人間のお葬式以上の手厚さと重い空気…京王線沿線で「人形供養祭」が盛り上がる理由
プレジデントオンライン / 2021年12月9日 11時15分
■名刺、人形…お焚き上げして対象物内の「魂」を浄化させて供養
年の瀬になると「使われなくなったモノ」を奉納し、供養する祭事が、全国各地の寺社で増えてくる。人形や針、筆、古書など、供養の対象物には枚挙にいとまがない。即物主義的な社会になっているが、そうした供養を始める企業や寺社は続々出現しており、また奉納されるモノも増え続けている。本稿では、そうした「供養せざるを得ない」日本人の心に迫ってみたい。
名刺をクラウドで管理するサービスを手がけるSansan(東京都渋谷区)。同社は例年この時期に「名刺納め祭」を実施している。昨年はコロナ禍の影響があり、オフラインで開催するのは2年ぶりだ。12月8日、9日には東京の神田明神で、15日、16日には大阪の大阪天満宮で計4回実施する。私は4年前にこの名刺納め祭に参加しているが、当時は神田明神のみの開催だった。
近年、名刺のデータ化が進んでいる。名刺を写真撮影してアプリに取り込む。すると、スマホやパソコンを使って、簡単に名刺が呼び出せる。電話や住所もデジタル化されるため、スマホをワンタッチ操作するだけで電話がかけられたり、名刺に記載された住所通り地図が表記されたりする便利なサービスだ。
しかし、紙の名刺をひとたびデータ化すれば、元の名刺は不要になる。合理的に考えれば手元に残った名刺は紙くず同然だ。がしかし、名刺はなかなか廃棄処分に踏み切れないアイテムのひとつ。捨てられないどころか、折り曲げたり、汚したりすることも憚(はばか)られる不思議な存在でもある。
相手の「名前」が記載された名刺には、本人の「魂」や「アイデンティティ」が込められているのでは――。このように相手の心を推し量ってしまうのが人情というものだ。そして、名刺がどんどんたまっていく。
そこで、同社が2015年から始めた、名刺を手放すきっかけづくりがこの「名刺納め祭」というわけだ。神殿にて、神職によって祝詞が奏上されると、参加者は恭(うやうや)しく耳を傾け、不要になった名刺と玉串を奉納する。れっきとした宗教行事である。
この世にあふれる「捨てられない」存在を、各地の寺院や神社では「お焚き上げ」という手法で断捨離させる。例えば、宗教施設で授與されるお守りやお札の類はその最たる例だ。
境内でお焚き上げすることで、対象物に込められた「魂」を浄化させ、供養する。それで奉納者はスッキリする。外国人には理解に苦しむことかもしれないが、人と人との見えない関係性や霊性を大事にする、日本人独特の美しい行為といえる。
■京王電鉄グループが実施した「人形供養」に6500体以上が集まった
実は近年、奉納する数が激増しているアイテムが「人形」である。人形供養は数多あるモノ供養の中でも歴史も長く、供養を実施している寺社の数はかなり存在する。
なかには数百年もの人形供養の歴史を持つ寺がある。千葉県の長福寿寺での人形供養は室町時代後期にさかのぼる。第17代住職の豪仙は織田信長の比叡山焼き討ち後の延暦寺を再興した高僧として知られているが、その豪仙の元にある時、若い娘が一体のボロボロになった人形を持って、訪ねて来た。聞けば、この人形は娘の祖母が、娘に子供が生まれた際に心を込めて作ってくれたものだという。しかし、その祖母も亡くなり、祖母への感謝の念を込めて、人形を供養してほしいと娘は訴えた。
豪仙は十一面観音の前で供養しつづけた。3カ月ほど経った時、その人形は嬉しそうに微笑み、「成仏」したという。娘は心底喜んだ。この人形供養はたちまち噂になり、近隣の村々から寺に人形が持ち込まれるようになった。
以来、長福寿寺では豪仙の気持ちを引き継ぎ、人形供養を行っている。人形抱き観音の前で3カ月間、供養され、その後は境内にある専用の「人形火葬炉」でお焚き上げされるという。
