「2050年には大半が無宗教に」信仰心の篤いアメリカで神様を信じない人が増えているワケ
プレジデントオンライン / 2021年12月10日 9時15分
※本稿は、フランク・マルテラ『世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の一部を再編集したものです。
■500年前から西洋人の価値観を変え始めたもの
近代の西洋社会では、ロマン主義が興り、科学的世界観が広まっていくと同時に、他にもいくつかの大変革が起きた。そうした大変革も、人生の意味に対する考え方や、宇宙における人間の地位のとらえ方に大きな影響を与えたと言っていいだろう。西洋人の価値観、意識は500年前くらいから急激に変化したのである。特に影響力が大きかったものは3つある。
1つは「人間主義(ヒューマニズム)」だ。これは、それまでより人間を高い地位につける考え方である。神や精霊、運などが人生を決めると考えるのではなく、人間が自分の力で自由に人生を切り拓いていくと考える。
この変化は、たとえば1641年に出版されたルネ・デカルトの著書『省察』などに明らかに表れ始めている。デカルトはこの本の中で、神の存在や魂の不滅を徹底して疑うのだが、いずれも合理的な疑いを超えたものだとした。デカルトの意図は宗教や神の否定ではなく、最終的に、神への信仰はひとまず疑いの余地のない基盤であると結論づけた。
しかし、デカルトは時限爆弾を仕掛けたようなものだった。理性によって神の存在を証明しようとしたからだ。これは、人間の思考力を神の上に置いたということである。大逆転が起きたのだ。
それまでは、神の存在が人間の理性の基盤だったのだが、反対に、人間の理性があってはじめて神が存在するということになった。デカルト本人も彼の同時代人も気づいていなかったが、理性の力で神の存在を証明できるのだとしたら、その逆に理性の力で神の不在を証明することもできてしまうのである。
■集団から個人を重視するようになった
2つ目は個人主義だ。個人主義が生まれると、個人と社会との間の関係はそれまでと大きく変わることになった。
近代以前の世界では、集団は個人に優先するとされていた。個人は確かに存在するが、その存在は集団があってのものだった。個人には所属する家族、社会階級、職業集団などがあり、その中での役割もあらかじめ決まっていた。それが共同体の安定維持に役立っていたのだ。個人にはそれぞれ集団の中で果たすべき義務があり、個人の感情、夢、願望などとは無関係に、その義務を果たすのが正しいことだとされた。
そもそも、公の自分以外に私的な「内なる自分」が存在するという考え方が文献に現れるのは、16世紀以降のことである。1517年に宗教改革を始めるマルティン・ルターは、個人と神がなんの仲介もなく直接、関わり合うことの重要さ、そして個人の良心の役割を強調した。宗教改革は、人々の関心を個人に向かわせる上で大きな役割を果たしたと言える。
またこの改革は、個人の信念を集団の意思から切り離すことにもつながった。ルター自身はおそらくそこまで予見していたわけではないだろうが、彼の改革がきっかけとなり、近代人はその後、次第に個人を重要視するようになっていったのだ。だが残念ながら、誰もが自分の個人的な感情や夢、願望を大事にするあまり、集団に大きな不利益がもたらされるのは珍しいことではない。
■努力によって不可能が可能になると知った
3つ目は、人間は努力によって進歩できるという考え方だ。これは中世の人にはほぼあり得ない発想だった。
科学的な世界観の普及と、産業革命によって人間は、世界の改変がそれ以前に考えられていたよりずっと簡単であることを知った。かつて宇宙は超越的な存在によって支配されていると考えられ、人間は儀式や魔術によってごくわずかな影響をおよぼせるだけで、ほぼなにも手出しをできないとされていた。あらかじめ定められた宇宙の秩序は安定していて変わることはなく、なにもかもが永遠にただ一定の法則に従うとされていたのだ。
しかし、科学を手に入れて以降の人間は、宇宙を自分にとって望ましい方向に改変できるようになった。努力によってそれまで不可能だったことを可能にし、進歩できると知ったのである。産業革命以降の近代人は、世界を征服可能なもの、制御可能なものと見るようになった——多数の発明によって自分たちの生活が向上していくという体験を経て、進歩はやがて当然のこととして受け止められるようになった。
■現代は人間の自立の時代
人間主義、個人主義、努力によって進歩できるという考え、そして科学的な世界観が広まったことで、宇宙における人間の地位や人生の意味についての考え方が大きく変わったことは間違いない。ただもちろん、それがすべてというわけでもないだろう。他にも同時にさまざまなことが起きていた。
都市化、市民階級の誕生なども大きい。工業の発展に伴い、農村から多くの人が都市に移り住んだことで、人々の土地や共同体との結びつきが切れたということもある。アメリカやフランスが18世紀の後半に始めた民主的な政治制度の影響も見過ごせない。統治者の権力の正当性はかつては神によって与えられるものだったが、それが人民、市民によって与えられるものに変わった。
さまざまな革命の結果、人々の考え方は過去とは大きく変わり、人生の価値や目的、意味は、与えられるものではなく、自分で見つけるのが当然とされるようになった。個人は集団から切り離され、自分の内なる信念、願望に従って生きている。そして、自ら選び取った価値観に沿って努力すれば、必ず進歩できるはずだと信じているし、進歩することが自分の責任だと考えている。伝統的な共同体を失い、神や魔法も失った今の私たちには、自分以外に頼るものはない。現代は人間の自立の時代であるということだ。
![祈っている人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/f/670/img_8ffb19569f34ed09e3a118b271587e27290094.jpg)
■欧米で無宗教者が増えている
ヨーロッパ諸国に比べれば信仰の喪失が遅かったアメリカだが、結局はヨーロッパと同様の変化が起き、変化は時代を経るにつれて加速した。現在のアメリカで正式な信仰をなにも持たない人は約5600万人だが、このままの速度で国の世俗化が進めば、2050年には大半のアメリカ人がどの宗教ともまったく無関係という状態になるだろう。アメリカ人は総じて信心深く、その信仰心は比較的、安定していると長らく信じられていただけに、この数字には驚かされる。
