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「現金志向が強いから」ではない…日本でキャッシュレス決済が広がらない根本原因

プレジデントオンライン / 2021年11月24日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/simpson33

なぜ日本ではキャッシュレス決済が広がらないのか。一橋大学名誉教授の野口悠紀雄さんは「日本のキャッシュレス決済は手数料が高い。小売業の営業利益率を考えれば、広がらないのは当然だろう」という――。

※本稿は、野口悠紀雄『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』(新潮社)の一部を再編集したものです。

■韓国は94.7%なのに、日本は約30%

日本のキャッシュレス決済比率が低いことは、よく知られている。経済産業省の商務・サービスグループキャッシュレス推進室の資料(2021年8月)によると、キャッシュレス決済比率は、韓国では94.7%にもなっている。それに対して、日本は約30%にとどまっている。

キャッシュレス推進室は、キャッシュレス決済比率を2025年までに4割程度に引上げ、将来は世界最高水準の80%を目指すとしている。

日本経済の生産性を高めるために、キャッシュレス化は是非必要なことだ。また、新型コロナウイルスの時代には、人と人との接触を減らす観点からも、キャッシュレス化が望まれる。

■コロナ禍でもスマホ決済は増えなかった

キャッシュレス促進のため、政府は2019年10月から20年6月中まで、消費税増税にあわせたポイント還元策を実施した。決済業者が手数料を3.25%以下に抑えれば手数料の3分の1を補助し、さらに2~5%のポイント還元分を国が補助する制度だ。

では、この政策の効果はどうだったか? むしろ、新型コロナの感染拡大による影響のほうが大きかった。

『日本経済新聞』の調査によると、2020年2月10日~3月8日と、5月4日~17日のデータを比べると、最も利用が多かった決済手段はクレジットカードで、全体の36.2%を占めた。この期間に1.9ポイント増えた。現金は、2.8ポイント減の31.7%だった。

それに対して、「ペイペイ」や「LINEペイ」などQRコードを用いるスマートフォン決済のシェアは、0.1ポイント減の7.4%に留まった。

対面決済が減っているため、伸びなかったのだ。「Suica」など電子マネーの利用額のシェアは、0.8ポイント増の18.4%となった。タッチするだけで支払えるため、QRコードの決済などと比べると堅調だった。

■小売業の営業利益率よりはるかに高い手数料

電子マネーについて日本の場合の基本的な問題は、手数料が高いことだ。

経産省が平成29年に公表した調査でも、店舗がキャッシュレスを導入しない理由としては、「手数料の高さ」が最多だった。

とくに高いのがクレジットカードだ。各社はそもそも加盟店手数料を開示していなかったが、実態は最大7%程度の場合もあった。

法人企業統計調査によると、売上高・営業利益率(売上高に対する営業利益の比率)は、全産業で4.26%だ(2020年1~3月期)。小売業、飲食サービス業、生活関連サービス業、娯楽業ではさらに低く、2.5%程度でしかない。カード決済の手数料が7%では、大幅な赤字になってしまう。

■カードの手数料が欧米に比べて高いワケ

カードの手数料は、なぜこのように高いのか?

欧米では銀行がクレジットカードを発行しているのに対し、日本では、カード会社が銀行に振り込み手数料などを払いながら事業を手がけているのが一般的だからだ、と言われる。

また、日本では利用額の一定割合を利用者に還元し、その原資を手数料で賄うため、手数料が高くなっているのだとも言われる。

さらに、ネットワーク回線の通信料がある。

消費者の決済情報を専用回線でやりとりするが、回線使用料は金額ではなく、回数によって決まる。ところが、還元期間中は1000円未満の「小口多頻度決済」が過半数を占めたため、決済回数が多くなり、回線使用料が増えたのだとされる。

ペイペイなどスマートフォンを使ったQRコード決済の場合は、ポイント還元期間中は、手数料を条件付きで無料に抑えた。中国でアリペイなどの電子マネーの利用が進んだのは、手数料がゼロだからだ。また、仮想通貨の場合も手数料はゼロに近くなる。日本でキャッシュレスが進まないのは、電子マネーの手数料が高すぎるからだ。

