お客はホストや風俗嬢…大手チェーンを辞めた薬剤師がわざわざ歌舞伎町で独立したワケ
プレジデントオンライン / 2021年11月26日 15時15分
■終電を超えても薬を処方する“深夜薬局”
「薬の飲み方が変わった感じかな?」
「うん、昼間に飲んでいるのがダメだったから、新しいのに変わったみたい」
「なるほどね。これは寝る5時間前に。時間としては夕食前になるのかな? 1回2錠、30日分で60錠になるよ」
これは11月5日(金)の午後11時ごろ、新宿・歌舞伎町にある「ニュクス薬局」での接客の様子だ。店主の中沢宏昭さん(43)と接客業の美帆さん(仮名、37歳)の会話は、敬語なしのいわゆる「タメ語」。この接客が常連客に好評だという。美帆さんは「ラフで話しやすいから、めっちゃいい。それに、客をさばくのがうまい」と話す。
「他人過ぎず、友達過ぎず、の距離感でいてくれる。他人過ぎたら、薬の相談とか悩みとかを打ち明けにくい。でも、歌舞伎町で友達過ぎたら、スマホの充電用に電源を貸してくれとか、用もないのにたむろする人が出てくるよ」
「距離感が偏っていない上に、薬の処方も早い。移転したと知らなくて、前の場所が空になっていて、めっちゃ焦った。思わず通っている夜間病院に電話をかけて、移転のことを教えてもらって安心した。ここがないと困っちゃうよ」
美帆さんは、ニュクス薬局に通うようになってから数年がたつ。肌トラブルや不眠、メンタルの不調を抱えていることから、2週間に1回程度、夜間診療をしている病院に行った後、ここで薬をもらう。
ニュクス薬局は、歌舞伎町2丁目のマンション1階部分にある。営業時間は16時半から深夜3時半まで。店舗の面積は約35.5m2。今年9月に同じ町内で移転したばかりだ。周辺には、どぎつい色彩のネオンを掲げた雑居ビルやホストクラブ、風俗店などが立ち並ぶ。明るく清潔な薬局は、雑多で猥雑な歌舞伎町の中で異彩を放っている。
ニュクス薬局の従業員は1人だけ。オーナーである中沢さんが1人で経営している。なぜ中沢さんは歌舞伎町で薬局を開くことになったのだろうか。
■なぜ立地に歌舞伎町を選んだのか
中沢さんは、大学卒業後、最初は薬局チェーンに勤めた。学生時代から「独立する」と決めており、食費と小遣いは月5万円でやりくりし、給料の多くを貯金に回した。他との差別化として深夜に営業する「深夜薬局」の構想を温める。出店先は、「夜の街」である歌舞伎町に狙いを定めた。
その後、別の薬局へと移り、住まいも新宿に移す。歌舞伎町で飲み歩く中、歌舞伎町ならば自分の構想が成り立つと手応えを感じた。そして、ついに2014年に開業を果たす。競合のいない場所を選んだことで、深夜を超えて働く人たちが「夜中に処方薬が欲しい」需要を一手に取り込んだ。
ニュクス薬局は今年9月、同じ歌舞伎町2丁目内で移転している。テナント契約を更新せずに退去することは、店の移り変わりが激しい歌舞伎町では珍しいことではない。たった50m程度の引っ越しだったが、夜間病院に近くなったことで処方薬が売れ、売り上げが月間15%程度も伸びた。
■営業時間を2時間短くしても売り上げを出せる
また、旧店舗では長時間勤務で倒れたこともあり、営業時間を変えた。以前は、祝日を含む火曜日~土曜日の午後8時から翌午前9時まで。それを2時間短くし、月曜日~金曜日の午後4時半から翌午前3時半にした。現在は土日が定休日だ。
この変更は、新店舗の近くにある夜間病院に合わせたものだ。特に月曜日に稼働するようになり、休み明けに病院に行くお客が来るようになった。営業時間を2時間短くしても、立地を選んだことで売り上げは伸び、柔軟な経営が功を奏した。
さらにニュクス薬局が、中沢さんの1人店舗だという強みもある。
雨の降る日も、雪の日も、多少、体調が悪くても、店を開けなければいけないのは大変だ。反面、他の人を使わず、かかる人件費は自分だけだ。
今回の移転に伴う営業時間の変更は、副産物も生んだ。中沢さんの体調が「以前よりも、だいぶ良くなった」。帰宅後、「夕食」を済ませ、できるだけ午前7時ごろをめどにベッドに入る。そこから7時間程度の睡眠を確保できるようになった。
