海外で広がるオミクロン株の感染拡大…岸田首相の「外国人の全面入国禁止」はやりすぎなのか
プレジデントオンライン / 2021年12月1日 18時15分
■WHOが「懸念される変異株(VOC)」に指定
11月25日、南アフリカの衛生当局が「新型コロナウイルスの新たな変異株を検出した」と発表した。翌26日には、WHO(世界保健機関)がこの変異株を警戒度の高い「懸念される変異株(VOC)」に指定し、「オミクロン株」と命名したことを明らかにした。懸念される変異株としてはアルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株に次いで5番目となる。日本の国立感染症研究所もVOCとして扱うことを決めた。
日本政府は緊急避難的な予防措置として全世界を対象に外国人の入国を11月30日午前零時から年末まで禁止し、岸田文雄首相が「まだ状況が分からないのに『岸田は慎重すぎる』という批判は私がすべて負う」と危機管理に対する決意を示した。
安倍、菅両政権の新型コロナ対策の失敗を強く反省し、素早い対応を取ったのだろう。こうした決意表明は一国の首相として欠かせない。国民の不安を解消することにつながるからである。
WHOによると、オミクロン株には人の細胞に取り付くウイルス表面のスパイクに多くの変異が入り、既存の変異ウイルスに比べ、感染力が高い可能性がある。南アでは11月中旬から新規感染者が増え、感染の株がデルタ株からオミクロン株に置き換わってきている。とくに最大都市のヨハネスブルクのあるハウテン州では感染が急拡大している。南アに隣接するボツワナのほか、イギリス、ドイツ、オーストラリア、カナダ、イスラエル、ベルギー、オランダ、香港など世界15カ国以上の国・地域で感染が確認されている。
同時多発的な流行で、感染症対策として国家レベルでも個人レベルでも警戒が求められる。
■日本政府の徹底した水際対策にも限界はある
11月30日には日本で初めて感染者が確認された。厚生労働省によると、感染者はアフリカ南部のナミビアから28日に成田空港に到着したナミビア人の30代の男性外交官だ。入国時の検査で新型コロナ陽性と判定され、ウイルスのゲノム(遺伝情報)解析でオミクロン株と特定された。男性は医療機関に隔離されている。
男性はモデルナ製のmRNAワクチンを7月に2回接種していた。入国時に無症状だったが、29日に発熱した。同行していた家族2人を含め、同じ航空機の乗客70人は検査では陰性だったが、厚労省は70人全員を濃厚接触者として扱い、自宅や宿泊施設に待機させている。乗員の10人は日本に入国していない。
岸田首相がアピールした日本政府の徹底した水際対策である。だが、敵は目には見えないウイルスだ。水際対策にはどうしても限界がある。
だからと言って手を緩めるのではなく、水際対策で時間を稼いでオミクロン株の正体を突き止めることが大切だ。具体的には既存のワクチンや治療薬の効果を確かめ、有効な対策を導き出したい。
■「正当に怖がることはなかなか難しい」
ところで、明治から昭和にかけて活躍した物理学者の寺田寅彦は「ものを怖がらな過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなか難しい」という名言を残している。
いまオミクロン株による重症患者が多く確認されているわけではなく、病原性(毒性)の強さもまだ分からない。感染力の強さにしても動物実験などで詳細に調べられたわけではない。ところが、新聞やテレビ、そしてネットでは連日オミクロン株の感染拡大問題を取り上げ、読者や視聴者の恐怖心をあおっているところがある。メディアが不確かな情報で扇動するのはいかがなものか、と沙鴎一歩は自戒を込めて訴えたい。
ここは浮足立つことなく、正しく怖がるべきである。侮らずにきちんと基本的な防疫に努める。バランス感覚が大切だ。それが正しく怖がることにつながる。寺田寅彦が指摘するように「正当に怖がることはなかなか難しい」が、冷静に落ち着いて行動することが肝要である。
新しい変異ウイルスのオミクロン株も同じ新型コロナだ。3密(密閉・密集・密接)を回避して手洗いを励行し、暴飲暴食を止めて睡眠を十分に取り、外で太陽の光を浴びて人間本来の免疫力を保つ。ワクチンも接種する。私たちの感染対策は変わらない。