アメリカでは1990年以降、信仰する宗教を持たない人が急速に増えた。無宗教者は、どの宗教の信者に比べても圧倒的な速度で増加している。変化は特に若い世代で顕著だ。1981年以降に生まれた人たちはすでに36パーセントが無宗教化している。
ヨーロッパのいくつかの国では、神を信じないこと——またそれを公言すること——がすでにごく当たり前になっている。チェコはおそらく世界でも最も無神論者の多い国だろう。実に国民の40パーセントが完全に神の存在を否定している。無神論者が2番目に多いのはエストニアだ。フランス、ドイツ、スウェーデンでも、神の存在を確信する人よりも不在を確信する人のほうが多くなっている。
アメリカのようにまだ大半の国民が神を信じている国も多いが、そういう国でも信仰態度を変えることが以前よりは普通になり、受け入れられやすくなっている。
これは中世の人には、おそらく私たちの祖父母の世代の人にさえ、理解し難いことだっただろう。最近のピュー研究所の調査によれば、子供の頃と宗教への関わり方が変わった人がアメリカでは実に国民の42パーセントに達しているという。社会科学者のロバート・パットナムとデヴィッド・キャンベルは、現代アメリカ人の信仰についての研究論文にこう書いている。「信仰する宗教を自身の固定的な属性ではなく、単なる“好み”として扱うことが今ではごく普通のことになっている」
■信仰が近代化した4つの理由
いまだに神を強く信じている人でさえ、アメリカやヨーロッパでは、その信仰が“近代化”している。近代化した信仰には、4つの大きな特徴があると私は考える。
1つ目は、信仰が意識的であることだ。これは、信仰の変遷を専門的に調査しているチャールズ・テイラーも言っている。過去においては、神を信仰するのはごく当然であり、信じないという選択肢を考えることすらなかったが、現代では違う。今、神を信じている人は、意識してそれを選択したのである。信じないという選択肢があることを知っていて、自分は信じることを選択したと公言しているわけだ。
2つ目の特徴は、神を信じる人も、そうでない人と同じく、世界の成り立ち、世界の仕組みについての科学的な説明を概ね受け入れているということだ。信仰心の極めて強い人は確かに、一部に神の関与があると主張してはいるが、そういう人たちでも、日常的な出来事に関しては、神や妖精を持ち出さない科学的な説明を受け入れる。たとえどれほど強く神を信じている人でも、車が故障したときにそれを妖精のいたずらだと考えることはなく、単なる機械の機能不全だと理解する。
![車が故障している様子](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/f/670/img_0f1871dc0044b05e6c26e2d511313c58291098.jpg)
3つ目は、日常的に多様な宗教に接するということである。自分自身が信仰する宗教を変えたことがなくても、知人の中に宗教を変えた人がいるというのは珍しいことではない。職場や地域社会では、さまざまな宗教を信仰する人たちが共存している。
![フランク・マルテラ『世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない』(ハーパーコリンズ・ジャパン)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/0/200/img_9084d277867950ddee2149522b7bd9c8375652.jpg)
1950年代にはまだ、配偶者も職場の同僚も、近隣の人たちもすべて自分と信仰する宗教が同じで同じ教会に行っているということは十分にあり得た。しかし、その後、世界の多様化が進んだことで、特に都市においては、日頃からさまざまに宗教の違う人たちと接しながら、それをまったく意識しないというのが当たり前になっている。
4つ目は、たとえ神を信じている人であっても、困難を乗り越え、成功を収めるのに神に頼ろうとは考えないということである。その場合、頼れるのは自分だけ、自分の能力と努力でどうにかするしかないと考える。いちおう、自分の望みを神に話し、祈ることはするが、特に大規模な社会問題をそれで解決できるとは思っていない。
■神を信じているからといってお告げを待つようなことはしない
新しい航空機を作ったときには、聖職者に安全を祈ってほしいと頼むかもしれないが、それで本当に安全が確保されるわけではないことを理解している。優秀なエンジニアが設計し、適切な知識と技術のある人たちが日々、点検、整備を繰り返さない限り、安全が確保されることはないと知っているのだ。
私生活上の小さな問題であれ、気候変動や医療の荒廃、政治的分断など、社会の大問題であれ、その解決のためには、確かな証拠に基づいて論理的に解決策を考えようとする。どれほど神を信じているからといって、神のお告げを待つようなことはないのだ。
今は人間の自立の時代である。それが現代と他の時代との大きな違いだ。現代の私たちには神を信じるか信じないかを決める自由があるし、どのような種類の神を信じるのかも自分で決められる。世界観すら現代では個人がそれぞれに選択するものだ。個人がそれぞれに、自分の必要、信念、偏見に合わせて自由に自分だけの世界観を作り上げることもできる。
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心理学研究者
フィンランド出身。哲学と組織研究の2つの博士号を持ち、「人生の意味」の問題を専門とする。タンペレ大学で福祉心理学の教鞭を執りつつ、アアルト大学を拠点に活動。学際的なアプローチを行い、多分野の学術誌で精力的に論文を発表する傍ら、ハーバード・ビジネス・レビュー等の一般誌にも寄稿。また、ニューヨーク・タイムズ等のメディア露出や、スタンフォード、ハーバードなど世界の大学での招待講演など、活躍の場は幅広い。プライベートでは3児の父。
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(心理学研究者 フランク・マルテラ)
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