FX投資家が大損…人気通貨「トルコリラ」の暴落を招いたエルドアン大統領の大放言
プレジデントオンライン / 2021年11月25日 18時15分
■「利下げこそがインフレ抑制につながる」と公言
トルコリラの下落に歯止めがかからない。リラの対ドルレート(図表1)は11月23日の相場で急落、一時1ドル13.45リラまで下げた。その後は下げ幅を縮小したものの、終値は11日連続で過去最低を更新、年初来の下落率は45%に達した。ユーロとの間でもトルコリラは史上最安値を更新、日本円でも節目となる10円台を切った。
リーマンショック以前の新興国ブームの際、トルコリラは日本でも人気が高い通貨の一つであった。2007年10月には月末値で1リラ99.145円まで上昇したが、今やその価値は10分の1。その後はリラ相場の急落が相次いだことを受けてFX(外国為替証拠金取引)でロスカットが多発、多額の損失を被った投資家も少なくないはずだ。
リラの暴落を引き起こしているのは、もちろんエルドアン大統領だ。利上げではなく利下げこそがインフレ抑制につながると公言してはばからないエルドアン大統領の意を酌む形で、トルコ中銀は10月と11月の会合でそれぞれ利下げを実施、直近の政策金利は15%と最新10月の消費者物価上昇率(19.9%)を下回っている。
そのため、物価変動の影響を除いた実質金利は既にマイナス(15.05-19.9%=▲4.9%)となっているが、トルコ統計局が公表するインフレ率は実勢よりも割り引かれているという理解がコンセンサスとなっている。したがって、実際の実質金利はマイナス幅がさらに大きいことは間違いなく、それがリラの弱さの一因になっていると考えられる。
そのエルドアン大統領は11月22日の会見で、利下げこそがインフレ抑制につながるという自身の経済観を改めて語るとともに、通貨安が欧米諸国によって仕掛けられたものであるという趣旨の主張を行った。いわば「陰謀論」を展開したわけだが、こうした大統領の発言が市場の失望につながり、23日のリラ相場の急落につながった。
■成長力のあるトルコ経済が伸び悩む最大の理由
貿易収支がエネルギーを中心に赤字であるトルコの経済にとって、通貨の安定は生命線だ。にもかかわらず、エルドアン大統領は荒唐無稽な理屈を振りかざして通貨の安定を自ら放棄している。通貨の安定を決めるのは、トルコ政府に対する内外の信認だ。つまりトルコ政府に対する内外の信認は、日に日に落ちていっていることになる。
高いポテンシャルがあるにもかかわらずトルコの経済が伸び切らない最大の理由は、こうした通貨の不安定さを克服できないことにある。一方でトルコ国民は、度重なる通貨危機の教訓から米ドルやユーロなどの外貨、さらには金(ゴールド)や不動産などを購入することで資産の防衛を図る。これは幅広い意味で「ドル化」と呼ばれる現象だ。
現金が通貨安や高インフレで日に日に価値を失う世界では、人々は自動車や住宅など資産性が高い耐久消費財を購入して資産防衛を測る。しかし足元では、中古車や中古住宅の売り主がインターネットの販売サイトから続々と広告を引き上げているという。売り手の立場からすれば、日に日に下落するリラなど不要というところだろう。
他方で、資産防衛の対象は家電製品にも広がっているようだ。クレジットカードの信用供与額を家電製品の購入に限定して見ると、2020年に入って急激な増加が確認できる(図表2)。物価の急激な上昇が続くトルコの場合、分割払いを選択すれば完済までの負担が軽減できることも、カード払いによる家電購入を刺激しているとみられる。
■国民の目線を逸らす外交戦略も空回り
国民が苦境に立つとき、指導者が自らの批判を交わすために外交での成果のアピールに努めることはよくあることだ。エルドアン大統領が11月12日に「チゥルク諸国機構」の設立を表明したこともまた、そうした流れに位置付けられる。この枠組みの下、トルコは中央アジア・コーカサス諸国との連携関係を強化しようともくろんでいる。
正式メンバーであるトルコ、アゼルバイジャン、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスの5カ国の言葉は、いずれもチュルク語族に属する。以前からオブザーバーであったハンガリー(ただしウラル語族)に加えて、新たにトルクメニスタンがオブザーバーとなった。言語が近いこうした諸国に対し、トルコは影響力を強めようとしているのだ。
一見すると対等な協力関係の構築を目指しているように見えるエルドアン大統領であるが、実際のところ「チュルク諸国機構」は、俗に「新オスマン主義」とも言われるエルドアン大統領自身の強い対外拡張志向の表れにほかならない。かつて中近東を制したオスマン帝国の君主(スルタン)と自らを、エルドアン大統領は重ね合わせている。
とはいえ、各国はその歴史的経緯から基本的にロシアを向いている。トルコとの協力関係の深化に乗り気であるのは、せいぜいロシアと対立するアゼルバイジャンくらいだろう。国民が資産防衛のために耐久消費財を買いに急ぐようなトルコを盟主とする同盟関係に、中央アジア・コーカサス諸国がどれだけ本気になっているかなど、定かでない。
■終わりが見えないリラ下落が物語る通貨政策の重要性
リラはいつまで、そしてどこまで下がるのか、もはや誰にも分からない。チャートが崩れたため、テクニカル分析はまず不可能だ。経済統計の信ぴょう性も低いため、ファンダメンタルズ分析もあまり意味をなさない。一つ言えることは、エルドアン大統領が改心するか、あるいは退場でもしない限りリラの下落は止まらないということだ。
トルコでは2023年6月18日までに次期の国政選挙(議会選と大統領選の同日選挙)が行われる。大統領に近いメディアが報じる以外、エルドアン大統領の支持率は当然だが低迷している。にもかかわらず「陰謀論」を振りかざしてリラ安に突き進み、国民生活を苦境に追い込むエルドアン大統領のスタンスには憤りを禁じ得ない。
さて折しも、日本でも円安が話題となっている。リラが前日から15%下落した11月23日、円相場はアジアで一時115円台まで値下がりした。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が再任されたことを受けて米ドルが買われた結果だが、4年8カ月ぶりの円安ドル高となった。もっともそれ以前から、円の歴史的な弱さが注目されている。
円の総合的な実力を測る実質実効為替レート(図表3)は10月時点で70.82と、日本が変動相場制度に移行した直後の1970年代の水準まで下落した。名目実効為替レートは80.57と90年代中頃の水準までの下落にとどまっているが、半導体に代表される世界的な供給不足や原油価格の急激な上昇もあって「悪い円安」が強く意識されている。
■通貨安がもたらすデメリットを認識するべきだ
既往の円安を、信認がすでに地に落ちているリラと同様に語るべきではない。日本は経常収支が黒字であり、円は曲がりなりにもハードカレンシーの一角を占める。しかし政府の負債を国債の発行で返済し、利払いを低金利で抑制し続ける国の通貨に魅力などあるだろうか。少なくとも海外の投資家は、円に対する信認は弱めていると言っていい。
政府が他国に類を見ない巨額の負債を抱える日本の場合、低金利を脱することは容易でない。とはいえ、通貨政策もまた重要な経済政策のうちの一つであることを、失われた30年の間に日本は軽視し過ぎたのではないか。日本が今すぐトルコのようになるとは考えられないが、通貨安がもたらすデメリットをわれわれはきちんと認識すべきだろう。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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