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「善意がゴミになる仕組みはおかしい」防災備蓄ゼリーのために3億円の貯金を捨てたワケ

プレジデントオンライン / 2021年12月1日 15時15分

「3.11を大切な人に想いを馳せる『ハートフルデー』にしていきたい」と語る島田昌幸氏 - 筆者撮影

防災事業のベンチャー企業「ワンテーブル」は、水なしで1日の栄養分が補える備蓄ゼリーを開発した。代表の島田昌幸さんはコンサルタントとして当時3億円の貯金があったが、事業のために使い果たしたという。そこには、東日本大震災での苦い経験があった――。

■日常使いにも防災にも使える商品やサービスを

人がモノを選ぶ時、「美味しい」「かわいい」「便利」は当たり前。ここにもうすぐ、「災害時でも使える」ことが購買動機の新たな常識となって加わるかもしれない。

コロナ禍で世界経済が停滞していた2020年、「防災ソリューション」の提供をビジネスの柱に掲げる東北発のベンチャー企業が、着々と事業拡大の足場固めに成功していた。宮城県を拠点に防災事業を手がける「ワンテーブル」。昨年だけで、同社への出資・業務提携に新たに6社が名乗りを上げた。

共有するミッションは、人々が「もしもの備え」を意識せずとも、「災害時には命をつなぎとめる役目を発揮する」商品やサービス、インフラで日常を満たしていくこと。食や教育、医療、IT、モビリティー、エネルギーなどのあらゆる分野に防災という網の目をかけていく。企業の技術革新を活用することで、長年進歩のなかった「防災」に産業としてのブレークスルーを起こそうとしている。

■大地震を経験した企業が全国から集まった

“この指とまれ”を主導したのは、ワンテーブル代表・島田昌幸氏(38)。10年前、東日本大震災で避難所運営の第一線に立った経験が、太い幹のような目的意識となって自分自身の「命の使い方」を方向づけた。

提携企業は東京都をはじめ、被災経験地など全国各地から集まった。教育資材大手(東京都)や、調剤薬局・福祉サービスを展開する大阪府の企業、コンクリート製品メーカー(北海道)など6社。上場企業から中小、ベンチャーまで、規模・業種とも多岐にわたる。

これまでに出資している17社と合わせ、23社から調達した資金は累計約7億2000万円。2023年の株式上場を目指す。連携する企業を束ねた各社売上高の合計額は2兆5000億円を超えた。売り上げ規模の大きさが社会への影響力を測る指標となるならば、同じミッションを共にした企業ネットワークの存在は、防災のあり方、既存の価値観を変える“ゲームチェンジャー”になる可能性がある。

「これは決して『災害対応』ではない。日々の暮らしをめちゃくちゃハッピーなものにつくり変えていくことだ」と島田氏はいう。

震災直後の創業から10年。「あの時、本当にほしかったもの」がテクノロジーの力を借りてようやく、実装段階に入った。

「災害大国ニッポンを『防災大国』に転換させる」。島田氏は連携する企業とともに、命を守る製品、インフラ開発で国際標準規格化のルールメーカーとなって、本気で世界に打って出る気だ。

■1日分の栄養を補えて、賞味期限は5年以上

企業の関心を引き寄せるきっかけとなったのが、ワンテーブルが手がける防災備蓄ゼリー。同社は「100年改善しない」と言われた備蓄食で世界初の5年半常温保存可能なゼリー商品「LIFE STOCK」の開発に成功した。

ラインナップは、食物繊維やビタミン類の補給を考慮したバランスタイプ(アップル&キャロット、税別168円)、2袋で乾パン1缶分相当のカロリー(100g400kcalを想定)が摂取できるエナジータイプ(グレープ、ペアー、各同298円)、熱中症対策用のウォーターブレイク(ソルティオレンジ、同320円)の3種類。

3.11の極限状態の教訓を生かして開発したワンテーブルの防災備蓄ゼリー。東急ハンズやネット通販などで販売している。
写真提供=ワンテーブル
3.11の極限状態の教訓を生かして開発したワンテーブルの防災備蓄ゼリー。東急ハンズやネット通販などで販売している。 - 写真提供=ワンテーブル

