「"お金があるから"ではない」富裕層がニセコの不動産を"キャッシュで一括買い"」する本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年12月20日 12時15分
※本稿は、高橋克英『地銀消滅』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。
■日本人富裕層もニセコの投資に参戦
北海道のニセコでは、パウダースノーを求める外国人による外国人のためのホテルコンドミニアムなどが数多くあり、コロナ禍では、日本人の富裕層からの注目も高まっている。
五つ星ホテルのパークハイアットがあるのは、日本では東京、京都、ニセコのみである。リッツ・カールトンが2020年12月に開業し、さらにアマンの建設も進行中だ。
この先も、巨大な外資系資本による大規模開発は目白押しであり、2030年の北海道新幹線の新駅開業、高速道路の開通だけでなく、札幌オリンピックの会場となる可能性もあり、ニセコの未来は輝いている。
世界的な金融緩和策もあり、国内外の富裕層が集まり、良質なホテルやコンドミニアムなどが供給されることでブランド化が進み、資産価値の上昇によって、さらなる開発投資がおこなわれている。投資が投資を呼ぶ好循環が続いているのだ。
例えば、高級ホテルコンドミニアムの「パークハイアットニセコHANAZONOレジデンス」は、一戸1億円以上もする高額物件ながら、全113戸のうち、半数以上が日本人による所有だという。豪州やアジアの富裕層が中心だったニセコの高級ホテルコンドミニアムへの投資に、日本人の富裕層も参戦しているのだ。
■日本の銀行にはリゾート物件に対応するローン商品がない
購入者はどうやって、億単位の資金を用意したのだろうか。個人の戸建てやマンション購入、また不動産投資の場合、その多くは、銀行を利用してローンを組むことになる。住宅ローン、アパートローン、不動産投資ローンといった商品だ。
しかし、「パークハイアットニセコHANAZONOレジデンス」の場合、こうした銀行のローン商品を利用したケースは、皆無だという。ニセコ地区の他の高級コンドミニアムや別荘の販売においても同じだ。
唯一、新生銀行や東京スター銀行が、外国人向けのローンなどで一部対応をしているというが、メガバンクや地銀によるファイナンスは基本的にないという。
補足ながら、所有不動産や上場株式や預金を担保にした、担保ローンは存在するが、これは自己資産を担保にしており、キャッシュで買うのと大差はない。
「そりゃあ富裕層なんだから、みんなキャッシュで一括払いなんでしょう」と思うかもしれない。確かに結果的にはそうだ。しかし、富裕層にとってもキャッシュは虎の子だ。できるだけ現金を使わずに、借り入れすることで、レバレッジを効かせたり、節税対策にもなるからだ。
では、どういうことか。銀行からローンが下りないのだ。正確には、日本の銀行にはこうしたリゾート物件に対応するローン商品や審査体制がないのである。
■日本中のリゾートが「不良債権の山」になった苦い経験
なぜなら、ニセコの高級コンドミニアムや別荘では、貸出の審査、担保評価において、従来の日本の銀行による保守的な担保評価とされる積算法はむろん、収益還元法によっても、割高すぎて内部規定上、担保価値に見合う貸出額が出せない。
ニセコの高級コンドミニアムといった不動産は、高級外車や高級腕時計、クルーザーにプライベートジェット、装飾品、ワイン、美術品などと同じなのである。富裕層の嗜好品としての側面があるのだ。その価格には、機能性や合理性からの判断というよりは、ブランド価値そのものに重きがある価格形成となっているのも確かであろう。
![モーターボート](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/c/670/img_7c9cf7820afd50e0c9caf916411ff76b453345.jpg)
それだけプレミアムがつき、ブランド化しており、だからこそ将来的にキャピタルゲインも狙えるのだが、銀行からみれば、実体以上の価格評価がされており、プレミアム分が大きく下落するリスクがあるという判断なのだろう。
ニセコを含め日本中のリゾートが、1990年代のバブル崩壊により不良債権の山となった結果、多くの第二地銀を含む銀行が破綻し、第一地銀が業績不振に陥った。そして公的資金の注入を受け再建に苦しんだ苦い過去の経験と反省もあり、日本の銀行は、こうした不動産向け貸出に未だに慎重なのだ。
■「富裕層ビジネスへの強化」を打ち出しているものの
日本の銀行は、法人向け貸出や住宅ローンでは、過当競争となり、利ざやが縮小するなかで、メガバンクから地銀に至るまで、ほとんどの銀行が「富裕層ビジネスへの強化」を打ち出している。
