地味な投手が150キロ豪腕に変身…「魔改造」の倉野信次とほかのコーチとの決定的違い
プレジデントオンライン / 2021年12月11日 12時15分
※本稿は、倉野信次『魔改造はなぜ成功するのか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■下半身と体幹を徹底的に鍛える理由
私の指導は「魔改造」と呼ばれることがあります。知名度が高いわけではない育成選手や未熟な選手を急激に成長させることを指すようで、そうやって評価していただけることは大変ありがたいと感じています。しかし、特別な魔法があるわけではなく、やっていることはシンプルで基本的なことばかりです。
投手のパフォーマンスは、身体を鍛えることで一定以上は必ず上がるものなので、まず下半身と体幹を徹底的に鍛えさせます。
球速を上げたいのなら腕を強く振らなければなりませんし、そのためには下半身を安定させる必要があります。バランスボールのような不安定な足場では強く腕を振ることができないのと同じで、下半身が弱いと速い球は投げられません。下半身をブレさせないことと、その下半身と上半身とを繫ぐ体幹を鍛えて上半身にしっかりと力を伝えること。これらの基本ができるようになれば、球速は一定程度必ず伸びます。
今のチームで言えば、アメリカのアマチュアから入団したカーター・スチュワートが良い例です。彼は、18歳の時にアメリカのドラフトで1巡目指名されながら入団はせず、その1年後にホークスと契約しました。アメリカ人選手では初めてのケースで、逸材として大いに期待されての入団です。
しかし当初見た時は正直、本当にアメリカのドラフト1位選手なのかと疑ってしまうほどでした。体力が無く、しばらく下半身強化に取り組ませても踏ん張りが利かず、球を投げさせてもスピードは目を見張るほどではありません。
ただし、投手として優位な体格であり、腕の振りも柔らかいという、入団当初の千賀のような状態だったので、同じように筋力強化をすれば伸びるだろうと確信が持てました。
今年には球速も平均で10kmほど上がって150kmを軽く超え、一軍でも登板できる選手に成長しました。これも、2年間、下半身や体幹を徹底して鍛えさせた成果が出たからだと思います。
アマチュアの練習量が絶対的に減っている現在では、高卒だけではなく大卒、社会人出身であっても、基礎体力が不十分な選手が多くなりました。鍛えられていない部分が非常に多いので、下半身と体幹のトレーニングを徹底的に行うだけで、すぐに効果が出ることが多いのです。
ただ、小学生はもとより、中高生の場合は負荷の掛け方に注意が必要です。まだ骨が完全に出来上がっておらず、身体が成長途中だからです。その状態で強い負荷が掛かると、疲労骨折などの怪我に繫がってしまうこともあります。
どれぐらいの負荷ならいいのかは個人差も大きいので、自分一人の判断でやりすぎないこと、違和感を覚えたら負荷を減らすことなどに注意して、トレーニングすることが必要です。
■投球フォームはいじらない
下半身と体幹を鍛えることで球速が上がるのは間違いありませんが、プロまで上がってきた選手に対しては最も注意すべきポイントがあります。それは、「筋力が十分につくまでフォームをいじらない」ということです。
経験上、これは簡単なようで一番難しく、また最も重要なポイントなので、毎年必ず投手コーチ陣全員で共有します。特にルーキーに関しては、どれだけ目に付くような部分があったとしても、一定期間フォームについては見守ってくださいと念押ししています。
なぜフォームをいじらない方がいいのかと言えば、そのフォームによるパフォーマンスが評価されて、その選手はプロ入りしているからです。一般的な投球理論と比べてどれだけ変則的なフォームであっても、選手本人がそのフォームで良いパフォーマンスを出しているのであれば問題ないと私は考えます。しかし、コーチには自分なりの理論があるもので、フォームの欠点と思えるものが目立つ場合、どうしても修正させようとしてしまいます。
例えば、踏み出した足が軸足よりも内側に着地する「インステップ」。身体の動きをボールに伝え損ねているはずであるという理由から、修正しなければならないフォームだと考えるコーチが多くいます。あるいは、上半身と下半身の動きが合っておらずバランスが悪い、という指摘をするコーチもいます。
しかしフォームを修正させようとすると、最悪の場合、自分の投げ方を忘れてしまいますし、これまでどうやって良いパフォーマンスを出してきたのかも思い出せなくなりかねません。
フォームを修正させようとすることが、投手が伸び悩む大きな要因の一つだと私は考えています。選手時代もコーチ時代も、コーチが我慢できずフォームに口出しをしてしまう場面を何度も目にしてきました。
私は、正しい投球フォームはこうあるべきという考えは持たないようにしていますし、仮に修正すべき点が見つかっても、筋力がつくまでは目を瞑るようにしています。他の選手と比べたり、決まった型に当てはめようとしたりするのではなく、どこで力をロスしているのかを見極めながら、その選手に合った形を微調整で作り上げる意識を持つということです。
コーチの中には、腕を振り上げてリリースするまでのテイクバックの動作を修正させようとする人も多いのですが、私はテイクバックの修正には特に気をつけており、基本的にはいじらないようにしています。これによって最悪の場合、イップスに陥ってしまうからです。
テイクバックは投手にとってほとんど無意識に近い動作で出来上がったもので、身体に染みついています。その動きを意識させることで自分の投げ方が崩れてしまうことが多いのです。投手自らテイクバックを修正しようとすることは問題ありませんが、他人が指摘する場合は注意が必要だということです。
私の場合、どうしても修正が必要だと感じたら、何らかの練習やトレーニングによって、「テイクバックを修正させようとしている」とは投手本人に気づかせないまま、自然と改善するようなアプローチを取ります。直接的にテイクバックの修正を指示する場合であっても、投手本人の感覚を逐一確認しながら、違和感があれば修正自体を取りやめることにしています。