被災直後の極度のストレス状態でも甘さを感じられ、食べられる人を選ばないゼリーの開発を目指したが、ゼリーは日持ちしにくく長期保存には向かない。その課題を乗り越えようと、空気中に触れない特殊充填技術、4層構造の包装技術に改良を重ね、独自のレシピ開発によって「賞味期限」との格闘を制した。

電気や水、ガスなどを使わず日常的に万人が食べられるだけではない。地方の特産品や企業ブランドとのコラボで発信力を高め、廃棄寸前の農作物の活用にも道を拓いた。食品ロスや賞味期限など商流の社会課題をまるごと引っくり返すような画期的な商品開発と称される。そこに、島田氏は私財を投じながら7年の歳月を費やした。

■配られるのは水がないと食べられないものばかり

東日本大震災では、なんとか避難所にたどり着いたにもかかわらず、体調不良が原因で命を落とした人の数が3000人超に上った。背景には、飲み込みが苦手な高齢者や乳幼児、アレルギーを抱えている人たちの存在のほかに、炊き出しで炭水化物中心の偏った食生活が続くことによる栄養状態の悪化があった。

「過去のどの災害の文献を見てもすべてインフラが止まっている。備蓄食で必要なのは水がなくても誰もが食べられるものなのに、配られるのは水がないと食べられない乾パンやアルファ米。乾パンなんかは戦中からまったく変わっていない」と島田氏は指摘する。

災害で大切な人を亡くし、ショックを受けた人々は食べることすらままならないのが実情だ。栄養素の不足は、体力低下、免疫力の低下などを引き起こし、風邪や感染症のリスクが高まる。被災後も守れたはずの多くの命が失われた悔しい経験が、島田氏のビジネスの原点になった。

防災備蓄ゼリーは、胃に直接食べ物を流し込む「胃ろう」にも対応できる。震災から数日経った深夜。瓦礫の中、崩壊寸前の家屋を一軒一軒訪ね、生存者がいないか大声で呼びかけると、寝たきりで身動きのとれない家族を抱えた被災者が食料もないまま取り残されていた。島田氏が被災地で目の当たりにした、こうした具体的な課題に向き合い続けた結果が、商品の際立つ特徴として表れている。

「LIFE STOCK」は、福岡市や札幌市など全国100自治体で備蓄食として採用され、1000を超える企業で導入が進む。大手医薬品メーカー大正製薬もワンテーブルのゼリー製造技術を使って、長期保存用のリポビタンゼリーを開発、全国販売するなど市場が拡大している。

■仙台で起業中、震災で大切な友人を亡くし…

北海道出身の島田氏は北海道教育大学在学中、18歳で教育ベンチャーを起業。2005年、24歳のとき、経済産業省の地方創生事業で最年少のプロデューサーに抜擢され、2007年には国土交通省認定の観光地域プロデューサーとして活動を始めた。全国各地の観光振興や6次産業化支援などに携わり、地元では新進気鋭の若手起業家として知られた存在だった。

2009年には仙台市に拠点を移し、地元農家と連携した産地直売所「マルシェ・ジャポン」を始める。そこで2011年の東日本大震災に遭った。

家族や自宅に大きな被害は及ばなかったものの、大切な友人たちを亡くした。いてもたってもいられず震災翌日から、100人以上の仲間と被災者支援に向かった。北は岩手県陸前高田市から南は福島県南相馬市まで各避難所を行き来し、被災の過酷な現実に向き合った。

終わりの見えない自然災害
写真=iStock.com/RyuSeungil
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RyuSeungil

常に島田氏の念頭にあるのはその時の「避難所運営の現場」だ。

■「多くの善意がゴミになってしまった」

大量に積まれた食料や救援物資の山を目の前にしながら、必要な人に必要なものを平等、公平に届けられない事態に直面した。

「例えば、支援物資の中に『女の子・靴』と書かれた箱があるが、目の前には靴が必要な小学2年生の女の子がいる。『18センチ・靴』と書いてくれないと渡すことができない。2万箱の物資が後ろにあって、目の前に2000人の避難者がいたらそれはもうミスマッチの極みです。避難所ではそのようなことがたびたび起こる」

労働集約型の膨大な作業の積み重ねが、同じ被災者でもある自治体職員を疲弊させ、「多くの善意がゴミになってしまった」と、島田氏は今でも悔しさに苛まれる。震災当時50代だった行政の幹部職員は全員退任し、現場運営の経験は、“苦労した思い出話”にとどまるのが現実だ。

