脳梗塞で半身まひから奇跡の回復…行列ができるリハビリ特化型デイサービスの秘密のエクササイズメニュー
プレジデントオンライン / 2021年11月23日 11時15分
■アグレッシブな要介護者向け「デイサービス」が話題
介護保険適用のサービスのひとつに「デイサービス(通所介護)」がある。
在宅で介護を受けている高齢者を朝、クルマで迎えに行く。施設に着いたら健康チェックや体操をし、昼になったら食事。午後はリハビリや入浴、レクリエーションなどを行い、夕方になったら自宅に送り届ける。このように要介護の人が施設で1日を過ごすサービスだ。
もちろん、このサービスは要介護者のためにある。在宅介護では、体を動かすことも他人と接することも限られる。となれば、孤立し心身の機能も衰えがちになる。そこで、外出して、さまざまなプログラムが用意されているデイサービスを利用すれば機能維持に役立つというわけだ。
その一方で、もうひとつの目的がある。介護する家族のためだ。家族はケアに追われることになるが、要介護者が日中デイサービスに行ってくれれば、その間、介護者に自由になる時間が与えられる。
多くのデイサービス事業所は利用者に快適に過ごしてもらうことに注力し、体操やリハビリは行うものの、それは機能維持のための軽い内容で、利用者に穏やかな一日を提供する方向性のところが多い印象だ。
「でも、要介護になる前のような状態に戻りたいという方や自分のことを自分で行えるようになりたいというニーズはあります。要介護3と認定された方だったら2に、2になったら1に、介護度を維持または、向上を目指す。ウチはそういう方のためのデイサービスなんです」
そう語るのは埼玉県上尾市にあるリハビリ特化型デイサービス『acty*(以下、アクティ)』を運営する理学療法士の前田伸悟(38)さんだ。どんなサービスを行っているのか、見学させてもらった。
筆者はこれまで、複数のデイサービス施設を見学させてもらったことがありますが、どこも穏やかでゆったりした空気に包まれていました。利用者はほとんどの時間を椅子や車椅子に座って過ごします。体操やレクリエーションの時は、立ち上がったり動いたりしますが、体に負担がかからない内容で、職員も労わるように接します。
ところが「アクティ」の空気はまったく違っていました。
■エアロバイク、体幹用グッズ、ノルウェー製エクササイズ…
施設内に入ると、まず目に飛び込んできたのは多くのトレーニングマシン。バーベルを使うようなハードな筋トレマシンこそありませんが、エアロバイクやウオーキングマシンなどが並んでいて、利用者がトレーニングに汗を流しています。奥のスペースは天井から赤いロープがぶら下がっていて、それを両手に通した15人ほどの利用者が、インストラクターの指導に従ってエクササイズを行っています。
また、人工芝が敷かれたスペースでは、体幹トレーニング用に開発した水を入れたおもりを抱えてウオーキングをしている人がいました。まさにトレーニングジムです。
「ご覧のように、ウチは普通のデイサービスとは方向性が異なります。朝から夕方まで滞在されるコースもありますが、コンセプトは、機能訓練による改善を主眼においたプログラムです。大半の方は午前と午後、2部制の3時間ほどの機能訓練コースを利用されています」(前田さん)
天井から下がる赤いロープを支えにしたエクササイズは初めて見るものだったので、前田さんに聞いたところ、これはリハビリ先進国ノルウェーで開発されたトレーニング機器だという。
「『レッドコード』という名称です。さまざまな使用法があり、高齢者では、上から吊り下げられたコードの先端の輪に手首を通して握る。体を両手で支える状態にセットします。その結果、筋力の衰えなどで体のバランスが取りづらい方でも、このレッドコードを使えば安心してエクササイズができるわけです」
「エクササイズの種類はその方の状態に応じて、さまざまです。立つことが難しい方は椅子に座った状態で足を上げたり降ろしたり、コードを握った両手を支えにして、体を前や横に倒したり。立てる方はこれを立位で行います」
「時間は20分から30分。このエクササイズを行うことで、血流は良くなり、硬くなった関節の可動域は広がり、筋力も少しずつですが回復していきます。そして何より、楽しく体を動かしていただけます。運動は大切とわかっていてもご自宅では、継続できないかたが多いので楽しくやる必要があるんです」
アクティには利用者の体の状態や要介護度に合わせたリハビリ機器がそろっており、段階的に機能回復ができるようになっています。自立が難しい方はレッドコードの座位から始め、それをクリアしたら立位に、立位が問題なくできるようになったら両脇で上体を支えたウオーキングマシンや人工芝のフロアで両手に持ったストックを支えに足を前や横に出したりするバランスエクササイズを行ったりします。
■69歳の時、脳梗塞で半身まひになった男性も奇跡の回復
人工芝のフロアを歩く“自主トレ”をしていたKさん(77)も、そのように段階を踏んで機能を回復したひとりです。
「私は69歳の時に脳梗塞を発症しました。幸い命は助かりましたが、左半身がまひしましてね。介助なしでは歩くことはもちろん、立つこともできなくなってしまったんです」
要介護2と判定され、自宅での介護生活が始まりましたが、Kさんはそれまで地元のソフトボールチームでプレーするなど、体を動かすことが大好きでした。それが突然、自力ではトイレに行くことも、入浴することもできなくなったのです。
「このままだと寝たきりになってしまう、と落ち込みました」
そんなKさんに、気持ちを前向きにする機会が訪れます。
