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「子供の小学校が毎年変わる」ぐるぐる転勤する警察官が生まれ故郷だけは避けるワケ

プレジデントオンライン / 2021年11月29日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Orthosie

警察庁刑事局長、警視総監、内閣危機管理監を歴任した野田健さんは、長い間人事に携わってきた。警察庁は1年ごとに赴任地が変わることもあるほど転勤が多いが、出身地に配属されることはないという。その理由を、ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。

※本稿は、野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■県警本部長は縁故地に赴任できない

【野田】私の警察官人生のなかで長かったのは人事です。人事を長くやっていると、警察幹部になる道筋、長官や警視総監になる道筋がよくわかります。私がやったのは採用の手伝いから、「ヤジルシの関係」など、さまざまです。

ヤジルシっていうのは異動のこと。警察だけでなく、他の官庁や民間でも使う言葉だと思います。警察庁に入った人間は1年半から2年で代わるから異動は大変。キャリアだと何年採用でどこの出身なのかはちゃんと押さえておかなくてはならない。また、ノンキャリアでも警察庁にいる人もいます。その人もまた異動の対象になってくる。

異動に関して気を付けるのは縁故地の問題。おそらく縁故地というのがあるのは警察だけでしょう。私の場合、本籍は横浜で出身は滋賀県。人事課の登録では、私の縁故地は滋賀県となっています。また、東京が長かったから東京も縁故地。横浜はほとんど知らないし、本籍だけですから、縁故地ではない。滋賀県だって、生まれてから2年弱ですからよく知らないのだけれど、それでも一応、縁故地です。

なぜ、警察が縁故地を気にするかと言えば、そこで生まれ育った人は地元と深い関係ができている。すると、県警本部長になったとたんに取り入ってくる人が現れるかもしれないという前提に立っているわけです。ですから、警察では縁故地の県警本部長をやらないことが不文律になっている。

■「妊娠していますか?」配偶者のことまで詳しく聞く

ただ、妙な話ですけれど、私は滋賀県の県警本部長になったんです。それは人事が「野田には一度は近畿の警察を経験させた方がいいだろう」と考えたからでしょう。あの時、人事は「滋賀県出身だけれど、生まれただけだから関係ない」と判断しました。このように、縁故地を登録させるけれど、機械的な判断ではない。個人の詳しい状況まで知っているのは警察の人事くらいのものでしょうね。

縁故地だけじゃありません。警察は個人情報を相当、詳しく聞きます。人事記録は毎年更新するのですが、ある時、50歳を超えた大先輩に配偶者の懐妊の有無について記載を求めたら、「お前、俺の家内をいくつだと思ってるんだ」って怒られたことがあります。人事記録はどれも同じ様式ですから、若い人だけでなく、大幹部にも同じことを聞くことになる。

なぜ、妊娠しているかどうかまで尋ねるかというと、異動には引っ越しが伴うから妊娠していると大変だという配慮なんですが……。もちろん個人情報ですから、本人がそういうことは言いたくなければ言わなくていいんです。だけど、警察の人事マンとしては言ってもらった方がいい。

■子どもが小学5年生になるまで毎年引っ越し…

要するに警察は単身赴任はあんまり好きじゃない。家族と一緒に任地に行ってもらうのが基本。ただ、毎年のように転勤があるから、場合によっては、子どもは学校を毎年変わらなきゃならない。

「うちの子は小学校1年から5年まで毎年、変わっている。せめて5年から6年になる時だけは同じ小学校に通学させてやりたい。ついては、今回だけは単身で行きたい」と名乗り出てきた人もいました。さすがに、そりゃ可哀(かわい)そうだとなって、単身で赴任させました。

ただ、今はもう単身赴任も仕方ないという風に変わってきているようです。警察官僚の生活で、これはよくないなというところは家族が犠牲になっていることでしょうか。

【解説】
野田元総監が言うように、警察と警察官を理解しようと思ったら、警察の人事を離れるわけにはいかない。個人情報を大切にする現在であっても、警察だけはまだ縁故地、誰と交友しているかを調べている。臆病と呼ばれるほど、身辺に気を付けているのが彼らだ。

■人事のプロはキャリアではなく一般職員にいる

【野田】警察幹部って、長官でも総監でも、ほとんどの職員のことが頭に入っているんですよ。幹部になるまでに人事で働いた人間も少なくないわけですから。

ただ、本当のプロはキャリアでなく、一般職員にいます。昔は人事考査官と言いました。その方たちは極めて長い間、人事に携わっていて、彼は何年採用のキャリアがどういった道筋で、どこで何をやって、今はどこにいると、すべて頭のなかに入っていた。

