「勉強が苦手な子」でも遊び感覚で続けられる…教育界で話題沸騰の教材「コグトレ」とは何か
プレジデントオンライン / 2021年12月2日 9時15分
■教育関係者なら聞いたことがある「コグトレ」
「コグトレ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。世間一般ではまだ聞き慣れない言葉かもしれないが、教育関係者のあいだでは誰もが一度は聞いたことがあるほど注目されている概念である。
「コグトレ」とはコグニティブ(認知)とトレーニングをかけ合わせた略称で、認知機能に着目した子供たちへの包括的支援プログラムである。現在、多くの小・中学校などで授業前に集中力をつけるために集団で取り組んだり、勉強が苦手な児童に対し個別に行ったりするのに加え、高齢者の認知トレーニングにも活用されている。今、なぜ「コグトレ」がここまで注目されているのだろうか。
■『ケーキの切れない非行少年たち』の実態
2019年に私は『ケーキの切れない非行少年たち』という本を出した。医療少年院で勤務していたときの経験をもとに、世間にある犯罪者への誤解などを伝えなければいけないと思い執筆したものだ。驚くべきことに、凶悪犯罪を行った少年たちは「目の前にあるケーキを三等分する」といった簡単な課題に、うんうんと唸って苦しんでいた。彼らは勉強が苦手で、他者とのコミュニケーションもとるのがうまくない様子だった。ケーキをうまく三等分できない子供は、学校ではただの「勉強ができない子」として認識されることが多いが、実はそこに潜むその子たちの「認知機能の弱さ」や「認知の歪み」が気づかれてこなかったのだ。
また、彼らのほとんどが家庭での虐待や学校でのイジメ被害にも遭っていた。世間から恐れられ、そして憎まれる非行少年のイメージと明らかに異なる姿がそこにはあった。ある意味、彼らは被害者でもあり、被害者が新たな被害者を生みだすという悲しい現実があった。単に彼らを責め、罰を与えるだけでは解決にならない、そう感じたことが大きい。
『ケーキの切れない非行少年たち』を読んで、犯罪者をまったく違う視点でみるようになった、彼らを犯罪者にしないために教育の大切さを知った、といった感想をいただいた。ある意味、厄介だと思っていた身近にいる人たちの理解の仕方も知ることができた、ということも注目された理由の一つかもしれない。
■約5年かけてつくった「認知機能に関する教材」
私自身、少年院に勤務する前は公立精神科病院でさまざまな子供たちを診てきた。そこでは彼らが抱える問題はよく分かるが、では具体的にどうしたらいいのか? となると、ほとんど投薬治療しか手段がなかった。あったとしても、いいところを見つけましょう、しばらく様子をみましょうと言って、その場しのぎをするくらい、具体的な術がなかったのである。そこに疑問を感じ、病院から少年院に移った。少年院では、「◯◯すべきだ」という評論家でなく、彼らが苦手なことをトレーニングして少しでも改善させてあげたいと思った。
当時は、体系立てられた認知機能に関する教材がほとんどなく、いろいろ調べ思い悩んだ挙げ句、自分でつくるしかない、自分でつくろうと決めた。それから何年も、教材をつくっては少年たちに試し、その反応を見て修正しながら、約5年の歳月をかけてコグトレを完成させた。
■認知機能の向上は、社会性の獲得につながる
少年院の非行少年たちも最初は半信半疑だったが、グループで助け合いながら実践していくことで無理なく継続することができた。ドリルなどの教材と違い、遊び感覚でできるので、少年たちは答えを間違えても劣等感をもったり傷ついたりすることも少なく、楽しみながら取り組んでいた。
行動の変容を促す療法としては、認知行動療法が一般的である。しかし、学習の土台ができていない少年たちが認知行動療法に取り組んでも、その時は効果があるように見えても、少年院を出るとまた元の状況に戻ってしまうことも少なくなかった。しかし、コグトレによって少年たちの認知機能が向上することで、学習の土台(「見る力」「聞く力」「注意力」「記憶力」「想像力」)が鍛えられ、物事を自分なりに考えられるようになり、社会性の獲得につながるのだ。
そういった実践を講演会などで紹介するうちに、学校の子供たちにも使えるようにしてほしいという要望を多数いただき、ついに一般向けにも出版することになった。しかし、出版社も最初は予算がかけられなかったため、800枚近くある最初のテキストのシートは、私がWordで作成した図をそのままPDF変換したものだった。シートで使うイラストは絵の得意な知り合いに描いてもらったが、ほとんど私の自主制作だった。今ではコグトレの学会ができるほど幅広く学校や塾、家庭で使われるようになっている。