「災害の翌日から仮設住宅まで追った人は私ひとりしか存在しない。ビジネスプロデューサーの経験と立場で、行政の中身も分かる。何が必要か。どうしたら効率的に動かせるか。わたしの中に、一つの答えがある」

避難所の現場を基点に、「食」への関わりにとどまらず、あらゆる産業、事業分野で「やるべきこと」が見えてきたのだという。

■備蓄状況を共有するため自治体のシステムを変える

だからこそ、企業連携で生み出した“解決策”を担いで、島田氏は自治体の現場にも入り込む。

資本業務提携するIT企業ベル・データ(東京都)のシステム開発力を頼りに、各自治体が倉庫に保管する備蓄品の在庫や賞味期限情報をテクノロジーで見える化。地域の人口動態に応じて、災害発生時に不足する食料や備品を地域住民や近隣企業と補い合うことを想定した「防災備蓄プラットフォーム」の導入も後押ししている。

このシステムで管理すると、自治体が管理する備品の出入りを全ての課で把握し、無駄や不足をなくすことが可能だという。全体の量と物の動きが分かって初めて、足りない分が見えてくる。災害発生でいざライフラインが途絶えると、食料や物資の供給は行政の備蓄だけでは到底賄えない。「このシステムをベースに備蓄状況を共有することで、住民や企業に自助や共助の具体的な準備を促すことができるようになる」(島田氏)

表向きは備蓄管理のシステムでありながら、自治体業務全体のデジタル改革を助ける意図を潜り込ませた。日頃の業務の効率性が、「非常時」のすべての対応に関わってくることを、痛感しているからだ。

宮城県多賀城市にあるワンテーブルの本社・工場。同社は宇宙航空研究開発機構研究開発機構(JAXA)と共同で防災食と宇宙食の備蓄食材開発にも取り組んでいる
筆者撮影
宮城県多賀城市にあるワンテーブルの本社・工場。同社は宇宙航空研究開発機構研究開発機構(JAXA)と共同で防災食と宇宙食の備蓄食材開発にも取り組んでいる - 筆者撮影

■腰の重い役所に島田氏がかける一言

ベル・データが開発した防災備蓄プラットフォームは2020年から、経済産業省の事業を通じてワンテーブルとベル・データが共同で立ち上げた「スーパー防災都市創造プロジェクト」として、全国12都市で実証実験が始まっている。ベルの担当者と共に島田氏も自ら、担当職員のみならず、首長や議員らに防災施策に対する経験や考え方を伝え、膝づめで議論する。

今年度はさらに、実証ステージを一段階引き上げた。和歌山県・南紀白浜エリアなど全国5地域を指定し、自治体をまたいで備蓄情報を共有し合う「広域利用」の課題を潰しにかかる。

当然、防災対応を想定したシステムの更新には、感度の低い、優先順位が上がらないという自治体も少なくない。そんな自治体の長や担当者に、島田氏は伝えるべき圧倒的な「言葉」を持つ。

震災直後、「あの時」「あの現場で」何が起きたのか。

「気づいているのに動かないのはやる気がないのだから仕方がない。でも、たった一人の首長や担当者のために、あなたの町に暮らす何万人の人の命が犠牲になる。それが人災というものです」と。

■億を超える年商で当時は「いい気になっていた」が…

震災を境に、島田氏のお金や仕事に対する価値観は、根底から変わっていったという。

震災前までは、農家と地域や行政をつなぎ、「現場」でしか見えない答えを突き合わせ、現状打破に道筋をつける。持ち前の行動力とスピード感を強みに、企業向けにコンサル会社の経営なども同時に手掛け、25歳で年商は億単位。貯金も3億円はあったという。

「当時は超とんがっていました。地方再生のプロとか言われていい気になっていたんでしょうね。ドキュメンタリー番組に取り上げられたりして。でも、今はもう再生のプロとか、そんなのはどうでもよくなったんです」

避難所で目の前で苦しむ人のために動き、「生まれて初めて人のためになっていると思えた」。一人でも多くの人を助けたい一心で、億単位の資産を使い切ったとき、「あぁ、自分はこのためにお金を稼いできたんだと思えた」と振り返る。