■「中沢さんがいい」という常連に支えられている
いまでは歌舞伎町に根付き、多数の常連客に支えられている。世の中に移転を気にされる薬局が、どれほどあるだろうか。飲食店と異なり、そもそも薬局で顔を覚えてもらっている常連は、どれほどいるのだろうか。
ニュクス薬局のように深夜営業している薬局は、近隣のエリアにもある。薬を受け取るだけなら、どこでも同じだ。しかし冒頭で紹介した美帆さんは、ニュクス薬局を利用したいと、移転先を病院に問い合わせたそうだ。そうした問い合わせは、店主である中沢さんのところにも何件もあったという。
医者や美容師と異なり、特定の薬剤師が客に指名されることはあまりない。数が増えているチェーン店舗だと複数の薬剤師がいるから、誰が担当になるか分からない。
ところが、ニュクス薬局には中沢さんしかいない。だから絶対に会える。そして中沢さんに薬を出してもらえる。
中沢さんは「病気だけでなく人を診ること」を心がけている。薬剤師の仕事は、薬を出すことだ。ただし、それに加えて、処方薬を出す場合は「なぜ、この薬が出ているのか」を気にしている。必要とされる薬の説明はもちろん行うが、それだけで満足しない。
客の悩みに迫るべく、遠いところからより近くへと会話のボールを投げるようにしている。そして、手探りの会話を繰り返し、悩みを打ち明けてもらうように努めている。
こうした接客への心がけが、美帆さんのような常連客を着々と増やしている。
ニュクス薬局に来る客は、女性8割、男性が2割だ。年齢は、共にほとんどが20~30代。女性の職種は、キャバクラ、風俗、AV、バーテンダー。男性はホスト、キャッチに同じくバーテンダーなどが多い。
処方する薬は多岐にわたるが、市販薬は売れ筋がある。男女ともに、頭や歯の痛みに効く鎮痛剤「ロキソニン」。二日酔いや口内炎向けの、漢方薬「黄連解毒丸」も人気だ。
女性は下半身にかゆみなどの症状が出る「カンジダ」の薬、男性は血管拡張作用があり下半身の元気に役立つ薬も売れている。
歌舞伎町にあり、若い男女がよく来店することに合わせたサービスもある。
コンドームを1枚50円で、バラ売りしている。また、滋養強壮剤のボトルをキープできる。お酒を大量に飲むホストなどが、出勤前に立ち寄って、マイボトルからの1杯を急ぎで口にしている。
■刑務所に入った常連客からは手紙が…
ファンを作れるのは、中沢さんの人柄あってだ。店舗に来ても、薬をもらわずに話だけをして帰る女性は少なくない。こうした対応を嫌がっていては、常連客は生まれない。
一例が、キャバクラで働いていた真由美さん(仮名)。彼女は退勤後に、よく顔を出しては雑談して帰っていた。
しかし、しばらく来なくなったと思ったら、刑務所から手紙を寄こした。覚醒剤の使用で逮捕されていた。
外の世界とつながりたいと考えた時、真由美さんは親や友人でなく、中沢さんとの縁を望んだ。「歌舞伎町の保健室」だからこそ、なしえたことだろう。中沢さんは真由美さんと、10通ほど手紙のやりとりをした。
真由美さんは、薬をもらいにくるわけではないからビジネスにはならない。そういう意味ではお客ではない。しかし、単なるお金を超えた関係を結べるからこそ、中沢さんの薬局には常連客が集まるのだろう。
ニュクスは、ギリシャ神話に出てくる「夜の女神」を意味する。女神の名を借りた薬局の灯火は、独立開業を考える多くの人にとってヒントになりそうだ。
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ジャーナリスト・ライター
オールドメディアからネット世界に執筆活動の場を変更中。低い目線で世の中を見ることを心がけている。繁華街の路上から見える若者の生態、格差社会のほか、学校の問題、ネットの闇、夫婦の溝などに関心を寄せている。
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(ジャーナリスト・ライター 富岡 悠希)
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