感染爆発中の英国、ドイツからも…政府がこっそり進めていた「400人団体ツアー」の中身
プレジデントオンライン / 2021年12月6日 12時15分
■数百人規模で外国人を日本に迎え入れるモニターツアー
南アフリカなどアフリカ南部で新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」が見つかった。感染力や毒性など詳しいことはまだ明らかになっていないが、世界的な流行の兆しもあり、日本を含む各国が相次いで入国制限に乗り出している。
その少し前、観光庁はインバウンド客受け入れの再開を目指し、数百人規模で外国人を日本に迎え入れるモニターツアーを水面下で企画していたことが判明した。
いくら日本での感染状況が下火だと言っても、多くの国はまだコロナ禍から抜けきれていない。その最中に外国人400人を招待し、さまざまな観光地を行脚する「団体旅行」を政府主導で進めていたというのだ。
■関東から九州まで、旅費はすべて観光庁持ち
観光庁によると、この計画は「旅行者の移動状況や行動を把握できるかや、陽性者が発生した場合の対応などを検証するのが目的」だという。
筆者が入手したツアー概要によると、内容は次のようなものだ。
・米、英、仏、豪、シンガポール、タイ、韓国など11カ国から400人を招待
・スキー場や温泉地がある関東甲信越、近畿、九州など12県を巡る
・宿、食事、航空券を含む旅行代金は観光庁が全額負担
・発給制限のある日本入国ビザは観光庁が手配
・旅行会社社員家族の同行来日も可(一部費用は自己負担)
・所定のワクチンを接種済みであること
このモニターツアーはオミクロン株が見つかったことで、11月30日から外国人の新規入国が禁止されたことを受け、いったん計画は棚上げされている。ただし後述するが、今後判明するオミクロン株の感染力や重症度合いによっては、このツアーが行われる可能性は高い。
■専用車や「おもてなし」で費用は合計4億円
仮にモニターツアーが行われる場合、1人当たりの旅行費用は100万~120万円程度になり、全員分で最低でも4億円に膨れ上がる試算だ。国ごとに複数のグループに分かれて各地を視察する。インバウンドツアーに詳しい旅行代理店幹部は、「1グループは少人数で専用車対応、特殊言語のガイドも必要と、どんどんコストが嵩(かさ)むはずだ」と指摘。招待する以上、それなりの「おもてなしを」と考えているようで、1泊2食付きで1人当たり5万円以上する部屋も想定されている。
ちなみに、今回日本政府から招待を受けているタイは、「部分的開放」という形で、観光客の受け入れを行っている国の一つだ。リゾートとして知られるプーケット島では、「サンドボックス(砂場)」という名で観光客を封じ込める方式を導入。7月1日から、ワクチン接種を条件に欧州などから観光客を迎えた。
その後、感染者数はゼロにはならなかったものの、大過なく諸問題はクリアできたとし、現在ではタイ各地への渡航時は外国人の隔離措置が1泊2日程度という、より負担のない形で実現している。政府が大規模ツアーを企画した背景には、日本に先んじて外国人受け入れに成功している他国の事例を、今後のインバウンド政策の参考にしたいという思惑もあるのだろう。
■受け入れる観光地からは「立ち寄らないでほしい」
以上のように、一見すると招待旅行だけあって良さそうに見えるが、それなりに厳しい条件がいろいろと付けられている。入国後はホテル客室内で4日間の待機が求められ、あらかじめ決められたルート以外の自由行動はほぼ全面的に不可。観光名所に立ち入る際は常に定性抗原検査を受ける……などだ。
また、訪問できる目的地に外国人の人気が比較的高い京都府、北海道は入っておらず、主要国際空港のある東京、大阪、愛知も除外されている。これは、多くの都道府県がこの時期の外国人受け入れに難色を示したためだ。今回受け入れを認めた地方自治体も、「ルート上にある道の駅がトイレを貸さないと言っている」、「地元の飲食店から『ウチにランチで立ち寄るのはやめてほしい』と要望された」など、団体客の受け入れに苦慮している様子が聞かれた。
■バレないようにこっそり進めたかった?
