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「30年で58冊の名著を量産」天才社会学者がやっていた無駄にならないメモの取り方

プレジデントオンライン / 2021年12月6日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

どうすれば優れたアウトプットができるのか。作家で研究者のズンク・アーレンスさんは「ドイツの天才社会学者ニクラス・ルーマンは30年間で58冊の本と大量の記事を発表した。その驚異的なアウトプットを支えたのは、『ツェッテルカステン』というメモの取り方だった」という――。

※本稿は、ズンク・アーレンス著、二木夢子訳『TAKE NOTES! メモで、あなただけのアウトプットが自然にできるようになる』(日経BP)の一部を再編集したものです。

■ただメモを取っていても無意味

時は1960年代、場所はドイツ。とある役所にビール醸造人の息子がいました。

その名は、ニクラス・ルーマン。法学部に進んだものの、弁護士として依頼人のために働くのは気が進まず、公務員の道を選びました。しかし、行政のキャリアも人間関係が重要なので向いていないと自覚したルーマンは、9時から5時まで働いたらすぐに家に帰り、いちばんの楽しみに没頭しました。読書をして、哲学、組織理論、社会学への幅広い関心を満たすことです。

彼は印象深いことがらに出会ったり、何かを考えついたりしたら、すぐにメモに書き留めました。現代では、多くの人が夜になると自分の関心を追って読書をします。メモをとる人もいます。でも、読書によってルーマンのように途方もないキャリアを送った人はほとんどいません。

しばらくふつうの人と同じようなメモをとり、本の余白にコメントを書いたり、トピック別に手書きのメモをまとめたりするうちに、ルーマンはいまのメモのとり方ではどこにも到達できないことに気づきました。

そこで、メモのとり方を一新したのです。いつもの分類をしたり、本文にメモを追加する代わりに、すべてのメモを小さな紙に書き、隅に数字を振り、1カ所に集めました。それが、「ツェッテルカステン」です。

■大事なのは関連づけること

まもなくルーマンは「ひとつのアイデア、ひとつのメモの価値は、文脈によって決まる」、そして「その文脈は、必ずしもメモを採録した文脈とは限らない」と気づきました。そして、メモの新たな分類法を開発しました。

ルーマンは、どう分類すれば、ひとつのアイデアをさまざまな文脈に関連づけられるかを考えました。

1カ所にメモを集めるだけでは、メモの山ができて終わりです。

しかし、ツェッテルカステンによって、メモの数以上の価値が生まれました。ツェッテルカステンはルーマンにとって、対話のパートナー、アイデアの生成装置、そして生産性のエンジンになりました。思考を構造化し、発展させるのに役立ったのです。

なにより、使っていて快適でした。

■メモ術のおかげで社会学者になる

さらに、ツェッテルカステンはルーマンを学問の世界へ導きました。

ある日、ルーマンはツェッテルカステンで生まれたアイデアの一部を原稿にまとめ、当時のドイツでも指折りの影響力のある社会学者、ヘルムート・シェルスキーに見せました。シェルスキーは、この在野の研究者が書いた原稿を持ち帰って読み、折り返し連絡しました。そして、新たに開学したビーレフェルト大学の社会学の教授になってはどうかと勧めました。

ドイツ・ビーレフェルトの街並み
写真=iStock.com/querbeet
ドイツ・ビーレフェルトの街並み - 写真=iStock.com/querbeet

名誉ある魅力的な仕事ですが、ルーマンは社会学者ではありません。ドイツにおいて社会学教授の助手になるための正規の資格すらもっていません。第一、博士号もなければ、社会学の学位もありません。ほとんどの人は、過大な誉め言葉と受けとりつつ、誘いを丁重に断るでしょう。

でも、ルーマンはそうしませんでした。ツェッテルカステンに向き合い、1年以内に必要な資格をすべて取得しました。その後まもなく1968年にビーレフェルト大学の社会学教授に選ばれました。そして、一生この地位を守り抜いたのです。

■30年で58冊…名著を量産した

ドイツでは、教授が着任したときに、自分の研究計画を紹介する公開講演を行う習わしがあります。ルーマンも、予定をしているおもな研究計画について聞かれました。

その答えは有名です。

「研究計画:社会に関する理論。期間:30年。予算:ゼロ」と、ごく簡潔に述べたのです(Luhmann, 1997)。社会学で「社会に関する理論」といえば、つまりすべてのことです。

