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「たとえ歩ける距離でもダメ」大地震が起きたとき会社から一斉に帰宅してはいけない理由

プレジデントオンライン / 2021年12月10日 9時15分

3月11日の大地震で交通機関がマヒ。帰途へつく人たちで大混雑する道路(2011年3月11日、東京・四ツ谷付近) - 写真=時事通信フォト

大都市で平日昼間に大地震が起きると、帰宅困難者が大量発生する。そのとき、どのような行動を取ればいいのか。東京大学大学院工学系研究科の廣井悠教授は「多くの人が自宅に向かって歩き出すと、群集事故や交通網のまひを引き起こし、救える命を奪うことになる。『帰らない』『迎えに行かない』という対応が最も重要だ」という――。

■東日本大震災で流行語となった「帰宅難民」

いまから約2カ月前の2021年10月7日に千葉県北西部を震源として発生した地震は、埼玉県川口市および宮代町・東京都足立区等で最大震度5強を記録し、重傷者6名や2件の火災が発生しました1)。またこの地震では、水道管からの漏水やエレベーターの停止・閉じ込め、そして鉄道の運休に伴う帰宅困難者の発生など、地震の影響で都市インフラが一時的に機能不全に陥ったことは記憶に新しいところです。

さて、今年の新語・流行語大賞は大谷選手の大活躍により「リアル二刀流」「ショータイム」が選ばれましたが、いまからちょうど10年前の2011年12月に発表された新語・流行語大賞は「絆」「こだまでしょうか」「3.11」「風評被害」などの震災関連用語と一緒に「帰宅難民」もトップテン入りしました。

帰宅難民もしくは帰宅困難者という言葉やその対策は東日本大震災以前から議論されてきたものですが、これが新語・流行語大賞に選ばれたという事実は、東日本大震災をきっかけとして急激にその認知が広まったことを端的に表していると考えられます。

しかしながら実は、われわれが本来考えなくてはいけない帰宅困難者問題は、東日本大震災時あるいは先般の千葉県北西部を震源とする地震時とはちょっと異なるものなのです。このため、本稿ではまず、帰宅困難者の大量発生がなぜ起きるのか、そして帰宅困難者対策の意義はどこにあるのかを確認してみたいと思います。

■大都市では帰宅困難者の発生は避けられない

はじめに、帰宅困難者の発生原因について説明しましょう。とはいえ、災害時に大量の帰宅困難者が発生する原因は明快で、大都市における昼・夜間人口の大きな差異、この一言に尽きるのです。

読者の皆さんもご存じのように、わが国の首都圏や近畿圏では多くの人が長距離を鉄道で通勤しています。例えば第10回大都市交通センサスによると、首都圏で日常的に鉄道を利用している人は約950万人と言われており、バス・路面電車定期利用者42万人と比較しても圧倒的な人数を鉄道に頼っています。そして、その通勤・通学の平均所要時間は68分となっています2)

このように、「大量の人が」「長距離を」「鉄道で移動」している大都市で平日の昼間に突発的に鉄道が止まると、それが地震であろうが、大規模停電であろうが、何が原因であっても大量の帰宅困難者は必ず発生します。

つまり大量の帰宅困難者の発生は、大都市における職住分布の偏りという、都市構造の問題に起因します。なので、われわれがこの都市を使い続けている限り、あるいは相当数の通勤者が在宅勤務に切り替えない限り、帰宅困難者の大量発生問題は避けることができません。

1)総務省消防庁:千葉県北西部を震源とする地震による被害及び消防機関等の対応状況(第8報)
2)国土交通省(2007):「大都市交通センサス首都圏報告書」

■重要なのは「帰らない・迎えに行かない」

それでは、なぜ帰宅困難者対策を行わなければいけないのでしょうか。帰宅困難者対策を行う意義として、まず考えられるのは大都市・大震災・大混雑問題の解決というものです。

東京や大阪などの大都市中心部で、平日の昼間に震度7や震度6強などの大きな揺れをもたらす地震が発生すると、家族を心配してあるいは勤めている事業所が被災して物理的にとどまることができず、多くの方がすぐに帰宅行動をとるであろうことが推察されます。また東日本大震災でもあったように、大都市中心部で孤立している家族を車で迎えに行こうとする交通需要の発生も考えられます。

このように大都市内の大部分の通勤者が一斉に帰宅したり、迎えに行く自動車交通需要が急激に増加することで、歩道や車道でこれまでにない過密空間や交通渋滞が生まれ、群集事故が起きたり、車道の渋滞が救急活動や消防活動を阻害する可能性があります。

