キャリア官僚の競争率は過去最低に…東大生の「官僚離れ」が進んでいる根本原因
プレジデントオンライン / 2021年11月25日 15時15分
※本稿は、池上彰『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■虚偽答弁をした国会議員が再選する日本
衆議院の調査局によると、「桜を見る会」の前夜祭をめぐる問題で、2019年から2020年にかけて、当時の安倍首相は118回の虚偽答弁をしたことが明らかになっています。
国会の証人喚問の場において、虚偽の陳述をした場合には、偽証罪が適用されます。ところが、それ以外では、虚偽の答弁が明らかになっても、ペナルティーはありません。しかし、だからといって議員にせよ官僚にせよ、虚偽の答弁が許されるはずはありません。
国会は国の最高機関であり、その場での虚偽の答弁は、民主主義の根幹をゆるがす大きな問題です。にもかかわらず疑わしい答弁は後を絶たず、その大半は、「結果として事実に反するものがあった」「誤解を与えたとしたら遺憾」という形で、いかにも意図的ではないという印象を与えて逃れようとします。
しかしどうひいき目に見ても、安倍氏の118回の虚偽答弁が意図的でないとは思えません。「桜を見る会」の件にしても、安倍氏が事実と異なる発言だったと認めたのは、秘書が政治資金規正法違反の罪で略式起訴されてからでしたから。
現状では、国会で議員の虚偽の答弁があったとしても、何らかの処罰があるわけでもなく、ましてそういうペナルティーを自ら設けるとは考えにくいですよね。ならば、嘘が分かったら、次の選挙で必ず負けるような構造になれば、虚偽答弁は減っていくのではないでしょうか。
虚偽の答弁をしても、結局は議員としての身は安泰だし、政権も維持できるわけです。それを変えるチャンスが選挙のはずです。こう言っては身も蓋もありませんが、やはりこれは国民の責任です。
■官僚は内閣の下請け的存在
官僚の虚偽の答弁は、議員の場合と少し違ってきます。
各省庁の官僚組織は、あくまでもそのときの政権の内閣を補佐し、支えていく存在です。政策なり法案なり、内閣から示された案件を調査し、いかに進めるか、それとも無理ならばそう進言する役割を担っています。内閣のシンクタンクであり、下請けとも言える存在なのです。
どの議員も大臣も、すべてのことに精通しているわけではありませんから、各省庁の専門の官僚に相談し、意見を仰ぐのは当然のことといえます。しかし、国会での答弁書が官僚の手によって書かれている現在の状況は、いかがなことかと思われます。
国会の会期中、各省庁の官僚は、翌日の質問者に対して、「どんな質問をしますか」と聞いて回ります。これを「質問取り」といいます。自分の役所に関する質問があるとわかれば、その専門の部局が答弁を作成し、答弁者の大臣に届けられます。さらに説明が求められる場合には、当日の早朝、直接大臣に説明します。
あらかじめ質問の内容がわかり、それに答えるのが国会ならば、そもそも出来レースではないかという指摘もあります。しかし、すべての質問が、即座に答えられるほどの簡単な内容ではなく、事前に知らされていなければ、議事が進まなくなってしまいます。
ですが、だからといって官僚が答弁を書くというのは、本来おかしなことです。EU離脱だけを掲げて選ばれたイギリスの首相でさえ、原稿をそのまま読むようなことはしていません。野党の激しい追及にも、官僚のメモもなく、丁々発止のやりとりをしています。
日本では、官僚が書いた答弁をそのまま読むのが慣例となり、勉強もしていない無能な人物でも、大臣が務まるようなシステムになっているということです。
■「権力の行使は抑制的でなければいけない」
内閣からの指示が法律に触れるようなことであれば、官僚も拒否できます。法律に違反していなくても、それが国や国民のためにならなければ、それを意見として述べるべきですし、そのような歴史があることも確かです。ただ、これは、内閣によって異なります。
第78代内閣総理大臣の宮澤喜一という人は、「総理大臣というのは絶大な権力を持っているんだ。それだけに、権力の行使においては抑制的でなければいけない」と言い、あまり権力を振り回すことなく、官僚の意見をなるべく尊重しようとしました。昭和最後の第74代内閣総理大臣の竹下登も「その問題は司司(つかさつかさ)に任せます」と、官僚を持ち上げました。これはある意味、丸投げとも言えるのですが、官僚は自分たちが国を動かしているという責任を感じ、やる気を持って仕事にのぞめます。
ところが安倍晋三内閣や、その後継の菅義偉内閣は違っていました。そもそも自民党の総裁選挙で「自分の言うことを聞かなかった者は異動させます」と明言したわけですから、官僚は何も言えなくなってしまいますよね。事実、安倍政権下では、内閣に意見した官僚が何人もその役職を解かれています。
■恐怖政治のもとで生まれた忖度の空気
2008年に始まった「ふるさと納税」は、当時の菅義偉総務相の肝いりの政策でした。その後官房長官となった菅総務大臣は、総務省の自治税務局の局長に、寄付上限額の倍増を指示します。しかし、上限額を倍にすれば、自治体から寄付者への返礼品が高額になり、競争が過熱する可能性があります。それを懸念して指摘した自治税務局長は、すぐさま異動させられました。これはまさに恐怖政治であり、官僚も委縮してしまいます。
「Go Toキャンペーン」にしても、経産省だけでなく関係する国交省や農水省などとしっかり協議しながら進めていれば、あとから出た問題の多くは避けられたはずですが、官邸の意向で見切り発車となりました。さらには、政府の分科会(新型コロナウイルス感染症対策分科会)の尾身茂会長らは、「Go Toトラベル」の開始を遅らせるように進言したそうですが、菅官房長官、二階俊博自民党幹事長は聞き入れず、実施に踏み切りました。その結果は、みなさんのご存じのとおりです。
こういった恐怖政治の結果、何が生まれるかというと、忖度(そんたく)の空気なのです。虚偽答弁が政治家の指示なのか、官僚の忖度なのかは不明です。ですが、官僚にも家族や生活があり、キャリアを失いたくないのは当然です。こうした背景があるからこそ、政治家の不始末や不祥事を隠そうとして、虚偽の答弁になっていくのです。
■優秀な人材離れが招く官僚の劣化
政治主導が大事だとよくいわれます。官僚は試験に合格して官僚となったのであって、国民から選ばれたわけではない。一方の政治家は、国民の代表として選ばれている。だから、さまざまなことは政治家の主導のもとに決めていけばいい、ということです。
建前としては、その通りです。しかし、政治家のレベルが低いと、とんでもないことが起こってしまいます。さらには、国のために働きたいと思って、難関を突破した優秀な官僚も、政治家の尻ぬぐいに追われていては、やる気を失ってしまいます。
かつては東大生の一番人気だった官僚職ですが、現在はそうではありません。2021年度の国家公務員総合職の合格率は7.8倍と過去最低。そのうち東京大学出身者の割合も14%と6年連続で減少しています。優秀な人材が離れていけば、官僚のレベルもまた低くなっていくことになります。
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ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。
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(ジャーナリスト 池上 彰)
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