警察キャリアは自分の同期生なら、誰がどこにいるかはわかっていますけれど、他の学年のことになると必ずしも知っているわけではない。そして、だんだん、どこの大学を出たかは忘れてしまうんですね。それよりも、現場の仕事でどんな働きをしたかが昇任にかかわってくる。

経験的に言うと公務員試験に合格するという意味では能力は一緒です。ただ、試験ですから、楽に通った人と一生懸命やって通った人がいる。試験に通ったとはいえ、能力に差はあるんです。

また、新しい仕事を言いつけていくと、どんどんこなしていく人もいれば、どこかの分野は得意だけど、どこかの分野はあまり得意じゃないという人が出てくる。これは、不思議なものです。まあ、警察だけではなくどこの世界でも同じでしょうけれど。

■警察幹部になっていく人の“ある共通点”

幹部になっていく人を見ていると、共通しているのは正義感と短気。私もそうだけれど、みんな短気ですよ。

警察
写真=iStock.com/akiyoko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akiyoko

ただ、刑事に関しては短気ではだめだと言うんですよ。例えば刑事養成講習の推薦状に「短気」と書いてあると、「これ、短気だからダメだ」って断られることがある。

講評を書く人にお願いして、「短気だけはやめてください。正義感が強いとか、長所だけを書いてほしい」と。警察官になる人って正義感が強い。そして正義感が強い人って、大体、短気なんです。

だから、どうやって短気を抑えるか。みんな苦労してましたね。昔は「短気を克服するために釣りをやる」人が何人もいました。

短気は少しでも直さないとダメですよ。張り込みに向かないとかいうわけじゃなくて、役所で仕事をしていたら、短気ではやっていけない。思いがけないことはよく起きるし、思うように行かないこともある。そのたびに怒っていたって、解決しませんからね。警察幹部になるには短気であっても、それをうまくコントロールしていくことが必要です。

■長官とナンバー2の次長が同じ情報を共有している

野田元総監に限らず、これまで調べたことを考え合わせていくと、警察の人事はほかの官庁とは違い、組織が堅牢(けんろう)だ。

特徴1 政治家は長官になれない

政治家がトップにならないことで、選挙違反、贈収賄事件への介入を許さない組織になっている。検察の場合、法務大臣の指揮権発動があるけれど、警察にはそれがない。

特徴2 警察庁次長は副大統領

警察庁の次長には長官と同じ情報が上げられている。長官は大きな判断は次長と相談して決める。警察庁における次長は長官の下僚ではあるが、同程度の判断ができる立場にいる國松孝次元長官は自らが撃たれて、意識を取り戻した時、次長を呼んで長官の後任人事を進めるよう頼んだ。それは、次長ならいつでも長官の職務をまっとうできるとわかっていたからだ。

一方、他の省庁の事務次官には次長という職はない。たいていは審議官や官房長だ。だが、事務次官に上がる情報と官房長が握っている情報の質と量は違う。警察庁は次長という役職を作っているから、長官不在であっても、組織は機能する。

警察の場合、襲撃されたり、狙撃される危険があるから、そういう組織になっているのだろうが、これは戦後、警察庁ができた時からの知恵だと言える。

警察庁における次長の役割は大きい。

■能力のあるまっさらな人物だけがトップになるようにできている

特徴3 情報力のある人事マン
野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』(朝日新書)
野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』(朝日新書)

妻が妊娠しているかいないかまでの個人情報を把握することができる組織は警察と防衛省くらいのものだ。また、縁故地には幹部として赴任させないのも汚職に通じるような行動を抑制させるための決まりだろう。警察官僚になるということは個人生活がすべて公になることでもある。そして、異分野の人たちとは考えて交際するようになる。

結果として、警察組織は他省庁よりも内向きになり、一方で団結する。

トップになるには本人だけでなく、家族、縁戚もまた調べられると思って間違いない。組織にそぐわない人物はトップにならないようにできているし、かつ、能力のあるまっさらな人物だけがトップになるようにできている。

それだけ厳しい考査をくぐり抜けても、それでも「あの人はちょっと」と言われた長官もいた。それは長官になってから安心して、仾変し、自らの権力に酔ったのだろう。警察組織が必要とするべき次の仕組みは、組織から見たとき、「こいつは変わった」というトップをどう短期間で排除するかだと思われる。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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