首都直下地震や南海トラフ巨大地震等で、どの程度このような現象が発生し、その被害量がどれくらいかはわかりませんが、少なくとも人命に関する問題であることは確かです。例えば「メッカの大巡礼」も多数の巡礼者が一斉に聖地を訪れることで知られていますが、1990年、2015年と死者1000人を超すともいわれる群集事故が起きています。

なので、災害時にこのような状況を発生させないため、一斉に帰らない・迎えに行かないという対応が重要となるのです。私はこれを「移動のトリアージ」と呼称していますが、帰宅行動はいったん社会全体で抑えて、限りある道路空間を消防活動や救急活動に優先させよう、という考え方です。

■「帰宅困難」と「帰宅するのが大変」は全く異なる

ここまで説明すれば、東日本大震災時あるいは先般の千葉県北西部を震源とする地震時の帰宅困難者問題は、首都直下地震時や南海トラフ巨大地震時などに発生する帰宅困難者問題と全く異なるものであることがお分かりいただけるでしょう。

2011年に発生した東日本大震災時も2021年10月7日の地震時も、東京の最大震度は5強でした。なので、家族を心配して一刻も早く帰ろうとした人はそれほど多くなかったと考えられます。また、そもそも当時はそこまで大きな物的被害がない中で「帰宅困難者が発生しただけ」にすぎませんでした。したがって、これは結果的に「命に関わる問題」にはなりませんでした。揶揄(やゆ)する意図はないのですが、このような規模の災害時における帰宅困難者問題は「帰るのが大変だった問題」と見るべきでしょう。

しかしながら、震度6強を超える首都圏直下型地震や南海トラフ巨大地震が起きた場合など、物的被害が大きい中で帰宅困難者の大量発生は少なくない混乱と二次災害につながり、場合によっては「命に関わる問題」になる可能性もあります。東日本大震災をきっかけとして世の中に広まった帰宅困難者という言葉や概念ですが、東日本大震災のイメージに引きずられてしまいすぎると、その本質を見誤る危険性があるわけです。

■帰宅困難者を発生させない、は現状困難

それでは、帰宅困難者対策はどのように行えばよいのでしょうか。そもそも先述したように、帰宅困難者の発生原因はひとえに大規模交通システムに支えられた大都市の職住分布そのものにあります。つまり抜本的な帰宅困難者対策は、都市の構造もしくは働き方そのものを見直すことしかありえず、すぐに実現するものではありません。

したがって帰宅困難者対策の大方針は「帰宅困難者を発生させない」ではなく、「発生してしまった帰宅困難者をどう管理するか、どのように対応するか」といった管理・対応中心の防災対策となります。

それでは、具体的にどう管理・対応すればよいのでしょうか。先述のように、帰宅困難者対策の目的は「帰宅困難者の一斉帰宅が引き起こす大渋滞によって直接的・間接的にもたらされる人的被害の軽減」ですから、ここではあえて逆の方向からアプローチしたいと思います。すなわち、帰宅困難者が人的被害を引き起こしてしまうケースを考え、その条件をつぶしていくような作業をすることで、その対策方針を明らかにします。

■人的被害を起こさないための5つのメニュー

例えば、帰宅困難者が人的被害につながるケースとしては、ざっと考えただけでも、以下に示す9ケースが考えられるでしょう。

① 一斉帰宅の抑制に失敗し、大量の徒歩帰宅者によって過密空間が発生し、群集事故が発生する
② 一斉帰宅の抑制に失敗し、災害情報も得られず、大量の徒歩帰宅者が大規模火災発生地域や津波浸水地域で被害を受ける
③ 一斉帰宅の抑制に失敗し、余震で建物倒壊や外壁が落下して、これを避けきれず徒歩帰宅者が被害を受ける
④ 一斉帰宅の抑制失敗もしくは車道の交通需要増加で大量の帰宅者・車が発生し、道路が大渋滞し、結果として救急・消火・救助・災害対応が大幅に遅れる
⑤ 一斉帰宅の抑制失敗もしくは車道の交通需要増加で、大量の帰宅者・車が発生し、道路が大渋滞して避難行動が阻害される
⑥ 物流がストップし、備蓄もなく大都市中心部でモノ不足が発生し、帰宅困難者が避難所へ殺到する
⑦ 駅前ターミナルなどで、安全な場所が見つからず、各所から人が流入して溢れて転倒事故などが発生する
⑧ 安全な場所が見つからず、また災害情報も得られず、津波・大規模火災が襲来する
⑨ 安全確認をしないまま高層ビルなどに滞留し、余震被害や高層ビル火災が発生する

