全裸写真を親族にばら撒く…女子大生を自殺に追い込んだ「中華闇金」の恐ろしい手口
プレジデントオンライン / 2021年11月30日 11時15分
■中国のIT企業に襲い掛かる規制の嵐
「中国共産党がIT企業規制を強化している」
この一年というもの、繰り返し報じられてきたテーマだ。
昨年11月に中国EC(電子商取引)大手アリババグループの系列会社にして、決済アプリ「アリペイ」を運営するフィンテック(金融テクノロジー)企業アント・グループが、政府の指示によってIPO(新規株式公開)が延期された。一年が過ぎた今も、当局の指導の下、事業・組織改編が続いている。
また、アリババグループには独占禁止法違反で3000億円を超える行政制裁金が科された。デリバリー大手のメイトゥアンにも同様に制裁金支払いが命じられたほか、ゲーム・メッセージ大手のテンセントが主導したゲーム配信企業の「虎牙」と「闘魚」の合併が不許可となるなど、IT企業がらみの独占禁止法違反案件が続発している。
配車アプリのディディは6月29日に米ニューヨーク証券取引所に上場した直後、サイバーセキュリティ問題での審査を受け、新規ユーザー登録とアプリのダウンロード禁止処分を受けた。また、他の中国IT企業も米市場への上場を延期するよう当局に命じられているもようだ。
8月30日にはオンラインゲーム制限令が実施され、未成年(18歳未満)のユーザーは金土日と祝日の午後8時から9時だけプレイできるという厳しい制限が課された。
IT企業に次々と襲いかかる規制の嵐、果たして中国共産党は何を目的としているのだろうか。
■IT企業が覇権を握りつつある中国の金融業界
さまざまな説が飛び交っているが、注意すべきは、中国共産党は決して一枚岩ではないという点だ。時にヒュドラ(多くの頭を持つ龍)に例えられることもあるが、中国共産党と中国政府の内部にある、さまざまな部局がそれぞれの思惑で動き、政策に自分たちの意図を反映させようとしている。
一連のIT企業規制の嚆矢となったアント・グループの問題はわかりやすい。規制には大きく二つの流れがある。第一の文脈は伝統的金融機関の保護だ。かつては経済界の王様だった金融機関だが、現在ではIT企業との力関係は逆転している。
![建物に掲示されたアリペイ(支付宝)のロゴマーク=2020年10月29日、中国・上海](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/2/670/img_0254489f3429aeb63901e1d5b70e2bcb872674.jpg)
アント・グループにとって稼ぎ頭となるサービスはホワベイ(月賦払い機能)、ジエベイ(消費者金融機能)だ。スマートフォン・アプリから簡単に利用できる便利なサービスである。
どちらの機能にしてもアント・グループ単体で与信を提供するのではなく、地方銀行など伝統的金融機関との協調融資という形式になっている。もっとも、融資の大半は伝統的金融機関の負担だ。リスクを負って金を貸し出すのは金融機関で、アント・グループが拠出する資金は少ないが、技術料名目でがっつりと手数料を取るという図式になっている。
対等な関係ではないが、ホワベイにせよジエベイにせよ、ユーザー数9億人を超える怪物アプリ「アリペイ」と莫大なユーザーデータを持つアント・グループだからこそできること。中小の金融機関は条件を飲まなければ、アリペイで稼ぐチャンスを逃してしまう。
この構図が問題視され、規制につながったというわけだ。
■全裸の写真を担保に融資する闇金業者も
もう一つの流れが「学生の保護」だ。
「大学生向けインターネット消費者金融の監督管理業務におけるさらなる規範化に関する通知」
今年2月24日に中国銀行保険監督管理委員会、サイバースペース管理局、教育部、公安部、人民銀行(中央銀行)が共同で発表した通達だ。消費者金融の利用者に対する身分確認を強化し、大学生を主要ターゲットとした消費者金融サービスを提供しないように求める内容だ。
中国では2010年代半ばから「校園貸」と呼ばれる大学生向けの消費者金融や闇金が拡大し、社会問題化してきた。パソコンやスマートフォンを購入する際、月賦で購入できるサービスを高金利で提供するというものから、「裸照」(はだかの写真)を使って借金を取り立てる、真っ黒な闇金業者まで、さまざまな校園貸が存在した。
裸照を使った闇金とは、業者が金を借りたい女子学生に対し身分証(国民IDカード)を手にした全裸の写真と動画を送るように要求するというもの。返済ができなければ、その写真を親や親戚にばらまくという。2017年には借金を返せなくて自殺した女子大生も出ている。
2017年に校園貸が規制され、当局が認めた事業者以外は学生向けの消費者金融を提供できないようになったが、「学生と借金」の問題は解決していない。
「回租貸」と呼ばれるのは日本の車担保金融、電話担保金融と同じ手法で、スマートフォンなど自分の所有物を担保にしてお金を借りる。スマートフォンを担保にしても今までどおりに使い続けられるので、つい気楽に借りてしまうが、実際には違法な高金利(中国では原則として年24%、延滞違約金含め年36%が上限となる)のケースも少なくない。