政府がこれほど大掛かりな計画をぶち上げた背景には、インバウンド事業を一刻も早く再開させたいという思惑がある。インバウンド客が日本で使う出費は、マクロ経済の世界では「純輸出」と同じ効果があるとされ、ひいては経済成長に直接結びつくため、政府としてもしっかり後押ししたい分野だ。そんな事情もあって、水際措置の段階的な見直しを発表した11月5日以降、団体観光客の入国再開に向けて検討を進めていた。
しかし、政府はこのツアーを事前に周知することもなければ、大手マスコミも詳しい内容を報じたところはなかった。あるとすれば、オミクロン株による入国制限を受けて「モニターツアー開催を当面見合わせる」とする観光庁の発表を短く報じただけ。まるで「バレないようにこっそり進めていた」ように見えるのは筆者だけだろうか。
■「もし感染が広がったら恨まれるのは確実」
旅行業界関係者のひとりは「観光業界は、とにかく一日も早く全国レベルでのGo Toトラベル再開を願っているがそれも進まない。そんな中で観光庁は『外国からツアー客が大勢来るから協力してくれ』などとは怖くて言えなかったのではないか」と指摘。外国からのヒトの流入を嫌がる国民が一定数いることもあり、「反対する声が一斉に上がることを恐れて、告知をできる限り減らしているのだろう」と分析している。
しかも、こんな事情もあったという。
「(各都道府県が地元向けに行っている)県民割も感染が再拡大したら即ストップとなる。万が一、海外からのモニター客を招いた自治体で感染が広がったら、観光事業者から恨まれることは確実だ。インバウンドの復活は願うものの、この段階でわざわざ海外案件に手を出すのはリスクが大きい」
■ホテル業界は「ツアーの検証は避けられない」
当面の見送りが決まったモニターツアーだが、観光庁の担当者は再度の実施について、「年明け以降の国内外の感染状況や水際対策を踏まえ、外務省や厚生労働省などと相談して判断する」という。いずれはやる、という意欲が残っているようだ。
筆者が話を聞いたホテル経営者も、モニターツアーに「大賛成」だという。
「インバウンド客の受け入れ解禁前に、外国からの関係者を招いてテストした上で、『問題が起きなかった』という確証を政府が欲しがる気持ちはよく理解できる。ホテル業界としては、しっかり安全確保と事後追跡を行って成功させてほしい」と期待感を滲(にじ)ませる。
国民から反発を招く可能性については理解を示しつつも、「このままインバウンド事業がどんどん遅れると、立ちいかないホテルや旅館も出てくる。こうした検証は避けられない関門だ」と話した。
■自粛を強いられた国民への裏切り行為ではないか
日本におけるコロナ感染者数は、他国でも類を見ないほどの減少傾向を見せており、「ゼロコロナ」に到達しそうな勢いだ。今回政府が主導するモニターツアーの先には、「各国からの旅行団体の訪日計画」が控えているのだろう。
しかし、国民の間には、中国・武漢でコロナウイルス感染が確認されていたにもかかわらず、2020年春節(旧正月)時期にアジアからの観光客の受け入れを漫然と許した政府への不満が依然として残っている。この時期に大規模な外国人視察者を呼び込むという経済優先の政策が、結果として「自分たちの以前の生活を取り戻したい」ために、あらゆることを犠牲にしてきた国民への裏切り行為になりはしないか。
予想されるツアー費用4億円は税金から出ていることも忘れてはならない。政府にはモニターツアーの必要性と使途について明確な説明が求められる。
オミクロン株の実態もまだ十分に分かっていない。拙速な「開国」を進める結果、取り返しがつかなくなる事態だけは何がなんでも避けてもらいたいものだ。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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