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米経済学者の結論…「人生の宝くじ」でわが子が当たりを引くために一番重要なこと

プレジデントオンライン / 2021年12月8日 12時15分

ジョン・リスト教授 - 写真=シカゴ大学提供

「親ガチャ」と呼ばれる格差を解消するにはどうすればいいのか。早期幼児教育による格差縮小を唱える米シカゴ大経済学部特別功労教授のジョン・リスト氏は「貧困家庭は子供への教育の価値を理解していない。2010年に始めた大規模な実証実験では、親を教育するカリキュラムが大きな効果を上げている」という。NY在住ジャーナリストの肥田美佐子氏が聞いた――。(第2回/全2回)

■富裕層の親は子供に投資するが、貧困層はしない

(前編から続く)

——親ガチャで遺伝と環境が決まるうえ、その両方が子供にとって非常に重要であり、生まれと育ちの間には関連性があることがわかっていると教授は指摘されました(前編参照)。具体的な研究結果を教えてください。

私の妻でシカゴ大学医学部小児外科教授のダナ・サスキンドは今年10月、早期幼児教育に関する共同研究「It All Starts with Beliefs: Addressing the Roots of Educational Inequities by Shifting Parental Beliefs」(すべては信念から始まる――親の信念を変えることで教育格差の根源に取り組む)を発表しました。

(注:リスト教授、シカゴ大学経済学部研究員ジュリー・パーノーデ氏、ダナ・サスキンド医師の共同研究)

同研究から判明したことですが、富裕層と貧困層では、親が子供に与える影響について、親の信念や考え方に顕著な相違があったのです。

まず、貧しい人々は、親が子供の勉学を後押しすることで影響を与えられるとは思わないため、子供に手を差し伸べないことがわかりました。一方、豊かな家庭の親は、脳が可変的だという「科学」を理解し、そうした信念を持っているため、子供に手を差し伸べ、より多く投資することが明らかになったのです。一方で、研究では、実証実験で貧しい家庭の「信念」が変わりうることも示しています。

親の信念が変われば、子供にもっと投資するようになり、その結果、子供の成績も良くなります。たとえ親ガチャの外れくじを引いたとしても、科学が格差縮小にひと役買うことができます。完全な格差解消は無理だとしても。

ジョン・リスト氏は、経済学者として「格差は0歳から始まる」と指摘し、早期幼児教育の重要性を訴えてきた。本人も、母は秘書ながら、父はトラック運転手というブルーカラー層の家庭出身。米シカゴ大学経済学部学部長を2012~18年まで務め、現在はシカゴ大特別功労教授。主な共著に『その問題、経済学で解決できます。』(東洋経済新報社)がある。来年2月、同教授らによる早期幼児教育の実証実験などが論じられている新刊『The Voltage Effect: How to Make Good Ideas Great and Great Ideas Scale』(『ボルテージエフェクト――いかに優れたアイデアを生み出し、それを拡大させるか』仮題)を出版予定。

■「良い親」になるためのプログラムで格差は縮められる

——親の考え方にも大きな格差があるのですね。

親の富や高い社会経済的地位が子供の成績にかなり有利に働くのは間違いなく、データでも示されています。とはいえ、社会が早期幼児教育に取り組むことで、すべての子供たちに「機会・チャンスの平等」を与えることができます。私が、全幼児を対象にした「Pre-K」(入園前プログラム)の必要性を主張しているのは、そのためです。

アメリカでは6歳から義務教育が始まりますが、子供が生まれたときから、子供・親向けのプログラムを始めるべきです。良い親になるにはどうすべきかを教えるプログラムが必要です。

(注:アメリカでは、大半の幼稚園児が5歳で入園)

豊かな家庭の子供は成長とともに多くの恩恵を親から受けますが、貧しい家庭の子供にも同じチャンスを与え、機会の格差を縮めるべきです。まず、政府も市民も、人生の宝くじには当たり外れがあるという事実を認めなければなりません。もちろん、日本やアメリカに生まれただけで、「国」という宝くじには当たったことになりますが、国内レベルで比べると当たり外れがあります。

だからこそ、政府が介入し、どの子にも等しいチャンスを与えるべきです。そうすれば、あとは子供の頑張り次第。成功できるかどうかが、どの親の元に生まれたかだけで決まるような社会ではなくなります。バイデン政権が大規模な歳出法案で、全幼児対象の入園前プログラムや子育て支援を打ち出しているのも、そのためです。

(注:3~4歳児の入園前プログラムを盛り込んだ1兆7500億ドルの「ビルド・バック・ベター」<より良い再建>法案は2021年11月19日、米下院を通過)

■科学的知見で人生の宝くじは均質化できる

小さな子供を持つ親には人的資本の形成に関わるチャンスが必要です。科学的に証明されていますが、子供の脳は3歳までが最も活発に成長します。人々も、親が幼い子供の教育に関わることがいかに重要かを認識し始めています。

もちろん、「個人主義大国」アメリカでは政府の介入を嫌う人もいるため、(全幼児対象の入園前プログラムなど)早期幼児教育には反発の声もあります。でも、脳回路の多くが幼児のときに発達するという事実が科学的に明らかになっている以上、そのチャンスを逃がすことは、子供の脳の成長における非常に重要な時期を逃すことになるのです。