そして、ほぼ宣言どおり29年半かけた大作、『社会の社会』(法政大学出版局、2009年)の最終章を1997年に書き上げると、社会科学者のコミュニティに激震が走りました。そのラディカルで新しい理論は、社会学を変えただけではなく、哲学、教育学、政治理論、心理学の分野でも熱い議論を巻き起こしました。

ただし、議論についていける人ばかりではありませんでした。

ルーマンの研究は非常に高度で、異質かつ複雑なものでした。各章は個別に出版され、それぞれが法律、政治、経済、コミュニケーション、芸術、教育、認識論、さらには愛まで、さまざまな分野について論じています。

30年間で、ルーマンは58冊の本と数百本の記事を発表しました。これには翻訳書は含まれていません。その上その多くが、さまざまな分野の古典的名著となっています。ちなみに、死後にさえ、研究室に残っていた完成間近の原稿にもとづいて、宗教、教育、政治など多岐にわたる分野の本が10冊以上出版されました。

死んだルーマンと同等の生産性に達するためになら、何をするのもいとわない同業者を、私は何人も知っています。

本棚
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

■「生産性の高さは作業テクニックにある」

よく見るのは、ひとつのアイデアからできるだけ多くの刊行物をひねり出そうとする光景です。しかし、ルーマンはその逆を行っているようでした。いつでも、書き起こすよりも多くのアイデアを生み出していたのです。ルーマンの文章は、できるだけ多くの洞察とアイデアを1冊に詰め込もうとしているかのようでした。

人生に足りなかったものがあるかと聞かれたときの答えも有名です。「何かが欲しいとしたら、もっと多くの時間だね。本当にいらいらするのは、時間がないことだけだよ」

また、助手におもな仕事をやらせたり、チームで論文に取り組んで名前を連ねたりする人々も多い中、ルーマンはほとんど仕事を手伝わせませんでした。

最後に勤めた助手は、原稿のスペルミスを指摘するぐらいしか手伝わなかったと証言しています。手伝いらしい手伝いをしたのは、本人と、子供たちのために平日に食事をつくってくれた家政婦ぐらいでした。彼が、妻に早く先立たれたあとで3人の子供を育てなければならなかったことを考えれば、家政婦を雇うのも無理もないでしょう。しかし、もちろん、週5回の温かい食事は、影響力の高い約60冊の本と数えきれない記事を生み出した理由にはなりえません。

ルーマンのワークフローについて詳しく研究したドイツの社会学者ヨハネス・F・K・シュミットは、ルーマンの生産性は独自の作業テクニックによってのみ説明できると結論づけました。

しかし、そのテクニックが秘密だったことはありません。ルーマンはいつでも包み隠さず話していました。ツェッテルカステンが生産性の秘訣だと、いつも言及していました。少なくとも1985年から、どうしてそんなに生産的になれるのかと聞かれると、決まって次のように答えていました。「もちろん、なんでもかんでも自分で考えているわけではないよ。思考はおもに、ツェッテルカステンのなかで起こるんだ」

それにもかかわらず、ツェッテルカステンとその使い方に詳しく注目した人はわずかでした。説明を、天才の謙遜だと思って軽視したのです。

■大量の仕事を楽勝でこなしていた

ルーマンの生産性は、もちろん印象的です。

でも、刊行物の数や著作の質そのものよりも強い印象を受けるのは、これらすべてを、あたかもほとんど骨を折ることなく達成したように思えるという事実です。

ルーマンは、やりたくないことを無理やりやったことはない、と強調しただけではなく、次のようにも語っています。「私は楽なことしかしない。何を書くかがすぐわかるときにだけ書いている。ためらうようなら、それを脇に置いて、他のことをやる」

本に書いているシニア
写真=iStock.com/jacoblund
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jacoblund

つい最近まで、ルーマンのこうした発言を信じている人はほとんどいませんでした。

私たちは、すぐれた結果には多大な労力が必要だと思い込んでいて、仕事の習慣をちょっと変えるだけで、生産的になるだけでなく仕事がおもしろくもなるということを、なかなか信じない傾向にあります。