■複数の電子マネーを統合する仕組みはある

日本でキャッシュレスが進展しないもう1つの理由として、さまざまな電子マネーが乱立していて使いにくいことがある。

ところで、複数の電子マネーを統合する仕組みは、すでに存在する。それは、「UPI(統合決済インターフェース)」という仕組みだ。日本でもすでに利用可能になっているグーグルペイは、UPIを用いているアプリである。

グーグルペイは、楽天EdyやSuicaなどと同列の電子マネーの1つではなく、これらの電子マネーを使いやすくするための仕組みである。

日本でグーグルペイのアプリをダウンロードすると、楽天Edy、nanaco、WAON、Suica、QUICペイなどが使えるのだ。

多くの電子マネーは、その電子マネーの口座に入金した残高がないと使えない。しかしグーグルペイの仕組みを使えば、クレジットカードから簡単に入金できる。どのクレジットカードを使えるかは電子マネーによって違うが、楽天Edy、Suicaなら、日本で発行されているほとんどのカードが使える。

しかも、支払いには、スマートフォンをかざすだけでよい。共通のQRコードができたのと同じ効果が得られる。

UPIは、グーグルが開発したものではなく、インド決済公社が開発した仕組みだ。

インド政府は高額紙幣を廃止する一方で、UPIのシステムを開発したのである。2016年4月にサービスが始まった。

その特徴は、異なる銀行口座からの利用を可能にしている点だ。そのため、UPIの仕組みを使うと、スマートフォンだけで複数の電子マネーを使うことができるのだ。

現在インドには、45もの電子マネーが存在するが、これらがばらばらにならず、連携して使うことができる。協議会を作ったり、統一QRコードを作るのもよいが、UPIの活用も、もっと考えられるべき課題ではないだろうか?

■三菱UFJグループが「仮想通貨」から「電子マネー」へ方向転換した

新しい決済手段に関するMUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)の取り組みが最初に報道されたのは、2016年だった。

それ以降の動きを、改めて説明しよう。同年2月1日の『朝日新聞』が、MUFGが独自の仮想通貨「MUFGコインを開発中」と1面トップで報道した。

これは、ブロックチェーン技術を用いる通貨で、2017年に発行予定とされていた。

銀行自らが取引所を開設し、同行に口座を持たない人も利用できる。送金や買い物の支払いにも使え、手数料はゼロに近い水準まで下げられるというので、マネーの世界に革命的な変化をもたらすものとして実用化が待たれていた。

MUFG社内での実証実験が2018年から進められ、2019年度中に発行の予定とされていた。ところが、2019年末に方向転換があったようだ。

MUFGは、2019年12月にリクルートホールディングスと共同で新会社の設立契約を締結した。『日本経済新聞』の報道によると、MUFGはデジタル通貨「coin」(通称MUFGコイン)を当初は2017年度にも実用化する計画だったが、利用者の本人確認の徹底など銀行法が求める要件と利便性を両立できないという問題があった。

このため、単独での展開は難しいとみて戦略を転換したのだという。この記事は、「将来はブロックチェーン(分散型台帳)を使って大量の決済情報を高速でやりとりする仕組みにする計画」としている。逆に言えば、「coin」はブロックチェーンを用いないもの、つまり数多くあるQRコード決済の電子マネーと同じものだということになる。

これは、大変大きな方向転換だ。銀行法との折り合いが難しいというのはそのとおりだろう。

しかし、それだけでは、利用先をリクルートに限定する理由は、依然として分からない。

■みずほの「Jコインペイ」も手数料が高い

そこで、他のメガバンクによるデジタル通貨発行計画を見よう。みずほの「Jコイン」も伸び悩みみずほフィナンシャルグループは「Jコイン」という名称のデジタル通貨を提供する方針を明らかにしていた。

しかし、2019年3月に始まったのは、QRコードを使ったスマートフォン決済サービスである「Jコインペイ」だった。

みずほフィナンシャルグループ(FG)が発表したQRコードを活用するスマホ決済サービス「Jコインペイ」=2019年2月20日、東京都千代田区
写真=時事通信フォト
みずほフィナンシャルグループ(FG)が発表したQRコードを活用するスマホ決済サービス「Jコインペイ」=2019年2月20日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

参画する地方銀行などが、実際の運用を行う。銀行口座からアプリにチャージする場合や、アプリ内のJコインペイの残高を銀行口座に戻して現金化する場合には、手数料は無料だ。Jコインペイに参画している銀行であれば、異なる銀行間でも手数料無料で送金できる。この点では、他のQRコード決済の電子マネーより有利なので、利用者が増えるだろうとの期待があった。

しかし、実際には、顕著には増えなかった。なぜか?

