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「止まったボールに当たらなかった渋野日向子」を全英オープンVに導いたコーチの"ほったらかし指導"の奥義

プレジデントオンライン / 2021年11月30日 11時15分

プロゴルフコーチの青木翔さん - 写真提供=avex management

若い人を成長させるにはどのように接すればいいのか。参考になるのが、プロゴルフコーチの青木翔さんだ。2019年、渋野日向子が全英女子オープンで優勝した時、コーチを務めた。今も、ポスト渋野のプロやアマチュアの若手有望株を指導しているが、その方針は「ほったらかし」だという。スポーツライターの清水岳志さんがその奥義に迫った――。

■選手へのコーチングの極意「一言で言うと、放置です」

その男が一躍脚光を浴びたのは2019年の全英女子オープンだった。プロになりたての当時20歳の渋野日向子(現23歳)が海外メジャー初挑戦でいきなり優勝して世界の度肝を抜いた、あの試合。渋野に寄り添いキャディバッグを担ぎ、スイングコーチも務めた。

プロゴルフコーチ青木翔、38歳。

「メジャーで優勝なんて、本当にすごい場面に立ち会えたことに感謝です。今の僕があるのは彼女のおかげです」

渋野と青木の出会いは2017年のこと。渋野がまだ19歳で、アマチュアの時代だ。

「ゴルフメーカーからの紹介でした。最初はボールがきちんと当たらなかった。この子はこれでよくここまで来たなと。でも、そこから基本レッスンを重ねて、最初のプロテスト(2018年)で不合格にはなったものの、2次をトップで通過でしたし、何かを持っていると確信しました」

2019年5月のサロンパスカップと資生堂アネッサレディースの2つのトーナメントに優勝。全英の切符を手にして、一気にメジャーチャンピオンに上り詰める。樋口久子以来、42年ぶり2人目の海外メジャー制覇だ(2019年は日本女子プロゴルフ協会のツアーでも4勝)。

青木はたった2年間で、どうやって渋野を世界チャンピオンにまで育てたのか。

青木はふだん、兵庫県で若手プロを含めた若年層向けの「AOKI SHO GOLF ACADEMY」を主催している。単刀直入に渋野を含む選手に教え込むテクニックを問うと、意外な答えが返ってきた。

「一言で言うと、放置です」

ほったらかして、教えないという。いや、そんなはずない。でなければ、止まっているボールに当てられないこともあった渋野が全英優勝などできるはずがない。

■「ほったらかして、教えない」のベースにある指導哲学

20歳未満、ジュニア育成の第一人者の子供たちとの接し方には、どのような教育・コーチングの秘密が詰まっているのか。

青木自身がゴルフを始めたのは中学1年生の時だ。

「ゴルフせんか、と親父が前ぶれなく言ってきました」

やるなら我流ではなくて基本からしっかり習ったほうがいい、と生まれ育った地元、福岡のスクールに通うことになる。

初ラウンドは144だったという。そして2回目が108。そこまでの記憶はある。

「泣きながら回っていました。とんでもないほうに打ち込んで、クラブを持って走らんか、とか言われて。楽しくはなかった」

ゴルフとの関わりは苦いところから始まった。

ゴルフ
写真=iStock.com/antpkr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/antpkr

高校1年生の時に学校にゴルフ部ができて入部した。福岡大に進んでからもゴルフ部に入る。やはり目標はプロゴルファー。ツアーで活躍して賞金を獲得して、いい暮らしをしたい。誰でも夢見る未来だ。だが、そう簡単なことではない。

「プロになりたくてプロテストは5回ぐらい受けました。でも、もう2回目ぐらいで向いてないなと、自覚しました(笑)。でも、後に引けない。ゴルフは他のスポーツと違って、線引きしてくれる人がいないんです。テストに通るわけないな、と思いながらダラダラと受け続けていました。惰性でしたね。プロで活躍するぞ、という強い気持ちが自分には芽生えてこなかった」

