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「苦学生向けの売春講座を大学で開催」そんな取り組みをむりやり評価するリベラルの不毛さ

プレジデントオンライン / 2021年12月9日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mihailomilovanovic

イギリスの大学で、性産業で働く学生向けの講座が開かれ、炎上騒ぎになっている。ホワイトハンズ代表理事の坂爪真吾さんは「大学内で、わざわざ全学生に周知して講座を開くことは、どう考えても合理性がない。こうした講座は、セックスワーカーを代弁したい人たちのパフォーマンスにすぎない」という――。

■そもそも、なぜわざわざ名門大学で開催されたのか

イギリスの大学で、性産業で働く学生向けの講座が開かれ、これについて非難が相次いでいる。

2021年11月11日の英紙タイムズなどの報道によると、イギリスの名門大学であるダラム大学にて、同大学の学生組合が、全学生に対して、メールにて「性産業で働く学生に向けたセッション」の開催告知を行った。このセッションはズームで開催され、少なくとも10人が参加したという。

イギリスでは、高騰する学費を稼ぐために性産業で働き始める学生もおり、大学は「学生を守るため」という理由で、この取り組みを擁護しているという。

一方、同国の高等継続教育担当大臣は、こうした大学の姿勢を「危険な業界を正当化している」「学生を保護する義務を怠っている」「性を売ることを正常化しようとするものだ」と非難した。

学生からの苦情も寄せられた。「学費を稼ぐために学生が性産業で働くことを、大学が事実上推奨していると受け取られかねない」という批判だ。

こうした話題に関しては、「学生が安全に性産業で働くための情報を教えるべきである」「いや、教えるべきではない」といった「べき論」同士の争いが、しばしばSNS上で巻き起こる。

学費を稼ぐために性産業に身を投じる女性たちが減らないのであれば、大学としてサポートするべきなのではないか。いや、そもそも性産業で働かなければ支払えないほど高騰している学費、それを放置している大学や社会の方を批判するべきだ……などなど。

しかし、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。SNS上でこうした「べき論」同士をぶつけ合うことは、一体誰のため、何のためになるのだろうか。本当に性産業で働く女性の安心・安全や権利擁護につながるのだろうか。

そもそもなぜ、性産業で働く女性たちが集まる夜の歓楽街から遠く離れた名門大学という舞台で、このような「べき論」のぶつかり合いが巻き起こるのだろうか。

■大学よりも歓楽街で広報活動したほうが効率的なはずだが…

性産業で働くための情報は、玉石混交ではあるが、日本ではネットで検索すればいくらでも出てくる。稼げる店や地域を紹介するとうたっている業者やスカウトのアカウントも、SNS上には掃いて捨てるほど存在している。イギリスにおいても、会員制アダルトサイトや売春を斡旋(あっせん)するコミュニティサイトが存在し、女性個人が広告を出して客を募っている。

性産業で働く学生に向けて適切な情報を提供したいのであれば、大学のキャンパスではなく、多くの支援団体と同様、彼ら・彼女らの集まる夜の歓楽街や、性産業従事者の多くがアカウントを持っているSNSやコミュニティサイトを通して広報活動を行った方が、圧倒的に効率がいい。

私の関わっている、風俗で働く女性向けの無料生活・法律相談窓口「風テラス」でも、働く上で知っておきたい情報をまとめたマンガ冊子を作成しているが、大学で全学生に向けて配布するような非効率なまねはしない。風俗店の事務所や、出勤した女性の集まる待機部屋に直接配布したり、風俗で働く女性の多くが利用しているツイッターで発信している。

大学内で、わざわざ全学生に周知してまでこうしたセッションを行うことは、どう考えても合理性がない。仮に性産業で働いている学生がいたとしても、不特定多数の人が集まり、知らぬ間に録音・録画されるリスクもあるオンラインセッションには、まず参加しないだろう。

売春婦
写真=iStock.com/aerogondo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aerogondo

■背景には「リベラル内部の権力争い」が

「性産業で働いている学生向けの個別相談会を開催します」「秘密は厳守します」という形式で広報すれば、困りごとを抱えている学生も参加しやすくなるし、不要な炎上も起きなかったはずだ。性産業で働く学生への配慮を社会に要求している割には、当事者への配慮が圧倒的に足りないと言える。

なぜ、夜の歓楽街から遠く離れた名門大学という舞台で、性産業とは一見無縁に思える学生組合という組織が中心となって、こうした試みが行われるのだろうか。

この背景には、リベラル内部での権力争いがある。「公の場でセックスワーカーを代弁すること」「セックスワーカーの権利擁護を訴えること」は、一部の大学教員や学生組合の活動家にとって、自分たちのテリトリーを広げ、ライバルをたたき落とすための武器になる。

いわゆる性労働=セックスワークをめぐる問題は、働くことの是非を含めて、リベラルやフェミニズムの中でも大きく議論が分かれるテーマである。

「セックスワーカーの権利を認めるか否か」という問いは、リベラルやフェミニストの間において、ある種の「踏み絵」(職業の貴賤を問わずすべての人の権利を守ろうとする「本物」と、自分たちにとって都合の良い人の権利しか守ろうとしない「偽物」=リベラルやフェミニストの皮をかぶった「差別主義者」を区別するための仕掛け)として用いられている。

自分たちと意見の異なる相手に対して、「差別主義者」というレッテルを貼ってたたくための仕掛け、と表現した方が正確かもしれない。

■セックスワーカーの代弁をするメリット

セックスワークに関する議論を「踏み絵」として政治的に利用することが、リベラルやフェミニスト内部でのマウンティング合戦や権力闘争を有利に展開するための武器になっているために、リベラルな思想を持つ人間の集う「名門大学」という舞台で、そして「学生組合」という左派的な組織が主導する形で、今回のような論争が起こるようになる。