それは、手数料が高いからだと思われる。ここで「手数料」というのは、消費者が利用する場合の手数料(銀行口座との間の出し入れや送金手数料)ではなく、店舗が電子マネー提供事業者に支払う手数料のことである。加盟店手数料は非開示だ。

Jコインペイの公式サイトには、つぎのように記されている。

「導入費用は0円。加盟店料率(決済手数料)は各取扱金融機関により異なる」

加盟店手数料については、高知市が2019年7月に開催した「キャッシュレス対応フェア」の際に公表した資料がウエブにある。

それによると、Jコインペイの加盟店手数料は、売り上げの1.5~3.0%となっている。これはかなり高い手数料だ。

Jコインペイは「3~5%程度とされるクレジットカードより低くする」と約束しており、それは実現されているのだが、それでも高い。

2019年10月1日~2020年6月30日までの期間には、他の電子マネーが手数料を2.16%または2.17%としていた。これは国の補助があったからだ。この影響もあってJコインペイは伸び悩んだのだろう。

184加盟店は、Jコインペイに参加する金融機関が自らの営業エリアの取引先を中心に開拓する。みずほというメガバンクが自ら加盟店舗獲得をするのは難しいからだろう。

■次々に誕生した「銀行ペイ」のメリットがわからない

なお、Jコインペイと同じようなサービスである「銀行ペイ」が2016年に開発され、横浜銀行の「はまペイ」、福岡銀行、十八親和銀行、熊本銀行の「YOKA!ペイ」、沖縄銀行の「OKIペイ」などが参加した。そして、2019年5月からは、ゆうちょ銀行の「ゆうちょペイ」が始まった。

乱立としか言いようがない状態だ。利用者の立場からすると、どれを導入してよいのか、皆目見当がつかない。

■手数料収入を当てにする方針は間違っている

マイナス金利で収益が悪化する銀行にとって、QRコード決済による手数料収入は、新たな収益源だ。そこで、銀行としては、何とかしてこの事業を成立させたい。しかし、加盟店開拓は容易なことではない。

店舗が集まらない基本的な理由は、手数料が高すぎることだ。2~3%の手数料というのは、現在のATM利用の手数料と同レベルだ。

日本の小売業の売上高営業利益率は3%程度である。さまざまな経費をかけてやっとこれだけの利益を出したのに、電子マネーの店舗手数料でそのすべてを巻き上げられてしまうのでは、店舗が使うはずはない。

Suicaなどの交通系電子マネーの店舗手数料も高いが、駅内店舗の場合には導入せざるを得ない事情があるのだろう。また、nanacoなどのコンビニエンスストア系の電子マネーは、ポイントと結びついている。

しかし、これら以外は無理だ。Jコインペイが伸び悩む基本的な理由は、この点にある。

野口悠紀雄『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』(新潮社)
野口悠紀雄『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』(新潮社)

MUFGのcoinも同じ問題に直面しているのではないかと考えられる。つまり、Jコインペイと同じようなレベルの手数料を設定しており、このため、店舗が集まらない。そこで、リクルートのサイトで始めるようにしたのではないか? こう考えれば、利用先をリクルートに限定した理由が分かる。

しかし、ブロックチェーンを用いるデジタル通貨であれば、コストはずっと低くできる。そのため、手数料をゼロに近くすることができる。手数料ゼロなら、加入店を開拓するために努力する必要はない。逆に言えば、メガバンクが手数料収入を当てにデジタル通貨サービスを始めようとするのは、間違いだ。

「日本人はキャッシュ志向が強いためにキャッシュレスが進展しない」と言われる。しかし、コロナ期においては、現金を介しての感染の危険があるため、日本でもキャッシュレス化への需要は高まった。

それにもかかわらず手数料が高いために、店舗が利用しようとしないのだ。日本でキャッシュレス化が進まない大きな原因は、ここにある。

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野口 悠紀雄(のぐち・ゆきお)
一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問を歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)ほか多数。

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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)

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