中途半端な立ち位置で、未来像も描けない。

2010年にコーチになって、初めて生徒を預かったのは亀代順哉選手だ。そして現在は三ヶ島かな(11月28日、今シーズンの最終戦、国内メジャーの女子ゴルフツアー選手権のリコーカップで初優勝)を含むプロが5人。その他の生徒を20人ほど預かっている。

「実は手が回らなくなっているので、プロ選手はこれ以上、増やすつもりはない」という。

今は、ジュニアのアマチュア選手をプロに育てることに軸足を置く。それがゴルフ指導者としての青木の原点であり、真骨頂である。

■松山英樹が勝ったマスターズの会場で門下生の高3女子が優勝

男子プロゴルファーの松山英樹が日本人で初めてアメリカ・ジョージア州で開かれるマスターズで勝ったのが今年の4月12日。その2週前、同じ会場であるオーガスタナショナルからビッグニュースが届けられていた。高校生3年の梶谷翼が女子アマチュア選手権でやはり日本人として初の優勝を果たしたのだ。青木チルドレンの一人だ。

「僕のところに来たのが、中学校3年生の時。渋野を教え始めた次の年の春先だったと思います。お父さんから連絡を頂いて。ちょっとレッスンに来させてくださいと。小学生の頃から世界に出て戦っている子。僕も梶谷翼の名前は知っていたし。実績もあったのでめちゃくちゃ、うまかったですよ」

順調に成長していくわけだが、2人の距離感がおもしろい。梶谷はアカデミーに来た当初、人見知りで話さない子だったという。

「人見知りの子はグイグイ来られるのが苦手だから話せない。そういう子に対しては、基本的に待ちます。信頼してくれると自然に話せるようになるので。アニメとかマンガとかゲームとかの話を少しずつしました」

徐々に心を開いてくれた、という。

ゴルフバギーに積まれたクラブの数々
写真=iStock.com/monkeybusinessimages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monkeybusinessimages

また、梶谷には持っている技術もあったので、教えたものは多くないという。青木の指導の基本はこうだ。

「何事も、できるだけ言葉少なめに教えています。全てを言うと考えなくなるから、言わないんです。疑問は自分で調べる。青木さんが言っていることはなんだろうと考えさせて行動して、わからないことがあったら僕のところに来る。こういう循環だと向上のサイクルに乗る。どう乗せるかを大事にしています」

ただただ教えを待っていては伸びない。放置とはそういうことだ。

梶谷は今年11月、プロ試験を受けたが、残念ながら不合格だった。

「アドバイスは何も言わないです。楽しんでね、というだけです。その日の調子もありますし、結果はわからないので」

ここに青木のコーチングの極意がある。

「コーチを始めた頃は選手に細かく言っていました。でも、言っても結果は出ないんです。スコア設定するときはありますよ。2日間で、スコアいくつで回ってきなさいと。できなくてももちろん、怒らない。回って来られなかったら、なぜかを考える。何が足りなかったかと」

■渋野が優勝した全英でもアドバイスはしなかった

仕事も一緒だ。基本が備わっている部下にはテクニックの伝授は不要かもしれない。本人が試行錯誤して得たものが貴重な答えだ。上司や先輩がノウハウをそのまま教えるのではなくて、考えさせることが大事だと青木は言う。

渋野が優勝した全英でもアドバイスはしなかったという。

「そこまでに国内で2勝している選手で、試合中に感じてることはそのまま、やらせます。向こうにはバンカーがあるから打っちゃダメ、ということぐらいは言いますが、他は選手の感性です。こう思うんですが、どうですかと問われたらこう思うと言いますが、決断するのは選手だから」

あくまで本人に考えさせる。ウッドなのかアイアンなのか。何番か。スイングの強さは。選択肢の答えを導くのは本人。決断させて、プレーさせる。そうすることによってナイスショットになれば成功体験になる。その自信は同じシーンになっても迷うことはない。

