「理屈で考える前にまずは汗をかけ」営業マンのように革命を成功させた毛沢東のすごさ
プレジデントオンライン / 2021年11月29日 9時15分
1959年、中華人民共和国国慶節前夜の毛沢東〔写真=Qingbiao Meng(新華社通信社中央報道チーム写真部記者)、Hou Bo(新華社通信社中南海特派員)/public domain/Wikimedia Commons〕
※本稿は、佐藤優『危ない読書 教養の幅を広げる「悪書」のすすめ』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■独裁者・毛沢東の意外な一面
世界屈指の強国となった中華人民共和国の生みの親は、1949年に同国を建国した毛沢東である。レーニン主義者である毛沢東は、ソ連を参考にしながら国づくりに励んだ。
彼はヒトラーやスターリンと並ぶ大量虐殺者でもあり、世間の評価はすこぶる悪い。そんな彼が書いた本をわざわざ読む人も稀だろう。しかし、あれだけの領土と人民をひとつの世界観で統一し、いまの中国の発展の礎をつくったことは事実である。
毛沢東の著作はイデオロギー過剰なものが多く、いまの若い世代にはとっつきにくいはずだ。
しかし実は現代のビジネスパーソンにも役立つ作品がいくつもある。今回紹介する『書物主義に反対する』もそのひとつだ。
古書でしか手に入らないものの、『毛沢東著作選』(外文出版社)や『毛沢東論文集』(東方書店)などの選書集に入っているので古本屋でも比較的入手しやすいはずだ。
ちなみに『書物主義に反対する』のリーフレット版(外文出版社)は文庫本より小さい判型で、わずか二十数ページの薄さである。本記事では、このリーフレット版から文章を引用する。
■「調査なくして発言なし」
『書物主義に反対する』が発表されたのは1930年である。
当時の毛沢東は、蒋介石率いる国民党から逃れる形で、中国の南西部にある井岡山にこもり、農村部の赤化(土地の再配分)を進めていた。この作品はその活動を担っていた共産党員たちに向けたメッセージである。
主張はいたってシンプルだ。「問題を解決したいなら机上で考えるのではなく、現場を徹底的に調べろ」ということだ。
作品の冒頭はこのようにはじまる。
きみがある問題について調査をしていなければ、その問題についてきみの発言権を停止する。それはあまりにも乱暴ではないか。すこしも乱暴ではない。その問題の現在の状況と歴史的な状況を調査しておらず、その実情を知らないのだから、その問題についての発言はでたらめにきまっている。でたらめでは問題は解決できないことは、だれでも知っている。
(p.1)
会社の会議でも一言言わないと気がすまない人間が一人や二人いるはずだ。しかもそういう人に限って思いつきでものを言い、さらには声が大きい。
結果的にまったく根拠のない、非合理的な意思決定がなされることはよく起こる。毛沢東は、そのような党員を戒めた。極めて正しい主張であり、毛沢東には徹底してこのようなプラグマティズムがある。
■にじみ出る経営者としての焦燥感
最近ベンチャー企業ではブレインストーミングをよくするそうだ。意見を広く集めることが目的で、他人の意見を否定しない共通認識のもと行われている。アイデアの発散方法としては理にかなっているかもしれないが、議論の土台が現実に紐付いていなければ、金と時間の無駄となる。
当時の中国共産党もベンチャー企業のような存在だった。一時期はベンチャーの先輩格である国民党と組んでいたが、その国民党が中央政府を支配するようになると独立路線へ舵を切る。そしてついには国民党に武装蜂起を仕掛けるも、失敗してしまう。
まさに風前の灯。捕まったら殺されるという切迫感のなか、中央政府の影響を受けづらい地方の農村をひとつひとつ共産党の支配下に変えていく必要があった。だからこそ毛沢東の言葉は重いのだ。
彼はこうも言っている。
(p.2~3)
理屈で考える前にまずは汗をかけということだ。経営者としての焦燥感が伝わってくる。
■書物主義とは形式主義のことである
タイトルにある「書物主義」にも触れておかないといけない。毛沢東は調査の重要性を訴えたが、文書調査に対しては異議を唱える。
(p.6)
つまり毛沢東が批判する「書物主義」とは「本」のことだけではなく、上からの命令や過去の慣習、あるいは教科書的な一般論に疑いなく従う形式主義的な態度のことである。
上位権限者から指示を受けたら「とりあえず文章で指示をください」と要求する場面は日本の役所でもよく見られる光景だが、形式主義は責任回避行動の結果であり、建設的な態度ではない。
ここで疑問を抱く人もいるだろう。書物を軽視し、現場を重視していては上の命令に背く党員が増え、一枚岩の党運営ができないのではないかという点だ。
しかし、あくまでも毛沢東が批判した書物主義は、党の世界観の枠内に収まる話である。
最高権限者は毛沢東であり、彼が決めたことは絶対で、党員はその線は越えてはならない。そのかわり枠内の具体的な解決策については、現場担当者自ら頭と足を使えと言っているのだ。
■資本家にも、ごろつきにも話を聞く
この作品の最終章「調査の技法」には調査の仕方、とくに調査会での討論の技法について、かなり具体的に書いてある。
毛沢東は、さまざまな立場の人を集め、議論をさせることによって、現代でいう「集合知(コレクティブ・インテリジェンス)」をつくることを目指した。
毛沢東は、調査会に協力してもらう出席者の資格に言及している。
(p.18)
年齢、職業などできるだけバランスよく集めよ、ということだ。とくに注目したいのは「ごろつき」の意見も聞けという箇所である。
反社勢力を通じて、裏社会までを視野に入れないことには革命は実現できないという毛沢東のリアリズムが表れている。
また、私がとくに面白いと思ったのは次の記述だ。
(p.21~22)
人の認識にはズレが生じるものだ。同じ発言を聞いていても、その捉え方は人によって異なる。
たとえば議事録を担当する部下が、会議の決定事項を誤った解釈で記録してしまえば、それが事実となってしまう。
そのため、上司や責任者は、会議の進行を務めつつ、自らの手で要点をメモしておいたほうがいいという話だ。
これは部下を100%信用してはいけないという意味にも取ることができる。おそらくこのあたりは毛沢東自身の経験則からきているのだろう。
■経営者としては三流、コンサルとしては一流
いかがだろうか。毛沢東のイメージが少し変わった方もいるはずだ。少し話を膨らませればビジネス書になるような内容である。しかも彼はそれを1930年にやっていた。
中国はレーニン主義の政治体制を維持したまま資本主義を取り入れ、経済発展を遂げた。
中国の手法にオリジナリティが感じられるのは、毛沢東がこの作品で書いたような、理論よりも現実を先行させたアプローチで国をつくったからである。ごろつきに話を聞き、資本家にも協力をあおぐ。結果を出すためにはとにかく現場主義、現実主義でなければならない。
こうした考え方はいまの中国でも受け継がれている。
毛沢東は経営者としては三流だった。国を挙げて使い物にならない鉄を大量につくらせたり、文化大革命を起こしたりと、いまの中国政府ですらその失敗を認めているが、彼が一流のコンサルタントであったことは間違いない。そんな「コンサルとしての毛沢東」から学べることはいまでも十分あると思うのである。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大矢壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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