「ひたすら前に進むだけ。一番大きいのは仲間が死んだことです。目の前で人が流された。あの時の苦しみはもう嫌。あの時一生分泣き叫んだので、もう明るい未来しかない。だから、どうやったら現状を変えられるのか、それだけを考える」と島田氏はいう。

「以前は、コンサルとして人に頭を下げたことなんてなかったけど、今は一緒にやりませんかってピュアに言える。子どもたちにとって、より良い未来をつくりたいですから」

■風化しても構わない。でも「仕組み」を創りたい

今年も、各地で台風や豪雨による河川の氾濫や土砂崩れが相次ぎ、新たにパンデミックという“災害医療”への対応も問われるようになった。その一方で、東日本大震災をはじめ、阪神淡路大震災、中越沖地震など過去の災害は「教科書の1ページ」になり、“風化”の一途をたどる。

人の命に関わる点においては、「災害」だけでなく、時間の経過とともに記憶が失われていく「戦争」も同じ課題を抱えている。二度と戦争を繰り返さないための外交努力は、いつでも政治の最重要テーマであり、国民の“監視”もあり続けるが、防災は果たしてどうだろうか。

「つらい記憶は忘れたいから『風化』で構わない。でも、大事なのは実際に何が起こったのかを伝え、繰り返さないために『社会的な仕組み』を新しく創(つく)っていくことです。人が起こす戦争は、人の考え方や内面が成長することで止められるけど、災害は止められない。でも、テクノロジーの成長によって被害を抑えることは可能です」と島田氏はいう。

自治体職員に防災備蓄プラットフォームの特徴や使い方を説明をするベル・データの社員(左)ら=沖縄県豊見城市
筆者撮影
自治体職員に防災備蓄プラットフォームの特徴や使い方を説明をするベル・データの社員(左)ら=沖縄県豊見城市 - 筆者撮影

日本は災害大国でありながら、その仕組みづくりを後回しにしてきたのではないか。

「たとえ面倒くさい作業であったとしても、国がルール化して国民の生命と財産を守る、安全安心な社会にする。みんなが気づかないことを伝え、凝り固まった現状を変えさせる。それが政治のなすべき本来の仕事ではないでしょうか」と話す。

■お金とは「未来に渡すための預かり金です」

連携する企業のネットワークが広がるほどに、そこから生み出される製品やシステムは島田氏の手をどんどん離れ、“市場の原理”で動くようになる。モノやサービスがあふれる時代に、いつしか理念や理想、広めたい概念は薄まり、つくり手や売り手にとって「売ること」自体が目的化する可能性はどんな製品にもつきまとう。

島田氏に「お金」とは何かと尋(たず)ねると、秒を待たず「未来に渡すための預かり金です」と返ってきた。「稼いだら、『人』に投資する。食料生産など人が生きること、子どもや孫の世代のためになることにお金を渡す。未来への責任を負うのが大人の仕事だと、子どもたちの前でそんなかっこいい話を堂々としたい」と語る。

投資した分に少しでも利益を上乗せして“刈り取る”ことが、現代のありふれたビジネスの姿だとしたら、島田氏にはもう一つ、別次元のチャレンジが待っている。

関わる企業や人々に、理念、理想、広めたい概念を何度も打ち立て、「そもそも、なんのため、誰のために」を繰り返し確認し続けること。原点となる「命を守る」という島田氏自身の思いが製品やサービスを扱う人々に染み渡ったとき、ワンテーブルが旗頭になる「防災ビジネス」は、世界を席巻する一大産業として成長し続けるのかもしれない。その日はきっと、遠くない。

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座安 あきの(ざやす・あきの)
Polestar Communications取締役社長
1978年、沖縄県生まれ。2006年沖縄タイムス社入社。編集局政経部経済班、社会部などを担当。09年から1年間、朝日新聞福岡本部・経済部出向。16年からくらし班で保育や学童、労働、障がい者雇用問題などを追った企画を多数。連載「『働く』を考える」が「貧困ジャーナリズム大賞2017」特別賞を受賞。2020年4月からPolestar Okinawa Gateway取締役広報戦略支援室長として洋菓子メーカーやIT企業などの広報支援、経済リポートなどを執筆。同10月から現職兼務。

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(Polestar Communications取締役社長 座安 あきの)

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