「10年間で被害者は50人以上」野球部コーチの性的暴行に生徒たちが耐え続けたワケ
プレジデントオンライン / 2021年11月24日 18時15分
■コーチに逆らえない生徒や保護者
春夏の甲子園で4度優勝を遂げた県岐阜商野球部が県教育委員会から部活動の原則休止の要請があったにかかわらず練習を行い、その際に部員の頭部にボールが当たる事故が起きていたことが10月下旬、メディア各社で一斉に報じられた。
事故が起きたのは、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が発出されていた9月1日。打撃マシンにボールを投入する部員の前頭部に防球ネットをすり抜けた打球が直撃した。ところが練習を指揮していた同校の教諭は119番通報せず、現場にいた保護者の自家用車で県内の病院に搬送するよう指示したとされる。部員は吐き気を訴え続け10日間入院したという。
ライバル校が自粛するコロナ禍での“闇練習”に、生徒や、現場にいたとされる保護者らは異議を唱えなかったのだろうか。
筆者は昨年、県岐阜商と同じように部活動禁止のルールを破って練習していた、首都圏にある公立中学校男子バレーボール部の関係者を取材したことがある。このバレー部顧問も全国大会優勝を複数回達成している。暴言に加え、パワーハラスメントの情報が自治体に寄せられたが、効果的な指導が行われたとは言い難い状態だった。
取材を重ねると、活動継続のためにパワハラ顧問をかばう親と、改善したい親というように保護者間で断絶が発生。その親同士の溝は、子供同士の関係性にも大きな影響を与えていた。
■複数の野球部員への性的暴行で逮捕されたコーチ
このように、日本の運動部活動における顧問(監督)と生徒(選手)のかかわりは、圧倒的な主従関係であることが多い。
特にスポーツ強豪校での暴力事件は絶えず報道されている。9月13日には高校球児への性的虐待で、大阪市の私立高校野球部コーチだった被告(31)が別の部員に性的暴行をしたとして、強制性交等致傷の疑いで再逮捕された。
同被告は8月にも同じ性的暴行の疑いで逮捕・起訴されており、被害にあった生徒は約10年間で50人以上いるとされる。被告は高校時代に甲子園出場経験があった。性的暴行に耐える日々がいかに過酷だったかは、被害を受けた生徒の多くがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいることから伝わってくる。
■ブラック顧問の言いなりになってしまう「4つの理由」
コロナ禍で禁じられた闇練習に従い、性虐待を我慢する。運動部活生は、ブラックな顧問になぜこんなにも従順なのか。理由は4つあると筆者は考える。
1つ目は、顧問が生徒の「進学先の決定権」をほぼ握っている現実だ。
誰をどこの高校に入れるか、どの大学を受けさせるか。生徒の希望を聞きつつ詰めていくとしても、スポーツ推薦や特待生など、中高の部活顧問がステークホルダーであるケースは依然多い。生徒やその保護者にとって、顧問は間違いなく「利害関係者」となる。
2つ目は、大学の広告塔として、高校の運動部活生の役割がより重くなった時代背景がある。
全国大会出場や都道府県大会上位進出など、優秀な成績を収めた生徒を受け入れる高校や大学は、長く続く少子化による経営難が叫ばれている。生徒を奪い合うサバイバルを生き抜くための戦略として、運動部の活躍は大きなイメージアップをもたらす。過去には箱根駅伝を制した大学の受験者が増えるなど、目に見える効果が期待できる。
現実に、運動部活生の受け皿として、スポーツ関連の学部・学科を増設する大学は増えている。学校検索サイト「ナレッジステーション」の学問分野系統別大学検索で「スポーツ・健康科学」と検索すると、2021年11月現在で関連学科の設置件数は156に上る。
国立大学が12、公立6、私立大学が138と多い。2016年度は全部で139件だったから、この5年で17件増えたことになる。増加分はほぼ私立大学のものだ。
生徒の価値が上がれば、強豪校を率いる顧問はより大きなパワーを持つことになる。首都圏の大学でスポーツ関連学部の教員を務める男性は、選手のスカウトに行くと保護者から「(顧問の)先生に任せているので」とよく言われるそうだ。
「親御さんが顧問の先生に気を使っているのがよくわかります。レギュラーになるのも補欠になるのも、決めるのは顧問ですから。ですので、子供の進路を決める重要な人物に、コロナ感染が怖いので練習に参加させませんとは言えないでしょう。暴力があっても口をつぐみます。そのせいで全国大会に行けなくなったら、わが子の進路をつぶすことになりますから」
■暴力が「体罰」という表現で正当化されている
3つ目は、全国大会の魔力だ。