■コグトレは「九九や漢字を覚える学習」に近い
私は、コグトレには“効果”という考え方はそもそもそぐわないものと考えている。また、コグトレはIQを上げるトレーニングだと誤解されている方もいるが、むしろ九九や漢字を覚えるといった学習に近い。
子供の頃、九九や漢字を一生懸命覚えた記憶がみなさんあるだろう。それに対して、「どんな効果があるのか?」とはあまり考えない。九九や漢字を覚えておかないと、それ以降の勉強にまったくついていけなくなるから、そもそも覚えなければいけない。「九九を覚えるエビデンスは?」と問いかけるのが筋違いなのと同様に、コグトレについても、「写す」力が弱いから写す練習をする、「数える」力が弱いから集中して数える練習をする。その結果、黒板を写せるようになる、数え間違いをしなくなる。それがコグトレの目的であり、それ以上でも以下でもない。
コグトレは、ただ学習そのものではなく、学習の土台となる見る力や聞く力、想像する力、集中力といった認知機能を鍛えることを目的としている。目の前に、簡単な図形を写せない子や計算ミスが多い子がいるのを見て、“他にいいところを見つけて褒めてあげる”のではなく、しっかり模写や計算ができるようにその子を支援してあげたい。“できないことをできるように”それがコグトレのモットーである。
■10週間のコグトレで平均点が上がった小学生
ただ、効果についてまったく調べられていないわけではない。例えばある小学校では、コグトレの施行前後で比較して、コグトレシートの点数の低かった児童集団が、数カ月のトレーニングで学年全体の平均点に追いついたという結果が得られている。これこそまさにコグトレの効果といえるかもしれない。
当初は、小学生から10代の子供が取り組めるように開発してきたが、現在では小学校就学前の子供向けのトレーニングも充実している。2022年春には絵本の刊行も控えている。また、高齢者向けの認知機能トレーニングも好評で、少年院で開発されたコグトレは思わぬ広がりを見せている。
■一番大切なのは「子供がモチベーションを持てること」
現在、コグトレの関連本は40冊近くあるが、最も広く使われていて、コグトレの要素が一通り入った入門書ともいえるのが『1日5分! 教室で使えるコグトレ 困っている子どもを支援する認知トレーニング122』(東洋館出版社)である。これは社会面、認知面、身体面の三方面の具体的な支援がすべて含まれており、まずこれから取り組むとコグトレの考え方や具体的なトレーニング法がわかると思われる。他にも、漢字を使った『1日5分! 教室で使える漢字コグトレ』(東洋館出版社)のように漢字の練習も兼ねて認知機能をトレーニングしていく一石二鳥のテキストもある。漢字コグトレを実践することで、「見る力」と「記憶力」が鍛えられた子供たちは、漢字を綺麗に書くことができるようになったという感想も届いている。
また近日、遊びながらトレーニングする「『COGET コ・ゲット 基礎学習脳力を強化! 遊びながら脳力トレーニング』」(東洋館出版社)といったカードゲームも発売される。コグトレプログラムの中から『くるくる星座』『さがし算』『なにがあったメモリーカード』の3種をカードゲームにしたものだ。
いずれにしても、子供のペースを考えず大人の思惑で一方的にやらせるのは禁物である。コグトレに限らず、何をするにも子供の場合は特にモチベーションが大切である。子供が「楽しんで取り組んでいる」という姿が見られるよう大人もさまざまな仕掛けや工夫、適切な言葉かけを行うことが大切だと思う。
まずは子供と一緒に遊び感覚で取り組んでみてはいかがだろうか。
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児童精神科医/立命館大学産業社会学部教授
京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う日本COG-TR学会代表理事。医学博士、臨床心理士。
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(児童精神科医/立命館大学産業社会学部教授 宮口 幸治)
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