その割に、富裕層を顧客として抱え、かつ、実際にローン商品や資産運用に加え、相続・事業承継などで、収益の柱となる程の成果を上げている銀行は、ほとんどないのが現状だ。そもそも、富裕層そのものをよく把握しておらず、富裕層の預金口座はあるものの積極的にアプローチをできていないケースも多い。
そんな状況下、「パークハイアットニセコHANAZONOレジデンス」の1億円以上もする物件を全額キャッシュで買える、または株式や不動産など自己資産を担保に買える日本人は、まさに富裕層である。1億円以上の別荘を全額キャッシュで購入ということは、その10倍以上の金融資産があってもおかしくはない。
彼らの多くは、信用力の高い富裕層であり、日本中いや世界中のプライベートバンクや金融機関がお付き合いをしたいと望んでいるような顧客なのだろう。
■純粋な不動産投資ローンは無理でも、できることはある
こんな「宝の山」を前にして、日本の銀行は、ただ指をくわえているだけなのだ。理由や背景はともかく、まったくもってビジネスセンスがないと言わざるを得ない。
日本だけでなく、世界においても「富裕層ビジネスを強化する、大切にする」とお題目のように唱える金融機関は多いが、実態は、まったくマーケティングが的外れであったり、肝心の商品やサービスがなかったりで、空振りが続いている状態だ。
ローン商品がなく、ローンを実行できない事情は分かった。それでも普段アクセスできない顧客とのリレーションを作る絶好の機会には変わらない。「パークハイアットニセコHANAZONOレジデンス」の事例のように、対応するローン商品がないのであれば、例えば、不動産販売会社とタイアップして、資産運用や相続・事業承継を中心としたシニア・富裕層向けサービスをパッケージとして提案し、インセンティブをつけて顧客を囲うことも可能ではないだろうか。
![肩を組んで歩くシニアカップルと金の豚の貯金箱](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/670/img_0328b3d2e7eb7b1f9c6ef771ebf459ce302985.jpg)
ニセコなど、一部の高級リゾートの不動産は「プレミアム価格」であり、不動産価値というよりブランド品に対する評価となっている側面もあり、純粋な不動産投資ローンとしての貸出審査が難しいという点は理解した上で、日本一の不動産の沸騰地で、地元の地銀やメガバンクによるローン商品の展開を改めて期待したい。
■絶好の収益機会をみすみす逃している
なお、ニセコだけでなく、北海道ではルスツや富良野など、本州では軽井沢、八ヶ岳、白馬、箱根、伊豆といった高級リゾートなどにおいても、セカンドハウスローンなど、地銀にとっての潜在的なビジネスチャンスはあるはずである。
杓子定規な貸出規定に縛られ、リスクもリターンもとらない経営・営業では、しょせん、富裕層ビジネスの取り扱いは無理なのかもしれない。まさしく、顧客目線と収益目線の欠如と言わざるを得ない。
「あそこ(ニセコ)はバブルだから、ローンは怖くて出せない」「いずれ(価格)崩壊するから、お手並み拝見」といった、負け惜しみやもっともらしい解説や言い訳を聞くことはあっても、「積極的に対応したい」という声はなかなか聞こえてはこない。
地域や社会の成長にほとんど関与せず、絶好の収益機会をみすみす逃す地銀の存在意義とはなんだろうか、と思わずにはいられない。
■ニセコ投資は外国資本で完結しているのが現状
日本人富裕層に対してさえローン提供もできない。当然ながら、ニセコへの不動産投資の主流である海外富裕層のニーズをつかんでいる日本の銀行はゼロということだろう。
さらに、これは、富裕層など個人向け投資ローンの話だけではない。より規模の大きい外資系の大手開発会社や不動産会社向けローンでも、なかなか取り込むことはできていない。
ニセコでの、海外富裕層を中心とした高級コンドミニアムや別荘への不動産投資ニーズに、外国人の経営する地元の不動産会社を除けば、地元の不動産業者も金融機関もほとんど応えられていないのだ。
ニセコ町の分析においても、民間消費や観光業の生産額は町外に流出超過だという。町民所得や町の財政力指数も相対的に低く、観光客や投資の増加が地域の稼ぎに十分繫がっていないとしている。
なぜならば、外資系開発会社、海外不動産業者や海外プライベートバンクと海外富裕層との間で、独自のネットワークが排他的に形成され、地銀を含む日系企業はほとんど参入できていないのだ。それは言語や商慣行の問題もあり、信用力や取引実績なども関係している。
日本人富裕層が、ハワイなど海外不動産に投資する場合に、できれば日本語が通じる日本の企業か現地の日系業者に頼るのと同じことだろう。基本的には、担保価値以上の貸出をしない日本の銀行に対して、貸出先の事業計画や将来性、信用力そのものに対して評価し貸出をする海外の金融機関との差も影響している。
■日本の銀行が関与しないから興隆したという皮肉