私には8人の子供がいます。医者は赤ちゃんへのワクチン接種や医学的アドバイスはしてくれますが、子供の脳をどう発達させるか、子供が将来成功するにはどのような育児方法がベストかといったことは教えてくれません。でも、親にはそうした指導が必要です。そうすれば、どの子も人生の宝くじを当てることができます。

スクラッチくじをコインで削る手元
写真=iStock.com/StevieS
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/StevieS

社会経済的地位が低い家庭の子供たちは、豊かな親が子供に与えるような恩恵にあずかれません。でも、すべての子供たちが平等に科学的なアドバイスを与えられるようになれば、人生の宝くじの均質化につながります。

妻のダナは2022年4月、『Parent Nation: Unlocking Every Child's Potential, Fulfilling Society's Promise』(『ペアレント・ネーション――あらゆる子供の可能性を引き出し、社会の約束・責任を果たす』仮題)を出版します。彼女は同書の中で、すべての子供たちが公正なチャンスを手にできるよう、全米の親が一丸となって「ペアレント・ネーション」を築こうと呼びかけています。

(注:ペアレント・ネーションとは、親と社会が協働して早期幼児教育に力を入れ、子供たちの繁栄と格差縮小を目指す国家のこと)

■早期幼児教育は就学を有利にする

——あなたは2010年、他の研究者らと篤志家の寄付を得て「シカゴハイツ幼児センター」を設立しました。マイノリティーを中心とする貧困家庭の乳幼児への早期教育と母親教育プログラムを実施し、参加者を追跡調査することで、早期幼児教育が貧困層の子供たちの生涯にどのような影響を及ぼすかを調べる大規模な実証実験を行っています。『週刊東洋経済』2015年10月24日号特集「『教育』の経済学」であなたを取材した際、「格差は誕生と同時に始まる」と話していましたね(インタビュー記事「幼児期の実験で公教育を変革する」)。

実験を始めて、もうすぐ12年。同センターで学んだ子供たちは5000~7000人に達しています。1クラス15~20人の生徒に教師1人、助手1人が付きます。開設当時3~5歳児だった子供たちは、もう高校生になりました。卒業後も子供たちを追跡調査していますが、早期幼児教育を受けると、就学年齢に達したとき有利に働くことが判明しています。

中でも顕著なのが、幼児の粘り強さや自制心などの「実行機能」、いわゆるソフトスキルを鍛えると、同センター卒業後も効果が続くことです。

(注:シカゴハイツ幼児センターでは、学力アップのための認知スキルと、粘り強さや協調性などの非認知スキルを指導)

おもちゃで遊んで楽しむ多様な子供たち
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

■「子供さえ学校で勉強すればいい」という誤解

また、親のカリキュラム「ペアレントアカデミー」では、子供をどう教育すべきかについて、親を指導しています。格差対策で重要なのは子供だけでなく、親も教育することだからです。家族が一体となって成長する必要があります。子供さえ学校で勉強すればいいと考えがちですが、それが学校任せの育児につながるのです。子育ては、家族という共同体の仕事です。だから、学校は家族と協働すべきなのです。

低所得層を対象にした親のカリキュラムは隔週単位で開かれ、どのように子供に手を差し伸べ、わが子の成長を後押しするかについて親と話し合います。カリキュラム参加者には金銭的インセンティブが提供されます。

(注:親は年間、最大7000ドル=約79万円の給付金を得られる)

良い親になるための心構えといったソフトスキルを指導しますが、参加者はコース終了後も子供たちの教育に投資し続けています。つまり、この実証実験が子供と親の実行機能に大きな効果を与えることがわかっています。

早期幼児教育が社会にもたらす投資リターンは圧倒的とも言えるものです。国家の未来への投資という点では、ほかに並ぶものがありません。親ガチャで外れくじを引いた子供がチャンス・機会の格差を縮めることに役立ちます。

■大学進学は格差拡大を防ぐ最も重要な手段

——日米で中流層の没落や格差拡大に拍車がかかり、勤勉でさえあれば報われる時代は遠い昔の話になりました。親ガチャによる影響がますます大きくなる中、「格差大国」アメリカで、外れくじを引いた若者にとって最大の障害となっているものは何ですか。

最大の問題は教育(格差)です。すべての子供に、良質の早期幼児教育を受けられるような機会の均等を保障しなければなりません。豊かな家庭と貧しい家庭では、子供の大学進学率に大きな開きがあります。そして、多くの場合、男子のほうが女子より大学進学者がはるかに少ないのです。

かつては男子の進学率のほうが高かったのですが、逆転しました。男子は(貧しい家庭を中心に)溶接工やトラック運転手、配管工などになる人が多いのです。そうした仕事は報酬が高いため、大学に行って高額な学生ローンを抱えるよりいいと考えるのです。

でも、将来を見据えると、こうした傾向は好ましくありません。大学に行くべきであり、学位取得はとても大切なことです。というのも、親の教育レベルは、子供の教育レベルを予見する重要な指標になるからです。親が大学を出ていないと、子供も大学に行かない可能性が高くなります。

アフリカ系アメリカ人の息子の卒業を喜ぶ両親
写真=iStock.com/kali9
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kali9

——「格差は誕生から始まる」とあなたが言うように、格差は根深い問題です。デジタルによる分断など、親ガチャ格差が拡大する中、学校や政府、社会が取るべき対策は?