このもとで、この9ケースを起こさないためにはどうすればよいのかを考えます。すると、各ケースの前半部分の条件が発生しなければ、具体的には(1)一斉帰宅を抑制する、(2)車道における交通需要を抑制する、(3)十分な備蓄物資を準備しておく、(4)安全な場所を(安全確認を含めて)準備する、(5)災害情報を共有する、という条件が満たされれば、上記の9ケースを防ぐことができるのではないでしょうか。

仮に首都圏の多くの人が歩き疲れて筋肉痛になったとしても、一時的に家族に会えずに多少不安になったとしても、1人も死ななければ防災対策としては90点あげてもよいのではないでしょうか。すると、上記の5つのメニューが帰宅困難者対策の主要方針と考えられるわけです。

■災害時に一斉帰宅したら都内の歩道はどうなるか

このなかで、最も重要な帰宅困難者対策と考えられるのが「一斉帰宅の抑制」と「車道における交通需要抑制」です。例えば筆者らは、帰宅困難者対策の政策・施策を可視化・評価する目的で、大都市複合災害避難シミュレーション技術を開発しています3)。巨視的なシミュレーションなので、もちろん絶対このような状況になるという訳ではないことにご注意いただきたいのですが、これを使って帰宅困難者対策の施策効果をチェックしてみましょう。

筆者らの調査によれば、東日本大震災時は東京では最大震度5強であったため、家族の安否を心配する人も比較的少なく、「半分くらいの人が少しずつ帰宅した」という状況でした。この時の発災1時間後における歩道の歩行者密度を上記のシミュレーションで予想したものが図表1になります。

【図表1】発災1時間後における歩道の歩行者密度シミュレーション
東日本大震災の再現を試みたケース(歩道、発災から1時間後)。Google Earthを基に作成。

これを見る限りでは、1m2あたり6人以上などの、群集事故のリスクが高そうな過密空間は、東日本大震災時にはほとんど見られません。一方で、首都圏で平日昼間に大規模災害が発生し、もし仮に帰宅困難者の一斉帰宅がなされてしまったと想定した場合の、発災から1時間後に予想される歩道の歩行者密度を示したものが図表2になります。

【図表2】一斉帰宅を想定した歩道の歩行者密度シミュレーション
仮に通勤者などが一斉帰宅をしてしまったケース(歩道、発災から1時間後)。Google Earthを基に作成。

■電話ボックスに6人が詰め込まれる超過密空間

ここでは紫色が1m2あたり6人程度の超過密状態が発生するところと色付けをしておりますが、そのような場所がいくつか散見されるなど、図表1とは比べ物にならないほどの危険な箇所があちこちで発生する可能性が示唆されます。1m2とは電話ボックスの面積とほぼ同じですから、その中に6人が詰め込まれる状況をイメージしていただければよいかと思います。一斉帰宅が仮に行われてしまうとすると、歩道の状況は東日本大震災時とは全く異なることがお分かりいただけると思います。

さて、ここで仮に東京23区の従業員の半数が帰宅抑制を行ったものとして過密空間の発生箇所を計算してみました。これを示したものが図表3になりますが、過密空間の発生する箇所がかなり減少していることが見て取れます。

これらより、一斉帰宅時と東日本大震災時は全く混雑の程度が異なることや、一斉帰宅の抑制が過密空間ひいては群集事故のリスクを減らすために効果的な対策であるということが、お分かりいただけると思います。

【図表3】半数が帰宅抑制を行った場合の密度シミュレーション
半分の従業員が一斉帰宅の抑制をしたケース(歩道、発災から1時間後)。Google Earthを基に作成。

3)廣井悠、大森高樹、新海仁:大都市避難シミュレーションの構築と混雑危険度の提案、日本地震工学会論文集第16巻第5号、pp.111-126、2016.04.

■東日本大事震災時を大きく超える大渋滞も発生する

一方で、図表4は図表1~3と同様のシミュレーションを用いて、東日本大震災時の車道の平均移動速度を再現したものになります。東日本大震災時は実際に翌日の朝方まで都心のあちこちで車道の交通渋滞が散見されましたが、このシミュレーションでも1時間3km未満の交通渋滞があちこちで発生していることが確認できます。

【図表4】東日本大震災時の車道の平均移動速度シミュレーション
東日本大震災の再現を試みたケース(車道、発災から1時間後)。Google Earthを基に作成。

これに対して仮に一斉帰宅がなされてしまったという条件下で発生する車道の平均移動速度を予測したものが図表5になります(ただし交通規制がなされなかった場合を想定しています)。図表4と図表5を比較すると、一斉帰宅時には東日本大震災を大きく超える、緊急車両の移動を著しく阻害しかねないほどの大渋滞があちこちで発生することがわかります。

