フラフラになるまで白球を追わせる…魔改造コーチが理不尽な練習を選手に課すワケ
プレジデントオンライン / 2021年12月9日 12時15分
※本稿は、倉野信次『魔改造はなぜ成功するのか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■科学的な視点ばかりを追い求めた練習だけでは危険
合同自主トレで工藤公康さんに言われて、今も忘れられない言葉があります。
「同じ練習をした場合、俺はお前たちの倍以上の効果を上げられる」というものです。
逆に考えれば、私が工藤さんと同じ効果を得るためには、工藤さんの倍以上の練習量をこなさなければならないと言うのです。この言葉には衝撃を受けました。
この差は「意識の持ち方」から生まれるものです。この「意識の持ち方」とは自主トレを通じて工藤さんが最も口を酸っぱくして言っていたことであり、この前後で最も私が変わった点でもあります。
それぞれの練習を行う目的を理解すること、そして鍛えたい部分に意識を向けることによって、同じ練習をしても全く成果が違うということが理解できるようになりました。「この練習を何のためにしているのか、どういう効果を見込んでいるのかを考えずに身体を動かしているだけでは意味がない」と工藤さんに徹底的に叩き込まれたのです。
ただし勘違いしないでいただきたいのですが、質の高い練習を行えるということは、基礎体力がきちんとついているということでもあります。回復力が高い若いうちは、ひたすら量をこなして基礎体力を高めていくことも重要です。
また、それぞれのトレーニングを、「これをやったら絶対に上手くなる」と信じ抜いて行えるかどうかも重要だと私は考えています。
ひと昔前までは、科学的な根拠が無いまま、現代の知見からすれば合理的ではない練習が多く行われていました。今の練習の方が明らかに効率的ですし、活躍している選手の中にも「苦しいだけだった過去の練習は無意味だ」と公言する人もいます。コーチも、今の合理化した練習の方がより効果的だと考えている人も多いです。
しかし、私は全てそうだとは考えていません。科学的には無駄だと思えるような苦しい練習をしてきた経験も全てひっくるめて、今の自分が形作られていると思うからです。
自分が行ってきたどの練習に効果があり、どの練習が無駄だったのかを判定することが必要なのです。現代の考え方では無駄だと判断されてしまう練習を積み重ねてきたことがプラスに働いている可能性も決して否定できないと思うのです。
また、現在は正しいとされているトレーニングが、数十年後には別の理論に取って代わられる可能性もあるでしょう。今の理論が最上であるかどうかなど、誰にも判断できないのです。
合理的な練習を否定するわけではありませんが、科学的な視点にばかり囚われてしまうことで気づかぬ内に自らの可能性を閉ざしているのかもしれない、という認識を忘れてはいけないと感じています。
■心を鍛えることにも繋がる練習
練習の質を高めるために、選手には「なぜその練習を行うのか」を必ず説明して、コーチと共有しています。
以前は「千本ノック」と呼ばれていた「特守(特別守備練習)」。やらせる側のコーチもきちんと目的を理解できていなければ、選手にしんどい顔をさせて練習させた気になるという自己満足で終わってしまいます。私は特守を必要な練習だと考えていますが、実施する理由をコーチが正しく認識し、その上で選手にきちんと説明してからやらせることが大事だと思います。
この「特守」の大きな目的は基礎体力、下半身、そしてメンタル面の強化です。様々なスピードの打球があらゆる方向に飛ぶので、それを追いかける選手の身体の動きも非常にランダムになります。ウエイトトレーニングであれば特定の方向にしか身体を動かせませんが、特守では実際の守備動作の中で様々な筋肉を鍛えることができるのです。
「選手がフラフラになるまで打球を追わせる意味があるのか」という理由で特守は批判されることもあるのですが、自分の限界まで振り絞らせることで力の最大値を引き上げることができると私は考えています。
ランニングなどの単調なトレーニングでは、限界まで追い込むと心理的な負担が増してしまいますが、ボールを追うという複雑な動きのお陰でしんどさは少し紛れます。そして、そういう単調にはなり得ないトレーニングでフラフラになるところまで身体をいじめ抜くことで、心を鍛えることにも繫がると考えているのです。
このようなことを選手に説明し、理解してもらった上で取り組ませなければ、ただ身体を漫然と動かしているだけということになり、練習の効果は上がらないままになってしまいます。
