「家族には1ペンスも遺さない」稼いだ全財産を寄付した女性起業家の信念
プレジデントオンライン / 2021年12月10日 10時15分
■ソーシャルビジネスの先駆者
起業のきっかけは人それぞれだが、社会問題や身近な問題を解決したい、新しい市場を生み出したいなどの動機で、自分のビジネスを始める人は増えている。一昔前に比べると金銭面でもスキル面でもサポートが得やすくなり、ハードルは確実に下がっていると言えるだろう。起業家の並外れた情熱が人を動かすことも事実だが、それだけで事業が成功するわけではない。
しかし、いつの時代にも挑戦者は果敢だ。業界経験もなくイギリスの片田舎で始めたスキンケアショップを、独自の経営哲学で世界ブランドに育て上げた女性起業家の半生を追ってみると、個人の信念とビジネスを相乗的に結び付けたひとつの好例を読み解くことができるだろう。
■「人にも地球にもやさしい」をビジネスに。ママ起業家の誕生
スキンケアブランドの創始者であり、地球環境や人権に配慮したエシカル経営者の先駆者として世界で評価されているアニータ・ロディックは、70年代に「ザボディショップ」の1号店をオープンした。彼女にとってこのビジネスのスタートは、シンプルに娘たちを養うためだけだった。ただし、自分らしい特別な店にしようと、若い頃ヒッピー旅行でアジアやアフリカ、ポリネシアなどを旅して知った、現地の女性たちが使っていたカカオバターなどの「自然派美容」を目玉商品にするアイデアを思いつく。
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ハーブやオイルなど体にやさしい天然原料を使い、容器はリフィルやリサイクルできること、動物実験には反対、過剰包装も広告もなし……という後にブランドの根幹をなすサステナブルな方針を打ち出した。ユニークでナチュラルな製品が女性の共感を得て大ヒット。8年後には世界中に支店を広げ、80年代にロンドン証券取引所に上場した時の時価は18億4000万円にものぼった。
■スキンケアブランドの熱血社会派キャンペーン
ビジネスで成功を収めるとすぐ、アニータは利益を社会に還元する方法を模索する。10代から人権運動や環境保護などのデモに参加し、活動家を英雄視していた彼女は、会社経営以上に社会活動に意義を見出していたのだ。環境保護団体や人権保護団体にアプローチし、資金提供や共同キャンペーンを実施しノウハウや人脈を構築した。
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“私たちのやっていることを「ゲリラマーケティング」と呼びたい。注意を惹くために、従来とは違う低コストの戦略を使うことだ。例えば店舗を人権活動のアクション・ステーションにしたりする。(中略)商品を政治的・社会的なメッセージとからめて販売することが大切だと考えている”
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活動団体との共同キャンペーンでは店舗の壁に環境保護や人権問題を訴えるポスターを貼り、町を走る社用トラックにも社会的メッセージをプリントした。この広報戦略は他社を寄せつけない独特なブランディングとして物議をかもした。闘う起業家としてのアニータの仕事は、アフリカの民族運動を支援して敵対する大企業や政府に抗議したり、ブラジルの熱帯雨林保護を訴えたりと本格化していく。必ずしも成果があったものばかりではないが、世界に顧客をもつグローバルブランドがトラブルの渦中にいる当事者たちと共に声をあげる活動は世間に大きなインパクトを与えた。同時にブランドのファンを問題意識に巻き込み、エシカルな消費活動を促す流れにもなっていった。
■貧困地域に入りこみ、当事者と一緒に考える超フェアな取引
貧困撲滅のための「フェアトレード」にも早くから積極的だった。見本市でサプライヤーと交渉するのではなく、環境保護や人権団体のガイドで、アニータや担当社員が直接世界の貧困地域に出向き、当事者と丁寧な対話を続けながら取引をすすめるという、旅慣れた彼女ならではの前例のないやり方だった。経済的な自立には時間がかかり、長期に関わらないと効果が薄いと考えたからだ。貧困に苦しむガーナの女性たちからシアバターを買い、経済的な自立に力を貸すなど、主力商品の原料を貧困地域から調達していく。