野球なら甲子園、サッカーは冬の選手権、バレーボールは春高、バスケットボールはウインターカップなどなど。各種高校生スポーツの全国大会が地上波で中継され、国民が高校生のプレーにくぎ付けになる環境は、欧米などスポーツ先進国にはあまり見られない現象だ。種目によっては、プロや社会人の大会よりも視聴率が高い。よって放映権料も高く、報道も過熱する。
顧問や生徒が全国大会出場、優勝を目指すのは当然だ。目標があるから精進できるのだから。ただ、高校3年間という短期間で毎年のように結果を出すのは、簡単なことではないはずだ。
なにがなんでも勝利をといった勝利至上主義になると、顧問は生徒に対し感情的になりがちだ。そこに「体罰」が忍び込む。仮に一般の人が他者に暴力をふるったり、強い暴言によって希死念慮を抱くまで追い詰めれば暴行罪など犯罪になる。ところが、「体罰」と表現されることで、受け手によっては暴力が正当化されてしまう懸念がある。
それとは逆に、スポーツのとらえ方や指導を見直し、生徒の主体性を重んじ、科学的な手法で、故障やけがの可能性をできる限り排除する。その先に良い結果が待っていたというのが理想ではないだろうか。そんな活動であれば、暴力やコロナ禍の闇練習とは無縁のはずだ。
■スポーツ経験がある親ほど子供に厳しい
4つ目は、保護者の意識にある「生存者バイアス」だ。
生存者バイアスとは、暴力指導の世界でサバイバル(生存)した、つまり何らかの選択過程を通過した人・物・事のみを基準として判断を行い、通過に失敗した人・物・事が見えなくなることだ。
2013年にスポーツ界や教育界では「暴力根絶宣言」が行われたが、わが子を守りたいはずの保護者が指導環境の改善を阻んでると感じる。なぜなら、親世代は自分たちが叩かれたりする指導を当然と受け止めてきたため、暴力に寛容な傾向がある。
特にスポーツ経験のある親ほど「あの厳しい指導を乗り越えたからこそ今の私がある」と思い込みがちだ。サバイバルした人は途中で脱落した仲間を「弱い人間」と見なす。よって、自分の子供も「弱い人」のグループに入れたくない。
事故の生存者の話を聞いて、「その事故はそれほど危険ではなかった」と判断する。話を聞く相手が全て「生き残った人」だから、そう感じてしまう。指導者の暴力も、自分が乗り越えたのだから「危険ではない」と思うばかりか、正当化さえしてしまうのだ。
■「厳しさが必要」と言う親が勘違いしていること
ブラック部活関連の保護者への取材で、以下のような言葉が発せられることがある。
「顧問は決して褒められた指導ではないかもしれないが、厳しさは必要だ」
「褒めるだけでは強くなれない」
「たまにはゲンコツをして喝を入れることもあっていいと思う」
聞いていてこれは子供のためにならないかもと思い、時折こちらから意見することもある。
――厳しさって何ですか? 休むな、サボるな、今頑張らなくてどうすると大人が横について言い続けますか? 自分で気づいて、自ら動ける子にしか成長はないですよ。その子が自分の甘さに気づくまでほったらかすのが、実は一番厳しい大人じゃないですか? 皆さんの子育ては、子供を甘やかしていませんか?――
しかしながら理解してくれる人はとても少ない。多くの人が「頭ではわかるけど、心がついていかない」と言う。心がついていかないのは、保護者自身が自分の「頑張ってきた過去」を意味のないものと考えたくないからではないか。これは指導する側も同じかもしれない。
お父さんもお母さんもよく頑張ってきたね。でも、これからの子供は、私たちとは違う環境で育てよう――そんなふうに保護者の気持ちにまずは寄り添う必要がある。
少しずつではあるが、暴力やパワハラを続ける顧問は、そのことが明るみに出ることで淘汰されている。そこで顧問自身も社会的制裁を受け、悪くすれば指導者の道を絶たれる。彼らの人生を救う意味でも真のグッドコーチを目指す再教育が必要だろう。
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スポーツジャーナリスト
筑波大学卒業後、英国留学等を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年フリーに。『桜宮高校バスケット部体罰事件の真実』(朝日新聞出版)、『部活があぶない』(講談社現代新書)、『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)等著書多数。『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(佐伯夕利子/小学館新書)を企画構成。「東洋経済オンラインアワード2020」MVP受賞。日本バスケットボール協会インテグリティ委員。沖縄県部活動等の在り方に関する方針検討委員会コーディネーター。
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(スポーツジャーナリスト 島沢 優子)
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