自ら気づいたものは、自身の技術のストックになる。選手の力量に合った練習を自分の判断で実行する。だからアカデミーの時間割はあえて適当にしているそうだ。

「生徒がアカデミーで打ちたくなったら、日時を自分で決めて連絡をこちらに入れて、と伝えてあります。練習の内容を僕は決めません。僕が不在だったら自分で練習するしかないんだし、課題は常にあるわけで、なんで俺が指示を出さなあかんのと」

そして、重視するのはやはり基本だ。

「毎回、新しいことをやるというのが間違っている、プロ野球選手になったからって、キャッチボールをしない選手はいないでしょ。サンドウェッジは毎日、何百球も打たなきゃいけない。短くて(扱いが)易しいクラブで打つことは普遍の基本なので。ただ、その子にとってやるべきものは変ってくる。サンドウェッジの他にも課題は出てくるので、自分で考えないといけない」

インストラクターとバンカーショットの練習をする若い女性
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

日本のスポーツ系の習い事は、周囲の押し付けがかえって不幸を招いているかもしれない。選手自身が自分の意志で獲得したものではないと、幸福感を得られない、と青木は言う。

「日本のやり方は、(親やコーチなどが)あれやれ、これやれと言う。やらなかったら、どうにかしてやらそうとする。自分がその立場(子供時代)で、やれと言われて、やらなかったじゃないですか。自分で気づかせればいいんです。ほっとけばいいんですよ。成長するかどうかは早く気づけるかにかかっている。

『気づかしてくださいね』とジュニアの親に言われるんですが、失礼ながら『あなたたちは一歩二歩、下がりなさい』と言います。がみがみ言っているうちは、子供は自分で考えないし、何も得ようとしない。やらなきゃいけないのは子供なりにわかっている。言われるとあまのじゃくだからやらないんです」

■「あなたは技術がないからプロになれない」とあえて教え子に言う理由

親が押し付けるのは親のエゴ。子供の立場になってみて考えてみることが、熱くなりがちな親には必要なのだ。

「親は我慢です」

今、青木のミッションは、ジュニアからプロゴルファーを育てて、世界で活躍する選手にすることだが、時には冷酷にならなければいけないこともある。

「ジュニアたちには、プロだけが生き方じゃないよというのを伝えていきたい」

プロゴルファーになれるのはほんの一部の才能を持った人間だ。それは希望に胸を膨らませるジュニアには残酷な事実だ。でも、大多数は青木と同じように夢破れる。

「あなたは技術がないからプロにはなれない」

青木はそんな非情な通告をする。それはむしろ、親切な導きでもある。人生の選択は早いに越したこしたことはない。次の目標に向けてスタートラインに早く着くことができる。

ホールぎりぎりの位置にあるゴルフボール
写真=iStock.com/kevron2001
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kevron2001

「ゴルフしかやってきてなくて、次に何もない、では生きるすべがないということ。ジュニア育成にはゴルフだけじゃないことを教えることも大事だと思います。

『無理だよ』と言ったのはこれまで4、5人はいますね。夢をつぶすことにもなる。でも、視点を変えれば、『たかがゴルフ』なんです。これから何十年も生きていかなきゃいけないのに、へたするとどんどん仕事の選択肢もなくなる。21歳、22歳、大学生ぐらいの年齢で決断させます。言いやすい客観的な判断材料はプロテストに落ちたこと。落ちた時にそれまで、どんな努力をしているのか。努力が足りないのはまだ、何とかなる。考え方がなってないのが一番ダメ」

人生設計をしてみる。夢と現実は違う。夢ばかり追っていて、現実が反映されていないと道を踏み外す。

「夢は願えばかなうという人もいますが、それほど世の中は甘くないですよね(笑)。そもそも成功した人はそれを努力とも思ってない。自分はこれだけやってきたと力説する人はどうかなと思いますよ」