![野球場の選手とコーチ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/0/670/img_305647f7647fd278e05d5b16890fd720387890.jpg)
■コーチによる修正は時に選手の障壁にもなる
フォームは、投手が壁にぶつかった時に修正するのが正しい順序です。この点については、かつてのチームメイトで同じ三軍で一緒にコーチも務めた先輩の若井基安さんの言葉が印象的でした。
「選手が壁にぶち当たる前に、コーチが壁を作るなよ」
若井さんのアドバイスです。コーチによるフォームの修正は、時に、投手にとって障壁になってしまうということです。若井さんにそう言われる前から、感覚的に理解していたことではあったのですが、明確に言語化されたことで改めて腑に落ちました。
既に筋力のある投手の場合は、技術的な部分を変えなければ球速は上がりません。しかし、球速アップの秘訣は基本的に、フォームの修正は保留した上で徹底的に筋力をつけさせるだけ、なのです。
他球団では、アマチュア時代よりも球速が落ちたという話を聞くことがありますが、ホークスでは、球速が上がるまでフォームをいじらないことを徹底して以降は、怪我以外の理由で球速が落ちたケースはほとんどありません。
「魔改造」の秘密は、実は単純なものなのです。
■選手の短所は目立たなくするぐらいでいい
コーチになると決めた際に決意したことがあります。それは、選手時代に関わったコーチのコーチングのやり方を参考にしたり反面教師にしたりする、ということです。
もちろん、親身になって指導してくれ信頼を寄せていたコーチもたくさんいるのですが、正直なところ、合わないと感じた経験も多々ありました。自分が選手時代にダメだと思ったコーチングを繰り返すようなことはするまいと、固く心に誓いました。
自分が受けてきて疑問を感じたコーチングについてはこれまでも書いてきましたが、中でも多くのコーチが失敗してきたであろう指導が「短所の改善」です。
選手の短所とどう向き合うのかという点で自分なりのやり方を貫いていることが、私がコーチとして少しは結果を出せている要因だと考えています。極論で言えば、選手の短所には手をつけず、できるだけ目立たないようにするだけで十分なのです。
なぜなら、短所を修正させようとすることで長所も同時に消えてしまい、結局何も残らないということが起こりがちだからです。この点で、今も多くのコーチが失敗していると私は感じています。
例えば、通常の投球は良いのにクイックモーションが苦手だという投手に対して、コーチはどうしてもその練習ばかりさせてしまいがちです。確かにクイックモーションもある程度はさせなければなりませんが、その苦手さを意識させてしまうことで本来の力が出る投球フォームの自信まで失わせてしまい、投球に悪影響を及ぼすことがあるのです。
■指導の最優先は長所を消さないこと
私は意識的に、短所に目を瞑るようにしています。短所を修正する取り組みも当然行いますが、その過程で長所も薄れてきていると感じられる場合は、一旦、短所の改善作業をストップします。
まずは伸ばせるだけ長所を伸ばし、それから短所に手をつける、という方針に変えるのです。短所に目を向けるより、自分の代名詞はこれだと言えるようなオンリーワンの武器を見定めて、まずはそれを徹底的に強化していくことが重要だと考えています。
また、投手としてさらなるスキルアップを目指す場合にも注意が必要です。
例えば、良いストレートを持っている投手にカットボール(ストレートと似た軌道のまま最後に少し曲がる球)を習得させたいとします。その目的で、最後に手元で曲げるための練習を多く課すと、ストレートのレベルが落ちてしまうことがあるのです。
選手時代の例で言えば、二つ年下の篠原貴行が印象的でした。中継ぎとして長く活躍し、特にストレートの勢いとキレが見事で、ダイエーホークスの初優勝の原動力となった投手です。
![倉野信次『魔改造はなぜ成功するのか』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/e/200/img_aeab7db44dc3cfa47fa363c301952a47338368.jpg)
彼はある年の秋のキャンプで、翌年以降の先発登板も視野に入れるべく、緩急を身につけようとチェンジアップの習得を目指すことにします。しかし、その練習を続けたためにストレートの勢いが無くなってしまい、結局チェンジアップを諦めてしまいました。
このような経験から、長所が消えないことを指導の最優先にするよう他のコーチにも伝えています。しかし、口で言うのは簡単ですが、実践するのはかなり難しいでしょう。短所はどうしても目に付きますし、改善しなければならないという発想に陥ってしまいがちだからです。
また、コーチングというのは一人で行えるものではないため、他のコーチやフロントの理解が必要なこともネックになる場合があります。ホークスでは短所に目を瞑るやり方ができますが、環境によってはどうしても、昔ながらの考え方が支配的になってしまうこともあるでしょう。短所は目立たなくするだけで十分、という考えが定着することが望ましいと思います。
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福岡ソフトバンクホークスファーム投手統括コーチ
1974年三重県生まれ。宇治山田高校から青山学院大学に進学し、96年、ドラフト4位で福岡ダイエーホークスに入団。先発、中継ぎとフル回転で活躍も、2007年に引退。09年に二軍投手コーチ補佐に就任。11年からは三軍投手コーチを務め、19年には一軍投手コーチとして日本一を経験。武田翔太・千賀滉大を育てた手腕は「魔改造」と評価される。
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(福岡ソフトバンクホークスファーム投手統括コーチ 倉野 信次)
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