大学教育の重要性が高まる中、政府は、すべての若者にとって、すべての大学が開かれたものになるよう、尽力する必要があります。アメリカでは学費が高騰し、まったくそうなっていません。だからこそ、どの子も大学に行けるような施策が必要です。生まれや富の格差拡大を防ぐための手段として、大学進学は最も重要なものになりつつあります。

■親は子と高校卒業後の進路について議論を重ねるべき

——親や教師は「誰もが、やれば成功できる」という建前論ではなく、親ガチャという現実を直視したうえで、どのように子供に接するべきですか。すべての子供が生まれに関係なく自分なりの幸せな人生を送れるような社会を目指し、親や学校がすべきことは?

どの子にも伸びしろがあります。すべての子供が、その子なりの潜在的な可能性をフルに発揮しうる未開拓分野を持って生まれてきます。教師や親は協力し合い、子供が各自の才能を最大限に引き出せるようにすべきです。それが「成功」なのです。

そして、ひとたび「成功」したら、あとは現実的になるべきです。子供が自分なりの未開拓分野を最大限に伸ばすことができたら、その子が経済や人生でどのようにそれを生かすことができるかを現実的に考えるべきです。

私たち親の仕事は、早期幼児教育への投資など、子供の成熟にとって大切なことを通して子供の未開拓分野をできる限り大きく花開かせることだと思っています。子供が高校を卒業し成熟したら、大学進学などについて、地に足が着いた議論を子供と交わすべきです。ひと筋縄ではいかない話し合いになったとしても、その子にはどのような進路がベストなのかについて、現実的な議論を重ねるべきです。

■子育ては成果主義とは離して行うべき

——IQから芸術的才能、身長まで、ほぼすべてに遺伝が大きく関わっています。ハーバード大学の哲学者、マイケル・サンデル教授は、人が努力の量を評価するというのは建前で、実際には結果や貢献度を評価するのだといった指摘をしています。生まれや遺伝が人の能力などを大きく左右するという厳しい現実がある一方で、米国では「能力主義」が公正なものとされています。どう思いますか。

オンラインでインタビューに応じるジョン・リスト教授
オンラインでインタビューに応じるジョン・リスト教授

トラックの運転やレストランの給仕など、労働市場が結果に依拠しがちなことは確かですが、子育てとなると話は別です。世間が結果やお金を重視するからといって、家族への対応や育児をそうした観点から行うのは間違いです。私自身は、愛や尊敬、尊厳、誠実さ、粘り強さなどを大切にしています。

もちろん、一歩社会に出たら結果がものを言うということを子供に教えるのは重要です。だからといって、3歳や5歳、12歳といった子供たちを結果で評価し、その結果に対して見返りを与えるべきだとは思いません。社会が結果を求める競争であふれているからこそ、せめて子育ては別の方法で行うべきです。

■良い能力主義・悪い能力主義

——日本は米国に比べれば平等主義的とも言えますが、能力主義に傾く企業が増えつつあります。能力を判断基準にすることについて、どう思いますか。

職場や社会には、良い能力主義と悪い能力主義があります。お互いを踏みつけんばかりに張り合ったり、頭の良さや仕事の速さを誇示し合ったりする職場には非常に悪い社風が形成されます。誰もが人間として、お互いを尊重し合う必要があります。能力主義の下で頂点に上り詰めるには、できる限りのことをしなければなりませんが、他者を傷つけてはいけません。良い能力主義を根づかせることは可能です。

ジェロントクラシー(長老支配・政治)やクレプトクラシー(収奪・盗賊政治)などは嫌でしょう。どのようなタイプの社会が可能かについて、あらゆる選択肢を考えたとき、私は民主主義と能力主義に賛成票を投じます。

2022年2月に上梓する新刊『The Voltage Effect: How to Make Good Ideas Great and Great Ideas Scale』〔『ボルテージエフェクト――いかに優れたアイデアを生み出し、それを拡大させるか』(仮題)〕でも触れましたが、悪い能力主義や社風は大きな害を及ぼしかねません。良い能力主義を機能させることが肝心です。

(注:新刊では、早期幼児教育の実証実験がコミュニティー全体の機会格差縮小につながることなどにも言及)

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッ ツなどのノーベル賞受賞経済学者、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、マイケル・ルイス、ビリオネアIT起業家のトーマス・M・シーベル、「破壊的イノ ベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、欧米識者への取材多数。元『ウォー ル・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『プレジデントオンライン』『ダイヤモンド・オンライン』『フォーブスジャパン』など、経済系媒体を中心に取 材・執筆。『ニューズウィーク日本版』オンラインコラムニスト。

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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子)

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