■「冷静なリスク評価」には賛成だが、「封じ込め」は難しい
11月30日付の朝日新聞の社説は、冒頭部分で「感染力がより強く、既存のワクチン効果が低下する可能性も指摘される。まずは最新の知見をもとに、冷静にリスク評価をしていくことが重要だ」と指摘し、後半部分では「現在は、PCR検査などで陽性反応があった者から採取したウイルスを、ゲノム解析に回さなければ株の特定はできず、数日間かかる。これをリアルタイムでチェックできるように態勢を整えたうえで、徹底した接触者調査を行うことが、封じ込めには不可欠だ」と主張する。
沙鴎一歩は「冷静なリスク評価」には賛成する。だが、「封じ込め」は難しいと思う。流行を繰り返すインフルエンザやこれまでの新型コロナの変異株の流行から分かるように、パンデミック(地球規模の流行)を引き起こす呼吸器感染症の完璧な封じ込めはできないと考えるべきだ。これは感染症対策の常識でもある。
朝日社説は見出しも「新変異株 監視と封じ込め徹底を」だが、表面的過ぎないか。社説である以上、「封じ込め」についての議論を深めてもらいたい。
朝日社説は主張する。
「様々なルートを経て、どこからオミクロン株が持ち込まれてもおかしくない状況だ。毒性をはじめウイルスの性質がはっきりしない以上、『緊急避難的な予防措置』(岸田首相)をとるのはやむを得ない。変異株の脅威を甘く見て、有効な対策をとらずに感染を広げてしまい、社会経済に大きな傷を残した過去の失敗に学ぶときだ」
「やむを得ない」とはかなり消極的な評価である。ときの政権を嫌う朝日社説らしさが滲み出ていておもしろいが、評価するときは積極的に評価すべきではないか。
■「厳しい水際対策は国民を守るために必要だ」と産経社説
11月30日付の産経新聞の社説(主張)は「新変異株対策 入国管理徹底で国民守れ」との見出しを掲げ、「新型コロナウイルスの新たな変異株『オミクロン株』の感染が海外で急拡大している事態を踏まえ、岸田文雄首相が水際対策強化を発表した」と書き出したうえで、こう訴える。
「厳しい水際対策は、感染症から国民を守るために必要だ」
正論ではある。だがしかし、水際対策の限界やオミクロン株の性質が解明された時点での規制解除の見通しについても踏み込んで論じてほしかった。
たとえば先の朝日社説は「一方で、ウイルスの解明が進み、門戸を開く環境が整った際には、速やかに実行できるよう準備しておくことも忘れてはならない」と強調している。
産経社説は「各国の政府や研究機関、新型コロナワクチンの製造会社は、オミクロン株の感染力や重症化の程度、既製ワクチンの有効性などの分析、検証を急いでいる」と解説したうえで、「オミクロン株の脅威の度合いが判明すれば、より的確な対応をとれる。ワクチンの3回目接種の加速や、新しいワクチンの開発が必要になるかもしれない。今から備えておくことが肝要だ」と主張する。
■日本人の帰国者についても「全世界対象」を求める産経社説
ウイルスの性質が分からない段階ではどうしても対策を厳しくする必要がある。オミクロン株についての科学的な解明に期待するしかないだろう。
産経社説は最後にこう主張する。
「日本人帰国者らが宿泊施設で待機する『厳格な隔離』は、限定された国・地域にとどまる。その他は自宅待機が原則だが、同様に全世界対象でなくて大丈夫なのか。新型コロナ流行の初期に、欧米から帰国した日本人への水際対策が不十分で、ウイルス流入を招いたことを忘れてはならない」
産経社説は外国人だけではなく、日本人の帰国者についても「全世界対象」を求める。産経社説は徹底した水際対策が好きなようだ。ただし、保守的思考が強まると、全体主義に陥る弊害がある。感染症対策では厳しい対策を余りに強調し過ぎると、読者の不安をあおることにもなる。次回以降の社説で構わないので、「正しく怖がる」ことの重要性についても説いてほしいと思う。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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