でも、やりたくないことをやらなかったにもかかわらず印象深い仕事ができた、というより、やりたくないことをやらなかったからこそ印象深い仕事ができた、というほうが、ずっと筋が通っていないでしょうか。大変な勉強や仕事でさえも、自分の内から発したゴールと方向性が揃っていて、コントロールできていると感じられていれば、楽しくなります。

■成功に努力は必要ない

問題が発生するのは、状況が変わっても対応できなかったときです。それは、融通のきかないかたちで仕事を組み立ててしまったことから起こります。

執筆の内容をコントロールするには、最初に思いついたアイデアで自分を縛らないようにしましょう。また、執筆中の時間や目的なども限定しないほうがいいでしょう。

特に洞察が必要な文章だと、そもそも執筆中に問い自体が変わってきます。仕事に使う資料が想像とまったく異なる場合もありますし、新たなアイデアが浮かんできて、仕事への視点全体が変化する場合もあります。こうした、小規模ながら絶えず発生する事態に対応して調整できるようにしておくことで、興味、モチベーション、仕事の方向性をすべて一致させておくことができます。これができれば、まったく、あるいはほとんど労力が必要ない仕事になるでしょう。

ルーマンは、プロセスの目の前にある大切なことに集中し、もし中断した場合も、その場から再開しコントロールすることができました。メモの構造がこのようなやり方を許していたからです。

大成功を収めた人物を研究した論文によると、成功とは強い意志力と抵抗に打ち勝つ力の産物ではなく、最初から抵抗を発生させない賢い仕事環境の成果であることが、繰り返し示されています。生産性の高い人は、不利な動きと正面から格闘するのではなく、柔道の達人のように抵抗をそらすのです。これは単に適切なマインドセットをもつだけの話ではなく、適切なワークフローをもつ話でもあります。

ツェッテルカステンとの連携によって、ルーマンはさまざまなタスクと思考レベルを自由かつ柔軟に切り替えることができました。ルーマンのやり方の鍵は、適切なツールをもっていることと、その適切な使い方の両方ができることです。そして、このふたつ必要だと理解している人はごくわずかです。

■天才社会学者のメモ術「ツェッテルカステン」

いよいよ、このシステムの中心にあるツェッテルカステンについて知りましょう。ここではざっとルーマンが使ったツェッテルカステンがどういう原理なのか知っておきましょう。

ルーマンは2種類のツェッテルカステンの箱を使い分けていました。

箱のひとつはメインのツェッテルカステンです。もうひとつは、それの補助的な役割をする文献管理用で、参考文献と、その内容に関する短いメモが入った箱です。

どちらの箱に入るメモも、インデックスカードに書き、木の箱に保管していました。ツェッテルカステンとは、この箱とメモのことをいいます。

ルーマンは、読書をしてメモをとるときは、書誌情報をカードの片面に書き、自分のメモをその裏側に書いていました。これは、短く書くことが大切です(Schmidt 2013)。これらのメモは、ゆくゆくは「文献管理用」のツェッテルカステンに収まります。

空白の索引カード
写真=iStock.com/Pictac
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pictac

そのあと、いよいよメインの箱を使います。まず、文献管理のメモに入る短いメモや、その他にとった走り書きのメモを見直します。それから、それらを元にメインのツェッテルカステンに向かい、また新しい紙に書き直します(つまり、文献管理に入るものと重複します)。ツェッテルカステンに入れるメモを書くときのコツは、すでにあるメモと、この新しいメモにどのような関連性があるかを考えることです。

1枚のアイデアには1枚の紙を使います。書くのは片面だけです。こうすることで、箱から出さずにあとで読み返しやすくなります。

通常はひとつのアイデアが1枚に収まるように十分に短くしますが、思考を広げたい場合は、その紙の後にもう1枚メモをつけ足す場合もありました。

たいていの場合、新しいメモは前のメモに直接続き、連続した長いメモの一部になります。そして、必要に応じて、新しいメモとこれまでのメモにリンクを追加しました。

リンクは、隣り合って置かれているメモに貼る場合も、まったく異なる分野や文脈に分類されたメモに貼る場合もあります。リンクがひとつも貼られずに終わるメモはめったにありません。

