「70%→0.8%に激減」なぜ子宮頸がんワクチンの接種率は異常に低くなったのか
プレジデントオンライン / 2021年12月7日 9時15分
■イギリス82%、オーストラリア80%、アメリカ55%…
厚生労働省は11月26日、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を防ぐワクチンについて、来年4月から積極的な「勧奨」を再開するよう全国の自治体に通知した。
子宮頸がんワクチンは2013年4月、小学6年~高校1年(11歳~16歳)の女子の児童・生徒に対し、定期接種(無料)がスタートした。しかし、接種後に倦怠感や痛み、運動障害など体の不調を訴える声が相次いだ。このため厚労省は同年6月に定期接種の位置付けのまま、個別に接種を呼びかける積極的勧奨を差し控えることを決め、これを都道府県や市町村の自治体に求めてきた。
その結果、接種率は低下した。厚労省によると、接種率は一時70%まであったが、勧奨を中止した2014年から1%前後に落下し、2018年には0.8%まで落ちた。これに対し、欧米の接種率は、2018年時点でカナダ83%、イギリス82%、オーストラリア80%、アメリカ55%などで、日本の接種率が異常に低い。
■WHOはワクチンを推奨し、「撲滅できるがん」に位置付ける
子宮頸がんは、子宮の出口の頸部に発生するがんである。日本では毎年1万1000人の女性が罹患(りかん)し、このうち2800人が死亡している。このがんの原因は、90%以上が性交渉によるHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染だ。予防には検診とワクチンが必要だ。
ワクチンは200種類以上あるHPVのうち、がん化しやすい16型と18型の感染を防ぐのに有効とされる。厚労省のリーフレットによると、副反応の疑われる症例は1万人あたり9人、重篤な症状は1万人あたり5人で、副反応の出る割合はかなり低い。
WHO(世界保健機関)はワクチンを重要な予防手段として認めて推奨。子宮頸がんを「撲滅できるがん」に位置付け、9年後の2030年には女性の90%が15歳までにワクチン接種を終えることを目標に掲げている。
日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会も「世界中で日本だけが子宮頸がん予防から取り残されてきた。勧奨再開は日本の女性の健康にインパクトを与える」との声明を出し、勧奨再開を歓迎している。
■データが不十分だったことで「勧奨中止」の事態を招いた
厚労省のアンケート調査によれば、ワクチン接種の対象となる女の子を持つ母親の40%が「(厚労省が勧奨を止めたために)自分では判断ができない」と答えていた。
勧奨が再開されれば、接種率は上昇するだろう。だが、依然として反対の声は根強い。接種後の症状を訴える女性らが国と製薬会社に損害賠償を求めた裁判は係争中で、原告側は「症状が改善せず、病院でたらい回しにされ、ときには詐病扱いもされた」と被害を訴えてきた。弁護団も「厚労省が用意した都合のいいデータばかりで作られた不当な判断である。問題となっている多様な症状が同時に起こることが十分に議論されていない」と反発している。
こうした接種に反対する声がワクチンへの不信感を増大させ、雪崩が崩れ落ちるように接種率を引き下げたのだろう。
![厚生労働省の専門部会でHPVワクチン接種の勧奨再開が決定したことを受け、記者会見する損害賠償訴訟の原告ら=2021年11月12日午後、東京都千代田区](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/7/670/img_e712bbc0b8b7130afd81bd30db98cb25412237.jpg)
厚労省が勧奨の再開を決めた背景には、子宮頸がんワクチンの安全性と有効性を示すデータが多く集まったことが挙げられる。たとえば、昨年公表されたスウェーデンの研究論文では、10歳~30歳のワクチンの接種者は接種していない女性に比べて子宮頸がん発症のリスクが60%以上も低く、これを17歳未満で見ると、80%以上も発症リスクを下げるという効果が確認できた。
問題のワクチン接種後の症状についても研究が進み、「接種と症状に明確な因果関係を見ることはできない」との研究論文も出ている。裏を返せば、接種後の症状についてのデータが不十分ななかで、接種のアクセルを強く踏み込んで急発進した結果、厚労省は一連の症状の訴えに応じきれず、積極的勧奨の中止に追い込まれたといえる。これは厚労省の失態だろう。
■思春期の女性を対象とする定期接種のワクチンは初めてだった