【図表5】一斉帰宅した場合の車道の平均移動速度シミュレーション
仮に通勤者などが一斉帰宅をしてしまったケース(車道、発災から1時間後)。Google Earthを基に作成。

ところで、筆者や内閣府による社会調査では、東日本大震災時は車で家族を迎えに行った人が多いことがわかっています。ですので、シミュレーションではこれが全くなかった場合のケースも計算してみました。つまり、仮に図表5の条件下で家族を迎えに行く人が0だった場合の計算結果です。これが図表6になります。

【図表6】迎えがない場合の車道の平均移動速度シミュレーション
仮に、車で誰も迎えに行かなかったと想定したケース(車道、発災から1時間後)。Google Earthを基に作成。

一人も家族を迎えに行かないというやや非現実な仮定ではありますが、迎えに行くという行動を極限まで減らした場合、緊急車両がかなり活動しやすくなるだろう、という傾向がこの結果より示唆されます。つまり、災害直後における歩道での過密空間の発生および車道での交通渋滞の発生を防ぐためには「帰らない」「迎えに行かない」という人流管理・対応策が非常に効果的であることがわかります。

■人間として当たり前の行動が命を奪う結果に

さて上記では、災害直後の二次被害を最大限防ぐためには「帰らない」「迎えに行かない」ことが重要と結論付けましたが、実は、ここが帰宅困難者対策の難しい点になるのです。

というのも、大規模災害発生時に家族を助けようとして一刻も早く自宅に帰るという行為、あるいは都心部で取り残された家族を車で迎えに行くという行為は、人間として・家族として当たり前の行動です。その判断を誰も否定することはできません。しかしながら多くの人がそういった判断を下してしまうと、大都市の交通網は耐えることができず、群集事故を発生させ、また救急活動や消火活動等を大きく阻害して命が失われてしまうわけです。

このような当然の人間心理に反するように思える「帰らない」「迎えに行かない」を徹底させなければ人命を守れないということ自体が、一極集中構造をもつ大都市の宿命と言えるかもしれません。巨視的な人流管理の難しさはコロナ禍で顕在化しましたが、帰宅困難者対策も恐らく同様で、口で言うのは簡単ですが、実際に帰宅行動・送迎行動の制御を実行することは非常に難しい作業と考えられます。

だからこそ、「帰らない」という精神論だけではなく、通勤者個人にその判断や責任を負わせるのみではなく、行政と事業所、そして通勤者本人が適切に役割分担をしつつ、社会全体で「帰らなくてもよい」環境づくりを実現することが帰宅困難者対策の要諦となります。本稿では、通勤者個人と企業がどのような対策をすればよいかを最後に簡単に紹介したいと思います。

■職場近くにある一時滞在施設を確認しよう

まず、通勤者個人でできる対策としては、事業所内に備蓄(水・食料・ラジオなど)を準備する、家族との安否確認を取れるようにしておく、就業地の災害リスクや行き場を失った際に受け入れてもらえる一時滞在施設の場所を確認しておく、といった事前の対策が、帰宅しないための環境づくりとして必要と考えられます。

そして何より、帰らなくても心配のないように、自宅の防災対策を徹底するということも、重要な帰宅困難者対策メニューと言えるかもしれません。

一方で大都市に所在する事業所は、社員を帰宅抑制させる環境づくりが重要となります。ただし帰宅困難者対策は、地域特性や事業所の特性、そして災害の規模や発災の時間帯・曜日・天候によって大きく異なります。例えば2021年10月7日の地震時は深夜の発災という特徴が対応を難しくさせましたし、2018年に発生した大阪府北部地震は朝の地震であったため出勤ルールの徹底という課題が大きく顕在化した災害でした。

このため、筆者らは事業所が帰宅困難者の受け入れを検討することのできる図上訓練キット(帰宅困難者支援施設運営ゲーム:KUG)を開発・ホームページで無償公開しています。ぜひともこういった手段を使い、さまざまな状況想定の下で自社の従業員を帰宅抑制させたり、行き場のない帰宅困難者を受け入れたりの判断・マニュアルに生かしていただければと思います。

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廣井 悠(ひろい・ゆう)
東京大学大学院工学系研究科 教授
1978年東京都生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業、同・大学院理工学研究科修士課程修了を経て、2012年4月名古屋大学減災連携研究センター准教授。2016年4月より東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻准教授を経て、2021年8月から現職。博士(工学)、2016-2020年JSTさきがけ研究員(兼任)。専門は都市防災、都市計画。受賞に文部科学大臣表彰若手科学者賞など。内閣府「首都直下地震帰宅困難者等対策検討委員会」座長なども兼任。

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(東京大学大学院工学系研究科 教授 廣井 悠)

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