![野球場を走る少年たち](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/f/670/img_1ff655d6d34230c83a01ceba1c1803de405755.jpg)
■体力的な限界を超えさせる
伸びていく選手は日々、自分の限界を超えようとしています。自分の限界を高めていくためには、日々の練習においてその時点での最大値以上の力を振り絞っているかどうか、が非常に重要です。私はこれを「限界突破論」と名付けています。
例えばランニングで追い込む練習メニューの場合、足の速さは人それぞれ違うので、全体に設定した目標タイムに入れているかどうかはそこまで重要ではありません。それよりも、その時点で出せる力を全て出し切って走っているかということの方が遥かに大事です。
全力を出し切っていれば、歩くこともできずに倒れ込んでしまうはずです。練習では、選手のそういう部分をよく見るようにしており、限界まで追い込めていないと感じられる選手に対しては、厳しく伝えるようにしています。
限界まで力を振り絞れているかどうかは、選手本人が自覚できていないこともあります。気持ちの面でしんどいと感じてしまうことで、体力的にはまだ余裕があるのに身体を動かせない状態に陥ってしまうのです。だから選手にはいつも、キツくて限界だと感じた時に、さらにもう一歩だけ力を出す意識を持とう、と伝えるようにしています。
そして、そうした時にきちんと聞く耳を持てるかどうかも重要です。
なかには、「僕なりには全力を出し切っています」「限界まで頑張るとか得意じゃないんで」というような意識で、コーチの言葉に素直に耳を傾けずに行動を変えない選手もいます。結局それでは、いつまで経っても力の底上げはできないままなのです。
しんどいから全力を出し切った、という風に考えてしまうと、限界値はいつまで経っても高くはなりません。選手の力を引き上げるためにも、毎回体力的な限界を超えさせるという点を意識しています。
■追い込む練習も意図を持ってやれば必要
「限界を超えて振り絞る」ことを習慣化するためには、現代の「合理的な練習」だけでは上手くいかないでしょう。
合理的な練習のお陰で、選手のパフォーマンス自体はレベルアップしています。それは間違いないのですが、しかし、自分の限界まで突き詰めることが難しくなるのも事実です。
ひと昔前までは、いわゆる「千本ノック」のようなヘトヘトになるまで追い込む練習をやらせていました。今では、このような練習には全く意味がないと主張する人も増えてきていますが、先にも述べましたが、私は決してそうではないと考えています。
相手との勝負であるスポーツにおいては、様々なプレッシャーが掛かります。だから、自分のペースで戦えることなどほとんどありません。そして、そういう厳しい状況、土壇場の場面でどれだけ力を発揮できるかは、普段の練習の時点で同等の経験をし、習慣化できているかどうかにかかってくるのです。
合理的な練習ばかりでは、限界まで力を振り絞ることが難しいだけではなく、心理的にも自分のペースを崩さずに行うことができてしまいます。しかしそれでは、「限界を超えて振り絞る」という癖はつきません。自分のペースでしか練習できない選手は、精神的に非常に脆く、窮地で自分の力を引き出すことができないのです。
だから体力的にひたすら追い込む練習も、きちんと意図を持ってやらせるのであれば、必要な練習と言えるのではないかと私は考えています。
■選手に練習の目的を理解させる
選手によっては、なぜその練習をしているのか考えることなく、与えられたメニューだからこなしているだけという雰囲気を感じることがあります。また、集中力を欠いていて、とりあえずやっているだけという風に見える選手もいます。しかしそれでは練習の効果は低いままですし、どれだけ量を多くこなそうが成長にはなかなか繫がりにくいものです。
目的をきちんと意識しなければ正しく身体を動かすことはできません。誤ったやり方では何度繰り返してもただ疲れるだけで効果はない、ということを選手に伝えるようにしています。どうせ同じトレーニングを行うのであれば、効果が高い方が当然良いわけなので、目的をしっかりと意識することで質を高められるのだということを、繰り返し話します。
また、常に練習の目的を意識することで、与えられたメニュー以外に今の自分にどんなトレーニングが必要なのかを考える習慣も身につくでしょうし、そういう考え方を持つ選手が増えていくことで、意識の低い選手が目立つようにもなります。