自分の夢に酔って、自己満足していても意味がないということだろう。

■「ゴルフより勉強」学業をおろそかにすると球を打たせない

青木はゴルフ指導の前に重視することがある。それは、学生の本分である学校の勉強を優先しろ、ということだ。

「学校に行かなければよかったと振り返る人は社会人になっていないと思うんです。結局は必要なこと。好きなことだけやって稼げたら幸せなことですけど、実際はそうもいかない。学校に行って他に好きなゴルフを学ぶ。そこで限られた時間の中で時間の配分を学ぶことになる。また学校で友達とけんかしたら、人との接し方を学ぶ。

勉強をしてきて損はしていない。スポーツするうえで時間を取られて邪魔になると言う親御さんもいるんですが、いやいや、ちょっと待って、と。ゴルフでプロになれなくて、どうやって食べていくのと逆に聞きたいです。その子の人生が狂ったときに責任はどうするんですかと」

青木が怒るのは勉強をおろそかにしたときだ。

「学業があんたの仕事だからね、と僕は親に言われました。それが本質の部分なんです、学生は。でも、今の子は自分の好きなことしかしないんですよね。勉強優先のこと以外にも、僕は、ジュニアの選手が人として間違った言動をしたときにも怒ります、言葉遣いとか。人との関わりで社会生活をするうえで大事なこと。それも親に教えられました」

青木は日常から、「宿題した?」と生徒に聞くそうだ。まだだったら、「帰りの車の中でやりや」と諭す。勉強が得意じゃない子もいる。でも、やろうとすることが大事。そうすれば成績を上げるためにどうするか考える。ゴルフのドリルと一緒だ。

勉強の時間を優先するとゴルフスクールに通う時間がない、と言う子供も親もいるだろう。だが青木は言語道断と突き放す。勉強を削ってまでゴルフをやることはない、と語気を強めるのだ。

「義務教育期間、いまは高校も義務教育みたいなものですが、勉強が本分です。テストの点を聞いたりします。また通知表を持って来なさいって。赤点だったら、レッスンは来てもいいですが、端っこで素振りです。球は打てないですよ。ボールが打ちたいなら勉強を頑張るしかない。基本、80点以下はダメです。2割は間違えているわけで。自慢ではありませんが、僕はほとんど『5』でした。やっとってよかったです」

青木は中学に入るまでいろんな習い事をした。習字、学習塾、エレクトーン。水泳が得意だった。他にソフトボールもやったし、小さい時はやはり野球をやりたかった。だが、中学受験をすることになって、結局、全部を断念する。

「たくさんの習い事は僕がやりたいって言って始めたこと。好きなことをやるなら、勉強もおろそかにしちゃいけない。一番は勉強です。中学から中高一貫の進学校(中村学園三陽)に行きましたし、大学も一般入試で行きました」

そして付け加える。

「たとえば小学校5年生ぐらいで、プロゴルファーになりたいって夢を言ったとします。でも、目指しなさいとは言わない。頑張ろうねと。目指しなさいというのは強制になる。自分はいろんな可能性を持っている、とわかってほしい」

そんな冷静さと自覚を早くから持たせたい。人の可能性は無限にあり、かつ有限でもある。矛盾した現実を、青木はゴルフ指導を通じて、伝えていきたいと考えているのだ。

青木のスクールはゴルフもうまくなるし、勉強もさせる。生徒の親はありがたいかもしれない。ゴルフを教えるととともに他に大切なものを教えている。

「そんな大それたことを教えているかわからないですが。どういうゴルファーに、どういう大人になってほしいか、技術は練習すれば何とでもなるんです。大事なのは人間性。ゴルフを通して何かを学んでもらえたらいいなと。プロになるより、それより大切なものを伝えられたらいいなと思います」

ジュニアたちが参加する試合やツアーにもあまり帯同しない。そんな異色のコーチが異彩を放っている。

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清水 岳志(しみず・たけし)
フリーライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。

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(フリーライター 清水 岳志)

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