翻訳の仕事をしていた私があえて離島に渡り、荒くれ漁師たちの中で働くことを決めたワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月2日 8時15分
■荒くれ漁師の反発をかわし、新事業で離島の漁業を守る
「数年前までは“海があれば生きていける、直販は不要”と本気にならなかった他所の漁師も、コロナ禍で豊洲市場が閉鎖し魚を市場に卸せなくなったことで船団丸が始めた直販の価値に気がついたようです」
コロナ禍で外食産業が停滞するなか、消費者直販への関心が高まり、坪内知佳さん率いる“萩大島船団丸”に全国の漁業関係者から問い合わせが相次いでいる。山口県萩市の離島大島(通称・萩大島)で始まった“船団丸事業”は、漁師が水揚げした魚を料理店や消費者に直販する6次産業化認定を受けた生産者ビジネス。坪内さんは、全国で同じビジネスモデルを水平展開しており、それぞれ地元の漁師たちが自主運営している。
「萩大島で始めた頃は、発注ミスもあり、また漁師の字が汚く伝票が読めないので、字の練習をしてもらったことも。不慣れでも営業から梱包、発送まで自分たちで把握していることに意味があります。現場の漁師と顧客が直接やりとりするのが直販の価値ですし、人任せにしないからこそ、魚の鮮度や安全性が保てる」
■“よそ者”ならではのドライな視点
発足当初は反発が大きく、気が荒い漁師たちと大喧嘩になることもあった。しかし坪内さんも島の漁師たちも引き返すことはできなかった。
![鮮魚店に出向きその日水揚げした魚を確認する。直販事業のほか福島でブランド展開も開始。漁業体験ツアーや真珠関連事業なども展開。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/9/300/img_09da89ac27a8193bc1a35ff2ea6bd534779683.jpg)
「それこそ取っ組み合いになったこともありましたが、ぶつかることを恐れてはわかりあえないし、直販事業には島の漁業の未来がかかっていたので、前進あるのみでした。土地の人間ではないのにここで生きると決めたのは自然豊かな島の漁業や暮らしが好きだったから。古き良き島の伝統を守りたい一心からでした」
地縁も経験もない坪内さんを漁業に引き入れたのは、萩大島の漁師をまとめる船団長の長岡秀洋さんだ。萩市で翻訳の仕事をしていた坪内さんに声をかけ、収益が激減して消滅寸前の萩大島の漁業再生事業の申請に協力してほしいと頼んだのだ。
「農林水産省認可の6次産業化、生産者直販ビジネスの申請を出すというので、チャンスだと思いました。私は化学物質過敏症でわずかな薬品でも具合が悪くなります。漁師が獲れたての天然魚を直販できれば、安全な食品を探している人に新鮮なまま提供できる。ずっと食に関わって人を助ける仕事がしたかったので、天職だと思いました」
![主力商品「粋粋(いきいき)BOX」は水揚げされた旬の鮮魚を船上で魚に最適な温度帯別に詰め合わせ、鮮度を保って出荷。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/5/220/img_6529fef9365b16f187ec37869f51647c1347750.jpg)
しかし現実は厳しい。地元の漁業協同組合を介さず漁師が魚を直販するとマージンが取れないため漁協の反発は大きい。一方漁師は船のリースや運転資金の融資でも漁協に頼っており、漁協の不興を買うことを恐れる同業者の反対も多かった。
「以前、漁師は市場に魚を持ち込めば収益になっていましたが、温暖化で漁獲高が減って利益が出ず、漁獲制限もあり、大漁で大儲けの時代は終わっています。直販なら漁協の市場に納めるより利益が見込めますが、踏み切れない空気がありました」
そこで坪内さんは“よそ者”ならではのドライな視点から活路を見いだした。直販する魚を限定すること、漁協にも利益が回るように商品代金の振込先を漁協にしたうえ、歩合で手数料を払う提案をしたのだ。
「決裂して魚が漁協の市場に入れられない場合に備えて、千葉の水産会社に魚の買い取り手配をしました。私は大胆なようで実は用心深い、挑戦はしてもギャンブルはしません」
さらに漁協からの融資が止まったときに備え、地方銀行の融資枠も確保。もちろん感情的な壁もあった。「おめえらつぶしてやるけえのう」。船団長の長岡さんの船におどしめいた無線が入ったこともあったそうだ。しかしなんとか漁協と関係を保ったまま直販事業は動きだした。新しいことをするには古い制度を改革しつつ、地域の伝統を尊重し、禍根を残さない努力が肝心なのだ。
■“漁師たちと血の通った関係を構築してこそ安心して食べられる「本物」を届けられる”
事業は坪内さんを代表として進み法人化。今では地方創生に興味がある大学生が志望する人気企業になった。また女性が働きやすい体制づくりにも積極的で、子連れ出勤も歓迎だ。自身も母親であるために採用した就労スタイルだったが、やってみると昭和初期の会社のように大家族的で居心地がいい。
![漁船前で。船団丸最初のモデル「萩大島船団丸」。北海道や千葉、鹿児島などで水平展開する船団丸のノウハウは萩大島の漁師たちがコンサルタントとなり全国に広める。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/6/300/img_863b350aa460f06046f93496a272750f566901.jpg)
「伝票を書く人が子どもをおんぶしていてもいいと思う。地方の中小企業は東京の大企業とは違う。萩大島モデルでは私生活も仕事も両方とればいいんです」
実際、血の通った関係づくりが、フレキシブルで温もりのある顧客サービスにもつながる。マネーフローよりも大事なことは、働き生きる場所をつくり、多くの人と関わって人間力を磨くことだと、坪内さん。
「恩送りって大事です。2021年の2月に福島で震度6の地震があったとき、義援金ではなくおいしい鮮魚を1トン送りました。食べても売ってもいい。大好評でした。目先の利益じゃない、こういうご縁が新しい仕事につながるのです」
儲け主義は駆逐される。嵐も凪(なぎ)も味わった起業家の力強い実感だ。
![リーダーとしての3カ条](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/4/300/img_c4a6dcc82371a17974cbe848b5c047bd268300.jpg)
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萩大島船団丸 代表
1986年、福井県出身。大学中退後、結婚を機に山口県萩市へ移住。2010年、萩市内に翻訳とコンサルティングの事務所を設立。同年まったく知見のなかった漁業の世界に。11年、約60人の漁師をまとめ任意会社「萩大島船団丸」を設立し代表に就任。農林水産省より6次産業化認定。市場を通さず、全国の消費者や店舗に直送する自家出荷をスタートさせる。14年に法人化し、株式会社GHIBLI代表取締役に就任。15年から福島県いわき市の漁港復興にも携わる。
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(モトカワ マリコ 撮影=畑谷友幸)
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