ニセコには、メガバンクの支店も出張所もなく、イオン銀行の提携ATMがたった1台あるだけだ。地銀も地元の北洋銀行の支店が一つあるのみである。この後に紹介する北海道銀行に至っては、支店ではなく出張所があるだけなのである。
地元の金融機関やメガバンクが動かないのであれば、ニセコらしく、東京支店を持つオーストラリア・ニュージーランド銀行(ANZ)など豪州の4大銀行や、プライベートバンキングでも定評があるHSBCなど、香港の大手銀行など外資系金融機関を誘致することも考えられよう。
もっとも、ポジティブに考えれば、日本の銀行によるファイナンス商品や関与がなかったからこそ、本物の富裕層による不動産投資や購入が中心となり、転売や投機だけを目的とした投資家層の参入を拒んだことで、ニセコの不動産における高い属性の確保や短期的な乱高下などを防ぎ、ブランド化にも寄与したともいえる。
地銀を含む日本の銀行が関わらなかったから、ニセコの興隆を招いたというのは、なんとも皮肉な結果ではあるが、事実として大切なポイントなのかもしれない。
いずれにせよ、顧客目線と収益目線を欠いたために、日本でもっとも成長するエリアで、まったくプレゼンスを示せない事態となっているのだ。
■北海道銀行がNISEKO出張所を開設
なお、地元の北海道銀行では、2016年末にNISEKO事務所を開設し、投資動向などの情報収集、観光振興活動への参画・サポートをおこなってきた。また、海外発行対応ATMや外貨両替機を新設し、倶知安町、ニセコ町とは地方創生に関する包括連携協定を締結した。
![高橋克英『地銀消滅』(平凡社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/1/200/img_b125aa83d1ba720818166f87326a884766300.jpg)
続いて2019年4月、さらなる開発・交流人口の増加および北海道新幹線の延伸などによる地域振興・経済発展が望まれることから、預金業務や融資業務など幅広いニーズに対応する拠点として、NISEKO事務所を引き継ぎ、NISEKO出張所を開設した。取り扱い業務は、口座開設や振込みなどの取次ぎ、法人向けの融資業務(個人の相談は取次ぎ)となっており、現金の取り扱いはなく、営業時間は平日午前中のみと少人数での運営となっている。
今後は、実績を積み上げながら、ニセコ地区でのフルバンキング機能を持った支店開設により、海外送金や両替に貿易関連を含めた外国為替取引、地元建設業者や不動産業者への貸出強化、外貨預金や不動産投資を含めた内外の富裕層向けの資産運用や融資業務などが展開できるのではないだろうか。
北海道銀行のみが持つ、ウラジオストックやユジノサハリンスクの拠点を活かし、ロシアの開発企業や投資家、富裕層を誘致できれば、一段とニセコの多様化に寄与することもできよう。
■北海道銀行や北洋銀行の奮起に期待したい
なお、ライバルである北洋銀行の倶知安支店では、地場の日本企業への貸出を強化するだけでなく、「ニセコHANAZONOリゾート」を運営する日本ハーモニー・リゾートの取引銀行の一角も占めている。すでに、2011年から外国為替取引を強化することで、収益も拡大している。今後は、倶知安駅前通りにある現店舗を活かしつつ、ひらふ地区などスキーエリアへの2店舗目の出店により、重層的にエリアをカバーするといったことも考えられよう。
ニセコ興隆において、地元の小売り業者や建設業者に一部恩恵はあるものの、地銀がほとんど蚊帳の外では、あまりにもったいない。日本人富裕層の多くが首都圏や関西圏に居住しているため、これら地域の地銀にもビジネスチャンスがあるはずだ。コロナ禍を受けて、ニセコでは、今後は日本人富裕層向けサービスの展開など、出遅れた日系開発企業による投資の増加も見込まれる。
地元の地銀として、まずは拠点を築いた北海道銀行や北洋銀行の奮起に期待したいものだ。
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マリブジャパン代表取締役
三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて富裕層向け資産運用アドバイザー等で活躍。世界60カ国以上を訪問。バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、ハワイ、ニセコ、京都、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『銀行ゼロ時代』、『地銀消滅』『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』など。
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(マリブジャパン代表取締役 高橋 克英)
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