“道徳的なビジネス決定はなぜうまくいくのか? それは消費者が、製品を購入することは道徳的選択でもあると理解しているからだ”
彼女の言葉どおり、フェアトレードを通して自力で貧困から立ち上がろうとする生産者の物語は、商品のストーリーとして語られ、ブランドとしての訴求力をさらに強めていった。
■SDGs時代を予見する理念ビジネス
アニータが掲げる企業理念は、従業員の士気を高める効果もあった。会社の方針に共感し、社会運動の活動拠点にいること、自分の仕事が問題解決の一助になっていることに誇りをもち、熱狂する理想家肌の従業員も少なくなかった。それは顧客の道徳心を満たすブランド力になるだけではなく、社内の結束にも役立ったのだ。もちろん当時の従業員の中には商品よりも目立つ政治色や、キャンペーンへの対応で仕事が増えることなどで、反発する者も多かった。そういう場合も切り捨てず、意見箱のような全社員の意見を吸い上げ、会社との対話の機会をもうける工夫でコミュニケーションを続け、理解と共感を得る努力を続けた。
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こうしたビジネスモデルは、サステナブル企業の草分けであるグラミン銀行、パタゴニア、サファリコム(※1)などと並び、「ビジネスで社会問題を解決する」ソーシャルビジネスの成功例として今も後進に影響を与えている。
地球の状況はピンチだが、SDGsが提起する課題はビジネスチャンスの宝庫にもなりうる。「何としても解決したい社会問題」を事業目的に設定したビジネスの突破力に多くの期待やESGマネーが集まっていることはいうまでもない。長らく異端だった彼らのやり方がようやく世界的な潮流になりつつある。
※1)グラミン銀行:バングラディシュの農村部の貧困層の自立支援のマイクロクレジットを行う
パタゴニア:社会活動で有名なアウトドアブランド
サファリコム:ケニアを代表する通信企業
アニータは著書のなかで“腹を立てるという感情は、パワーと創造力の源だ”と言っている。
どんなリーダーも1人では何もできない。多くの人が抱く社会問題への憤りや疑問に共感し、ビジネスを通して解決していったからこそ、広く支持が集まり、世の中を動かす力になった。彼女の正義感と徹底した利他主義は、生前の言葉からもうかがい知れる。
“裕福なビジネスウーマンとして、魅惑的で快適な生活に身をゆだねるのは簡単だ。だが、何かを求めて闘うことのない生活なんて死んでいるようなものだ。(中略)子供たちには、私が死んだらこれまでに稼いだすべての財産は、1ペンス残らず人権活動家たちに譲ると言い残してある。”
言葉どおり2007年に突然この世を去った彼女の莫大な遺産は、全額慈善事業と税金に費やされたという。理想主義と批判されながらも信念を貫いたカリスマ企業家の遺志は、事業を志す女性たちの起業魂に受け継がれ、未来に還元されていくだろう。
※引用・参考文献リスト
『BODY AND SOUL』アニータ・ロディック著(The Japan Times刊)
『BUSINESS AS UNUSUAL ザボディショップの、みんなが幸せになるビジネス。』アニータ・ロディック著(トランスワールドジャパン)
『お茶の水女子大学特別講義 世界を変えた10人の女性』池上彰著(文芸春秋社)
『世界を変えた6人の企業家 ザボディショップ アニータ・ロディック』ポール・ブラウン著(岩崎書店)
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1942年、英国のリトルハンプトンで生まれる。両親はイタリア系移民。英語と歴史の教師をした後、世界中を旅行。帰国後ゴードン・ロディック氏と結婚。ホテル、レストランの経営を経て、1976年、自然原料をベースにした化粧品を製造・販売する「ザボディショップ」1号店をイギリスブライトンで開店。ユニークな経営方針とフランチャイズ方式で世界70カ国以上に約3000店舗以上を展開(2021年11月現在)。ビジネス・ウーマン・オブ・ザ・イヤー(1984)をはじめ、OBE大英帝国勲章(1988)、国連環境賞(1997)、DBE女勲爵士(2003)等数々の受賞歴をもつ。
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(モトカワ マリコ)
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