周りのエリアで密に膝詰めで情報交換することを意図していた。海外でもIT企業は出社の再開を模索しているし、中にはGoogleのようにニューヨークの一等地のオフィスビルを購入した企業もある。
誰もが必ずしも「快適な」テレワークを実施できているわけではない。そして、従業員の意向だけでなく、企業としていかにパフォーマンスが上がるかどうかを模索するべきなのである。
■感染症対策から、新しい働き方の実現へ
ここまで読んで、私の主張を古い価値観の人が企業を擁護しているかのように捉えている人もいることだろう。最後まで読んでほしい。私は今、どんなテレワークを実施するかを模索するべきだ、さらには新しい働き方をいかに確立するかこそ大切だと考えている。
3点目の論点「感染症対策から新しい働き方の実現へと、テレワーク実施の目的を変えなくてはならないのではないか」について考えてみる。
そもそも、わが国でのテレワークの普及は二重、三重にこじれてしまった。「働き方改革」が大合唱されていた頃は、どちらかというとワークライフバランスの充実、特に育児や介護と仕事の両立の文脈で語られていた。東京五輪を前にした段階では、通勤による混雑緩和が目的だった。
しかし、それまでなかなか普及しなかったテレワークを劇的に広げたのは、新型コロナウイルスショックだった。「働き方改革」が叫ばれ、五輪に向けた準備が進められていたのにもかかわらず、新型コロナの感染拡大が話題になり始めた最初の緊急事態宣言前の20年3月における東京都のテレワーク実施率は24.0%にすぎなかった。テレワークは感染症対策と、経済活動の両立という目的から広がった。
■単にコロナ前に戻せばいいという話ではない
コロナ感染がいったん収束に向かっている今の局面では、単にテレワークをやめるかどうか、出社日を増やすというだけの議論に矮小化せず、これからの議論が必要だ。企業の目指す方向とのマッチこそ、大事な論点だ。もともと議論していた働き方改革などの論理と合わせて議論したい。コロナ感染の収束で、働き方が元に戻るということは、働き方改革が虚構にすぎなかったと宣言するようなものだ。
ここで、考えたいのは、そもそもテレワークとは在宅勤務とイコールではないということだ。本来、テレワークは在宅勤務の他、直行直帰型のモバイルワーク、さらにサテライトオフィス勤務に分けられる。
行動が緩和される中、特に私はサテライトオフィス勤務の可能性に期待している。サテライトオフィスも、自社の拠点、契約したシェアオフィスなどあり方はさまざまだ。出勤再開で片道1時間以上の通勤はつらい。しかし、30分以内で、近くのサテライトオフィスへの出勤なら負担はだいぶ軽減される。自宅が仕事をする場として必ずしも快適なものではないという人もいる。ウォークインクローゼットで仕事をする人、仕事用ではない食卓のテーブルと椅子で仕事をする人もいる。そもそも部屋が狭いという人もいる。シェア型のサテライトオフィスの場合、人脈が広がる可能性もある。
本来、検討期、導入期、普及期、変革期と4つのプロセスを経るはずのテレワーク推進が倍速で行われてしまった。そして、いまだにテレワークをまったく行っていない企業もある。単にコロナ前に戻すかどうかという話ではなく、企業の向かう方向性、組織風土、課題などと合わせて、働き方をデザインすることが必要になるだろう。ただ、これは簡単ではなく、試行錯誤の繰り返しである。
■するべきことは「快適で安心して働ける環境の模索」
そもそもコロナ禍前も、テレワークの導入や、オフィスの見直しの試行錯誤を日本企業は続けてきた。組織の一体感、パフォーマンスの向上、ワークライフバランスなどさまざまな論点から見直しを行ってきた。感染症対策のための緊急措置としてのテレワークから、やっと地に足のついたテレワークの模索が始まると私はみている。転勤廃止、オフィスのライトサイジング(縮小・最適化)などを行う企業も、出社の割合を増やす企業も増えているが、それぞれ、実は最適解を模索している。単に新しい古いと考えてはいけない。
その際に、組織の課題を解決する働き方を考えなくてはならない。出社する際に、いかに社内の偶発的な出会いを創造するか、会うことの安心感を醸成するか、出社しただけのリターンがあるのかなど、論点はつきない。
実際、コロナ後にオフィス変革を行った企業に何度も訪問してきたが、各社とも自宅よりも圧倒的に快適に、安心して働くことのできる環境を模索していた。具体的には、フリーアドレス化、外付けディスプレイの充実、テレワーク推進と絡めたペーパーレス化の推進などである。
企業が模索中であるがゆえに、労働者として意見することも大切だ。どのような働き方ならパフォーマンスを発揮できるか主張したい。
さて、今日の仕事は楽しみですか。
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千葉商科大学国際教養学部准教授、働き方評論家
1974年札幌市出身。一橋大学商学部卒業、同大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学専任講師。2020年4月より准教授。著書に『僕たちはガンダムのジムである』『「就活」と日本社会』『なぜ、残業はなくならないのか』『僕たちは育児のモヤモヤをもっと語っていいと思う』ほか。1児の父。
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(千葉商科大学国際教養学部准教授、働き方評論家 常見 陽平)
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