長福寿寺を含め、人形供養は全国に70以上、存在する。多くは昭和50年代に始まり、いまなお、増え続けている。近年は企業も人形供養を始めた。
京王電鉄グループの葬儀会館・京王メモリアルは2015年から、毎年11月下旬に東京都多摩市の葬儀会館で人形供養祭を実施している。
この行事は京王線の電車内の中吊り広告などでも告知され、沿線の住民にとっては恒例のイベントとして定着してきている。人形供養祭は、家庭内にしまい込まれている人形やぬいぐるみを同社が引き取って、僧侶がその場で魂を抜いて、供養してくれる宗教儀式である。
今年は11月20日、21日に実施。計800人以上の来館者があり、6500体以上の雛人形やぬいぐるみが集まった。集まった人形は葬儀会場で、八王子市内の僧侶によって「葬儀(魂抜き)」が実施された。
首都圏における人間の葬式は「家族葬」「直葬」「1日葬」などの簡素なものがほとんどで、コロナ禍では参列者も数人というケースもよくあるパターン。だが、この人形供養の規模感をみる限り、人間の供養よりもはるかに手厚いのが不思議である。
■ディズニー系、ピカチュー、西洋人形…高さ2mに積み上げられる人形
私は2017年に同社の人形供養祭に参加したことがある。この時、持ち込まれたのは5600体。会場は、雛人形などの人形の部屋とぬいぐるみの部屋に分けられ、壁面に沿って並べられ、その高さは2mほどにも積み上がっていた。
ある若い男性は、薄汚れた小さな犬のぬいぐるみを1つだけ持参してきた。名残惜しげに祭壇の前に置かれたぬいぐるみを見つけると、その場を離れようとしない。法要の最中もそのぬいぐるみの写真を手に持ち、寂しそうな表情を浮かべていた。ある女性は2体のぬいぐるみを持参したが、スタッフに引き渡すことを躊躇し、1体は持ち帰った。
預けられた人形やぬいぐるみはスタッフが陳列する。特に雛人形の場合、同じような姿顔立ちをしているので会場内で見つけることは至難と思われる。しかし、多くの人が不思議とすぐに自分の人形を発見できるのだという。
読経の最中は、会場からはハンカチで目を覆う参列者の姿も少なくなかった。泣いているのは特に年配女性が多い。筆者は、きっと夭折した子供の親で、その子供がかわいがったぬいぐるみを供養しに来たのではないかと、推測した。だが、そうではなかった。
涙を見せる人は、子供の成長に伴って、実家に残された人形やぬいぐるみを納めるケースがほとんど。「お人形さん、これまで子供の成長を見守ってくれてありがとう」という気持ちがこみ上げ、感無量になるというのだ。
会場を埋め尽くすのは、ディズニーやアニメのキャラクター(ミッキーやミニー、プーさん、ピカチューなど)のぬいぐるみ、西洋人形、こけし、アイヌの木彫りの人形、沖縄のシーサー、羽子板まで。子供が愛玩し当時の匂いが染み付いたぬいぐるみ、亡き祖父母が贈った雛人形、家族旅行の思い出が詰まったものなど、そこには悲喜こもごもが込められる。
「とてつもない重い空気」
導師役の僧侶が漏らした言葉が印象的だった。同社のスタッフは、「供養祭が終わって、片付けている時が特につらい。人間のお葬式以上に重い……」と話してくれた。
供養祭の行事をスタートさせた当初、同社ではこれほど重々しい雰囲気になるとは想像もしなかったという。そもそも人形供養祭の大きな目的は、人形の供養を通じて企業名を周知してもらうことにある。つまり、PRイベントの一環としての取り組みがこの人形供養祭だったのだ。しかし、実際にやってみると、「供養や葬式の本質が見えてきた」という。
昨今、直葬や家族葬が増え、葬送の希薄化が言われているが、それはコストや僧侶の側の問題であって、葬式をしたくないということではないということなのかもしれない。モノの供養から、日本人の心の原風景をみた気がした。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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