こういう環境においては、意識の低かった選手も良い方向に引っ張られるようになり、結果としてチーム全体の意識も向上していくと考えています。練習環境が成長の場としてきちんと機能するためにも、選手一人ひとりに練習の目的を理解させることを重視しています。
■前年の自分はあくまで過去の自分
伸び悩む選手の中には、昔の自分との比較に終始してしまう人もいます。
「昔の自分はここまでやれたのに、今は同じことができなくなってしまった」というように、かつての良かった自分が基準になってしまうことで、練習しても成果が出ていないと考え、決して悪くない状態にあるのに調子が良くないと判断してしまうことになるのです。
もちろん、昔の自分に追いつこうとする努力も必要ではありますが、「変化は当たり前だ」と受け入れることも同じくらい重要です。筋力や体力が年々衰えていくのは当然のことですし、技術面や精神面についても、昔と変わらないということはないはずです。
その事実を受け入れられず、昔の良かった自分に支配されたままでは、成長していくことは難しいだろうと思います。
だから、過去の自分は諦め、今の自分を受け入れることが必要です。
選手時代の私もこの点で非常に苦労しました。一軍で良い成績を残した翌年に調子を崩すことが多かったのですが、それは、前年の良いイメージが残っているために、今の自分の状態が悪く感じられてしまったからです。
周囲の人は良い調子だと言ってくれるのですが、自分としては最高の状態ではないことが分かっているので、前年の良かった自分に近づけようとしてしまいます。周りから、なぜ今の状態で満足しないのかと言われるほど、決して調子は悪くなかったのですが、もっともっとと追い求めたことで深みに嵌まり、結果として力を出し切ることができなくなってしまったのです。
現役時代、印象的だったのが斉藤和巳です。
20勝した翌年の斉藤は、恐らく前年のイメージに囚われていたのでしょう、やはり調子は良くありませんでした。登板2日前のピッチングや試合前のブルペンでの様子を見ていましたが、球は全く走らず、キレも非常に悪かった。斉藤自身が、中学生ぐらいの球しか投げられていないと嘆くような状態でした。
しかし、試合では人が変わったような投球を見せるのです。その後も、ブルペンでの調子は変わらないのに、試合では勝利するという彼の姿を何度も目にしました。彼は不調を抱えながらも、マウンド上では、前年のイメージを追うのではなく打者との勝負に徹したことで、状態の悪さを乗り越えていたのだと思います。
![倉野信次『魔改造はなぜ成功するのか』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/e/200/img_aeab7db44dc3cfa47fa363c301952a47338368.jpg)
かつての自分に近づけることに多くの時間を費やすよりも、今の自分の状態のまま最大のパフォーマンスを引き出すことに注力した方が成果は上がります。成功体験を手放すことは難しいものですが、今の自分を受け入れた上でベストを尽くせるようにと選手を導くようにしています。
王貞治さんは現役時代、今年はこの自分で勝負すると、毎年違ったスタイルでシーズンに臨んでいたと話していましたが、そういう意識を選手にも持たせるようにしています。前年の自分はあくまでも過去のこと、今年は今の状態でどう戦っていくかという思考に切り替えた方が良い、とアドバイスをします。
追いかけるのはそれまでの自分ではなく、今の自分の状態で目指すことができる最大の到達点であるべきだと考えています。
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福岡ソフトバンクホークスファーム投手統括コーチ
1974年三重県生まれ。宇治山田高校から青山学院大学に進学し、96年、ドラフト4位で福岡ダイエーホークスに入団。先発、中継ぎとフル回転で活躍も、2007年に引退。09年に二軍投手コーチ補佐に就任。11年からは三軍投手コーチを務め、19年には一軍投手コーチとして日本一を経験。武田翔太・千賀滉大を育てた手腕は「魔改造」と評価される。
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(福岡ソフトバンクホークスファーム投手統括コーチ 倉野 信次)
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