「ベッドでテレビを見ていたところ、長嶋茂雄さん(85)がリハビリに取り組む様子が映ったんです。長嶋さんも脳梗塞で倒れられた。でも、懸命にリハビリを重ね、元気な姿を見せられるようになりました。あの長嶋さんが頑張っておられるのだから私も、と思ったのです」
すぐにご家族にリハビリのできる施設を探してもらい「自宅から通える機能回復に特化したデイサービス」という求める条件にぴったりのアクティと出会ったのだそうです。
「リハビリのスタートはレッドコードの座位でのエクササイズでした。左足はまひで真っ直ぐにできない状態でしたし、思うように動いてくれない。もどかしさが募りましたが、辛抱して続けました。
午前のコースに週3回ほど通い、レッドコード座位のメニューをこなせるまで2年ほどかかりました。その後、立位に移り、補助つきのウオーキングマシン、ストックを使った歩行リハビリを行うといった段階を経て、自力で立って歩けるようになるまで6年かかったそうです。
「今もまひは残っていますから慎重にゆっくりにしか歩けませんが、もっとよくなりたいと思ってリハビリメニューを続けています。でも、今は介助なしでトイレに行けますし、風呂にも入れるようになりました。ここに通っていなかったら、と思うとゾッとしますよ」
要介護2だったKさんの要介護度は要支援1に改善。今は要介護卒業を目指しているそうです。
前田さんは言います。
「私どもの目標は、利用者の方がKさんのように前向きになっていただくことです。もちろん、体の状態によってリハビリを重ねても現状維持にとどまる方はおられますし、リハビリはつらさが伴いますから、しんどいといって辞める方もいらっしゃいます。でも、少しでも心身の状態をよくしようと、前向きの気持ちを持っておられる方は少なくありません。その受け皿としての役割を果たしたいと思っているんです」
■デイサービスの通常の男女比は8:2だが、ここは6:4
ただ、こうした機能回復を主眼としたデイサービスを運営するのは大変だそうです。
さまざまなリハビリメニューを行えるスペースが必要なことや複数種類のリハビリ機器をそろえなければならないこと。また、スタッフには通常の介護職員だけでなく、リハビリの指導を行える理学療法士などの専門家が必要であるため、運営は簡単ではありません。
加えてリハビリメニューは利用者個々の状態に応じて作成し、回復状況によっても修正を加える必要がある。細かな目配りしなければならない大変さがあるそうです。デイサービスの介護報酬には、そうした特別な出費や労力に対応する上乗せはありません。
「でも、要介護卒業や維持向上を目指すウチのようなデイサービスも必要だと思っています。ケアマネジャーさんが作成するケアプランは、心身の状態をよくすることを目標にすることが多いですが、それに対して、理学療法士として真摯に取り組む姿勢が必要だと思っています。これ以上、要介護度が上がらないようにするだけでも本当に大変なことです。歳は取りますから。しかし、ご本人が良くなろうという前向きの気持ちを持つことで、リハビリの効果が出て実際に要介護から卒業できれば本人はもちろんご家族も介護から解放されるわけですし」
デイサービスが抱える課題に「男性の利用者が少ない」ことが挙げられます。女性はコミュニケーション能力が高く、すぐに知り合いを作って1日を楽しく過ごすことができる。それに対して男性はそれができず居心地が悪いからだそうです。また、家族の都合で通われる方、年寄り扱いされて単純なレクリエーションをやらされたりすることにプライドが許さないのも要因のひとつだとされます。そのため全国平均の男女比は大体、女性8に対し男性が2です。
しかし、アクティの場合は女性6:男性4と男性の比率が高い。リハビリのためという明確な目標が持て、スポーツジムのような感覚で通えることがよいのでしょう。
Kさんも言います。
「リハビリはつらいと感じることもありますが、やり終えた時は一種の爽快感がありますし、一緒にメニューをこなした人とは会話が弾むんです。同じ思いを持つ仲間がたくさんいたから続けてこられ、ここまで回復できたんだと思います」
アクティが開設されたのは2013年。Kさんのように自力で立てなかった人が歩けるようになったり、要介護から卒業した人が出たりということが評判を呼び、現在の月間利用者は延べ約750人、1日の利用者は午前、午後とも常に40人の定員で埋まっている状態で、利用者枠が空くのを待つ、まさに行列のできるデイサービスになっているのです。
前田さんは言います。
「私どもの考えを理解し利用したいと言ってくださる方が増えてきたのはうれしいですね。スタッフもこの仕事にやりがいを感じています。リハビリを重ねることで、少しずつですが着実に機能回復していく。また、それに従って表情は明るくなり快活になっていかれる方が多い。そうした変化を見ると、自分がお役に立てているんだと実感できます。運営は大変ですが、この事業を始めてよかったと思っています」
1日を穏やかに過ごすデイサービスはもちろん必要です。その一方で、アクティのような「要介護状態をなんとか食い止める」そして「改善」を目指す前向きな方向性のデイサービスがもっとあってもいいのではないか。利用者の「元気になろう」とする姿と笑顔を見て、そう感じました。
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フリーライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。
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(フリーライター 相沢 光一)
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