■自分の言葉で書くのがポイント

ルーマンは読書の内容からアイデアや言葉をただそのまま写し取るのではなく、ひとつの文脈から別の文脈に移し替えるようにしていました。つまり、できるだけ原文の意味を維持しつつ、自分自身の言葉を選んでいくという作業です。そうすることで、自分の状況や文脈に合った内容に生まれ変わります。

もとの文の内容をただ引用するよりも、消化して自分のものにしたほうが、メモとしてはるかに価値があります。よくあるメモのとり方は、トピック別に整理することですが、ツェッテルカステンでは一切それをしません。その代わり、固定の番号を振るという方法で整理します。

■メモ同士にリンクを貼ることが画期的

番号には意味がなく、それぞれのメモを識別するためだけに振られています。

コメント、修正、追加など、新しいメモがすでにあるメモに関係しているか、直接言及している場合は、そのメモの直後に追加します。

既存のメモが「22」なら、それに関連すると思った新しいメモは「23」になるわけです。もし「23」がすでにあれば、「22a」と枝番をふります。このように、数字と文字にスラッシュやコンマを併用すれば、思考の連なりをいくつでも枝分かれさせることができます。

たとえば、ルーマンの因果律とシステム理論に関するメモでは、「21/3d7a6」に続くものは、「21/3d7a7」とアルファベットと数字を交互にした枝番号が振られました。

そして、メモを追加するたびに、ルーマンはツェッテルカステン内に関連するメモを探して、つながりをつくっています。メモの後ろにメモを直接追加するのは、ひとつのやり方にすぎません。さきほども言ったとおり、メモ同士にリンクも貼ります。関連するひとつ、または複数のメモにリンクを追加します。ルーマンは、関係あるメモに、先ほどのメモの数字を書き込んでリンクとしました。これは、私たちがインターネットのハイパーリンクを使う方法に似ています。

『TAKE NOTES! メモで、あなただけのアプトプットが自然にできるようになる』より
『TAKE NOTES! メモで、あなただけのアプトプットが自然にできるようになる』より

■メモの段階で文章構成が完成している

さて、メモのあいだにリンクをつけることで、ルーマンは同じメモを別の文脈でも使えるようにしました。フォルダーごとにしてしまうと、その時点でトピックの順序が決まってしまうのに対し、ツェッテルカステンではリンクを貼ってメモを自由に置くことで、あらゆるテーマを発展させることができます。執筆の段階になれば、関連するメモ同士を並べ替えて整理し、これがそのまま文章全体の構成になります

ズンク・アーレンス『TAKE NOTES! メモで、あなただけのアウトプットが自然にできるようになる』(日経BP)
ズンク・アーレンス『TAKE NOTES! メモで、あなただけのアウトプットが自然にできるようになる』(日経BP)

まだおわりではありません。最後に必要なのは、「索引」です。索引とは、メモが迷子にならないためのもので、別に独立したメモとしてつくります。

メモの中から、キーワードを選び、索引にします。これがあれば、ひとつかふたつのメモを参照すれば、そこを起点に一連の思考やトピックを追うことができるしくみになっています。メモ同士はつながっているので、起点のメモがあればあとは自然と他のメモにもたどりつくというわけです。

方法はこれだけです。実際には、いまはプロセスを簡単にするソフトウェアがあるので、これよりももっとシンプルです。ソフトウェアを使ったデジタル版のツェッテルカステンなら、ルーマンのように紙を切ったり番号を手で振ったりする必要はありません。

ツェッテルカステンの大体のしくみがわかったら、あとはどのように自分のワークフローに組み込むかを理解するだけです。そのためには、私たちがどのように考え、学び、アイデアを発展させるのかを理解するのが最善の道です。あえて一言でまとめるなら、「私たちは、脳の制約を補うために、思考するための信頼性が高くシンプルな外部構造が必要だ」となるでしょう。

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ズンク・アーレンス(ずんく・あーれんす)
作家、研究者
教育・社会科学分野の作家・研究者であり、現在はドイツのデュースブルク・エッセン大学暫定教授。また、執筆やコーチング、講演も行う。バンコクに住み、2年ほどアジアを旅する。メモをとることで、読書や思考をより楽しんでおり、その結果をさまざまな出版物にしている。著作に『Experiment and Exploration:Forms of World-Disclosure』(Springer)がある。

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(作家、研究者 ズンク・アーレンス)

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