他にも「求職貸」「培訓貸」も問題となった。研修企業は「無料で就職のためのスキルが身につく」という触れ込みで学生を集めるが、実際には研修費は借金で支払わせる。研修企業が斡旋した職場で働けば月賦で返済することになるが、その就職先を断るとただちに一括返済しなければならない。
もちろん、すべての大学生がこうした手口にひっかかるわけではないが、人口が日本の10倍という中国では金融リテラシーが低い学生の数も10倍いるわけで、こうしたビジネスが蔓延する余地が広いわけだ。
学生や新卒の身では多額の借金を返すことは難しい。結局は親に頼るしかなく、持ち家を売り払う羽目になったという話もしばしばだ。そして、前述のとおり、親に頼れず自殺するという悲惨な話もある。
■デート資金がきっかけで900万円の借金を背負った女子大生
こうした、いかにも“怪しげ”な校園貸と違い、完全に合法でしかも大学生でも簡単につかえる便利なツールとして普及しているのが、アリババグループのアリペイやテンセントのウィーチャットペイだ。
モバイル決済アプリはもともと口座にある現金を使って、商品やサービスを購入するという使い方が一般的だった。その後、機能が発展するにつれ、月賦払い機能や消費者金融機能が追加されている。デビットカード(銀行口座から都度引き落とされる形式)からクレジットカードへと進化したと考えるとわかりやすい。
しかも、アプリを提供するIT企業は消費者に関する豊富な情報を保有している。朝は何時に起きるのか、昼間はどこにいるのか、どのような買い物をどれぐらいの頻度でしているのか、ネットで何を調べているのか、どのような交友関係を持つのか……こうしたビッグデータから収入がない大学生であっても、いくらまで融資できるのかという与信を正確に行うことができる。
データに基づく与信は決して悪いことではない。中国ではもともと金融サービスを使える人が少ないことが課題であった。毎月一定の収入がある正規職か、不動産などの資産を持っている人以外は融資を受けることが難しい。データを用いてこの課題をクリアしたことは金融包摂(ファイナンス・インクルージョン)の成功例として世界的な評価を受けている。
しかし、その一方で金融リテラシーが低い人々でも簡単にお金を借りられることから、債務地獄に陥ってしまうというケースがあることは否定できない。
![家で泣いている悲しいうつ病の女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/b/670/img_ebec8109d28a65220b89754060f5b708614857.jpg)
「19歳の女子大生、デート資金を借りたのが運の尽き。ついつい借金を重ね、違法な高金利によって債務は約900万円に」(中関村オンライン、2016年11月11日)「アリペイの月賦払い機能で高級スマホを購入。返済できずに生活費にも事欠く武漢市の大学1年生」(半月談、2020年9月3日)といったニュースはたびたび流れているが、それは「政府は何をやっているのか」という不満につながる。中国共産党としても放置できない課題だ。
■違法な高利貸しが復活する可能性も
今年2月の通知の第3項には、「ネット世論対策」という消費者金融問題とは一件無関係な内容が盛り込まれている。
「大学生のネット消費者金融に関する、悪意ある誇張報道やデマについては、関係当局が主体的に発言し、真相を明らかにすることで、良好な世論環境をともに構築する」というもので、学生が食い物にされているとの報道や噂が政府批判につながらないようにとの意図が透けて見える。
金融リテラシーの不足で多重債務者に陥るのはなにも大学生に限った話ではないが、ニュースになりやすい大学生だけは対策するというのが、ネット世論に過剰に配慮する中国らしいところだろう。
フィンテック規制によって、今までのように簡単に借金や月賦払いはできなくなる。借金地獄に陥る学生の数は減るだろうが、一方では以前のような違法な高利貸の復活につながりかねない。
親の不幸などなんらかのアクシデントで突然金が必要になることもあれば、モノが欲しいと誘惑に駆られることもあるだろうし、そうしたカモを食い物にする闇金業者も消滅することはない。むしろ、フィンテック企業から金が借りられないため、悪質な業者に頼る学生が増える可能性もある。
学生と借金、この問題はそう簡単に消えることはない。
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ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。
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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太)
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