しかも定期接種の対象者は、小学6年~高校1年生の思春期の女性だ。体の成長が急速に進み、健康面でバランスを崩しやすい。体と心が大人になる時期の女性を対象とする定期接種のワクチンは初めてで、支援体制は整ってなかった。
今後は勧奨再開に向け、厚労省が正確で的確な情報提供を行い、接種を受ける若い女性の不安を解消し、信頼されるワクチン行政を推進してほしい。それが国民の命と健康を預かる厚労省の責務である。
一般的にワクチンは接種した人だけでなく、社会全体を守ることが可能だ。その病原体から自分自身を守ると同時に、致命傷を負う健康弱者への感染を防ぐことにつながるからだ。その意味でワクチンの接種は社会防衛なのである。
しかし、ワクチンは人間の体にとって異物である。それゆえどうしても大小の副反応は発生する。よく知られた副反応が大きな問題になったワクチンとしては、はしかと風疹、おたふくかぜのワクチンをひとつにまとめた3種混合のMMRワクチンがある。この3種のうち、おたふくかぜのワクチンから無菌性髄膜炎の副反応が相次ぎ、導入の4年後にMMRワクチンは接種を中止し、2種混合に切り替わった。集団訴訟も起き、1994年の予防接種法の改正にもつながった。ワクチンの接種は効果と副反応を天秤にかけ、メリットがデメリットを上回るようなら投与すべきである。
■「数百万人規模の女性が接種機会を逃した」と産経社説
11月24日付の産経新聞の社説(主張)は「子宮頸癌ワクチン 過去反省し着実な実施を」との見出しを掲げ、「積極的勧奨の再開が決まった。厚生労働省の専門部会が有効性を確認し、安全性に特段の懸念は認められないと判断した」などと書き出す。
安全性に問題がないと言うなら、厚労省はもっと早く再開に踏み切るべきだったと思うが、その点に関して産経社説はこう訴える。
「積極的勧奨の差し控えで数百万人規模の女性が接種機会を逃した事実は大きい。差し控えの期間がなぜこれほど長引いたのか。厚労省は責任の重さを認識すると同時に、自治体とともにワクチン接種を着実に実施してほしい」
厚労省がどこまで強く責任を感じているのか。今後の厚労省の行動で判断するしかない。
産経社説はマスコミの責任も追及する。
「日本では接種後に手足が動かしにくくなったり、広範囲に痛みが出たりする多様な症状が報告され、産経新聞も含めメディアは、苦しむ少女たちの姿を繰り返し報道した。一部の冷静さを欠いた報道ぶりは深く反省したい」
確かに当時は冷静さを欠いた報道が相次いだ。あれだけマイナスのイメージが伝えられれば、間違いなく接種率は下がってしまう。
■責任があるとの自覚が薄いから勧奨再開が遅れたのではないか
産経社説はさらに訴える。
「厚労省が及び腰になった背景には、国や製薬会社を相手に損害賠償を求める集団訴訟が起きたこともある」
「少なくともワクチン接種と多様な症状との間に明確な因果関係が認められないと分かった平成30年ごろには勧奨再開に向けて対応すべきだった」
ワクチンの副反応だけでなく、薬害や公害などでも厚労省への損害賠償訴訟は絶えない。それだけ厚労行政の責任が問われていることになる。その自覚が薄いから勧奨再開が遅れたのではないだろうか。
■東京社説は「子宮頸がん予防 ワクチン不安除かねば」
11月24日付の東京新聞の社説は冒頭で「接種に対する不安を取り除くための正確な情報提供はもちろん、副反応が疑われる症状に対応するための治療態勢を強化することが前提だ」と主張する。見出しは「子宮頸がん予防 ワクチン不安除かねば」である。
東京社説は指摘する。
「接種した人と接種していない人との間で、副反応が疑われる症状の発症率に有意な差はないという名古屋市の調査など、ワクチンの安全性に関する研究報告が蓄積され、有効性を示す報告も続いている」
「厚労省の専門部会が勧奨再開を了承したのは、こうした科学的知見に基づいている」
ワクチンを測る物差しは、科学的知見に基づいて得られた安全性と有効性のデータだ。どちらも欠かせない重大な要素である。
■行政機関は丁寧に対応して信頼を取り戻すべき
そのうえで東京社説はこう主張する。
「積極勧奨の再開にはワクチン接種に対する国民の不安を取り除く取り組みが欠かせない」
「副反応が疑われる症状を訴える人は、今もつらい状況に置かれていることを忘れてはならない」
0.8%という異常な接種率の低さからは、国民の不安の強さがうかがえる。その不安を和らげるためにも、副反応が疑われる症状については回復への努力を続けてほしい。厚労省をはじめとする行政機関は「接種と症状は無関係」と一律に切り捨てるのではなく、丁寧に対応して信頼を取り戻すべきだろう。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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