名門大学の教員や研究者は、性産業の現場を知らないがゆえに、当事者を代弁する学生組合や活動家のことをそのまま信じてしまう。彼らの主張が、実際の現場にいる当事者の価値観とはかけ離れたもの、政治的に過激なものであったとしても、セックスワーカーの権利を認めない人は、リベラルの世界では「差別主義者」としてジャッジされてしまう(そのようにSNS上で印象操作をされてしまう)ため、表立って批判しづらい。

学生組合が唱える「大学がすべての学生とスタッフにとって安全な環境であることを保証するため」という正論に逆らうと、マイノリティーへの危害を容認する「差別主義者」として認定されてSNS上でバッシングを浴びることになり、場合によっては職を失うリスクすらある。

一方、セックスワーカーを代弁すれば、まだ何者でもない学生の立場であっても、教授や大学、そして政府の大臣に対して、「要求」や「指導」を行うことができる。

■当事者たちには何も役に立たない「代弁合戦」

「セックスワーカーへの差別にならないために、何をしてはいけないか」「どのようなことを学ばなければならないか」といったルールを教え諭す「正義の審判」の立場に立つことができる。自分たちが「セックスワーカーへの差別」だとみなしたものを、SNSで一方的に血祭りにあげて、世界中に発信することもできるかもしれない(事実、イギリスの大学で起こった「セックスワーカーへの差別や配慮不足」をめぐるゴタゴタが、遠く離れた日本でこうして記事になっている)。

それがたとえN=1の議論(特定個人の体験談)にすぎないもの、根拠の不確かな伝聞情報であったとしても、組織としての活動実態や支援実績がなくても、セックスワーカーの代弁者を装うことに成功しさえすれば、(名門大学をはじめとした、ごく一部の)リベラルの世界では「無敵」になれるのだ。

「あなたたちの組合って、本当にセックスワーカーの当事者が関わっているの?」「誰が当事者なの?」と疑う相手に対しては、「アウティングになるので言えない」「誰が当事者かを探ろうとすること自体が、当事者に対する危害である」という理屈ですべてはね返すことができる。

まさにチート(いかさま)であるが、絶対的な安全圏から、自分よりも学歴や社会的地位の高い相手を自在に燃やすことができる、という蜜の味を一度知ってしまったら、もうやめられない。

こうした「象牙の塔」の内部、およびSNS上で行われている代弁合戦は、性産業の現場で働く女性たちの被害や不幸を減らす上では、何の役にも立たないことは、言うまでもない。

■現場のセックスワーカーは当然知っているレベルの知識

10月13日の英紙デイリー・ミラーでは、性産業に携わる学生への支援を行った大学の先行事例として、学生のセックスワーカーをサポートするオンライン資料を提供したレスター大学の取り組みが紹介されている。

この資料は2020年に導入され、性産業の中で違法な業種と合法な業種の違いを説明したものであるという(路上でのセックスの勧誘や売春宿の経営などは禁止されているが、ストリップやチャットサービス、下着のオンライン販売などは合法である、など)。

しかし、この程度の情報は、現場の女性たちは当然知っている。法的・身体的なリスクを知った上で、今の働き方を選んでいるのだから。大学や学生組合がこうした「サポート」を提供したところで、性産業で働くリスクを減らすことにはつながらない。セックスワーカーを代弁したい人たちのパフォーマンスやプロパガンダ以上のものにはならないだろう。

日本国内においても、コロナ禍においては、違法なサービスや不衛生なサービスを行う店舗が増えた。合法とされている業種の中で違法行為が蔓延(まんえん)しており、女性側の自助努力だけでは被害を防ぐことのできない盗撮や性暴力が問題になっている。

こうした状況下では「違法な業種と合法な業種の違い」といった、スマホで検索すれば出てくる程度の知識は何の役にも立たない。名門大学のリベラルは、「正しい知識を学べば、人は正しい行動をとるようになる」という素朴な信念を抱きがちだが、性産業は、「正しい知識を知っているけれども、あえてそれを選ばない人たち」「政治的な正しさよりも、経済的利益を重視する人たち」によって成り立っている世界である。

■SNSで「べき論」合戦を見かけたら

ジェンダー平等が重要な政治的課題の一つとして取り上げられるようになった現在、セックスワークやLGBTなど、「政治的な正しさを説いても通用しない」世界であればあるほど、(当事者が声を上げないために)「政治的な正しさを説きたい人たち」によって代弁・利用される傾向がある。

メディアやSNSで、ジェンダーやセックスワークに関する「べき論」と「べき論」の争いを見かけた際は、どちらの陣営の主張に「いいね!」を押すのかを考えるのではなく、スマホの画面に触れている指を少しだけ止めて、考えてみてほしい。

こうした争いを繰り返すことで、一体誰が得をしているのか。そしてそれは「べき論」の対象となっている当事者にとって、本当にプラスになるものなのかどうか。

そうした思考の積み重ねで培われるリテラシーこそが、不毛な論争の奥に潜んでいる課題を見抜き、当事者の権利を守るための「真の武器」になるのだから。

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坂爪 真吾(さかつめ・しんご)
ホワイトハンズ代表理事
1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。新しい「性の公共」をつくる、という理念の下、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗産業の社会化を目指す「セックスワーク・サミット」の開催など、社会的な切り口で、現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰、2015年新潟人間力大賞グランプリ受賞。著書に、『性風俗サバイバル 夜の世界の緊急事態』(ちくま新書)、『「許せない」がやめられない SNSで蔓延する「#怒りの快楽」依存症』(徳間書店)など。

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(ホワイトハンズ代表理事 坂爪 真吾)

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